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景観の楽園  作者: 野毛井 九九菜
第2章 橋世界
27/29

27 : 愛する者とイチゴアイス

 4日も遅れました。ありえないよ、まったくもう・・・。

 だから少しいつもより長め。

 眼鏡橋→渡月橋→錦帯橋→瀬戸大橋→戎橋→古宇利大橋→角島大橋→通潤橋→明石海峡大橋→岩間沈下橋→五条大橋→夢の吊り橋――、


             ●


 橋世界に入ってから、1時間が過ぎようとしていた。

 俺はその間、ぶっ続けとは言わずとも、レインボーブリッジへ向けて着実に歩を進めており、いくつかの収穫もあった。


 まず、1番上にある通り、橋世界の道における橋の順番は、結構ランダムであるということだ。

 俺は始め、長崎の眼鏡橋から道が始まったので、てっきり九州から関東までの道中にある橋が順番に、道として作られるのだと思っていた。これなら、九州・中国四国・近畿・中部・関東の順に、各地の有名な橋を渡るため、レインボーブリッジまであとどれぐらいか分かりやすい。


 が、実際のところ、順番はかなりめちゃくちゃであり、自分が今どの県の橋を渡っているのか、予想もつかない状況だった。


 俺は本当に、レインボーブリッジへ向かっているのだろうか。

 ひょっとすると、道を間違えたのではあるまいかという不安がよぎる。

 だって古宇利大橋って・・・沖縄の橋だぞ? 今までの中でも断トツで長い橋だったが、それが東京とものすごく離れた橋と言われるとやる気を失う。


 ああ・・・夏休み初日だというのに、一体何をしているんだろう俺は。

 もう帰りたくなってきた。

 とはいえ、一緒に来ている興梠(こおろぎ)は帰る気がないようなので、今さら帰ろうにも帰れなかった。橋世界は広いから、一人でいると綾星(あやほし)のように行方不明になるらしい。


 まあ確かに、この楽園はものすごく広く、楽園の中でもトップクラスの広さというのも頷ける。

 しかしここまで広いとなると、日帰りは困難だという話が現実味を帯びてきた。

 興梠は何とか日帰りで済まそうとしているが、1時間でレインボーブリッジに辿り着けていない現状をみると、1泊の線もなくはない。

 何せ、レインボーブリッジで待っているのは、楽園の主ではなくただの案内人なのだ。目的地ではなく、通過点だ。まだ先がある。


 ・・・困ったな。

 お家の人が心配するとかいう話は置いておいても、興梠とだけは寝たくない。

 頑張れ興梠! 今日中に綾星の件を終わらせてくれ! ファイトファイト!


