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前編

 六歳の誕生日を迎えた私は、悪役令嬢になっていました。

 この悪役令嬢というものは、六歳児にして優秀な頭脳を誇る私の言動が……“敵”に対して悪役のような言動をとるのも理由にあるのかもしれない。

 だがそのあたりの話はおいておくとして。


「こんな空は雲一つなく晴れたいい日なのに……六歳の誕生日を迎えたというのに……」


 私はわなわなと震えた。

 記憶にある範囲では別のキャラクターになっているはずなのに、こうなってしまったようなのだ。

 というじゃこの年まで全然気づかなかったのはどうしてだろう?


 ある程度自分で行動できる年齢まで放置しておいたというのもあるのだろうか。

 だが、本来の“予定”からすると、


「な、何で私がこんな事に……」


 そんな不安を覚えているとそこで、私の独り言に答える声があった。


「いや、えっと……全部こちらのミスです」


 私は周りを見回すも、目の前にはサンドバッグが一つぶら下がっているのみ。

 貴族の屋敷で、店外付きのベッドや洋服をしまう細かな装飾の施された家具が並び、天井には花の形をしたシャンデリアがきらめきながら飾られている中……同じように天井から垂れ下がっているサンドバック。

 だが、これは私にはどうしても必要なものだった。


 自身の戦闘能力を維持する(六歳児)ためと、ストレスを解消するために必要なものなのである。

 というわけで、とうとう心に負荷がかかりすぎてしまった私は、憂さ晴らしで部屋に吊るされている562個めのサンドバックに蹴りを入れていた。

 一回の蹴りのように見せかけて即座に十発ほど繰り返し同じ場所に打ち込むという私の業である。


 この私の技を防げるものなど存在しない!

 というのは置いておくとして、考え事をしていたせいだろう。

 つい一発ほど、サンドバックからそれてすぐ横の宙を蹴る。


 この私としたことが何たる失態……そう私が悔いているとそこで、


「うわぁああああああ」


 勢いあまって宙を蹴りあげ、そこで一人の少年が悲鳴をあげて姿を現したのだ。

 銀髪に青と緑の瞳をした私と同い年くらいの少年。

 幼さのあるその姿だが、将来は美形になることを約束されているような可愛らしさと宝石のような美しさを讃えている。

 

 美形はこの世界でも貴重だと思う。

 それに私は異存はない。

 だが、突如として私の部屋に現れた人物となると……そう思って私は即座に蹴りを加えた。

 

 彼は慌てたように、けれど紙一重の動きで私の蹴りをよける。

 そこで悲鳴を上げるように彼が、

「ひ、酷いです。何をするんですか!」

「貴方、一体何処から入り込んだの? この私に気づかれないなんて、中々の手練ね」

「ち、違います。というか、さっきちょっと思い出したのではないのですか!?」

「何をごちゃごちゃと……」

「え、えっと……貴方が本当は“何”になるのか覚えていますか?」

「そんなもの当然……」


 そこまで聞かれて私は首をかしげる。

 なんで悪役令嬢に! 本当は違うはずだったのに! といったような記憶しかない。

 その奇妙さに私ははっとするけれど、すぐさま再び私は蹴りを彼に向ける。


「な、何をするのですか!?」

「私のこの記憶について何か知っているみたいだけれど、貴方が味方であるとは限らないわ。思わせぶりに言っているだけかもしれないしね」


 

 そう私は告げてから少し離れた場所に飛んで下がる。

 今度は何処の暗殺者だろうと思って、私は傍にあった剣を持ち出す。

 貴族で優れた力を持つこの家に生を受けたのだから、仕方がないと思う作業の一つだ。


 本来であればこの屋敷の敷地内に異質なものが紛れ込んだ時点で、暗殺者であろうが魔物であろうが殲滅する手はずになっているはずだった。

 この屋敷にいる者たちは普通のメイドや料理人でさえそこそこの戦闘能力を備えている。

 これも、屋敷の私や両親といった人たちに向かう防衛ラインを守るために必要なものっだったのだ。


 それはそう簡単に超えられないもの。

 なのに彼はここにいる。

 防衛網を突破されたということは、その警備の何処かに穴があるのだろう。


 それを知るにはこの暗殺者の同い年の少年を生け捕りにして、吐かせたほうが早いのかもしれない。それならば、


「“時間よ、止まれ”」


 小さく私は呟き、私の固有の特殊能力チート、“時間操作”だと呼ばれている能力を使う。

 呼ばれているというのは、おそらくはそういった能力だろうと私が推定しているからだ。


 もしかしたら似たような効果を持つ別の力なのかもしれないが。

 そして私がつぶやき、効力範囲をこの部屋に限定した私の力によって全ての動きが止まる。

 この時空間上で動けるのは私のみ。そのはずだった。


 目の前の彼が、すっと大きな紙を折った細い棒のようなものを取り出して――後に私はそれが“ハリセン”と呼ばれる、前世の世界の武器だったと思い出す――私の頭を叩いた。

 軽快な音を聞きながら、私ともあろうものが攻撃を受けるなんて油断した! と焦るが……そこで私はぼんやりと前世の記憶を思い出した。


 ついでに私は、この世界を救う“勇者”になるはずだったと自分を思い出す。

 それを告げたのは目の前にいる、以前の神から仕事を引き継いだばかりの新米の神様だ。

 そう、暗殺者ですらなかった。

 

 彼は味方側の人間ではあった……はずなのだが、そこで私は悪役令嬢にされてしまった現状を思い出して、そして彼との会話でどういった話になっていたのかを思い出す。

 私の違和感の正体、それは、


「ちょっと! 勇者として世界を救ってくれって話はどうなったの!」


 そう、私は勇者になるはずだったのだ。

 本来の私の役目は悪役令嬢ではなく、剣を持って戦って世界ウィ救ってしまうような勇者のはずだったのだ!

 だが、現在のこの状況では悪役令嬢である。


 そこでこの“神様”である彼が焦ったように、


「本当にすみません!  神様を引き継いだばかりの新米なので、何が出来て何が出来ないのかがよく分からなくて、うっかり貴方の世界のゲームの、悪役令嬢に当たる方に転生させてしまいました。悪役令嬢が婚約破棄されるといった展開にはなりませんが」

「どうするのよ! 私、若くして死ぬんだけれど……」


 私の中にある完全に思い出したゲームの知識では、この悪役令嬢である私は若くして死ぬはずなのだ。

 絶対にそんなの嫌だ、そう私がおもっているとそこで“彼”が自信ありげに、


「分かっています! なので僕がサポートして、運命に一部介入しながらヒロインとともに世界を救う“勇者”になって頂きます!」

「もう一声!」

「わ、分かりました、どうすれば納得して頂けますか?」


 オシの弱そうなその神様に私はにっこり笑って、


「逆ハーレムなモテモテ展開と、特殊能力チートを一つください!」

「ええ! モテモテ展開は自分でどうにかしてもらいたいです、神様には人の心は恋愛的な意味では操れないですから。そこは自助努力でお願いします」


 と言いながら若干、彼の目が泳いでいたのを私は確認する。

 彼は嘘をついている。

 人を魅了する何らかの方法があるようだけれど、彼は私にそれを使わせたくないようだ。


 その力が使えれば人たらし能力でどんどん楽に事が進みそうな気もするが、そこら辺には渡したくない何か事情があるのかもしれない。

 とするとどうするかと私が考えていると彼が、


「そ、それにその固有で特殊なスキルじゃ足りないんですか!」

「そうね……年齢詐称魔法が欲しいの。でないと、その場その場で、例えば学園やら酒場やらに潜入したりは出来ないから。この六歳児という体は意外に面倒なのよ。交渉に入るなら年齢は変更出来るようにしておかないと……ね」


