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8 未来へ

 ここ、どこ?


 ぼんやりとアリーセは辺りを見渡した。

 見覚えのある風景。

 雰囲気は少し違うように感じられたが、ここは間違いなく〝灯〟の裏庭だった。

 ギゼラが召喚した〝異界の王〟は自分を時空の果てに飛ばすと言った。

 いや、思えばあれが本当に異界の王と呼べるのかも怪しいものであったが。

 それにしてもここはいつの時代か。

 過去にしても未来にしても、アリーセのいた時代よりもそう遠くはない時代に感じられた。

 上空を仰ぎ見て季節は春と知る。

 満開に咲き誇る桜の花がそよ吹く風に揺れている。


「おい、大丈夫か?」


 不意に下から声をかけられアリーセは肩を跳ねた。

 視線を落としてさらにぎょっとする。

 男の子が地面に寝そべっていた。

 自分と同い年くらいの少年の上、それも腰のあたりにまたがって乗っかっていたのだ。


「わ! ご、ごめっ……」


 慌てて少年の上から退こうとした瞬間、腕をつかまれた。

 逃れようと身動ぐが、細身のわりには強い力で振り払うことができなかった。

 それどころか何を考えているのか、相手はついっと顔を近づけてくる。


「やだ! 離してよ!」


「美人に迫られるのは大歓迎」


「ちょっと、やめてよ……どいて」


「そっちから誘ってきたんじゃん」


「誘ってなんかいないでしょう! たまたま落ちたところがあんたの上……」


「照れちゃって可愛い」


「誰が照れて……え……?」


 相手の顔を見つめアリーセは息を飲む。

 ようやく目の前の少年が、夢で出会ったイェンだということに気づく。


「あんた、あの時の夢の!」


「何? あれを夢だと思ってたわけ?」


「夢じゃないの?」


「せっかく会いに行ってやったのに、夢だと思われたんじゃ、がっかりだ。でもまあ、ちゃんと俺の名を呼んでくれたな」


 よしよし、とイェンは唇に笑みを浮かべアリーセの頭をなでなでする。

 アリーセははっとする。

 そういえばこの少年も〝灯〟の魔道士だった。

 ならば……!


 頭をなでる相手の手を思いっきり振り払い、アリーセはイェンの二の腕をつかんだ。


「あんた!」


「ん?」


 ずいっと顔を近づけるアリーセに、イェンは目を細めてにっと笑う。

 たちまち女性を虜にする妖しい笑みだ。

 端整な顔に漂う色気。

 胸をときめかせるような微笑みを向けられて落ちない女はいないだろう。しかし、今のアリーセはそれどころではない。

 というか、確かに美形な男の子だなあ、とは思うけど、それだけのこと。


「エリクって人、知ってる?」


「エリク・アードリガーだろ?」


 即座に返ってきた答えに、アリーセは目を見開いた。

 ここがいつの時代かわからないが、エリクを知っている者がこの時代にもいたということに安堵する。

 それに、エリクに会えば、助けてもらえるかもしれない。

 希望はまだある。


「そう! エリク・アードリガーよ。あたしエリクに会いたいの」


「会いたいって言われてもなあ」


 イェンは困った顔で言葉をにごす。


「無理」


「どうして!」


「エリクは〝灯〟の長。そう簡単に俺ら下っ端魔道士が会える人物じゃねえよ」


 エリクが〝灯〟の長ということは……。

 ここは未来。

 ここが自分のいた世界からそう遠くない未来ということは何となくわかった。

 しかし、どこまで先の未来なのだろう。

 アリーセは何か思いついたように顔を上げ、立ち上がった。

 何かを見つめるともなしに、アリーセの目が遠くをさまよう。


「え? いきなりどうしたんだ?」


「エリクに会いに行くわ」


「いやだから、俺の話を聞いただろ? エリクは忙しいから……って、おいっ!」


 イェンの話を最後まで聞かず、アリーセは突然走り出してしまった。

 確かに長となったエリクと〝灯〟で合うのは難しい。

 けれど、エリクの家に直接行けば、何か解決策が見つかるかもしれないと思ったからだ。

 背後で自分を呼び止めるイェンの声を聞くが、アリーセは聞こえない振りをしてかまわず走った。

 急く気持ちと駆ける速度が重なる。

 〝灯〟からエリクの家へと続く道も街も大きな変化はない。

 肩を上下させて息を吐き、エリクの家の前にたどり着いたアリーセの顔に不安な色が過ぎる。

 人が住んでいる気配が感じられないのだ。

 窓の板戸は固く閉ざされ、家の回りには雑草が伸び放題であった。


「その家はずいぶん前から空き家だ」


 背後からの声にアリーセは振り返る。

 追いついたイェンが立っていた。


「あんまり無茶なことはしてくれるな。もしも〝灯〟にあんたの存在が知られたら、あんた、やばいことになるぞ」


「やばいこと?」


「考えてもみろ。過去から来た人間が未来で何か問題起こしたら大変なことになる」


 イェンの言葉にアリーセは目を見開く。


「あたしが過去から来たってわかるの? 待って、そういえばさっき、あんたと初めて出会ったのは夢じゃないって。てことは以前、あたしが会ったあんたは未来のあんただったってわけ? どうやって刻を超えて過去に?」


