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君はブラック・ジャックを知っているか

作者: DIEsoon

エブリスタの妄想コンテスト『ぬくもり』参加作品。

この事件のご遺体はどうやら撲殺された……らしい。そこをハッキリさせるのが俺達の仕事だ。なんでも、全身が不定形の青アザに包まれているそうで。俺は内出血による失血死、なんだろうと事前の情報からは察している。


内出血による失血死。体内で出血したのに血を失うと書く死に方。まるで矛盾しているようで面白いが、洒落にならない死因だ。


失血死とは、血管から血液が流出する事により、身体に酸素が送れなくなった場合の死因。破裂した水道管から漏れた水が、飲料水として機能しないのと同じ。決められた管を破って流れ出た血液は最早本来の機能を果たさず、それは失った血と同じ様に扱う。


一昔前話題になり有名になった、くも膜下出血だとかは内出血による失血死に該当する。最も酸素を必要とする脳に酸素が送れなくなって、死ぬ。血管が詰まって酸素が送れない場合は脳梗塞だ。……今はこっちは関係無いな。


だから本当に、冗談抜きで洒落にならない。昨年死んだ祖父も、脳出血でポックリ逝った。今回の被害者が脳を殴られているかは知らないが、全身で内出血が起こっているのだとしたらそれは充分有り得る死因だ。


暫くは冷めないぬくもりをポケットに入れて、俺は身支度を始めた。被害者と加害者の間に何があったのかは知らない。知らないが、きっと被害者は相当な痛みの中で死んだだろう。出血死……大量出血によるショックで死んだ方が、まだマシなぐらいに。


「あの人が、家主さんか……。」


俺はまだお眼に掛かっていないが、ベテランの刑事に『覚悟しろ』と言われたレベルの被害者だ。それを一般の人間が目の当たりにした時、どれ程のショックを受けただろうか。第一発見者の家主さんが不憫でならない。


「じゃあ、やりますか。」


深く息を吸い込んで、俺は現場の敷居を跨いだ。殺人現場にも関わらず、漂わない鉄の匂い。これも内出血のせいだろうか。筋弛緩により体外に排出された体液の匂いや、体内の細菌による死臭だけは免れないが。


「うわ……本当に、酷いな。」

「……なぁこれ、凶器、なんだと思う?」

「例の不定形な青アザ、か。」


先に現場入りしていた同期の仲間が、見るに堪えない遺体の傍で指紋の採取をしながら俺に訊いた。


「このご遺体、ヤバいんだよ……。バットとかで殴られた跡じゃ無い。と、言うか、ダメージが殆ど骨まで行ってる。折れては無ぇけど。」

「撲殺体だもんな。」

「でもヤバいんだって。不定形で、アザの形から武器の判別が分かんねぇ。ご遺体の方と揉め事になって、一発ブチかましたら死んじまったモンだから、その偽装に色んな物で殴ったとかなら、まぁ分かる。動転した素人なら、そんな事もするかもしれねぇ。」


死んだ人間殴っても司法解剖で分かるからあんまり意味がねーんだけどな、と同期は手を止めてご遺体を見る。


「……でもそれなら、死に起因した明確な一撃が、何処かにあるだろ? それに明確な一撃を偽装する為なら、偽装の内出血もデカくなる。でも見た感じ、それが無いんだ。

ちゃんと検死を通して無ぇし俺の目測だから、正しくは無いだろうけどよ。どのアザも、明確な一撃になってねぇと思う。ガチで、このアザの全部で、亡くなってる。

拷問みてぇだ……つーか、どうしたら生きてる人間をここまで執拗に殴れたのか。この犯人やべぇよ……。」


相当な痛み、というのを訂正し。壮絶な痛み、という事にする。それに見た所、拷問だったんじゃないかという同期の推測も頷けなくもない。


被害者は、裸だ。何も身に纏っていない。非武装も此処に極まれり。もしも凶器を突き付けてきた犯人に、抵抗の意思が無い事を示せと脅されていたのなら。


「あ、あった。」

「何が。」

「猿ぐつわの跡。」

「……されてただろうな。これだけ殴られて悲鳴の一つも無いのは、なぁ。」


青アザで見えにくくなりながらも、頬に擦過傷。俺達は被害者をどう殺したのかと言うよりは、どう殴ったのか、という所が気になっていた。納得する為の一つの要素に、その擦過傷は成り得た。


「で、結局。この青アザは、何で出来た? 骨まで行かないダメージで、不定形なアザ?? なんだこれ。」

「威力も殺傷能力も形も中途半端な凶器だ、としか。だから検死は出来てねぇからさ、素人にも分かる事しか言えねぇぞ。俺達に出来るのは証拠品の押収だろ……。」


ジップロックの様な証拠品袋がパチンと音を立てる。部屋に落ちていただけのゴミかもしれなくても、あるだけ全てを回収せねばならない。たった今、被害者の唇に付着していた黒い付着物も綿棒で押収してみた。部屋に持ち込まれてしまっていた、ただの土にも感じる。