 年齢的な意味で出来る事が制限されるのは、ゲームで死ぬ間際に悪役令嬢が言っていた言葉で確認済みだ。

 幼い彼女にできることは、どれほど能力があっても少なすぎた。

 そしてある程度どうにかできる頃には彼女には時間がなさ過ぎた。


 それゆえに、私にとってその力は必要不可欠なのである。

 だから私がこの先生き残るためにはその力が必要不可欠な力を彼に告げることにした。

 その神様は私の説明に納得したように頷いて、


「なるほど、確かにその力は好都合ですね。大人にならないとなかなか話を聞いてもらえないところもありますからね。状況が状況ですし、子供の戯言としてかたずけられてしまう可能性も高い。となると……それに早めに準備出来たほうが先手が打てる」

「そうでしょう。この能力を手に入れて大人になったりできれば、これで私は若くして死なずに済むわね」


 これで何とかなったわ、一安心と私が安堵しているとそこで彼は言いにくそうに、



「いえ、その非常に言いにくいのですが……」

「何?」

「貴方が死ぬ原因はそちらではなく……貴方が若くして死ぬ前に、その……現在の状況ではこのままいくと、この世界が滅ぶんです」


 あっさり言い切ったその神の顔を私はまじまじと見て、そこで気づいた。

 そういえば私は勇者としてこの世界に召喚されるはずで、そしてゲームでは主人公だったヒロインと力を合わせてこの世界を救うはずだった。

 けれど私は今、私は悪役令嬢になっている。


 つまり、この世界には勇者がいない。


「! 世界が滅んでも私死んじゃうじゃない! 勇者だっていったって昔から色々と敵を倒したりして、結果として世界の破滅の進行を遅らせている部分もあって、そうなると……今のままでは確実にもっと早くに滅ぶんじゃ……どうするの、私を悪役令嬢にしてどうするの!?」


 私は彼に詰め寄るとこの神様は、


「いえ、ですから勇者をやりながら、悪役令嬢ルートを回避ということで」

「……手伝ってくれるのね」

「はい、もちろん! 世界が滅んだら再就職先を探さないと。今は神様業の就職が厳しくて……」


 神様の個人的な事情で、手伝ってくれるようだ。

 元々は彼のミスだが、神様という最強のカードを手にした私に敵はない……と思いたい。

 そこで私は彼に問いかける。


「それでどうする? 私の執事としてお父様達にお願いしておく?」

「そうしていただければ助かります」

「じゃあ決まりね。えっと名前は……」

「普通にこの地方で信じられている神、ユーグで構いません。多分本当の僕の名前は、この世界の人間には発音が難しいでしょうから」

「そう、これからよろしくね、ユーグ」


 そして私は彼と握手を交わしたのだった。






 ここで、全てを思い出した私の現状について説明しようと思う。

 つまりこの世界にそっくりなゲームについ手の大まかな内容だ。

 そのゲームとは、“その日私は世界の秘密を知る~天の冠を抱く者~”という、女性向け恋愛ファンタジーシミュレーションゲーム、通称乙女ゲームである。


 何故このゲームをやったのかまでは覚えていないし、もともとがどんな人物だったのかも私は全てを覚えているわけではない。

 自分が誰だったのかを覚えていないのは不安を感じるが、今の私は“私”だ。

 過去の誰でもないので、何の問題もない。


 そして記憶はあまりないとはいえ、その乙女ゲームが大好きで面白かったのは覚えている。

 だから記憶してしまっている私が選ばれてしまったのだろう、と今ならばわかるが。

 さて、話を戻すが、その乙女ゲームに似た異世界? の悪役令嬢として生まれ変わっているという、衝撃の事実が本日発覚した。


 ちなみにこの悪役令嬢は、最後の方で実はいい奴だったんだと分かった挙句ヒロインに全てを託して死ぬ女性キャラなので、悪役令嬢かどうかと言われると厳密には違うかもしれない。

 ただ作品中では悪役のような言動が多々見られていたように思える。 

 私のように敵に対して悪役のような言葉を投げつけて倒すところがそう見えるのかもしれない。

 

 敵に対しては立ち向かう強さが彼女にあったとゲーム内の彼女に関しては補足しておこうと思う。

 今は私だが。

 それでその悪役令嬢……つまり現在の私のゲーム内の設定は、今の私とほぼ同じだった。


 ちなみに現在私はこの世界に生を受けてはや六年が経過している。

 つまり私は今六歳になっていたりするが、その範囲で知っている知識と、ゲーム内の設定はほぼ同じだったので、ゲームの中にいると言っていいだろう。

 さて、その悪役令嬢について少し説明を詳しくすると、“私”は歴史ある由緒正しい貴族のクレール家の長女であるそうだ。


 そして幼い頃からの英才教育により貴族としての立ち振舞から語学、自然魔法学までを乾いた土が水を吸収するがごとく飲み込んだ“私”は、その分野の教授達から天才と呼ばれるほどの才媛になっており、しかもこの美貌。

 輝く黄金を落とし込んだかのような金色の髪に、翡翠のような緑色の瞳。

 白い珠のような肌を持った絶世の美少女だったのである。


 更にその悪役令嬢な“私”は、特殊な“時間操作”らしき能力を持っているのだ。

 それ故に、今思えば高慢な性格になってしまったのは仕方がないといえる。

 但し、高慢さはあるものの素直に失敗や間違いを認める謙虚さも併せ持っていたと、私は前世のおぼろげな記憶を思い出して自分の行動を客観視して気づいた。


 でもだからといってどうしてそんな天才が甘んじて悪役を引き受け、最後にヒロインに全てを託して死ぬのか……主人公のヒロイン視点では気にならなかったそれが、今、私はとても気になります。

 けれど気になっていた所でどうしようもない。


 だからそれよりも優先すべき事柄が幾つもあるので、まずはそれに関して手を打っていかないといけないと私は考える。

 そして今日はちょうど六歳の誕生日。

 両親におねだりをしてプレゼントを手に入れられる日だ。


「六歳の子供には似つかわしくないものでも、天才である私ならそんな物が欲しいのか? で終わってしまうはずよね? そうよね私が生きるためとこの世界を守ることは両立する。いざとなれば……」


 この自称神様であるユーグの力を使ってもらう事にしよう。

 何しろ神様なのだ。

 多少介入……ではなく洗脳……ではなく、こちらの都合がいいように両親に約束させて手配させることくらいならば簡単だろう。

 

