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景観の楽園  作者: 野毛井 九九菜
第1章 行方不明の少女
11/29

11 : 雑談 『陰』

「『陰』。簡単に言うと、光の当たらない部分のことだ。影と似ているけど、少し違うね」


「・・・」


 違うのか。 

 まぁ、言われてみると違いは分かるけれど、言葉では説明しづらい。


「光と影、陽と陰、ってところかな? 陽と陰なんて言ってしまうと、なんだか人影って聞こえて、結局影とごっちゃになっちゃうけど」


と言い、興梠(こおろぎ)はフフッと笑った。


「・・・?」


 年の差というものだろうか。

 俺からすると、陽と陰なんて言われて思い浮かぶのは、人影ではなく、むしろ・・・。


「・・・ヒトカゲ」


「ん?」


「あっ、いや・・・、お前の話を聞いてると、ポケモンのヒトカゲって、“人影”が名前の由来なのかな? って思って」


「何言ってんだよ。ヒトカゲの由来は火蜥蜴だろ?」


「普通に間違えた! 恥ずかしい!!」


 まぁ、言われてみるとそうだよな。よく考えると“とかげポケモン”だし。


「いや、でも悪くない視点だよ」


「そうか?」


「ああ。蜥蜴の語源は、戸の陰にいることから“戸陰”という説もあるからね」


「・・・戸の陰ねぇ」


 陰。光の当たらない場所。

 石の下とかに住んでいることを考えると、妥当なのかもしれない。


「では、ここでクエスチョン!」


「クエスチョン? ヒトカゲの分類名を間違えた、この頭にクエスチョン?」


「それはクエスチョンというよりプロブレムだろ」


「問題のある頭ってか・・・」


 Question:質問

 Problem:問題


 悲しいなぁ・・・(シュン)。


「では改めて、クエスチョン! このクエスチョンに正解して、クエスチョンな頭を目指そう!」


「クエスチョンな頭? って何だよ」


「は? 質問する頭ってことでしょ?」


「知っていることが当たり前のように言われた! ねぇ待って! おかしいのは俺なの? 俺なのか!?」


「影と闇の違いって何だと思う?」


「無視された・・・!」


 かまっていられないと言わんばかりに!


「っていうか、え? 影と闇の違い?」


「そうだよ。簡単だろ?」


 ・・・本当にそうだろうか。


「ちなみに、影っていうのは、影と陰のどっちのことなんだ? 俺、ついさっき説明されたばっかりだから、まだあまりよく分かってないんだけど」


「プロブレムな頭だもんね」


「やかましいわ」


 っていうか、どっちかというと、インコンプリヘンシブル(incomprehensible)じゃないか?


 Incomprehensible・・・理解できない


 とはいえ、あらかじめ疑問点を無くしておくというのは、問題を解くことにおいて有効な手段である。思う存分質問させてもらうことにしよう。

 クエスチョンな頭にならさせてもらおう。


「影については、影と陰のどちらでもいいよ。どっちにしたってあんまり変わらないし」


「変わらない?」


「あ・・・ちょっとヒントになっちゃったかな?」


「・・・」


 さっきのがヒントだったのか?

 ただ聞き返しただけだったのだが・・・、まあ、そういうことにしておこう。

 見栄というのも、案外大事である。


「ってことは、影は平面で闇は立体的、という答えは間違いになるのか」


「?」


 ずっと辞書を読んでいた興梠が、きょとんとした顔でこっちを向いた。

 やめてよ、なんか怖いじゃん。


「いや、だから、お前の話から察するに、影と陰は違うけど、今回の問題では同じものとして扱う、ってことなんだろ? だったら、影が平面ってのは間違いになる」


 影はともかく、陰は明らかに立体的であるから。


「えっと・・・なんか変だったか?」


「急に面白いことを言い出すな~、と思って。確かに、そういう観点も大事だけど、影だって、立体に無関係かといわれると、はっきりYesとは言えないよ」


「・・・」


「お前の言う通り、影には立体感がない。でも逆に、影は立体感を生み出すことができるんだから」


 奥行きを、遠近感を与える。

 そこに物体があり、光があることの証明・・・


「はい! じゃあそろそろタイムアップね。辞書も一冊読み終わっちゃったし」


「は?」


 なんか目の前で、聞きなれない単語が羅列したようだが・・・、聞かなかったことにしておこう。


「では、答えをどうぞ!」


「光の関与・・・だろ」


「うん、そうだ。光。闇は光がないから生まれ、影は光があるからこそ生まれる」


「・・・」


「つまり光があってもなくても、暗い部分ってのは生まれてしまうということだ。暗い部分というか、よくないものって感じかな」


「・・・?」


 俺はその言葉に、何か引っかかった。


「さて、もう日も暮れる。お前が言っていた女の子も来なさそうだし、今日はひとまず帰りなさい」


「いや・・・ちょっと待って」


「?」


 話を終え、賽銭箱に戻ろうとしていた興梠が、こちらを振り返った。

 どうやら、次の辞書に移ろうとしていたらしい。化け物か、こいつ。


「お前さっき、光があってもなくても、暗い部分は生まれてしまうと言ったな」


「ああ、言ったけど・・・何?」


「・・・本当に」


「・・・」


「本当にそうか?」


「ほぉー」


 興梠はニヤッと笑った。

 俺が今言ったことを後悔したくなるくらい、嬉しそうな声を上げて。


「いやほら、例えば人についてだけど、真昼の時は上から光が当たってるから、できないだろ? 影」


「でも、足元にはできる。光が当たっていないからな」


「じゃあ、全方向から光を当てたとしたら?」


「服のシワなんかにはできるんじゃないか? そしてなにより、体の内部は光が当たらない。体でも裂かない限りな」


「・・・」


 なかなか手強いな・・・。

 もう言い返すことが何もない。


「まぁ、影を消すことができるのかという疑問については、また後に答えてもらおうか。家でゆっくり考えといてくれ」


 タッ、タッ、タッ、タッ・・・


「あれ・・・、お前から雑談を止めることなんて、今まであったっけ?」


 毎回、俺が無理矢理帰るまで止めない女のはずだが・・・、飽きたのか? 俺との雑談に。


「違う違う。私が雑談を止めることなんて、たぶん死ぬまでないと思うよ」


「それはそれで迷惑だ・・・」


「ほら、後ろを見なって」


 ハァ、ハァ、ハァ、ハァ・・・


「待ち人さんの、お出ましだよ」


「・・・!」


 振り返るとそこには、朝会った例の女の子が、息を切らして立っていた。

 そして彼女は叫ぶ。


「ふっざけんなぁー!!」

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