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景観の楽園  作者: 野毛井 九九菜
第2章 橋世界
26/29

26 : ようこそ橋世界

 夏休みは、夢のごとく。

 トーチとの電話を終えた俺は、電話を返そうと興梠の方を見た。


「・・・」


 まあ予想はしていたのだが、興梠(こおろぎ)は辞書を読んでいた。

 さっきのとは大きさが違う。

 2冊目のようだった。・・・あるいは3冊目だろうか。

 どうでもいい。俺は興梠に声をかける。


「オイ興梠。電話終わったぞ」


「終わったというより切られたんだろ? ほら、終わったんなら早く電話を私に返せ」


「・・・」


 切られたとは人聞きの悪い。

 どうせまた、トーチの顔が電話に当たって切れたのだ。

 断じて俺の態度のせいではない。


 興梠が手を出していたので、(辞書を持っている手とは逆の方だ)俺はその手に電話を置いた。


「じゃあこの続きはまた明日だ」


 と呟いた興梠は、始めのようにスマホを辞書の間へはさみ、そして閉じた。

 ああ、やっぱりそのスマホは栞代わりなのね・・・。

 宝の持ち腐れとまでは言わずとも、普通にもったいなく感じた。


「さあ、電話も終わったことだし、前準備は完璧だろう。楽園のこともちょっとは分かったみたいだし、綾星ちゃんを早く助けに向かおうか。私としては、日帰りで済ませたいところなんだ。1泊は嫌だからね」


「俺は始めから1泊なんてする気はないがな」


 コイツと一緒に1夜を越すくらいだったら、死んだ方がマシだった。


「っていうか、そんなに広いものなのか? その橋世界っていうのは」


「ああ広いとも。なんてったって、世界中の橋が集まっている。ほら、上を見てごらん。あの橋は山口の錦帯橋だ」


「は?」


 俺は空を見上げる。


 ――と、上には橋が架かっていた。


「は? ・・・は?」


 困惑。

 いや、どうして空に橋が架かっているんだ。

 よく見ると、うっすら川が流れているようにも見える。

 その川の先にはまた違う橋が架かっており・・・というか、空いっぱいに大量の橋が浮かんでいた。橋同士もつながっており、果てしなく道が続いている。

 そんな橋の道が見る限り5本。

 俺は東京に住んでいないのでよく分からないのだけれども、日本橋の上には首都高が通っているらしい。交わり方がそれに似ていた。


「驚いたか?」


 興梠がいつの間にか横におり、俺に話しかけてきた。


「驚いたも何も・・・一体どうなっているんだ、これは」


「お前には隠していたんだけどね。実はこの橋、仮屋橋の上に乗った瞬間から、私たちはすでに橋世界へ来ていたんだよ」


 そして空を指さす。


「今のうちにじっくり見ておけよ。橋から見る景観も見事だが、浮かぶ橋もまた絶景だ」


「景観ねぇ・・・」


 俺はようやく、景観の楽園という名前の意味を理解した。


 なるほど。

 橋から見える美しい景観を、この楽園の主は愛したのか。

 そう思って川を覗くと、いつも見慣れているはずの川が、どこかかけがえのないもののように感じた。


「とりあえず、ここからは徒歩で結構歩くことになるから、しっかり覚悟しとくんだぞ」


「徒歩で歩くって・・・一体どこまで」


「ここの楽園の案内人と、待ち合わせをしているんだよ。ひとまずそこへ向かうことにする。着く頃には、ちょうどお腹が減ってくるかな」


「案内人? そいつが楽園の主なのか?」


 橋を愛し、景観を愛した楽園の主――。


「そんなわけないだろ。だったらとっくに綾星ちゃんのことも聞いてるさ。話ができないからこそわざわざ、私がこうして出向いてるわけだよ。待ち合わせをしているのはあくまで案内人。楽園の主はまた違うヤツだ」


「で、どこなんだよ。その待ち合わせ場所は」


 興梠は上へ向けていた顔をこちらへ向けて、


「レインボーブリッジ」


 と言った。


「レ、レインボーブリッジ!?」


 今、確かにそう言った。

 レインボーブリッジが、待ち合わせの場所であると。

 いや、確かに興梠は、待ち合わせ場所に着く頃にはお腹が減っていると言っていたけど、そんなに遠くとは聞いてない。(俺の住む町、真珠市は、少なくとも関東地方ではなかった)

 お腹が減ってくる頃どころか、日帰りすらも厳しいだろう。


「オイ石黒。お前、何か勘違いをしているようだが、ここは楽園の中なんだ。別に全ての橋を通るわけでもない。ドラえもんの道具に、水場を転々とワープするものがあっただろ? あんな感じに、大きな橋を伝いながら、レインボーブリッジへ向かって行くってところだ」


「それでもかなり遠いだろうが」


「うるさいぞー。つべこべ言わずについて来い。私の言う通りにしていれば、できるだけ早く着けるんだから」


「そうだといいんだけどな・・・」


 俺は興梠の後を追い、仮屋橋を出る。

 するとまた、違う橋へと移動していた。


 さて、いつになったら着くのやら・・・。

 聞くことによると、橋世界は楽園の中でも、特に大きい方らしい。

 今週からまた、毎週木曜日の投稿です。

 つまり次回は、9月3日の予定です。頑張ります。

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