27 : 愛する者とイチゴアイス
4日も遅れました。ありえないよ、まったくもう・・・。
だから少しいつもより長め。
眼鏡橋→渡月橋→錦帯橋→瀬戸大橋→戎橋→古宇利大橋→角島大橋→通潤橋→明石海峡大橋→岩間沈下橋→五条大橋→夢の吊り橋――、
●
橋世界に入ってから、1時間が過ぎようとしていた。
俺はその間、ぶっ続けとは言わずとも、レインボーブリッジへ向けて着実に歩を進めており、いくつかの収穫もあった。
まず、1番上にある通り、橋世界の道における橋の順番は、結構ランダムであるということだ。
俺は始め、長崎の眼鏡橋から道が始まったので、てっきり九州から関東までの道中にある橋が順番に、道として作られるのだと思っていた。これなら、九州・中国四国・近畿・中部・関東の順に、各地の有名な橋を渡るため、レインボーブリッジまであとどれぐらいか分かりやすい。
が、実際のところ、順番はかなりめちゃくちゃであり、自分が今どの県の橋を渡っているのか、予想もつかない状況だった。
俺は本当に、レインボーブリッジへ向かっているのだろうか。
ひょっとすると、道を間違えたのではあるまいかという不安がよぎる。
だって古宇利大橋って・・・沖縄の橋だぞ? 今までの中でも断トツで長い橋だったが、それが東京とものすごく離れた橋と言われるとやる気を失う。
ああ・・・夏休み初日だというのに、一体何をしているんだろう俺は。
もう帰りたくなってきた。
とはいえ、一緒に来ている興梠は帰る気がないようなので、今さら帰ろうにも帰れなかった。橋世界は広いから、一人でいると綾星のように行方不明になるらしい。
まあ確かに、この楽園はものすごく広く、楽園の中でもトップクラスの広さというのも頷ける。
しかしここまで広いとなると、日帰りは困難だという話が現実味を帯びてきた。
興梠は何とか日帰りで済まそうとしているが、1時間でレインボーブリッジに辿り着けていない現状をみると、1泊の線もなくはない。
何せ、レインボーブリッジで待っているのは、楽園の主ではなくただの案内人なのだ。目的地ではなく、通過点だ。まだ先がある。
・・・困ったな。
お家の人が心配するとかいう話は置いておいても、興梠とだけは寝たくない。
頑張れ興梠! 今日中に綾星の件を終わらせてくれ! ファイトファイト!
一方、俺の声援を受けている興梠はというと、結構のんきに歩いていた。
体力のない俺の歩幅に合わせてくれているんだろうけど、辞書を片手に道を歩いている彼女は、お世辞にも真面目に歩いているとは言えなかった。
どっちかと言うと、観光している風でもある。
景観の楽園と名高い、橋世界の景色を楽しんでいるようだった。
まあ、雑談をされないだけでマシか。全ての橋の解説をされると、それこそ日帰りでは間に合わない。
「オイ石黒。あそこを見てみろ。アイスが売っているぞ」
1人で考え事をしていると、綾星が橋の向こうを指差して言った。
なるほど言われてみると確かに、今いる橋の奥でアイスの出店が出ている。
長時間歩き、疲れていたのでちょうどいい。暑さで汗が止まらないところだったのだ。
「橋を愛すってだけにアイスか。粋だねぇ」
「うるせぇ。面白くもないダジャレを言うな。笑えねぇよ。っていうかあの店、ギリギリ橋の上に入ってなくないか?」
「大丈夫だよ。それくらい楽園は多めに見てくれるさ。私が買ってこよう。アイスは私の奢りな」
「お前に奢るとか言われると、裏がありそうで怖い」
しかし、そんな言葉に耳もくれず、興梠はアイスを買いに行ってしまった。
アイスの種類は言わなかったが、興梠が適当に買ってきてくれることだろう。
そしてこれが、橋世界で得た2つ目の収穫である。
この楽園には人がいるのだ。しかも一般人。
興梠の言うことによると、橋世界は楽園の中でも珍しく、半分現実世界とつながっているらしい。橋の上に立つ人まで含めて1つの景観なのだろうと、興梠は言っていた。
