11 : 雑談 『陰』
「『陰』。簡単に言うと、光の当たらない部分のことだ。影と似ているけど、少し違うね」
「・・・」
違うのか。
まぁ、言われてみると違いは分かるけれど、言葉では説明しづらい。
「光と影、陽と陰、ってところかな? 陽と陰なんて言ってしまうと、なんだか人影って聞こえて、結局影とごっちゃになっちゃうけど」
と言い、興梠はフフッと笑った。
「・・・?」
年の差というものだろうか。
俺からすると、陽と陰なんて言われて思い浮かぶのは、人影ではなく、むしろ・・・。
「・・・ヒトカゲ」
「ん?」
「あっ、いや・・・、お前の話を聞いてると、ポケモンのヒトカゲって、“人影”が名前の由来なのかな? って思って」
「何言ってんだよ。ヒトカゲの由来は火蜥蜴だろ?」
「普通に間違えた! 恥ずかしい!!」
まぁ、言われてみるとそうだよな。よく考えると“とかげポケモン”だし。
「いや、でも悪くない視点だよ」
「そうか?」
「ああ。蜥蜴の語源は、戸の陰にいることから“戸陰”という説もあるからね」
「・・・戸の陰ねぇ」
陰。光の当たらない場所。
石の下とかに住んでいることを考えると、妥当なのかもしれない。
「では、ここでクエスチョン!」
「クエスチョン? ヒトカゲの分類名を間違えた、この頭にクエスチョン?」
「それはクエスチョンというよりプロブレムだろ」
「問題のある頭ってか・・・」
Question:質問
Problem:問題
悲しいなぁ・・・(シュン)。
「では改めて、クエスチョン! このクエスチョンに正解して、クエスチョンな頭を目指そう!」
「クエスチョンな頭? って何だよ」
「は? 質問する頭ってことでしょ?」
「知っていることが当たり前のように言われた! ねぇ待って! おかしいのは俺なの? 俺なのか!?」
「影と闇の違いって何だと思う?」
「無視された・・・!」
かまっていられないと言わんばかりに!
「っていうか、え? 影と闇の違い?」
「そうだよ。簡単だろ?」
・・・本当にそうだろうか。
「ちなみに、影っていうのは、影と陰のどっちのことなんだ? 俺、ついさっき説明されたばっかりだから、まだあまりよく分かってないんだけど」
「プロブレムな頭だもんね」
「やかましいわ」
っていうか、どっちかというと、インコンプリヘンシブル(incomprehensible)じゃないか?
Incomprehensible・・・理解できない
とはいえ、あらかじめ疑問点を無くしておくというのは、問題を解くことにおいて有効な手段である。思う存分質問させてもらうことにしよう。
クエスチョンな頭にならさせてもらおう。
「影については、影と陰のどちらでもいいよ。どっちにしたってあんまり変わらないし」
「変わらない?」
「あ・・・ちょっとヒントになっちゃったかな?」
「・・・」
さっきのがヒントだったのか?
ただ聞き返しただけだったのだが・・・、まあ、そういうことにしておこう。
見栄というのも、案外大事である。
「ってことは、影は平面で闇は立体的、という答えは間違いになるのか」
「?」
ずっと辞書を読んでいた興梠が、きょとんとした顔でこっちを向いた。
やめてよ、なんか怖いじゃん。
「いや、だから、お前の話から察するに、影と陰は違うけど、今回の問題では同じものとして扱う、ってことなんだろ? だったら、影が平面ってのは間違いになる」
影はともかく、陰は明らかに立体的であるから。
「えっと・・・なんか変だったか?」
「急に面白いことを言い出すな~、と思って。確かに、そういう観点も大事だけど、影だって、立体に無関係かといわれると、はっきりYesとは言えないよ」
「・・・」
「お前の言う通り、影には立体感がない。でも逆に、影は立体感を生み出すことができるんだから」
奥行きを、遠近感を与える。
そこに物体があり、光があることの証明・・・
「はい! じゃあそろそろタイムアップね。辞書も一冊読み終わっちゃったし」
「は?」
なんか目の前で、聞きなれない単語が羅列したようだが・・・、聞かなかったことにしておこう。
「では、答えをどうぞ!」
「光の関与・・・だろ」
「うん、そうだ。光。闇は光がないから生まれ、影は光があるからこそ生まれる」
「・・・」
「つまり光があってもなくても、暗い部分ってのは生まれてしまうということだ。暗い部分というか、よくないものって感じかな」
「・・・?」
俺はその言葉に、何か引っかかった。
「さて、もう日も暮れる。お前が言っていた女の子も来なさそうだし、今日はひとまず帰りなさい」
「いや・・・ちょっと待って」
「?」
話を終え、賽銭箱に戻ろうとしていた興梠が、こちらを振り返った。
どうやら、次の辞書に移ろうとしていたらしい。化け物か、こいつ。
「お前さっき、光があってもなくても、暗い部分は生まれてしまうと言ったな」
「ああ、言ったけど・・・何?」
「・・・本当に」
「・・・」
「本当にそうか?」
「ほぉー」
興梠はニヤッと笑った。
俺が今言ったことを後悔したくなるくらい、嬉しそうな声を上げて。
「いやほら、例えば人についてだけど、真昼の時は上から光が当たってるから、できないだろ? 影」
「でも、足元にはできる。光が当たっていないからな」
「じゃあ、全方向から光を当てたとしたら?」
「服のシワなんかにはできるんじゃないか? そしてなにより、体の内部は光が当たらない。体でも裂かない限りな」
「・・・」
なかなか手強いな・・・。
もう言い返すことが何もない。
「まぁ、影を消すことができるのかという疑問については、また後に答えてもらおうか。家でゆっくり考えといてくれ」
タッ、タッ、タッ、タッ・・・
「あれ・・・、お前から雑談を止めることなんて、今まであったっけ?」
毎回、俺が無理矢理帰るまで止めない女のはずだが・・・、飽きたのか? 俺との雑談に。
「違う違う。私が雑談を止めることなんて、たぶん死ぬまでないと思うよ」
「それはそれで迷惑だ・・・」
「ほら、後ろを見なって」
ハァ、ハァ、ハァ、ハァ・・・
「待ち人さんの、お出ましだよ」
「・・・!」
振り返るとそこには、朝会った例の女の子が、息を切らして立っていた。
そして彼女は叫ぶ。
「ふっざけんなぁー!!」