 矢継ぎ早に質問を投げかけるアリーセに、イェンはまあ落ち着けと手で制する。


「今頃気づいたのか? って言いたいところだけど、そう簡単に理解しろっていうのもまあ、無理だよな」


「だって! そもそも刻を操る魔術なんてそれこそ禁術。いいえ、そんな魔術を使える人がこの世にいるなんて信じられないもの。ううん、そんなことができるのは……」


 はっ、と何かに気づいたようにアリーセは大きく目を見開きイェンを見上げた。


「え? なに? 目をきらきらさせて。先に言っておくけど違うからな」


 アリーセはふるふると首を振り、再びイェンを憧憬のまなざしで見つめ上げる。


「あなた様はもしかして、刻を自由自在に操る世界三大大魔導士のひとり、偉大なる大魔道士パンプーヤ様?」


「だから……」


 イェンの頬がひくついた。


「そうなのですね? 大魔導士パンプーヤ様なのね!」


 手を胸のあたりで組み、目を輝かせてつめよってくるアリーセに思わずイェンは身体を引く。


「だから、違うって先に言っておいたよな」


「ああ……あの有名な大魔導士様が、こんなに若くてきれいな顔立ちの男の子だったなんて。そういえば、その身から放たれる魔力もただならぬものが」


「人の話を聞け! 違うって言ってんだろ」


「違うの?」


「違うよ!」


 なーんだ、と呟くアリーセの熱のこもった瞳が一気に冷めていく。ふと、イェンの手首の腕輪に目を落とし鼻で嗤う。


「そうよね。そもそもあんた初級魔道士だもんね」


 そう言って、アリーセは腕を組む。


「じゃあ、あんた何者?」


「とりあえず俺の家に来い。いろいろ聞きたいこともあるだろうし、詳しい話はそこでだ」


「え?」


 家に誘われてアリーセはうろたえる。

 目の前の少年を、本当に信用してもいいのだろうか。かといって、この時代に頼る者のいないアリーセにとって選択肢がないのも事実。

 そんなアリーセの思いを読み取ったイェンは、ふっと笑って肩をすくめた。


「警戒すんなって、ちゃんと家族もいるし」


「でも……」


 家族がいるっていうのも本当かどうかわからない。

 家に連れ込まれて変なことをされはしないか。

 アリーセは上目遣いでイェンを見上げる。

 あんなきれいな顔して優しく接してくれるけど、実はそうじゃなくて。

 いきなり押し倒してきて襲われて……。


「あんなことや、こんなこと……」


「……あんなことや、こんなことって、なに想像してんだよ」


 思わず声に出してしまったことに気づいたアリーセは、慌てて口元を手で押さえた。


「えっと、それは……」


 しどろどろに言い訳をするアリーセに、イェンは口元に笑みを作る。


「だいたい、俺が女を襲うような男に見えるか?」


「見えない、と思う……」


 そこまで女性にがつがつしている雰囲気はない。

 でも……。


「男の人ってわからないもの。優しかったなって思ったら突然、豹変して強引に迫ってくるし」


「あんた、今までどういう男とつき合ってきたわけ?」


「それは……」


 返す言葉がなくてアリーセは口ごもる。


「最初に出会ったときも言ったけど、遊びもほどほどにな」


「あんたに説教されたくないわよ! そういうあんただって、いかにも遊んでそうじゃない。手、はやそうだし。人のこと言えるの?」


「俺はうまくやってるから。後くされなく、遊びと割り切れる女としかつき合わない」


 しれっとした顔で言うイェンにアリーセは呆れたように口を開ける、最低男と、ぽつりとこぼす。


「俺、こういう容姿だろ? 言い寄ってくる女たくさんいるんだよね」


「そういうこと普通自分で言う?」


「ほんとのことだから」


「あんた、本気で人を好きになったことないでしょう?」


「そうでもないけど、長くは続かないな」


「でしょうね」


「まあ、そういうことだ」


「どういうことよ」


「つまり俺、少しも女に不自由してないから。だから安心しろってこと」


 そう言って歩き出すイェンの背中をじっと見つめ、アリーセも渋々といった様子で歩き出すが、すぐにあっ、と声を上げた。


「今度はなに?」


 どこか苛立ちの混じった声で、イェンが振り返る。


「あそこに歩いてるの、ミリアよ!」


「誰、それ?」


 アリーセは三人の小さな子どもを連れて歩くミリアの姿を指差した。


「ちょっと前に、あたしうっかりミリアの彼氏を奪っちゃったみたいなの」


「あんた、さりげなくひどいこと言うな……」


「驚いたわ。すごく大人っぽくなってるし、ずいぶん痩せたんだ。ミリア!」


「ええっ!」


 イェンは素っ頓狂な声を上げ、駆け出そうとするアリーセの腕を咄嗟につかんで引き戻す。


「さっき俺が言ったことわかってないな?」


「ちょっと、挨拶するだけよ」


「だから!」


「なによ、そのくらいいいじゃない」


「あんたはここにいちゃいけない存在だって言っただろ」


「呼んだのはあんたでしょう?」


 イェンはがくりと肩を落としため息をつく。


「ねえねえ、それよりもミリア、誰と結婚したんだろう? すごく気になる。子どもたちも、かわいい。いいなあー」


 つかんだ腕を放したら、そのままミリアという人物の元に駈けだしてしまいそうな様子だ。

 イェンはああ、と左手で頭をかきむしる。


「まさか、あんたがこんなに手がかかるとは思わなかったよ」


 アリーセの腕をつかんだまま、イェンは指を鳴らした。

 次の瞬間、二人の姿がその場から忽然と消えた。

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