20 : 石黒恭子
7月18日夜 石黒家にて
「石黒恭子だ」
「・・・」
「誕生日は4月23日で、趣味は読書と勉強。少し変なヤツではあるが、気にせず話しかけてくれ。あとはそうだな・・・私の住所は———」
「ちょっと待て」
風呂上がりに姉ちゃんの部屋をのぞくと、中で変なことをやっていた。(具体的には、イスの上に立ってポーズを決めながら、自己紹介をしていた)
もっとも、俺が姉ちゃんの部屋をのぞいたのは、風呂が空いたことを伝えるためである。さすがに俺だって、何の理由もなく姉の部屋をのぞくような変態ではない。
「ん? あぁ、我が弟か。どうした、私の部屋をいきなりのぞいて」
「いや、そっちこそ何やってんだよ。何で相手もいないのに自己紹介なんかして、挙句の果てに住所まで語っちゃってんだよ・・・」
大丈夫かな、俺の姉ちゃん。頭がおかしくなったのかな・・・。
「我が弟よ。お前は何か大きな誤解をしているようだが、別に私は、頭がおかしくなったわけではないのだぞ? 自己紹介の練習をしているんだ」
「練習・・・? え、自己紹介の?」
オイオイ、今は夏だぞ。
こんな時期に自己紹介するヤツがいるか。
夏休み中に転校するわけじゃあるまいし・・・。
「はあ・・・」
姉ちゃんはイスに座り、こちらに向き直る
「お前な。練習ってのは、あることを行う少し前にするものだと思っているだろ。決めつけているだろ。でも、その考えは間違っている。練習ってのは念には念を入れ、かなり前から行うべきなんだ」
「えっと・・・、つまりどういうこと?」
「高校生になったのはいいが、友達が1人も出来ないまま、ついに1学期を終えてしまった。私の長い経験で言わせてもらうと、今年はもう絶望的だ。諦めるしかない。しかし、高校生活はあと2年ある。まだ希望はあるのだ。――というわけで私は、次の春の新学期に向けて、自己紹介の練習をしているんだ」
「・・・」
なるほど。だいたい状況は理解した。
石黒恭子。16歳で、現在高校1年生。
漫画とかに出てくるほどの極度ではないが、人見知りで、友達がいない。
人見知りだからなのか、髪は短く切っており(人見知りは髪を伸ばすと思う)、家では黒いパーカーばかり着ている。おしゃれには一切興味がないらしい。
たぶん姉ちゃんは、彼女なりに、高校生からは友達を作ろうと努力していたのだろう。今年も失敗に終わったようだが、成長はしていると思う。
中学生の新学期に行った自己紹介では、名前しか言えなかったらしいから。
ただ、俺の姉ちゃんの特徴は、人見知りということだけではない。
学年トップの成績を誇る、やばいヤツ。つまり天才だ。
しかも、ただの天才ではない。
県内トップの高校であるにも関わらず、今回のテストも100点だらけだったのだ。
というか全部100点だった。
高校の期末テストが、小学校のテストに見えたくらいである。
「やっべー、高校生のテストってこんなに簡単なんだー」と勘違いしてしまうほどに。
テスト勉強をしているところは見たことがなかったので、姉ちゃんの頭の良さを改めて実感させられた。
まぁ、クラスに1人ぐらいはいるよな。真面目(?)だけど、誰とも話せない子。
姉ちゃんはそういう人なのだ。
「それはそうと我が弟よ。今日はどうしたんだ? 珍しいよな、お前が門限ギリギリに帰ってくるなんて」
「・・・」
興梠《こおろぎ》の件である。
今回の場合はほとんど俺の自業自得だから、“興梠の件”というのもなんだけれど、何とか門限は守ることが出来た。――とはいえ、駆け込み乗車並みの滑り込みセーフである。
俺が遅く帰ってくるのは珍しいので、姉として心配してくれているのだろう。意外と優しいんだよな、この人。
「もしかしてお前、誰かにいじめられているんじゃないだろうな。例えば、聞きたくもない雑談を無理やり聞かされているとか、わざと話を長引かせることで帰宅時間を遅くさせられてるとか・・・」
「・・・ま、まぁ。そんな感じかな」
そんな感じ、どころではなかった。
勘が鋭すぎるだろ、この姉ちゃん。ほぼピッタリじゃねぇか。
「なんてこった! 我が弟がいじめられていることに気付けなかったなんて!! 私は姉として失格だ!!」
「いや、そこまでのことじゃないから・・・」
「仕方ない、責任は全て私にある。ここで自害しよう」
「オイオイオイ。いったん落ち着くんだ、姉ちゃん。よく考えろ。そんなことして俺が喜ぶと思うのか?」
「・・・確かにそうだな。ここで私が爆死しても、みんなに迷惑がかかるだけだ。諦めよう」
「なんで自害の方法が爆発なんだよ。姉ちゃんはここで、映画名探偵コナン並みの爆破事件を起こすつもりなのか?」
「大丈夫大丈夫。部屋が1つ吹き飛ぶだけの小規模な爆発だから安心しろ」
「小規模って・・・」
どこが小規模だよ。部屋が1つ吹き飛んじゃってんじゃねぇか。大事件だぞ。
「だが私は、お前をこのまま学校へ行かせ続けることが心配でならん。せめてこれでも受け取ってくれ」
姉ちゃんがイスから立ち上がって、クローゼットの中をあさり始めた。
どこまでも過保護な人だな、俺の姉ちゃんは。これでも受け取ってくれって・・・桃太郎じゃないんだから。
「おっ、これだこれだ」
姉ちゃんが立ち上がる。
もう見つけたのか・・・早いな。
きっと俺とは違って、クローゼットの中は整理してあるんだろう。
どうでもいいことを考えながら、姉の後ろ姿を見ていた俺だが、こんなことをのんきに考えてる場合ではなかった。俺はここで、姉ちゃんを止めておくべきだったのだ。
「ほら、これを持っていけ」
金属バット
なんだ、ただの金属バットか。
金属バット・・・
「って! 金属バットー!?」
金属バット。
いかにも人を殴りやすそうな金属バットが、姉の手に握られていた。
次回は、5月28日の予定です。