 何らかの形でそうさせればいい、そう私が思っているとユーグがひきつった笑みを浮かべて、


「あの、なんか凄く悪い笑みを浮かべているのですが」

「そう? 気のせいだと思うわよ?」


 不安そうに言うユーグに私は、そう答えたのだった。








 さて、私――よく考えていたら名乗り損ねいていた。


「ユーグ、私の名前を呼ばないの? 多分知っているだろうけれど」

「ルナ・クレールですよね? このクレール家の長女でもある、でしたか?」

「そうそう、うん、やっぱり全部知っていそうね」

「僕を試したのですか?」

「せっかくだからこうやって様子見もする主義なの。というわけでこれからもよろしく」

「……はい」


 ちょっと機嫌を損ねたようにユーグがそう答えた。

 といったような会話をして、私とできたてホヤホヤ新米神様のユーグは現在ある村に向かっています。

 理由はその村に目的の人物がいるからです。


 盛大な、わけではない家族だけの誕生日を迎えた私は、自分が最大限に可愛く愛らしく見える角度でお父様とお母様におねだりしてある田舎町への旅行を取りつけました。

 もともとこれで上手くいかなかったらユーグの力でごり押しをと考えていたけれど、何とかなった。


 私だって力業でのごり押しではなく会話である程度はどうにかなればいいと思っている。

 それは本当だ。

 だが世の中には会話の通じない相手がいるためにそういった状況と人物に対してのみそれらを使うのだ。


 とはいえ、説得にはいくらかの条件が必要だったりするのだが。

 やはりこの六歳児という体は何かをするには疎ましい、と思いながら父母との会話を思い出しつつぽつりとつぶやく。


「でも私一人と執事な事になっているユーグだけでの旅行は反対されたわね」

「……いや、親なら当然でしょう」


 ユーグがあきれたように言ってくる。

 それは私が一番よく分かっている。

 六歳になるまで注がれた私への愛情を私は理解しているから。


 そしてだからこそ私はこの世界を救いたいと思う。

 自分の身近な家族を守る事にも、世界を救うっ事は繋がるのだから。

 そうして、どうにかその条件をのむことで私は度をすることが許された。

 その条件とは、


「少し離れた場所から護衛の馬車が三台、しかも中には優秀な魔法使いやら、優秀な槍の名手などが沢山いるというので妥協したけれど……」

「でもそろそろ暗殺者に襲われるのは勘弁して欲しいです。昨日だって、ふと気配を感じて目が覚めたら黒ずくめの男がルナの前に立っていたんですよ」


 ユーグが何かを思い出したように小さく体を震わせる。

 だが私からするとその程度、どうなのだと思ってしまう。

 だから呆れたように私は嘆息して、


「たかだか暗殺者が一匹いた程度でしょう? まあ、誘拐犯だったかもしれないけれど」


 美少女で高貴な血筋で優れた頭脳のを持つこの私は、誘拐して身代金をとってもいい、秘密兵器の開発にその頭脳を使ってもいい、この美貌を愛でてもいいという、非常に美味しい獲物なのだ。

 だがそれでも抹殺しようとするのはこの優れた頭脳がいかされることで、国力がさらに強くなるのを恐れた隣国の影響だ。

 そういえばゲーム内では世界の危機を救うためヒロインが活躍する時は、隣国はとても協力的に見せかけて、裏でヒロインたちのいる国……つまり私の国を乗っ取ろうと画策したりしていたような……それを企んでいた悪い?兄王子を倒して、確か攻略キャラの一人になっていた気が……。


 この国を混乱の乗じて侵略しようとする敵は世界の方かいとは関係ないが、それは私の平穏な日常生活を脅かす敵である。

 だからいずれにしても倒さなければならない相手ではあるだろう。

 ならば優先順位をつけるならば下の方に来るとはいえ、


「そこは、そのうち手を打ちましょう。今のうちに調教して下僕化しておけば暗殺者も来なくて楽か……」


 ゲーム内の攻略対象が一人いなくなってしまうが、私にとって面倒なので今のうちに新しい“下僕”としておけば、今後の面倒ごとは減る。

 ヒロインの方に行かなくなってしまうが、それはその内という事で。

 味方もとい私の手の内にある限りは、世界を救うのに何も問題はない。


 そうしようと私が笑っているとユーグが不安そうに、


「……あの、ルナ、なんだか今不穏な言葉が……」

「ああ、私も子供なのも含めて戦っていかないといけないから、使えそうな敵は下僕で、使えない敵は場合によっては排除して、使いものにならない味方は、適当にあしらうことにしているの。そうしないと面倒で面倒で……」

「……貴族の社会ってそんなに恐ろしいのですか?」

「あら、私が天才なだけよ」


 その一言で済ませた私にユーグは絶句していた。

 ぼそぼそとこんな性格だったか? そうだったきもする、でもそうだったかと真剣に何かを考えているようだった。

 頭を抱えているようなユーグを見て私は、ちょっとやりすぎたかなと思った。


 ちなみに今の話は全て冗談なのだが、本気にされてしまったので私は訂正できないでいる。

 昔から冗談を言うと周りが嗤ってくれないことも多い。

 なぜだと思うが、深くは考えないようにしていた私。


 実際、個人的な私の感想では、そこまでできれば暗殺者も来ずに気楽なのだが、残念ながら世の中そんな甘くはないので一つづつ手を打っている状態だ。

 天才として生まれてしまった宿命なので仕方がない。

 いっそのこと上手く操り人形にする魔法でも、手に入れればいいのだろうか。


 確かユーグは恋愛感情では操れないと言っていたのでそれ以外はお願いすれば出来るのかなと思って、ここで聞いてみることにした。


「ユーグの力で人間支配はで来るかしら」

「うーん、どの程度効果が及ぶか分かりませんが、いざという時は多人数を操って強制的に破滅回避のための行動を取らせる、くらいは出来るかと」


 やはり人間の支配ができるらしい。

 とはいえ今の話を聞くと不穏そうなものに聞こえる。

 それがあまり使いたくない理由かもしれない、交渉には私が頑張るしかないのかと考えつつも、あることを思いついて私は聞いてみる。


「集団を支配する人といった人物を集中的に狙って使えば効果的かもしれないわね。何かあった時の緊急避難の指令をその人物に出させるとか。……でも結構怖い能力ね。使い方には気を付けないと」


 そう思いながらやはり人の支配は出来るのかと私は思う。

 そして現在進行形で味方だから、そういった能力があってもいいかと私は思って割り切る。

 どんなに恐ろしい能力でも見方であれば心強いことには変わりはないし、ユーグ自身も気を付けて能力を使っているようだからそこまで恐れることはないだろうというのが現在での私の考えだった。