 一方、俺の声援を受けている興梠はというと、結構のんきに歩いていた。

 体力のない俺の歩幅に合わせてくれているんだろうけど、辞書を片手に道を歩いている彼女は、お世辞にも真面目に歩いているとは言えなかった。

 どっちかと言うと、観光している風でもある。

 景観の楽園と名高い、橋世界の景色を楽しんでいるようだった。

 まあ、雑談をされないだけでマシか。全ての橋の解説をされると、それこそ日帰りでは間に合わない。


「オイ石黒。あそこを見てみろ。アイスが売っているぞ」


 1人で考え事をしていると、綾星が橋の向こうを指差して言った。

 なるほど言われてみると確かに、今いる橋の奥でアイスの出店が出ている。

 長時間歩き、疲れていたのでちょうどいい。暑さで汗が止まらないところだったのだ。


「橋を愛すってだけにアイスか。粋だねぇ」


「うるせぇ。面白くもないダジャレを言うな。笑えねぇよ。っていうかあの店、ギリギリ橋の上に入ってなくないか?」


「大丈夫だよ。それくらい楽園は多めに見てくれるさ。私が買ってこよう。アイスは私の奢りな」


「お前に奢るとか言われると、裏がありそうで怖い」


 しかし、そんな言葉に耳もくれず、興梠はアイスを買いに行ってしまった。

 アイスの種類は言わなかったが、興梠が適当に買ってきてくれることだろう。


 そしてこれが、橋世界で得た2つ目の収穫である。

 この楽園には人がいるのだ。しかも一般人。

 興梠の言うことによると、橋世界は楽園の中でも珍しく、半分現実世界とつながっているらしい。橋の上に立つ人まで含めて1つの景観なのだろうと、興梠は言っていた。


 だから橋世界の中にいても、観光客に触れるし話せる。

 大きな橋になってくると、普通に車も通っていた。誤ってひかれる可能性もあるので、あまり油断はできない。


 もしも楽園内で橋を傷つけてしまったら、現実世界にどう影響するのか、そこまではよく分からないとのことだった。

 まあいい。どうせ橋を傷つけることなんて、一生のうちにあるかないかの類だ。

 考えるだけもったいない。


 これぐらい待って、ようやく興梠はアイスを持って帰ってきた。

 興梠のアイスはイチゴ味で、俺のアイスはチョコ味。

 なんでバニラがないのかと問いたいところだが、俺はチョコが好きだったので、とやかく言うのはやめた。

 っていうかお前、イチゴアイスなんか食うんだな。それが一番意外だよ。


 夏の橋の上で食べたアイスは、おいしかった。


             ●


 そんなこんなでもう1時間。

 通る橋にも関東の橋が増え、いよいよレインボーブリッジへ近づいてきたところで、俺は興梠に言った。


「なあ興梠」


「うん? どうした石黒」


 相変わらず、変わり続ける景観に目を向けていた興梠は、そのままこちらを見ずに答えた。


「いや、えっと・・・ありがとな。わざわざ綾星を助けようとしてくれて」


 俺の隣席が行方不明だと知ったから、興梠は綾星を助けることに決めた。

 そのことについて、ずっと考えていた。悪いことをしたな、と。


「ほら、俺って心配性だろ? 知り合いが行方不明だと知っていながら、何もできないのは俺だって辛いからな。お前が助けに行くって言ってくれて、俺は安心することができた。俺も一緒に付いて行くのは不本意だけど、感謝はしてるよ」


「・・・」


 興梠は、きょとんとした顔でこちらを向いて、


「あははははっ!」


 大きな声を上げて笑った。


「何だ? 急にデレデレし出したぞ。私のことを好きになってくれたのか? つり橋効果ってやつだな。まあ、つり橋までとは言わずとも、ここは橋の上だ。いつこの現象が起きてもおかしくはない。まったく、かわいいもんだぜコイツは」


「・・・黙れ、この変態辞書女が」


「ひゃーっ、ツンデレだー! ツンツンしちゃってー、実は大好きなだけなんだろ? はーい、今なら興梠お姉ちゃんが抱きしめてあげるよー?」


「黙れっつってんだ! 橋から落とすぞこの野郎!!」


 本当に橋から落ちてしまいそうなテンションで、興梠はピョンピョンしていた。

 コイツ、俺が言いたかったこと伝わったんだろうな?

 恥をかいてまで感謝を伝えたんだ。伝わっていないと逆に困る。


「いや、心配しなくともしっかり感謝は伝わってるよ。感謝してくれてありがとう。お前はちゃんと、感謝を伝えられる人間だから、力になりたいと思えるんだ。大事にしなさい。お前の数少ないいいところだ」


「数少ないって言うな」


「あるだけマシだぞ? 楽園の主たちなんて、その良さすらも愛する物に貢ぎこんでいるからな。みんな対人は苦手なんだよ。これから会うのはあくまで案内人だから、人付き合いは得意だろうけど」


「愛する物に貢ぎこむ?」


 貢ぎ、貢ぐ。綾星みつぐ・・・。


「興梠、ちょっと疑問なんだが、その案内人は楽園の主とどう違うんだ? 雇われてるのか?」


「違うみたいだよ。その人も橋を愛した1人らしい。事情は詳しく聞いてないけど、楽園の主に拾われて、今は橋世界で働いているってトーチちゃんが言っていた」


「拾われた?」


 ん? 一体何歳なんだ、ソイツ。


「おっ、石黒見えたぞ。あれがレインボーブリッジだ」


 興梠が指差す。

 話してる間にもう目的地へ着いたようだ。

 俺も興梠の向く方を見る。そこには、巨大な白い橋があった。


「えっ、あ。ホントだ」


「あ、ホントだ、ってリアクション薄いな・・・。お前、初めて来たってウソなんじゃないんか?」


「悪いな。リアクションが薄くて」


 どうせペラッペラな男ですよ。


 ここまでで約2時間ちょっと。午前11時20分。

 そろそろお昼ごはんの時間だった。

 次回は9月10日の予定です。

 作者の誕生日だったり・・・?

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