10 : 雑談 『影』
興梠が辞書をめくり、適当なところで手を止める。
「『影』と出た」
「・・・」
雑談開始
ここに来て、やっとの雑談だった。
まったく、俺たちは今まで何をしてたんだか・・・。無駄な話が多すぎるだろ。
「いや~、私たち、ぐだぐだコンビですから」
「何の言い訳だよ。あと、俺を一緒にしてんじゃねぇ」
無駄話の方ではなく、ぐだぐだコンビの方である。
「愚かだけに、“愚だ愚だ”」
「上手いこと言うな!」
確かに、さっきの俺たちは愚かだったけれど!
「っていうか、仕方ないだろ・・・。俺はこの章のタイトルに合った方向へ、話を持っていこうとしただけだ」
「いらないんだよ、そんな心遣い。お前は主人公だから、勝手に生きてりゃなんか起きるって」
「ド正論だ・・・!」
お前がそれ言っちゃうの?
「ところで石黒、影って何か分かる?」
「?」
あれ? 説明してくれないの?
いつもみたいに、自分で説明するのかと思ったら・・・珍しい。
「え~っと・・・何だっけ」
「・・・」
「影って言ったら、あれだろ。光に照らされていない部分が、暗いまま残るっていう・・・。あっ、ほら、今みたいに」
俺は、自分の影に目を向ける。
今日は快晴。
明日も快晴。
沈みかけた夕陽が、一層影を大きくしていた。
「そう、お前の言うとおり、影は、物が光を遮った時にできる、黒い像のことだ」
「・・・」
「でもそれは、影の話だよな」
「?」
影の話・・・?
今しているのは、影の話じゃないと言うのか?
「違う違う。私が言いたいのは、“かげ”は影だけじゃないということだよ」
「・・・?」
「影にもいろいろな意味があるし、他にも、陰、鹿毛、嗅げだって・・・」
「・・・」
かげ、かげ、かげ?
「説明の途中で悪いが、俺達は別に、紙を持って話し合っているわけじゃないから、漢字で説明されても分からないぞ」
「神社なのに、紙がないのか?」
「ないんだよ、残念ながら」
紙もなく、神もない。
「それは残念だ・・・」
興梠が悲しそうにうつむいた。
仕方ないよ。
この神社古いもん。
「っていうか、最後の2つは何だよ。明らかに違う何かなんだけど・・・」
鹿毛、嗅げ。
「いや、ちゃんとわかってるじゃん」
「読者の目線で見た」
「お前はこの世界を超越した何かか?」
ちなみに・・・、
・鹿毛…馬の毛色の名前。決して鹿の毛ではない。
・嗅げ…俺に何を嗅げと言うんだ。(鹿毛でないことを願いたい)
「ここからは、もう分からないみたいだな。じゃあここからは私が説明するよ」
「ああ、頼む」
「頼まれた。『影』。さっき話した様に、投影といった意味もあるが、他にも多くの意味がある」
ずっとお賽銭箱に座っていた興梠(痛くなかったのだろうか?)が立ち上がって、話を始めた。
「そもそも影が、必ず黒いとは限らないだろ?」
「限らないのか?」
白い影? 赤い影? あるいは茶色い影?
しかし、今この目に映るのは、自らの黒い影だけだった。
ん? 映る?
「あ・・・! 影か!」
そう。僕の目に映っていた物こそ、影。
「おっと。自分で気付いたんだったら、その説明はもういらないかな。うん、お前の言う通り、影には、水や鏡などに映った物、という意味もあるんだ」
興梠が地面に目を向ける。
今日は快晴。
昨日は雨。
夕陽に照らされた雲が、水たまりに影を落としていた。
「まぁ、実体のないもの、という意味では、どちらも同じようなものなんだけどね」
「・・・」
「幻影、とでも言っておこうか」
「幻影?」
幻の・・・影。
「はい! ここテストに出るから、ちゃんと覚えておくこと!」
「やばっ! 早くメモしとかないと! ってテスト・・・?」
え・・・、何それ。
「お前、テストの意味も知らずに、テスト7点だ~やった~ラッキーセブン~♪、とか言って騒いでいたのか?」
「そんなことをした覚えはない」
「じゃあ何の話だよ」
「なんでお前の話がテストに出るのか、って話だよ!」
「おいおい、逆ギレはやめてくれって・・・。思春期だね~」
「お前のせいじゃねぇか!!」
こんなことで思春期とか言われてたまるかよ!
ふざけんな!
「そういうとこだよ、思春期って言われるのは・・・(ボソッ)」
「最後に(ボソッ)って付けても、全然聞こえてるからな・・・」
読者の目線で見たわけではない。
興梠が自分で(ボソッ)って言っていたのだ。
馬鹿なのかな・・・こいつ。
「なんで、私の話がテストに出るかって?」
いろいろ面倒くさくなって、話を戻したらしい。
興梠が少し歩き、狛犬に寄りかかる。
「それはね・・・人生っていうものが、それだけでテストみたいなものだからだよ(バーン!)」
「・・・」
ドヤ顔をされた。
もちろん、(バーン!)も自分で言っている。
なんか、急に大人になるのが怖くなってきたぞ・・・。もう一生、思春期のままでいたい。
「それっぽく言ってるけど、普通に意味不明だからな・・・」
「じゃあ次は『陰』についてだ」
「まだあるのか!?」
女の子は、未だ来ず。