 と、ユーグが、今更ながら私の傍にある“物”に目を落とす。


「……何であちらの座席にはサンドバッグが置かれているのでしょうか」


 私の片側座席に置かれた大きなサンドバックについて聞いてきた。

 ちなみに今ユーグは私の隣居座っていたりする。

 六歳児な事と、この馬車の内部が広めに作ってあるせいでひどくゆったり座れているので片側にそれを置いておいたのだ。


 場合によっては護衛の人たちの馬車に載せてもいいとのことだったが、やはりいざという時に手近な場所にこのサンドバックが置かれていると私の心が安らかになるのである。

 そう思いながらユーグに私は、


「このサンドバッグがないと眠れないので、持参しているの。ストレスが多いし、身体も鈍るし。訓練しておかないといざという時に敵が現れても、倒せないから」

「……悪役令嬢と勇者が混ざっているような気が」

「何か言った? 小さくて聞こえなかったわ」

「いえ、何でもないです。ルナの逞しさにある種の疑問を覚えただけです。令嬢だったよなとか」

「そうよ、貴方が間違えた悪役令嬢よ」

「……」


 それ以上ユーグは私に問いかけず、そのまま私達はヒロインの村を目指したのだった。









 やってきたその村は、牧歌的な村だった。

 所々に集まるように家々が点在しつつ、周囲には森が広がっている。

 豊かな新緑の森。


 名も知らぬ鳥が空を飛びまわり、暖かい風が吹く。

 周りには草地や畑が広がっていて、場所によっては果実や作物が実りを迎えている。

 確かこの村では今は、“ラカ苺”と呼ばれる酸味が強いものの香りの強いイチゴが採れて、この村の特産品である苺ジャムが大量に作られているはずだった。


 母がこのいちごジャムが好きだった気がするので後で購入してお土産にしようと決める。

 まだこの辺りは畑や家が中心だが、その先の方に家々が並んでいる場所があって活気もありそうに見える。

 そこで宿をとり、周辺のお店で何かを購入してもいいかもしれない。


 だがそれよりも出来るだけ早いうちに目的の人物に接触がしたいと私は思う。

 少しでも早く時間を有効的に使うすべを私は手に入れたい。

 だから、まずは馬車でこの村の中心部である宿のある場所に向かう。


 取り合えずは私とユーグは一緒の部屋にしてもらい、護衛の人たちは他の部屋で休んでもらうことに。

 とはいえ勝手な行動をとったりしないか警戒されているようだが、そこはこう、いくらでも抜け道があったりする。

 ともあれ、馬車をどこに止めるかなどといった作業は護衛の人たちにしてもらい、大人しく私達は宿の部屋にやってくる。


 窓から周りを見ると雑貨屋などが立ち並び商店街の一角のようだ。

 こういった所も観光したいと私はうずうずしながらも、目的のために我慢する。

 同時に周りには子供たちが遊びまわっている。

 

 私達くらいの年齢の子供たちが遊びまわっているのだから、私達が動いてもそこまでは目立たないだろうと確信した。

 というわけで私達は窓から外に飛び降りて走り出す。

 目的は先ほどの畑などが広場る場所だ。


 ゲームの中で彼女たちがいそうな場所はすでに私自身が記憶しているのだ。

 というわけでのどかな農村に我々は潜入捜査を開始する。が、


「お嬢ちゃんどこからきたの?」


 村人のおばちゃんに声をかけられたので私は固まっているユーグの手を引き、


「いま、ふたりでせんにゅうそうさをしているの」

「そうなのかい。でもあまり村の外には行かないようにしなよ、危険な動物もいるからね」

「はーい」


 秘技、何処からどう見ても子供にしか見えない裏ワザ。

 本当の事をそのまま言っても全く相手にされないので、というか潜入捜査するよなものはここにはないからだろう。

 そんなわけで駆け回りもせず、知っているゲームの知識を駆使して私達は彼女……そう、ゲーム内のヒロインであり主人公の家にたどり着くが、そこで私は気づいた。


「そういえば勇者って男だった気が」

「僕がサポートしたいのは女の子なんですと、引き継ぎの時に駄々をこねたら女の子にしてもらえました」


 ユーグはどことなく自信ありげである。

 だが、もしやそんな理由で私は男になる予定が女にされて、しかも勇者ではなく悪役令嬢になっているのではないかと気づいた。

 そう、全てはこのユーグが男よりも女の子が好きという極めて健全な理由というか、本人の嗜好を大いに反映させた結果こうなったようだ。


 とはいえ、このユーグが男よりも女の子の方がいいとなってこのような状況になったことには変わりないわけで、


「……たっぷり私がこき使ってやるから、楽しみにしていなさい」

「え、何で!」


 何かを言っているが私は適当に流して更に進む。

 全ての責任はユーグにありという事で頑張ってもらおうと私は決めた。

 とはいえユーグは私が女の子の方が良かったらしい。


 それはそれで、なんとなくうれしい気がするのは何故だろうと私は思う。

 だがその気持ちが何処から来たのかは私には分からず、今はあまり考えないことにした。

 まだ思い出していない幾つかの事があるのかもしれないからだ。


 けれどそれらに思いをはせる必要は少しもない。

 現在の情報だけで今は事が足りるからだ。

 そう思いながらさらに周辺を潜入捜査していくと、やがてゲーム画面でヒロインたちが遊んでいたような気のする場所にやってくる。


 ここにある大きな木の位置と、柵の場所、割いている花、近くに転がっている木箱や石碑などから察するに、私がゲームで見た場所だ。

 間違いない。

 確か設定上はここでよくゲームヒロインである主人公は幼馴染の子と遊んでいたはずなのだ。


 行動パターンを解析するならば、そうなるはず。

 だが周りを見回しても人影はない。


「よく来る場所だといってもいつもそこに来るわけがないか」


 どうやらヒロインはここにはいないようだ。

 となると、こことは違う新しい遊び場に向かっているはずだが……」ここで待つか、それともそちらに向かった方がいいか。

 行き違いになるのも面倒ねと私が考えているとそこでユーグが私に、


「それでヒロインに会ってどうする気ですか?」

「ヒロインは確か六歳の頃にその特殊能力を開花させていたはず。その力を今のうちに鍛錬しておけば、今後のレベルアップ作業も含めて時短出来るでしょう!」

「な、なるほど。それで今日ここへ」


 そうなのだ。

 事前にこれから起こるであろうことを話しておき、事前に独自の訓練をしておいてもらえればいざという時にすぐにでも動ける。

 いうなれば必要な時にレベルの高い仲間が手に入るのだ。

 

