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景観の楽園  作者: 野毛井 九九菜
第2章 橋世界
22/29

22 : 綾星みつぐ

 3日遅れました。マジですいません。

 頭が良くて、美人で、髪も長くてきれいで、

 よく頼りにされるけど、友達はいなくて、いつも一人ぼっちで、

 真面目で、自分にも人にも厳しくて、みんなを敵に回すことばかり。


 そして、行方不明の少女――綾星(あやほし)みつぐ。

 俺は彼女のことを、隣席でありながら、あまりよく知らなかった。


 と言っても、別に何も知らないわけではない。

 アイツの頭の良さは百も承知だし、たぶん学校中の人間がそれを知っているのだろう。

 休憩時間に綾星のところへ、勉強のことを聞きに来る生徒は少なくなかった。

 聞いたことによると、先生よりも数倍説明が分かりやすいらしい。

 まあ、俺には天才の姉がいるから(先生よりも数百倍説明が分かりやすい)、綾星に勉強を教えてもらうことなどなかったし、勉強に限らずとも、彼女とほとんど会話をしたことはなかったのだが。


 ん、なかった?


 いや、違う。

 正確には、“できなかった”である。


 綾星という女は、無駄な会話を心から嫌っていたのだ。


 「無駄話をするくらいなら自分のために使え。無駄な時間なんて本当は存在しないのだから」みたいな考えだったのだと思う。


 正しい考えではあった。

 しかしそれは、あまりにも正しすぎた。

 人間は、正しさだけでは生きていけないというのに――。


 結局、綾星が人として強かったことこそが原因なのだろう。

 綾星は正しくあり、俺たちは正しくなれなかった。それだけの話だ。


 まあ何にせよ、彼女は自らクラスメイトとの間に壁を築き上げていった。

 高くそびえ立つ、強固な壁を。


 それでも俺は一度だけ、綾星と話をしたことがあった。

 他愛もなくバカバカしい、言ってしまえば無駄話である。


 1ヶ月前のことだった。


「やめてよ、拾わないで」


「・・・?」


 綾星が落とした消しゴムを拾おうとした俺は、なぜだか彼女に止められてしまった。


「??」


 あまりにも唐突すぎて、俺の思考は数秒停止する。


「???」


「何よ、その顔。もしかして日本語分かんないの? 拾わないでって言ってんの。拾わないで」


「・・・あ、ああ」


 我に返った俺は、消しゴムに伸ばしていた右手を引っこめた。


 日本語は分かる。

 分からないのはむしろ、綾星の方だ。


 現実とは思えない。

 まさかあの綾星が、自分から俺に話しかけてくるなんて・・・。


 少なくとも俺の記憶上、彼女がそんなことをした記憶など、どこにもなかった。


「ねえ石黒、私はいつ消しゴムを拾えなんて言ったのかな?」


 そんな俺をよそに、綾星は話を続ける。


「いや、別に拾えって言ったのならいいの。もしそうなら、拾うか拾わないかはあんた次第。でも私は、一度も拾えと言っていない。なのにあんたは拾った。これがどういうことか分かる?」


「・・・」


 思っていたより饒舌だった。

 頭の中は今それだけ。他にはもう何も考えられない。


「あんたは私を侮辱したのよ。助ける必要がないと知っていながら、消しゴムを拾ったんだから」


「えっと・・・、ちょっと待って。そんなに一気に喋らなくても分かる」


 やっと意識が戻ってきた俺は、とりあえず綾星を黙らせることにした。


 だって、うるさかったし。迷惑だったし。

 あと、普通に怖かった。


「ああ、ごめん。少しムキになっちゃってた」


「そうか、それなら良かった。俺も悪かったんだし、お互いこれでチャラにしてしまおう」


「そうね、いい提案だわ」


 やったぜ、問題解決。

 俺は綾星を黙らせることに成功した。

 一体、俺のどこが悪かったのかは不明だが。


「じゃあ最後に1つだけ」


「えっ?」


「忠告よ。あんたは人助けを止めるべきよ」


「・・・は?」


 よく意味が分からなかった。

 っていうか、話はもう終わったんじゃないのか?

 これこそ無駄話だろうに。


「だってそうでしょ? 意味もなく人を助けることほど、無駄なことはないわ」


「無駄だって? オイお前、人助けは必要ないと言いたいのか?」


「別に人助けを必要ないとは言ってないわよ。助けを求められていないのに助けることが、とても無駄だって言ってんの。このお人好しが」


「お人好し・・・は認めるけどさ」


 1つ、認められないことがあった。


「困ってる人を助けることは、全然おかしくないだろ。助けて欲しくても言えない人だっているんだぞ?」


「それは、助けを求めてないのと同じことよ。仮に、助けてと言えない人がいるなら、弱い人間と切り捨てればいいじゃない。逆にわざわざ助ける方が、その人をより弱くするんじゃないの?」


「弱い・・・か」


 俺は思う。


 周りが弱いんじゃない。

 お前が、強すぎるんだ――と。


「分かった、分かったよ綾星。でも知らないぞ? もうお前の消しゴムなんて、拾ってやらねえからな」


「別に拾ってなんて言ってないし」


「あっそ」


「・・・」


「・・・」


 あれから、俺たちは1度も話していない。


 それだけ。


 俺と綾星の関係はそれだけだった。


 さて、俺は今から、綾星を助けに行くわけなのだが、彼女は一体、どういう反応をするのだろうか。

 助けを求めず強くあり続けた彼女は、一体・・・。


 そんなことを思いながら、俺は家を後にした。


 目的地は、仮屋橋。

 次回は、6月18日(木)か、25日(木)の予定です。



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