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景観の楽園  作者: 野毛井 九九菜
第1章 行方不明の少女
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1 : 楽園の統治者は楽園について語る


「 楽園 」


 それは、人間の欲求が形となったもの。

 人間の欲求に答え続けたものの、成れの果てである。


 ただ、楽園は時に、人間の脅威になりうることだってある。

 幸福の裏には、幸福を得るために犠牲となったものが積み重なっているからだ。

 度を越してしまった幸福に対し、人間はどうすることもできない。


 数日前から起きている、橋世界の件がいい例である。

 悪いものが形となって出てくることは仕方がない。そもそも今まで何もなかったことが不思議なくらいだ。

 橋世界の件のようなことはほとんど前例がないため、興梠(こおろぎ)とかいう女に任せて原因を探ってもらうことにした。

 母も、あの女は使えると言っていたから大丈夫だろう。


 そもそも、楽園というのは母が名付けたものだ。

 昔は、楽園を○○世界と名付けていただけだったのだが、この世に存在する世界の総称がないことを気に入らなかった母が、「 楽園 」と名付けたらしい。

 そのため、橋世界は景観の楽園というように、○○世界という名前だけでなく別名も存在する。

 ただ、楽園を○○世界と呼ぶ習慣が残っているため、今では別名で楽園を呼ぶ人はいない。昔は、母がそう呼んでいたのだが・・・。


 

 そろそろさっきの話に戻ろう。

 

 私は、楽園なんてない方がいいと思っている。

 現実を捨てて幻の幸せに逃げ込むことが正しいこととは思えないのだ。

 だから、私が長を務める楽園管理委員会の最終目的は、楽園をこの世から全てなくすことである。

 母の代では楽園の中で最大規模である迷界の消滅に成功した。

 だから、私の代でほとんどの楽園がなくなるようにしていきたい。


 楽園といえども、それは表の姿であって、裏の姿は人を惑わす化け物なのだから——


                ◆


 ふと時計を見上げた。


「・・・もう6時か」


 窓の外を見ると、日が沈みかけていた。

 

 やはり、考えるということはよくない。人間という生き物は、考える時間があるとついつい時間を忘れてしまう。

 もう夜なので、みんなを集めて夕食にしようか。


 楽園管理委員会の委員長室の席に座って、そんなことを考えていると、


「統治者様!!」


 バンッとドアが蹴破られた。副委員長のシャチだ。

 っていうか蹴破った!? オイオイ、蹴破ってんじゃねえぞ。ドアの修理費は誰が出すんだよ。意外とこのドア高いんだぞ。あ~もう・・・。


「統治者様! 大変です。今すぐなんとかしなければ・・・」


「落ち着け、シャチ。あと私のことはトーチでいいと言っているだろう」


「統治者・・・いえトーチ様。さすがに統治者のはじめをとってトーチとはセンスがないかと。それと、シャチという名前はどうも魚の方の(しゃち)に聞こえてしまってしっくりこないのですが・・・」


「そのシャチって名前は、統治者の最後の方をひっくり返してシャチなんだぞ。光栄に思え。光栄に。・・・っていうかさっさと用件を言え。自分の名前に不満があったから来たんじゃないんだろ」


「あ、はい」


 はぁ~。センスがないか・・・。いいだろ別に。センスがなくても死ぬわけじゃないんだし。


「それが、橋世界に日本人の少女が侵入したことが今分かりました。侵入したというよりは、迷い込んでしまったようですが・・・」


「何!? よりによってあの橋世界か! ・・・ん? でもすぐ出てくるから問題ないだろ」


 楽園とは、普通の人間にとっては入りにくく、出やすい仕組みになっている。

 だから、もし何かの間違いで楽園に入ってしまったとしても、フラフラしてたら簡単に出ることができるのだ。


「ですが、3日経った今になっても出てこなくて・・・」


 ・・・・・・えっ!! 3日!? 

 どうすんだよ。もうこれは、さっさと楽園から出せばバレないんじゃないの? とかそういうレベルじゃないぞ。

 っていうかなんで出てこないんだよ。今までで、楽園に入りやすくて出にくい体質の人間は確認されていないから、彼女がそういう体質である可能性は低い。

 ということは・・・


「楽園の主が自ら望んでその少女を入れたことになるのか?」


「いえ、橋世界の主とその少女は赤の他人のようですし、橋世界に1人の人間を入れたところで、今より状況がよくなるとは考えにくいでしょう」


 ・・・う~ん、はぁ~。

 私がやるしかないのか。面倒くさいな~~。でも、私の責任だし仕方がないか。


 私は立ち上がった。


「どうされましたか? トーチ様」


「興梠ってやつに頼みに行ってくるよ。あいつなら、橋世界の件とまとめて何とかしてくれると思うし」


「トーチ様、いけません! もう夜ですし危ないです」


 やっぱり止めるよな。っていうかお前は私の親かよ。でも私だってバカじゃない。対策ぐらいしてある。


「あっ! そうそう。今日の夕食は確か唐揚げだったなあ。マイサおばちゃんのことだから大量に作ってるんじゃないかな?」


「食堂へ突っ込め———!!!」


「「「「「うぉぉぉぉぉ————!!!」」」」」


 ドアの向こうで部下たちのおぞましい声が聞こえた。いや、ドアは蹴破られているから、正しくはおぞましい光景が見えた、である。

 っていうか何で全部聞こえてんだ? あいつらに言ったわけじゃないんだけど・・・。


「おい! 私の分も残しておけよっ! あっ、では私も食堂へ向かいますので、トーチ様いってらっしゃい!」


 シャチも食堂へ突っ込んでいった。おぉー、誰もいなくなった。スゲー、唐揚げの力は偉大だな・・・。

 マイサおばちゃん、後はよろしくお願いします。


「じゃあ行くか」


 私も、興梠のもとに向かって歩き始める。


 どこかでカラスの鳴き声がしたような気がした。

                   

                ◆

 

 これは、楽園に幸せを願い続けた人間と、彼らに出会った一人の少年の物語である。

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