22 : 綾星みつぐ
3日遅れました。マジですいません。
頭が良くて、美人で、髪も長くてきれいで、
よく頼りにされるけど、友達はいなくて、いつも一人ぼっちで、
真面目で、自分にも人にも厳しくて、みんなを敵に回すことばかり。
そして、行方不明の少女――綾星みつぐ。
俺は彼女のことを、隣席でありながら、あまりよく知らなかった。
と言っても、別に何も知らないわけではない。
アイツの頭の良さは百も承知だし、たぶん学校中の人間がそれを知っているのだろう。
休憩時間に綾星のところへ、勉強のことを聞きに来る生徒は少なくなかった。
聞いたことによると、先生よりも数倍説明が分かりやすいらしい。
まあ、俺には天才の姉がいるから(先生よりも数百倍説明が分かりやすい)、綾星に勉強を教えてもらうことなどなかったし、勉強に限らずとも、彼女とほとんど会話をしたことはなかったのだが。
ん、なかった?
いや、違う。
正確には、“できなかった”である。
綾星という女は、無駄な会話を心から嫌っていたのだ。
「無駄話をするくらいなら自分のために使え。無駄な時間なんて本当は存在しないのだから」みたいな考えだったのだと思う。
正しい考えではあった。
しかしそれは、あまりにも正しすぎた。
人間は、正しさだけでは生きていけないというのに――。
結局、綾星が人として強かったことこそが原因なのだろう。
綾星は正しくあり、俺たちは正しくなれなかった。それだけの話だ。
まあ何にせよ、彼女は自らクラスメイトとの間に壁を築き上げていった。
高くそびえ立つ、強固な壁を。
それでも俺は一度だけ、綾星と話をしたことがあった。
他愛もなくバカバカしい、言ってしまえば無駄話である。
1ヶ月前のことだった。
「やめてよ、拾わないで」
「・・・?」
綾星が落とした消しゴムを拾おうとした俺は、なぜだか彼女に止められてしまった。
「??」
あまりにも唐突すぎて、俺の思考は数秒停止する。
「???」
「何よ、その顔。もしかして日本語分かんないの? 拾わないでって言ってんの。拾わないで」
「・・・あ、ああ」
我に返った俺は、消しゴムに伸ばしていた右手を引っこめた。
日本語は分かる。
分からないのはむしろ、綾星の方だ。
現実とは思えない。
まさかあの綾星が、自分から俺に話しかけてくるなんて・・・。
少なくとも俺の記憶上、彼女がそんなことをした記憶など、どこにもなかった。
「ねえ石黒、私はいつ消しゴムを拾えなんて言ったのかな?」
そんな俺をよそに、綾星は話を続ける。
「いや、別に拾えって言ったのならいいの。もしそうなら、拾うか拾わないかはあんた次第。でも私は、一度も拾えと言っていない。なのにあんたは拾った。これがどういうことか分かる?」
「・・・」
思っていたより饒舌だった。
頭の中は今それだけ。他にはもう何も考えられない。
「あんたは私を侮辱したのよ。助ける必要がないと知っていながら、消しゴムを拾ったんだから」
「えっと・・・、ちょっと待って。そんなに一気に喋らなくても分かる」
やっと意識が戻ってきた俺は、とりあえず綾星を黙らせることにした。
だって、うるさかったし。迷惑だったし。
あと、普通に怖かった。
「ああ、ごめん。少しムキになっちゃってた」
「そうか、それなら良かった。俺も悪かったんだし、お互いこれでチャラにしてしまおう」
「そうね、いい提案だわ」
やったぜ、問題解決。
俺は綾星を黙らせることに成功した。
一体、俺のどこが悪かったのかは不明だが。
「じゃあ最後に1つだけ」
「えっ?」
「忠告よ。あんたは人助けを止めるべきよ」
「・・・は?」
よく意味が分からなかった。
っていうか、話はもう終わったんじゃないのか?
これこそ無駄話だろうに。
「だってそうでしょ? 意味もなく人を助けることほど、無駄なことはないわ」
「無駄だって? オイお前、人助けは必要ないと言いたいのか?」
「別に人助けを必要ないとは言ってないわよ。助けを求められていないのに助けることが、とても無駄だって言ってんの。このお人好しが」
「お人好し・・・は認めるけどさ」
1つ、認められないことがあった。
「困ってる人を助けることは、全然おかしくないだろ。助けて欲しくても言えない人だっているんだぞ?」
「それは、助けを求めてないのと同じことよ。仮に、助けてと言えない人がいるなら、弱い人間と切り捨てればいいじゃない。逆にわざわざ助ける方が、その人をより弱くするんじゃないの?」
「弱い・・・か」
俺は思う。
周りが弱いんじゃない。
お前が、強すぎるんだ――と。
「分かった、分かったよ綾星。でも知らないぞ? もうお前の消しゴムなんて、拾ってやらねえからな」
「別に拾ってなんて言ってないし」
「あっそ」
「・・・」
「・・・」
あれから、俺たちは1度も話していない。
それだけ。
俺と綾星の関係はそれだけだった。
さて、俺は今から、綾星を助けに行くわけなのだが、彼女は一体、どういう反応をするのだろうか。
助けを求めず強くあり続けた彼女は、一体・・・。
そんなことを思いながら、俺は家を後にした。
目的地は、仮屋橋。
次回は、6月18日(木)か、25日(木)の予定です。