 ただこれにもいくつか問題がある。つまり、


「だから今日ここに来たのだけれど……ただ六歳くらいの時と大雑把に説明されていたから正確な時期はわからない。他にある情報は魔物に襲われている時に目覚めたはずよね」

「そういえばそんな設定があった気が……」

「もっとしっかりしてよね」


 私が嘆息しながら告げる。

 けれどすぐに嗤い、


「でもここにはユーグがいる。貴方の力でヒロインの能力を目覚めさせレ倍いのよ」

「……結構無理やりになるので体の負担はどうなのかな……目覚める能力が変化しなければいいのだけれど」

「そうなの?」

「ゲーム内のヒロインの力は特殊でしたから。ちょっとの力加減を間違えると失敗になるので……ゲーム内と同じようなイベントがあるといいかもしれません」

「そう、面倒なことになったわね」


 呻くように答える私だが、そこで私は目撃した。

 ユーグの背後の方。

 あのヒロインが幼馴染と一緒に大きな犬のような牙を持つ魔物に追いかけられている。


 しかも私達の方にヒロインたちが走ってくるために視線の先にいたからなのか、その魔物は私をも獲物として認識したらしい。

 こちらを威嚇するように吠える魔物。だが、


「……どちらが捕食者か教えてあげるわ! 時間よ、止まれ」


 私は時間を止めて、短剣をスカートの中から取り出す。

 護身用としては欠かせないものだが、元は勇者として生まれるはずだったのもあってか、剣の扱いと力を籠める方法は初めて権を握った時に、すでに理解していた。

 そして魔力を込めて、その魔物を切り裂いて、


「時間停止解除」


 その時には魔物は細切れとなり地面に落ちる。

 いつもの通り、華麗な技だわと自画自賛した私はある事実に気づいた。

 これってヒロインの特殊能力が開花されるイベントなんじゃ……。


 そこで冷や汗が滴り落ちる私に、


「たすけていただいてありがとうございました」


 ヒロインが私の前に現れたのだった。










 現れたヒロインの名前は、ユニ・リーフェちゃん。

 現在六歳の、柔らかなピンク色の髪に青い瞳の美少女だ。

 だがここで、本来であれは魔王が隠したと言われるこの世界の根幹をなす太古の木を、時間を巻き戻して蘇らせるはずだったのだ。


 確かヒロインの、健全な状態まで時間を戻すという特殊かつ強い力が物語の鍵となるのだ。

 そういえば彼女の力も私と同じ時間操作系だわと思う。

 そしてその力の目覚めは、昔、幼馴染と一緒に魔物に襲撃されてきた時に、攻撃を受け死にかけたのが切っ掛けだったはずだ。


 危機に陥ると特別な力が目覚めるテンプレ……のようなものを踏襲している。

 ちなみにその幼馴染の男の子、茶色い髪に緑色の瞳のシーク・クフリンは、それを機会に彼女を守れるだけの男になろうと決意して剣の道を極め、冒険にも付いて行くのである。

 ヒロイン、ユニの心の支えにもなる重要な彼との、恋愛感情とはかたずけられないようなある種の深い絆がその時出来たのだという。


 そこでもう一度考えて欲しい。

 私は今、とっさに二人の少年少女を助けた。

 その二人はゲームのヒロインと幼馴染という登場人物だ。


 その人物達は六歳の時に魔物に襲われ一人は才能を開花させて、もう一人は強い決意を手にする。

 だがそのイベントは、悪役令嬢である私の手によってフラグごとぼっきりへし折られてしまった。

 いや、この程度の魔物がこの私に牙をむく何て愚かな~と、調子に乗っ……思ってしまったのだから仕方がないと思いたい。


 そう、つまり私は悪くない!(ドヤァ)

 ……。

 そう自分に言い聞かせてみても、どう考えても私がミスした事実は変わらない。

 本当にどうしよう。


 私がそう顔を青くしている所でお礼を言ってくるユニ。

 だが現時点ではお礼を言われては困る状況が発生している。

 だから私は、焦燥感に苛まれながらそこで彼女、ユニの肩を掴み、


「貴方にお願いがあるの。もう一度魔物に襲われてくれない?」

「え! え、えっと、助けてくれたんじゃ……」


 ユニが困ったように私を見つめるが、そこで彼女の幼馴染のシークが私の手を振り払い、


「ユニを助けてくれたからと思ったのに、やっぱり敵だったんだな。ユニの力が目当てなのか!」


 シークはユニを自分の背後に隠しながら私にそう叫んだ。

 だがそれを聞いて私は、ん? と思う。

 だってユニが力に目覚めるのは幼馴染と一緒に魔物に襲われた時だ。


 だがシークの今の言葉から察するに、ユニにはもうすでに特殊な力があるように聞こえる。

 ゲーム内のイベントはまだのはず。

 それとも今の用に魔物に襲われるような状況がすでにあった?


 まさかという思いを抱きつつ私は


「ユニに、時間を巻き戻す力がもうあるというの?」


 けれどそう呟いた私をシークは睨みつけて、


「やっぱりその力が目当てだったんだな! 悪の組織め! ユニは絶対に渡さないからな!」

「悪の組織って、子供の妄想みたいな……それでその力に目覚めたのはいつか、それだけは教えてちょうだい」

「……一週間前だ。それで、お前は一体何者だ!」


 傍にあった木の枝を剣に見立てて私に向けてくる少年。

 こんな木の枝なんて紙きれのようなものだと私は思いかけたが、良く見ると魔力が木の枝を覆っている。

 これは強化の魔法。


 この魔力密度からすれば、鋼程度の硬さと粘性はあるだろう。

 それでも私にとってのそれは紙切れ以外の何物でもなかったが。


「何者、ね。私の名前はルナ。ここの村に来た貴族の令嬢よ」

「そういえば昨日、そんな令嬢がこの村に来るという話を聞いたような……でも貴族の令嬢がいったいどうしてユニの力を知っていたんだ? そもそも再び魔物に襲われてくれなんて言うなんて……」

「貴方達二人は、いずれ世界を救う旅に出るの。でもその力に目覚めるのは魔物に襲われて偶然発現するはずだったのに。まさかすでに目覚めている何て私は思わなかったわ。貴方達、以前魔物に襲われてその力に目覚めたの?」


 その問いかけにシークとユニがお互いかおを見合わせて、次に怪訝そうに私に、


「いえ、この前偶然玩具を壊してしまって、どうしよう、怒られると思っていたら元に戻ってしまって」


 そう答えるヒロインに私は、側にいた新米神様ユーグをじろりとにらみつける。

 ゲーム内の出来事と話が違っている。

 しかも特殊な力であるのに、まったく別の要因でささやかな能力の目覚めを行っているのである。


 私の知っている情報とすべて違う……そう思いながら私はユーグに、


「どういうことなの?」

「わ、分かりません。でも予定では確かそんな感じで目覚めるように設定が」

「でもあのイベントが無くても目覚めている。……そして勇者な私は悪役令嬢……ユーグ、貴方色々物語というか運命を改変していない?」

「……実は力の使い方を少し間違えた気が。ほら新米なので」


 てへっと笑って誤魔化したユーグ。

 だがどうやらそれが、この私の知っている乙女ゲームの差異になっているかもしれない。

 力の使い方を少し間違えただけでこのように条件が変わってしまっている。


 無事力が目覚めてくれていたのでそれはよかったものの、もし失敗したならと思って私はそんなユーグに詰め寄り、


「……私の知っている知識と違うじゃない! 知識通りでないにしても貴方のその能力のせいで本当に目覚める能力が変わっていたかもしれないんだよ? もし違っていたらどうする気だったの!?」