だから橋世界の中にいても、観光客に触れるし話せる。
大きな橋になってくると、普通に車も通っていた。誤ってひかれる可能性もあるので、あまり油断はできない。
もしも楽園内で橋を傷つけてしまったら、現実世界にどう影響するのか、そこまではよく分からないとのことだった。
まあいい。どうせ橋を傷つけることなんて、一生のうちにあるかないかの類だ。
考えるだけもったいない。
これぐらい待って、ようやく興梠はアイスを持って帰ってきた。
興梠のアイスはイチゴ味で、俺のアイスはチョコ味。
なんでバニラがないのかと問いたいところだが、俺はチョコが好きだったので、とやかく言うのはやめた。
っていうかお前、イチゴアイスなんか食うんだな。それが一番意外だよ。
夏の橋の上で食べたアイスは、おいしかった。
●
そんなこんなでもう1時間。
通る橋にも関東の橋が増え、いよいよレインボーブリッジへ近づいてきたところで、俺は興梠に言った。
「なあ興梠」
「うん? どうした石黒」
相変わらず、変わり続ける景観に目を向けていた興梠は、そのままこちらを見ずに答えた。
「いや、えっと・・・ありがとな。わざわざ綾星を助けようとしてくれて」
俺の隣席が行方不明だと知ったから、興梠は綾星を助けることに決めた。
そのことについて、ずっと考えていた。悪いことをしたな、と。
「ほら、俺って心配性だろ? 知り合いが行方不明だと知っていながら、何もできないのは俺だって辛いからな。お前が助けに行くって言ってくれて、俺は安心することができた。俺も一緒に付いて行くのは不本意だけど、感謝はしてるよ」
「・・・」
興梠は、きょとんとした顔でこちらを向いて、
「あははははっ!」
大きな声を上げて笑った。
「何だ? 急にデレデレし出したぞ。私のことを好きになってくれたのか? つり橋効果ってやつだな。まあ、つり橋までとは言わずとも、ここは橋の上だ。いつこの現象が起きてもおかしくはない。まったく、かわいいもんだぜコイツは」
「・・・黙れ、この変態辞書女が」
「ひゃーっ、ツンデレだー! ツンツンしちゃってー、実は大好きなだけなんだろ? はーい、今なら興梠お姉ちゃんが抱きしめてあげるよー?」
「黙れっつってんだ! 橋から落とすぞこの野郎!!」
本当に橋から落ちてしまいそうなテンションで、興梠はピョンピョンしていた。
コイツ、俺が言いたかったこと伝わったんだろうな?
恥をかいてまで感謝を伝えたんだ。伝わっていないと逆に困る。
「いや、心配しなくともしっかり感謝は伝わってるよ。感謝してくれてありがとう。お前はちゃんと、感謝を伝えられる人間だから、力になりたいと思えるんだ。大事にしなさい。お前の数少ないいいところだ」
「数少ないって言うな」
「あるだけマシだぞ? 楽園の主たちなんて、その良さすらも愛する物に貢ぎこんでいるからな。みんな対人は苦手なんだよ。これから会うのはあくまで案内人だから、人付き合いは得意だろうけど」
「愛する物に貢ぎこむ?」
貢ぎ、貢ぐ。綾星みつぐ・・・。
「興梠、ちょっと疑問なんだが、その案内人は楽園の主とどう違うんだ? 雇われてるのか?」
「違うみたいだよ。その人も橋を愛した1人らしい。事情は詳しく聞いてないけど、楽園の主に拾われて、今は橋世界で働いているってトーチちゃんが言っていた」
「拾われた?」
ん? 一体何歳なんだ、ソイツ。
「おっ、石黒見えたぞ。あれがレインボーブリッジだ」
興梠が指差す。
話してる間にもう目的地へ着いたようだ。
俺も興梠の向く方を見る。そこには、巨大な白い橋があった。
「えっ、あ。ホントだ」
「あ、ホントだ、ってリアクション薄いな・・・。お前、初めて来たってウソなんじゃないんか?」
「悪いな。リアクションが薄くて」
どうせペラッペラな男ですよ。
ここまでで約2時間ちょっと。午前11時20分。
そろそろお昼ごはんの時間だった。
次回は9月10日の予定です。
作者の誕生日だったり・・・?




