26 : ようこそ橋世界
夏休みは、夢のごとく。
トーチとの電話を終えた俺は、電話を返そうと興梠の方を見た。
「・・・」
まあ予想はしていたのだが、興梠は辞書を読んでいた。
さっきのとは大きさが違う。
2冊目のようだった。・・・あるいは3冊目だろうか。
どうでもいい。俺は興梠に声をかける。
「オイ興梠。電話終わったぞ」
「終わったというより切られたんだろ? ほら、終わったんなら早く電話を私に返せ」
「・・・」
切られたとは人聞きの悪い。
どうせまた、トーチの顔が電話に当たって切れたのだ。
断じて俺の態度のせいではない。
興梠が手を出していたので、(辞書を持っている手とは逆の方だ)俺はその手に電話を置いた。
「じゃあこの続きはまた明日だ」
と呟いた興梠は、始めのようにスマホを辞書の間へはさみ、そして閉じた。
ああ、やっぱりそのスマホは栞代わりなのね・・・。
宝の持ち腐れとまでは言わずとも、普通にもったいなく感じた。
「さあ、電話も終わったことだし、前準備は完璧だろう。楽園のこともちょっとは分かったみたいだし、綾星ちゃんを早く助けに向かおうか。私としては、日帰りで済ませたいところなんだ。1泊は嫌だからね」
「俺は始めから1泊なんてする気はないがな」
コイツと一緒に1夜を越すくらいだったら、死んだ方がマシだった。
「っていうか、そんなに広いものなのか? その橋世界っていうのは」
「ああ広いとも。なんてったって、世界中の橋が集まっている。ほら、上を見てごらん。あの橋は山口の錦帯橋だ」
「は?」
俺は空を見上げる。
――と、上には橋が架かっていた。
「は? ・・・は?」
困惑。
いや、どうして空に橋が架かっているんだ。
よく見ると、うっすら川が流れているようにも見える。
その川の先にはまた違う橋が架かっており・・・というか、空いっぱいに大量の橋が浮かんでいた。橋同士もつながっており、果てしなく道が続いている。
そんな橋の道が見る限り5本。
俺は東京に住んでいないのでよく分からないのだけれども、日本橋の上には首都高が通っているらしい。交わり方がそれに似ていた。
「驚いたか?」
興梠がいつの間にか横におり、俺に話しかけてきた。
「驚いたも何も・・・一体どうなっているんだ、これは」
「お前には隠していたんだけどね。実はこの橋、仮屋橋の上に乗った瞬間から、私たちはすでに橋世界へ来ていたんだよ」
そして空を指さす。
「今のうちにじっくり見ておけよ。橋から見る景観も見事だが、浮かぶ橋もまた絶景だ」
「景観ねぇ・・・」
俺はようやく、景観の楽園という名前の意味を理解した。
なるほど。
橋から見える美しい景観を、この楽園の主は愛したのか。
そう思って川を覗くと、いつも見慣れているはずの川が、どこかかけがえのないもののように感じた。
「とりあえず、ここからは徒歩で結構歩くことになるから、しっかり覚悟しとくんだぞ」
「徒歩で歩くって・・・一体どこまで」
「ここの楽園の案内人と、待ち合わせをしているんだよ。ひとまずそこへ向かうことにする。着く頃には、ちょうどお腹が減ってくるかな」
「案内人? そいつが楽園の主なのか?」
橋を愛し、景観を愛した楽園の主――。
「そんなわけないだろ。だったらとっくに綾星ちゃんのことも聞いてるさ。話ができないからこそわざわざ、私がこうして出向いてるわけだよ。待ち合わせをしているのはあくまで案内人。楽園の主はまた違うヤツだ」
「で、どこなんだよ。その待ち合わせ場所は」
興梠は上へ向けていた顔をこちらへ向けて、
「レインボーブリッジ」
と言った。
「レ、レインボーブリッジ!?」
今、確かにそう言った。
レインボーブリッジが、待ち合わせの場所であると。
いや、確かに興梠は、待ち合わせ場所に着く頃にはお腹が減っていると言っていたけど、そんなに遠くとは聞いてない。(俺の住む町、真珠市は、少なくとも関東地方ではなかった)
お腹が減ってくる頃どころか、日帰りすらも厳しいだろう。
「オイ石黒。お前、何か勘違いをしているようだが、ここは楽園の中なんだ。別に全ての橋を通るわけでもない。ドラえもんの道具に、水場を転々とワープするものがあっただろ? あんな感じに、大きな橋を伝いながら、レインボーブリッジへ向かって行くってところだ」
「それでもかなり遠いだろうが」
「うるさいぞー。つべこべ言わずについて来い。私の言う通りにしていれば、できるだけ早く着けるんだから」
「そうだといいんだけどな・・・」
俺は興梠の後を追い、仮屋橋を出る。
するとまた、違う橋へと移動していた。
さて、いつになったら着くのやら・・・。
聞くことによると、橋世界は楽園の中でも、特に大きい方らしい。
今週からまた、毎週木曜日の投稿です。
つまり次回は、9月3日の予定です。頑張ります。