「まさかな展開があるのが人生です」

「そんな大変な人生歩みたくないわ!」

「でももうこうなってしまいましたし」

「……」


 私は沈黙するしかない。

 だってもうこれ以上どうしようもない。

 すでに起こってしまった事で、変えられるのは過去ではなく未来のみである。


 けれど幸運なことにユニの才能は目覚めている。

 ユーグの言う通り幸運を喜びこれからどうするかを考えるべきだろう。

 とはいえ、現状ではユニの能力が目覚めているのには変わりはなくて……と幾つかの条件を私は抽出しながら頭の中で考えていく。そして、


「ええわかったわ。どうにかしてやろうじゃない。でも二人に力がある、そして出会えたのは幸運だわ。これから、こまめに連絡を取りましょう!」


 私が提案をするとユニとシークの二人は困ったような顔をする。

 確かに初対面で悪の組織に見えて、ユニの能力を知っていて近づいてきた貴族となると不安かもしれない。

 でも、うんと頷いてもらわないと困るので私は、まずユニに、


「世界を救うために貴方達の力がどうしても必要なの。特にユニ、貴方の力が」

「え、で、でも突然そんなこと……」

「まだずっと先だけれど、その時が来て迷うよりも今からその力を上手く使えるように訓練しなさい。けれどその力が知られないように」

「む、難しい……」

「でもその力が世界を救う鍵になるの。だからお願い」


 私としては必死にお願いしたつもりだった。

 それを感じ取ってくれたのだろう、ユニは小さく頷いた。

 これで彼女は大丈夫だと私は思い次にシークに、


「貴方にはユニを守ってほしい。貴方にはそれだけの剣の才能がある。精進すれば必ずユニを守る力になるわ」

「本当か! ……でもお前、何でそんな未来のことが分かっているみたいな言い方をするんだ?」


 シークがそこで胡散臭げに私に言うがそこでユニは、


「予言者様なのですか?」


 言われてみればそれっぽいわね私と思いながら、とりあえずは彼らの動く理由になるのならと思って頷く。

 実際に私の隣にはこれからの運命すらも知っている新米の神様であるユーグがいるわけで、彼から話を聞いているのだから嘘にはならない。

 そう言いながら私は言葉を選びながら二人に、


「本来起こるはずだった話を知っている、確かにそうとも言えるかもね。そしてこれから貴方方とこまめに連絡を取りたいの。きたるべき日のために」

「……確かに魔物をあんな風に倒せる方は普通じゃない。そして貴族令嬢のあなたなら特別かもしれません。分わかりました、僕たちは貴方方を信じます」

「私も貴方を信じます。えっとお名前は……」

「ルナよ。よろしく」


 そして神様のユーグに特別な秘宝として今後、ゲーム内の物語で現れるであろう無理やり遠距離通信の球を作らせて、シークとユニに渡したのだった。









 そしてまた明日も会う約束をして、のどかな村の道を歩いていく。

 相変わらず時折風によって木の葉が飛んでいく。

 吹き抜けていく風が私の金髪をなびかせていくのを感じながら、


「う~ん、気持ちがいいわ。これでここに来た目的は終了したし、雑貨のお店を見に行くかそれともここ周辺を見に行こうかな」

「……護衛の人たちの事を考えるとはやめに部屋に戻ってから、周辺の店を散策した方がいいのでは」

「周辺の店の散策なら、すでに外を歩いている私達なんだからそのまま見に行って護衛の人に見つけてもらってもいいんじゃないかな」

「……一応まだばれていないようですから、戻りましょう」

「そうなの? そういえば出る時に周囲から見えないようにユーグは魔法を使っていたけれど……まだ気づかれていないの?」

「ええ。大人しくしているふりをして居おいた方が、護衛の人も安心するでしょう」

「そうね、いざという時は油断が誘えるものね」

「……」


 沈黙したユーグ。

 さて静かになったわと思いつつ窓から宿の部屋に戻った私。

 少しくつろいでから周りの店を見に行こうという話になって、お茶を入れつつ一服する。


 もちろん二人分で、ユーグに渡すとありがとうと言って受け取った。

 それからゆっくりとお茶を飲んでいるとそこでユーグがふと呟いた。


「本物の悪役なら、悪役なんて悟らせないのではないか」


 ぼんやりと呟いたその言葉だが、悪役令嬢である私は、


「何が言いたいの?」

「……ルナは悪役令嬢ではなく、ただ抜けているだけなのかも、と」


 言われてみてうなづきそうになった私は、ユーグに私があほの子呼ばわりされたのだと気付いた。

 なのでユーグに、体が訛っているからと闘いを挑む。

 逃げまわる彼を追い回す運動を終えた私は、護衛の人たちと一緒に周辺のお店を見て回る。


 特に自信作でおすすめですよといわれた苺のジャムをそこそこの両手に入れられたのはよかったように思う。

 このいちごのジャムは、そのままヨーグルトに入れても甘ずっぱくて香りが良くて美味しい。

 他にもとれたて苺の生ジュースのようなものもあったりしたので購入して飲んだりしつつ一日を終える。


 それから先ほどの悪役に関する話を思い出してユーグを再び追いかけまわし、運動をしてからシャワーをあびて体を綺麗にしてベッドに横になる。

 なんだかんだで大変な一日ではあった。

 だから今日はゆっくりぐっすり眠ろうと私は思う。


 もう特に今日はイベントに関連するものはないだろうから。

 そんな私の部屋に、ある人物が襲撃を仕掛けてきたのはその夜遅くの事だった。










 就寝に着いた私の隣のベッドで、神様ユーグが泣きながら寝ています。

 頭に来たのと体がなまらないようにと、追いかけ回したのがいけなかったかもしれません。

 先ほどからもっとお淑やかな女の子が良いと、延々とつぶやき続けるユーグを聞いていると、先ほどの私の行為は正しかったように思えましたが。


 そんな私達が気持ちよく眠っている深夜、それはやってきた。

 大きな轟音と共に破壊される壁。

 ばらばらと吹き飛んでいく木の破片が私のすぐそばに散らばる。


 もちろん私は自分の身を守るためにすぐさま防御用の結界を張ったのだが、どうやら目的は私ではないらしい。

 だってユーグのベッドが粉々に吹き飛ばされていたのだから。

 魔法としてはそこそこ強力で、周囲にそこまで影響はない、けれど、目的物に向かって与えた渾身の一撃……といったような風の魔法だと推測する。


 いったいどんな人物だ、それとも私と間違えてユーグを攻撃したのかと思って警戒する。

 そして現れる人影。

 黒い布をかぶった細身の人物だが、目が赤く光っている。


 赤い瞳というとそういえば最後の方のボスである魔王がこんな感じだった気がした私だが、そこでその現れた人物が、


「ふ、ふはははは、ようやく、ようやくだっ! あいつを、憎々しいあいつを消し炭にしてやったぞ、あはははははは」


 高らかに笑う声から女性だと分かるが、何故いきなりそんな女性にこの自称神様なユーグを抹殺しようとするのだろうか。

 そこまで憎まれるようなことをする余裕が私と出会った後にはなかったので、その前にやらかした出来事だろう。

 どこにそんな暇があったのかと思いながら私は、この嬉しそうに勝利宣言をする女性を見ながらふとある疑問が私に浮かぶ。


 そもそもこの程度の魔法攻撃でユーグは殺せるのだろうか。

 大体この私の攻撃をよける程度に戦闘能力のある神であるのに、威力はあるが私でさえよけられるようなこの攻撃を素直に喰らうだろうか?

 答えは……否だ。


 認識した途端感じた気配に私は嘆息しそうになる。

 何時の間に移動したのか、私を盾にするかのように私の背後からユーグがひょっこりと顔を出して、


「あ、とうとう追いつかれちゃった。ルナ、あの人は魔王ヤード様だよ」


 そう私にのたまう。

 あまりにもなんとも攻撃を受けていないような、そよ風に吹かれた程度の同道っぷりのユーグ。

 だがそれに気づいたその魔王と呼ばれた女性はじろりと私に隠れるようにしているユーグを見て、


「まだ止めを刺せなかったか、昼間から様子を見ていて、奇襲をしかけようと様子を伺っていたが……やはりここで私の真の力を解放しなければならないようだな、ユーグ!」


 そう叫ぶとともに、その女魔王様の体が魔力があふれだそうとしている。

 その強大な力を感じ取った私は、この人が本当に魔王だと確信する。

 ちょっと待って、何故にここで戦いに! というか私が巻き込まれる!


 私は思わず叫んだ。


「ちょっと待って下さい! 何で私が巻き込まれているんですか!」

「ん? こんな所に幼女が。そうだな、可愛い子供だし、女の子は大事にしないといけないから見逃してやるか。おい、今すぐ逃げろ。そうしたらここで私はその自称神という悪魔をこの世のすべてから存在できぬように滅ぼしてくれるわ!」


 そう告げる魔王様は、壮絶に笑う。

 というかこのユーグ、一体何をしたと思いはする。

 するのだが自分でまいた種は自分でどうにかしろと思ったので私は、


「ほら、ユーグ、何だか知らないけれど恨まれているから、何とかしてよ。またあなたが何かやらかしたんでしょう? 私以外にも被害者がいるみたいじゃない」

「えー、でも魔王様こわいし」

「私がもっと怖い目に合わせてやりましょうか?」


 私の後ろに隠れながら、私の攻撃を容易にかわせる力を持つユーグの言葉に、自分のことくらい自分でやれと私は怒って指をごきごき鳴らすと、ユーグはギクッとしてから魔王を見やり小さく呟く。