「にしても、寒い……。」

「一旦外に出てきたらどうだ? カイロ配ってるぞ。」

「そりゃあいいな。貰ってくるよ。」

「ついでに集めた証拠品も、一旦車に持ってけよ。」

「おう。」




「ホント、寒いなぁ。」


玄関を超えたビニル手袋越しの手に吹き掛けた息は白く、その光景だけで気温を知ろうという気力を削いでいく。防寒したい。防寒したいが職業柄、あまり嵩張る服を着るのは憚られるのだ。


なんせ服を沢山着るという事は、数多くの繊維くずを現場に持ち込むという事。捜査に失態が無いよう懇切丁寧な付着物処理を施してから現場に脚を踏み入れるとしても、その原因となり得る物を増やすのはどうにも気が進まない。車両に収めた証拠品の中にミスがありませんようにと思いながら、話に聞いたカイロの配布場所を探した。


「おーい! そこの鑑識の奴、こっち来い! 最初っから現場に篭ってた奴だろ、お前。ここの家主さんが、気を利かせて全員分のカイロを用意して下さった。暖かいぞ。」

「おお! あれのことか。有難く頂くっす。……あ、もう結構暖かいんすね。」

「みんな要るだろうって家主さん、開封済みの貼らないカイロ全部ガサガサ振っちまったんだよ。そこまでされるともう断れないからなぁ。」

「ご好意に預かりまーす!」


手袋を一旦外してからコンビニ袋いっぱいのカイロを一つ取って、指先に当てる。暖かい……。


「家主さんが第一発見者でしたよね?」

「そうだな。血縁関係は無い。現場の貸家の借主が今回のホトケさんだ。寒いんでカイロ買ってきてくれって被害者に頼まれて、家を訪れた時にはもう……。」

「じゃあこのカイロ、元々持ってたから使ったんですね。でもそりゃそうか、第一発見者に買い物なんて、行かせられませんし。」


俺を呼んだ新人と思しき見覚えの無い男はそう言うと、ちらりと第一発見者を乗せている車を一瞥して溜息をついた。


「それは俺達が行かせねーよ。それに、家主さんボロ泣きだぞ。あんな状態で何処に行けるんだよ。」


この男、新人だろうに中々に豪胆な性格をしている。これが何度目の事件なのだろうか? いつか大物になりそうだ。ただ俺が相手でなければ誰もがキレそうな口調だけは治した方が良い。


「……借主さんと家主さんの関係、良好そうですね。」

「…………相当の恨みがあるんだろうな、犯人には。アザまみれ、だぞ? そりゃもう、メッタメタに殴った跡だったろ。絶対に犯人、捕まえるぞ。」

「分かりまし、熱っつ!?」

「ん? 大丈夫か? 何があったかは知らんが。」


突如感じた冗談抜きの熱さに、俺はカイロを落とした。


「ありゃ、漏れてたのか?」

「漏れ……?」

「どっか穴が開いてたんだろ。ほら。中の砂が漏れたんだよ。」

「このご時世にそんな不良品が、」


あれ、ちょっと、待てよ? 手に付着した黒い砂が、先程押収された証拠品の中にあった気がする。カイロを広い上げ、穴を探せば確かに一箇所、ぷつりと穴が開いていた。


「現場に家主さんが到着した時に、落ちた?」

「何がだ。」

「この、カイロの中身です。さっき持ってきた証拠品に、黒い付着物があるんですよ。」

「…………なんだって?」


いや、だとすれば可笑しい。カイロって空気中の水分に反応しない様に袋に入ってるだろ? 穴の開いてた不良品だとしても、そっちの袋に溜まるから外に流出する筈が無い。


「あれ? 家主さん犯人じゃね? いやでも、あれ? 気の所為……か?」

「……………………どうしたよ。」


家主さんが犯人だとして。カイロを袋から開けて、被害者と対峙した理由はなんだ? だって、いつからカイロが開封されていたのかハッキリとしていない。少なくとも、俺がカイロを貰った時には全てのカイロが開封済みだ。つまり、事件発生当時に開封済みだったかもしれない。


開封したカイロの利点?


