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景観の楽園  作者: 野毛井 九九菜
第1章 行方不明の少女
20/29

20 : 石黒恭子

7月18日夜 石黒家にて


「石黒恭子(きょうこ)だ」


「・・・」


「誕生日は4月23日で、趣味は読書と勉強。少し変なヤツではあるが、気にせず話しかけてくれ。あとはそうだな・・・私の住所は———」


「ちょっと待て」


 風呂上がりに姉ちゃんの部屋をのぞくと、中で変なことをやっていた。(具体的には、イスの上に立ってポーズを決めながら、自己紹介をしていた)

 もっとも、俺が姉ちゃんの部屋をのぞいたのは、風呂が空いたことを伝えるためである。さすがに俺だって、何の理由もなく姉の部屋をのぞくような変態ではない。


「ん? あぁ、我が弟か。どうした、私の部屋をいきなりのぞいて」


「いや、そっちこそ何やってんだよ。何で相手もいないのに自己紹介なんかして、挙句の果てに住所まで語っちゃってんだよ・・・」


 大丈夫かな、俺の姉ちゃん。頭がおかしくなったのかな・・・。


「我が弟よ。お前は何か大きな誤解をしているようだが、別に私は、頭がおかしくなったわけではないのだぞ? 自己紹介の練習をしているんだ」


「練習・・・? え、自己紹介の?」


 オイオイ、今は夏だぞ。

 こんな時期に自己紹介するヤツがいるか。

 夏休み中に転校するわけじゃあるまいし・・・。


「はあ・・・」


 姉ちゃんはイスに座り、こちらに向き直る


「お前な。練習ってのは、あることを行う少し前にするものだと思っているだろ。決めつけているだろ。でも、その考えは間違っている。練習ってのは念には念を入れ、かなり前から行うべきなんだ」


「えっと・・・、つまりどういうこと?」


「高校生になったのはいいが、友達が1人も出来ないまま、ついに1学期を終えてしまった。私の長い経験で言わせてもらうと、今年はもう絶望的だ。諦めるしかない。しかし、高校生活はあと2年ある。まだ希望はあるのだ。――というわけで私は、次の春の新学期に向けて、自己紹介の練習をしているんだ」


「・・・」


 なるほど。だいたい状況は理解した。


 石黒恭子。16歳で、現在高校1年生。

 漫画とかに出てくるほどの極度ではないが、人見知りで、友達がいない。

 人見知りだからなのか、髪は短く切っており(人見知りは髪を伸ばすと思う)、家では黒いパーカーばかり着ている。おしゃれには一切興味がないらしい。

 たぶん姉ちゃんは、彼女なりに、高校生からは友達を作ろうと努力していたのだろう。今年も失敗に終わったようだが、成長はしていると思う。

 中学生の新学期に行った自己紹介では、名前しか言えなかったらしいから。

 

 ただ、俺の姉ちゃんの特徴は、人見知りということだけではない。

 学年トップの成績を誇る、やばいヤツ。つまり天才だ。

 しかも、ただの天才ではない。

 県内トップの高校であるにも関わらず、今回のテストも100点だらけだったのだ。

 というか全部100点だった。

 高校の期末テストが、小学校のテストに見えたくらいである。

 「やっべー、高校生のテストってこんなに簡単なんだー」と勘違いしてしまうほどに。

 テスト勉強をしているところは見たことがなかったので、姉ちゃんの頭の良さを改めて実感させられた。


 まぁ、クラスに1人ぐらいはいるよな。真面目(?)だけど、誰とも話せない子。

 姉ちゃんはそういう人なのだ。


「それはそうと我が弟よ。今日はどうしたんだ? 珍しいよな、お前が門限ギリギリに帰ってくるなんて」


「・・・」


 興梠《こおろぎ》の件である。

 今回の場合はほとんど俺の自業自得だから、“興梠の件”というのもなんだけれど、何とか門限は守ることが出来た。――とはいえ、駆け込み乗車並みの滑り込みセーフである。

 俺が遅く帰ってくるのは珍しいので、姉として心配してくれているのだろう。意外と優しいんだよな、この人。


「もしかしてお前、誰かにいじめられているんじゃないだろうな。例えば、聞きたくもない雑談を無理やり聞かされているとか、わざと話を長引かせることで帰宅時間を遅くさせられてるとか・・・」

 

「・・・ま、まぁ。そんな感じかな」


 そんな感じ、どころではなかった。

 勘が鋭すぎるだろ、この姉ちゃん。ほぼピッタリじゃねぇか。


「なんてこった! 我が弟がいじめられていることに気付けなかったなんて!! 私は姉として失格だ!!」


「いや、そこまでのことじゃないから・・・」


「仕方ない、責任は全て私にある。ここで自害しよう」


「オイオイオイ。いったん落ち着くんだ、姉ちゃん。よく考えろ。そんなことして俺が喜ぶと思うのか?」


「・・・確かにそうだな。ここで私が爆死しても、みんなに迷惑がかかるだけだ。諦めよう」


「なんで自害の方法が爆発なんだよ。姉ちゃんはここで、映画名探偵コナン並みの爆破事件を起こすつもりなのか?」


「大丈夫大丈夫。部屋が1つ吹き飛ぶだけの小規模な爆発だから安心しろ」


「小規模って・・・」


 どこが小規模だよ。部屋が1つ吹き飛んじゃってんじゃねぇか。大事件だぞ。


「だが私は、お前をこのまま学校へ行かせ続けることが心配でならん。せめてこれでも受け取ってくれ」


 姉ちゃんがイスから立ち上がって、クローゼットの中をあさり始めた。

 どこまでも過保護な人だな、俺の姉ちゃんは。これでも受け取ってくれって・・・桃太郎じゃないんだから。


「おっ、これだこれだ」


 姉ちゃんが立ち上がる。

 もう見つけたのか・・・早いな。

 きっと俺とは違って、クローゼットの中は整理してあるんだろう。


 どうでもいいことを考えながら、姉の後ろ姿を見ていた俺だが、こんなことをのんきに考えてる場合ではなかった。俺はここで、姉ちゃんを止めておくべきだったのだ。


「ほら、これを持っていけ」


 金属バット


 なんだ、ただの金属バットか。

 金属バット・・・


「って! 金属バットー!?」


 金属バット。

 いかにも人を殴りやすそうな金属バットが、姉の手に握られていた。

 次回は、5月28日の予定です。

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