「痺れろ」

「ごふっ、体が……うぐっ」


 その魔王様な女性がしびれて動かなくなりました。

 床に倒れ込んだその女性を見ていると、倒れると同時に魔力も感じなくなったと私は気づく。

 どうやら魔力も封印されたらしい。


 体も動かせず魔法も使えない状態に今はなってしまっているようだ。

 その様子にもう安全だろうと思った私は、そこでユーグに聞く。


「所でこの世界の魔王様って女なの? 確か、ゲーム内では最後の逆ハーレム要員だった気がするんだけれど……男じゃなくて女になったの?」


 私はユーグに聞いたはずだった。

 ゲーム内の知識では男だったはずの魔王。

 先ほどのユーグの説明でも名前はヤードといって、ゲーム内とも同じものだったはずなのだ。


 だがそこでその魔王様な女性が憎々しげに顔を上げて、


「私は元は男だ! だが、だがある日私は……そこにいるこの世界の新米の神とやらに、女にされてしまったのだ!」


 魔王様は、衝撃的な告白を私にしたのでした。







 それから、もう少しお話を聞かせて頂けませんかと私が倒れている魔王様に言うと、しびれて動けずにいた魔王様は床から顔をあげて、


「お茶とお菓子でもてなしてくれるならいいぞ」


 と魔王様は倒れたまま答えました。

 そして逃げ出そうとするユーグを縄で椅子に縛り付けてから私は、眠っているところを申し訳ないと彼らに謝り、茶とお菓子を用意してもらう事に。

 ちなみに魔王様は幾らかしびれをとって椅子に座ってもらっている。


 また、私の部屋が壊れているのは、瞬時にユーグが直したのと、奇襲を仕掛けるために魔力反応や音が周りに漏れないようこの魔王様が結界をはっていたので今までの破壊活動は誰も気づかなかったようだった。

 そしてユーグの痺れを取るよう言い、通常状態に戻った魔王様に私は椅子に座るよう促す。

 それから私も別の椅子に座り、先ほど頼んだ紅茶などを受け取り、魔王様にも渡す。


 ユーグは現時点で逃げられないよう椅子に固定されているため、お茶はとりあえず彼の前のテーブルに置いておく。

 そして私はちらりと様子見も兼ねて魔王様の方を見る。

 黒髪に赤い瞳、白ききめ細やかな肌の美しい、思わず同性でも目を奪われるような女性で、ゲームの時のキャラクターグラフィック、つまり立ち絵とその辺りはほぼ同じで名前も役職も同じ。


 ただ性別が違うだけ、後は胸が少々大きい所があるというくらいの際でしかない。

 そんな彼女は不機嫌そうにしているが、先ほど持ってきてもらった焼き菓子と紅茶を出すと少しだけ微笑んだ。

 すぐに細い指でカップを優雅に手に取り、紅茶に一口、口をつけてから、


「美味しいな。暫く口にしていなかったから、とても美味しい。それに茶葉もいい」

「? そうなのですか? 確かにいい茶葉を用意するようお願いしましたが……それにしばらく口にしていない?」

「ああ、部下達が媚薬を仕込み始めたからな」


 私はなんとも言えない気持ちになりながら魔王様を見ていると、魔王様は自嘲じみた笑みを浮かべ、


「まあ全てそこにいる、新米神という邪神ユーグのせいなのだがね」

「あれがまた何かやったのですか?」

 私の件も含めてまた何かをやらかしたのだろうか、と思って聞くと魔王様は怪訝そうに、

「“また”? とは」

「実は、私は勇者としてこの世界に連れてこられるはずだったのですが、悪役令嬢にされてしまったようなのです。つい先日思い出したのですが……」

「悪役令嬢? 悪役になるのが定められているのか? 難儀だな。でも勇者だと?」

「はい、本来男性のはずなんですが、あのユーグが女の子がいいからと」

「……なるほど、またか」


 またかという魔王様だが、一体何をしたのか。

 だがそれを聞く前に彼女のお茶を持つカップがカタカタ揺れる。

 強い力を込めているとしか見えないそれに私は、


「カップが壊れてしまいます。落ちつてください」

「すまない。思い出すと腹が立って……」

「それで一体あのユーグは貴方に何をされたんですか?」


 嫌な予感しかしなかったが、私は問いかける。

 するとその私の問に魔王ヤードは、大きくため息を付いて、


「“女”にされたんだ、この邪神に」

「……何故」


 としか私は聞き返せなかった。

 ゲーム内のキャラクターである彼を彼女にする……そんな風にして物語のこれからの運命を変えてどうするというのか。

 すると魔王様は、再び怒りに震えながら、


「私が知りたいわ! ああ、確かハーレムを作っているイケメンが気に入らないと叫んでいたが、まさかそんな理由ではないだろうと思う。たかが周りに女を侍らせた程度で女にされては、たまったものではないわ!」


 だが憤る魔王様を見た私は、本来男になるはずだった私を女にかえたユーグの所業を思い出しつつ、


「……いえ、多分ハーレム作っているイケメンが気に入らない、そのままの意味かと」


 ああ、またそんな理由でと思って私は何も言えなくなった。

 そこで私と魔王ヤードの視線がユーグに向かう。

 ユーグは顔を背けて口笛を吹き始めた。


 その音楽はゲームのオープニング曲だったがそれは置いておいて、魔王様であるヤードは薄く笑い、


「やっぱり今すぐここで抹殺を……」

「ま、待ってください」


 今すぐに存在を消滅させてやると両手に光が集まり始める魔王様を必死になって止める私だけれど、そんな私に魔王様は目を見開きながら、


「止めるな! 女になった途端ハーレムだった女には逃げられ、それまでちやほやしてきていた女達からそんな美貌が許せないと睨まれ、男の部下からは逆玉の輿狙いで襲い掛かられるは、実は男の時から愛していたんですと衝撃告白する奴はいるわ、飲み物には媚薬を盛られるわ、こいつらだけは大丈夫かと思った二人の部下には、二人がかりでベッドに押し倒されて……未遂だったが、そんな目に遭う羽目になったんだぞ!」