「おい、そのお前が言ってる黒い付着物の鑑定、今すぐ出来るか?」

「え?」

「お前の想定が合ってるなら、断定するのは簡単だろ?」

「いや、でも違うかもしれませんし。」

「違わなかったら、どうなんだ?」


違わなかったら。被害者に付着していた物が、カイロの中身だったら。この手の中にあるカイロから、零れ落ちた物だったら。それが事実だとしても、俺には確定的な推理は出来ない。おつむが生憎足りていない。


ただ、目の前に佇んでいる人間は何処か確信めいた眼をしていた。

だったら、訊いた方が速い。


「あの。カイロで、人を殺せると思います?」

「さぁ。だが数があれば、殺せるんじゃないか?」

「数。」

「例えばだな。沢山のカイロを袋に入れる。開封はしててもしてなくても良いが、している方が変形しやすいだろう。」

「それで?」

「それだけだ。」

「はい?」

「確定した形が無く、銃刀法違反にもならない鈍器、ブラック・ジャックの完成だ。袋の中身は小銭だったり砂だったり。カイロで作ったんなら砂鉄と炭で出来てるだろうし、大層な威力があるだろう。そんで使った後は、皆に配ればいいのさ。カイロの良さは暖かい事だからな。」


俺はカイロを証拠品袋に入れる。あの家主の号泣には、凶器が分散していく事に対する安心感もあるのではないかと思うと、もうこのぬくもりに休息を求める事は出来なかった。


「俺のも要るかい、証拠品。」

「そりゃ全員分、回収するべきではありますけど。見逃して欲しいんですか?」

「寒いからな。」

「図太い神経してますね……。」

「褒め言葉をどうも。それに丁度、鉢植えの肥料が切れててな。使い捨てカイロの中身って、肥料にもなるんだよ。」


調べ終わったカイロもみんな欲しいぐらいだ、そう快活に、やたら愛想良く笑われれてしまえば、不謹慎な笑いではあるかもしれないが自分の肩の力が良い具合に抜けた気がした。




「で、まだ自白してないんすね。」

「らしいんだなぁ、これが。今も丁度取調中だよ。」


数日が経った。黒い付着物はカイロの中身だという事が鑑定の結果判明し、最早家主の黒は明確。しかし、家主は『私ではない』の一点張りらしい。


「それで、鑑識の奴が何しに来たんだ。」

「鑑定の終わったカイロの中身を、お届けに。」

「は?」

「欲しいって言ってらした刑事さんが居たんすよ。肥料になるらしいっすよ。」

「はーそうかい。あ、知ってるわそれ。お袋がやってたなぁ。じゃあ大丈夫な奴なのか? そのカイロは。」

「大丈夫な奴、って?」

「カイロにも、肥料に出来るやつと出来ない奴があんだよ。カイロの外装の袋に書いてあるんだ。これは肥料に出来る奴ですよーってな。」

「え?」


「ただいま戻りました~~。あ、鑑識の奴が居る。丁度良いや。気になるからこれ、時間があったらでいいから調べに行っといて欲しいんだけど!」

「仕事ですか?」

「例の自白しない案件! 時間の問題で自白するにしても不可解な事はまだ多いし、あんだけ自白もしないしさ……。だから現場周辺の聞き込みとかもしてきたんだよね。そしたらさ、あったんだよ。一部分だけ黒い土質のある空き地が、近くに! だから採取してきた!これさこれさ、同じカイロだとしたら、犯人は別で、これは捨てられた凶器って可能性もあるよね!」

「…………え?」


「帰還しましたー……。被害者が殺害される数時間前まで、あの部屋に居たとされる友人宅に聞き込み行ったんですが。留守でした。僕の主観を述べさせて貰えば、間違いなく第二容疑者候補ですよ!」

「……………………。」


「……? おい、お前大丈夫か?」


俺は血の気が引いていくのを感じた。ついさっき渡された証拠品の中身が分かっているからじゃない。第二容疑者候補が上がった事にでもない。


俺は埋まって行く空席に、背筋を凍らせていた。


俺はそんな訳が無いだろう、と目の前の刑事に頼んだ。取調現場を見せて貰えませんか、と。


「別に良いが、まぁ知っての通り、マジックミラー越しだぞ。」


中に居たのは件の家主と、数人の刑事。

それは、先刻まで居た捜査班の、空席の数と同じだ。


この捜査班の。刑事の数はこれで全員らしいのだ。


だとしたらーーーー誰だ?


『…………相当の恨みがあるんだろうな、犯人には。』


事件当日に俺と現場に居た、あの男は誰だ!?

刑事で無いのなら、誰だったんだ!?


「我儘言って……すみません。第二容疑者候補の、顔写真はありますか。」


俺が震える指で写真を受け取り、その写真の顔に見覚えを感じている最中にも、取調は続いていた。



『お前が! 使い捨てカイロを袋詰めにしたブラック・ジャックを作って! 被害者を殺したんだろう!?』

『だから何の話だよ!? なんだよブラック・ジャックって、マンガの無免許医の事か!?』



第二容疑者はとっくのとうに、海外への高跳びを果たしていた。


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