13 : 統治者の来訪
「あれ? お前、俺のこと覚えていないの!?」
神社の境内で、俺は声を失った
――失った割に、かなり大きな声を出したが。
そんな俺を、少女は一瞥する。
「いや、誰だい君。見たことがないどころか、聞いたことも匂ったこともないって」
「人は普通匂わないだろうが・・・」
匂いで覚えられるなんて、どんな人だよ。
とはいえ、本当に覚えていないらしい。
・・・おかしいな。
俺と半野のコンビなんて、そう簡単に忘れられないと思ったんだけど・・・。
「ほら、俺だよ俺。朝、ゴミ捨て場で会ったじゃねぇか」
「はいはい。オレオレ詐欺なら結構です。だいたい、こんな変態に会ったらすぐ逃げ・・・ん?」
「?」
ぶつぶつ愚痴を言いながら、俺の両手を肩から剥がしていた少女だったが、急に動きを止めた。
そして――
「クンクンクン」
「・・・?」
俺の手を嗅ぎ始めた。
「・・・」
犬かコイツは。
朝もゴミ捨て場で寝ていたし、どうも野良犬要素が強いように思える。
とはいえ、このままだと匂いを嗅いだ後、鼻で笑われるのではないかと怖かったので、さっきまでほとんど空気だった興梠に、助けを求めることにした。
「こ、興梠~。ちょっとヘルプ」
「・・・プイッ」
無視された。
無視して辞書を読み始めやがった。
嘘だろ・・・、俺とお前の友情(?)が、辞書に負けたというのか!
後から聞いたことによると、胸のサイズが年下より小さいことを指摘され、ひどく傷ついたんだとか。
「クンクン・・・ハッ!」
一方、こっちもこっちで何か感じ取ったらしい。
さて、俺のことを思い出してくれたのだろうか。
「こ、この匂いは! 君、もしかして今朝の目覚まし時計かい!?」
「えぇぇっ!? いや、俺たちのことを“目覚まし時計”と呼んでいたのも十分ショックだけど、それよりも匂いで覚えられていたことに、人生最大のショックだ!!」
なんでだよ!
俺には、魔女の残り香でもついてるのか!?
「俺たち? 違う違う。目覚まし時計と呼んでいたのは君だけで、もう一人の子は“チビ”って呼んでいたんだよ」
「お互い罵り合っていたのかよ・・・」
言っとくけど、あの目覚まし時計は俺のじゃなくて、半野の物だからな。
「そ、れ、よ、りー。君が興梠のことを知ってたんだったら、どうしてあの時教えてくれなかったんだい! 仲間外れはひどいじゃないか」
「・・・」
「ん?」
どうしよう。困ったことになったぞ・・・。
「・・・悪いが、その件についてはもう何も聞かないでくれ。今、必死に忘れようとしているところなんだ」
「もしかして“黒歴史”ってヤツ? 黒歴史なんて、そうそう忘れられるものじゃないだろうに・・・」
「黒歴史? 何のことだ?」
「もう忘れてる! 怖っ!!」
「えーっと・・・誰でしたっけ?」
「わ、私のことまで忘れないでよ! 忘れられるのは悲しいよ~」
「もう朝のことは何も聞かないって約束してくれるか?」
「うんうん分かった。約束するよ。私は興梠君との用事に専念することにするね」
「え? あ・・・はい。ありがとう」
なんだ? 意外とすんなり終わったな。
どうしようもなければ、鼻からスパゲッティを食べるくらいの覚悟はしていたのだが・・・(俺の知り合いにドラえもんなんて存在しないので自力である)、なんだろう。杞憂に終わった気がする。
長い間、興梠の雑談に付き合っていたせいで、心が汚れてしまったのだろうか。
「他人の黒歴史よりも、自分の用事の方が大切だって気付いたんじゃないか?」
「?」
振り返ると、興梠がお賽銭箱の上に立っていた。
そして、お参りの時に鳴らす鈴のひもを握り・・・
「よっと」
箱から飛び降りた。
カランカラーン
「実は案外、私が辞書を読み終わったことに気が付いたのかもね」
「・・・」
また読み終わったのか。
馬鹿らしくなってきた。もうツッコむ気すら起きない。
「おーい、そこの女の子―。わざわざ来てくれたんだから、用事には一応付き合うけれど、まずは名前から教えてもらおうか。君が誰だか分からないと、話にならない」
「あれ? 母から聞いていないのかい? 1回会ったこともあると思うんだけどな・・・。じゃあ、自己紹介から始めましょうか!」
少女が興梠に向き直り、胸に手を当てる。
ぼよよんっ
「私は、楽園管理局第15代目局長、楽園の統治者!」
「・・・」
「トーチって呼んでくれ」
近年稀に見るドヤ顔だった。
次回は、4月9日の予定です。
頑張ります。