「待ってください、いまは世界の危機なんです! それが終わったら、私も一緒にこの阿呆神をどうこうするのを手伝いますから!」

「世界の危機?」


 それに頷き私は話し始める。

 いろいろとこれまでの事も含めていくらかの話をする。

 それらには魔王ヤードも思い当たる節はあったのか納得してくれた。


 魔王様ヤードはこう見えてとても理性的な方だったようで、納得して貰えたらしい。

 そのあたりはよかったように思う。

 そしてじろりと魔王ヤードはユーグを一瞥し、


「なるほど、それまではこの神を生かしておいてやってもいい。ただせめて私を元の男に戻せ」

「……女性にモテモテなのが気に食わないので嫌です」

「おまえ……やはりここでとどめを刺してやる!」

「うわぁああああ」


 悲鳴を上げて、ユーグが逃げていく。

 こういった理由から、魔王様であるヤードが我々の味方になってくれたのでした。









 こうしてTS(性転換)な女体化魔王様ヤードが仲間になってくれたわけなのですか、彼女も含めて一緒に馬車で次の目的地に向かう事に。

 だがそこそこ大きな街道をすすんでいるとはいっても、不穏な気配は満ちているためか……魔物や盗賊などと遭遇することも多い。

 そのため商人たちは護衛を雇ったりする。


 そして私達はというと腕のいい護衛を雇っていたりするが、やはり馬車の中という窮屈な場所に閉じ込められていると体がなまるので外に出たい気持ちになるのは当然だろう。

 というわけで護衛の出番はないわ、とばかりに魔物が出ると私達は馬車から飛び出して攻撃を開始する。

 御者のおじさんが、お嬢様、もう少しお淑やかにと窘められたが、私は私だ。


 というわけで早速現れた敵に向かって突っ込んでいき、戦闘を開始した私達だが……。 


「や、やぁああっ、このっ、締め付けるな、私を誰だと……あうっ」


 音声だけでお届けすると、とてもエロく聞こえます。

 実際にエロい事になっているというか、たまたま歩いていると触手系の魔物に襲われ、魔王様はなす術もなく触手で絶妙な形に締め付けられています。

 しかも頬を染めてくぐもった声を上げている辺りがエロいのですが、これは獲物をしびれさせて動けないようにするという触手の目的だけです。


 幼い私でも見ているとエロイことが何となくわかります。

 特にこの魔王様は今や絶世の美女になっているのでこうしているだけでも何というか……芸術的な美しさがある気がする。

 ちなみにこの触手生物は動物の肌に触れて魔力を吸収するだけなので、ただ触るだけ。


 肉体を傷つけるとその痛みが魔力に乗ってまずいと感じるらしく、触手生物はこうやって軽く締め上げるようにとらえて、後は優しく服の中に入り込み触るだけです。

 しかもこういった触手生物は、子供よりも大人の方が魔力の密度が良く、また、これから成長した方が後後美味しい“エサ”になるとりかいしている……といった諸説はあるのですが、最終的に吸い取ってもそれほど問題なさそうな、大人のみを狙います。


 なので私達は近頃の創作物の現状を鑑みたかのような、スルーっぷりです。

 しかたがないので私はエロい女性魔王様の写真を取ることにしました。

 あまりにもきれいなのとエロイ気がするのと……そして、これは裏で売れる……そう私は確信したからです。


 もっとも売るというよりは手に入れておくと、後々、この美人魔王様に群がってきた人物たちをうまくあしらうのに使えそうな気がしたという理由もあります。

 ただ、小さく私が売れると呟いていたのを聞いていたためかそんな私にユーグがポツリと、


「……ルナって、鬼畜だよね」

「稼げる時に稼いでお小遣いをためておかないと、次の手を打ちたい時に、打てないでしょう? よしこれで大量っと。うむ、素晴らしい移り具合……こんな格好をしていても普通にきれいかも?」


 などと思いながら見ているとそこでようやく放してもらえたヤードが私に近づいてきた。

 どうやら満足が行くくらい触手生物は魔力が吸えたらしい。

 そういえば倒してしまってもよかったと気づいたが、すでに触手生物は逃げだした後で影も形もない。


 私としたことが魔物を倒し損ねたと思っているとそこで魔王ヤードが私の目の前に怒ったように近づいてきて、


「いいから今すぐその恥ずかしい写真をよこせ!」

「えー、高く売れそうなのに」

「売るな! というか返せ!」

「嫌です」


 そういって私が写真を持って逃げるように馬車に乗り込み、馬車に乗って再度争奪戦です。

 狭い馬車内では、小柄な子供である私の方が有利に働くらしく、魔王ヤード様が伸ばした手をすり抜けて背後に回ってみたりと、魔法も軽く使いつつ巧みに避けて回ります。

 狭い空間内とはいえこういった趣向も面白いなと思って私は運動と暇つぶしも兼ねてヤード魔王様と写真の争奪という遊びを繰り返していたりします。


 ちなみに今現在、魔王様は魔力の殆どをユーグに封じられています。

 理由はユーグをすぐに痛い目に合わそうとするから、だそうですが。

 その辺の事情はどうでもいいので、省略。


 やがてこういった遊びにつかれたらしい魔王ヤード様が、休憩というので私はまだ体を動かしたりなかったが、この辺でやめることにした。

 それにそろそろ次の目的地に着きそうなので話しておこうと思ったのだ。

 次の目的の人物について。


 休憩なので瓶づめの飲み物を手渡しつつ、説明を私は開始する。


「それで次は、弓の名手、カルロ君との接触ですね。確か六歳の頃からその天賦の才を見せつけていたかと。空を飛んでいる鳥も地を駆けるウサギも、彼の目に留まることがあるならば捕えられるとかなんとか」


 といったような説明を私はうっすら思い出しながらつぶやく。

 他にも何かが書いてあったような気がするけれど、今覚えているのはそれくらいだ。

 だからそう説明したのだけれど……それに魔王様がユーグと相変わらず戦いながら鼻で笑い、


「ふん、気に入らんな。天賦の才を示すクソガキか」

「いえ、確か作中は凄くいい子なんですよ。初めは年上が好きだったのですが、後にユニちゃんにほだされるのです。もともと昔近所に住んでいたお姉さんが優しくしてくれた事が原因だとかなんとか」

「……年上はいいものだ」


 どうやらこの魔王様は姉萌えのようです。

 そうどこか珍しくぼんやりしている魔王ヤード様を見ているとこれがあの世界を震わせるような強い力と美しさを持つ魔王なのかどうか疑問に思えてくる。

 もっとこう、残酷で恐ろしく余裕のあるような高慢な姿をしているのが普通の魔王のイメージだがこれだけ美人なのに抜けていたり(触手生物に簡単に捕まっている)しているのを見ると……、


「魔王様は、魔王様らしくありませんね」

「何がだ? というか魔王様ではなくそろそろ、ヤードと呼んでほしい。一応は協力関係にあるのでこう……名前呼びというか……」


 少し頬を赤らめて魔王ヤードが言う。

 これはもしや、仲間とかお友達の名前呼びに憧れていると……。

 年上のはずなのに“可愛い”と思ってしまいました。


 確かに魔王様であるというのは、彼がトップであるわけでそういった名前予備の友人は少ないのかもしれない。

 こういった形の協力関係ではあるので私達もそう呼ぶのもいいかもしれない。

 だから私は魔王ヤードに向かって微笑み、


「それではこれからしばらくの間よろしくお願いいたします。ヤード」

「う、うむ、こちらこそよろしく、ルナ」


 そう言って照れ臭そうにヤードは笑う。

 こう見えて案外照れ屋なのかもしれない。

 しかしこうして微笑むと美人なためか破壊力が増す。


 即座に私は魔王ヤード様の顔写真を撮った。

 渾身の一枚である。

 すると魔王ヤードはすぐに不機嫌になり、


「どうして写真を撮った」

「いえ、あまりにも綺麗でしたので。普通に美人を見るのは私も好きですから」

「そ、そうか……素直に喜べない……」


 そう言って何かに悩み始めそうなヤードだがそこで、はっとしたように顔を上げて私を見て、


「そ、それで、何で魔王っぽく無いというのだ」

「いえ、戦いに私を巻き込まないようにしたりといった所でしょうか。ほら、ユーグを襲いに来た時も私を巻き込まないようにしていただきましたし」


 そう私が答えるとヤードは、


「ふん、人間の幼女はすぐに大きくなるからな。魔族と違って人間は寿命も成長も早い。少し待てば私のハーレム要員になるかもしれないし、ルナは美少女だったからな。人間の美少女も貴重で、私のハーレム要員の中にも何人かいた」

「では、私が少年だったならどうですか?」

「……将来有能なら私の部下になるかもしれないからな。見逃してやる。そもそも私が憎いのはその邪神ユーグのみだからな」


 そう言って、ヤードはそっぽを向いてしまう。

 この魔王様はこう見えても、関係ない人物は巻き込まないという良識的な人物ではあるらしい。

 それとも子供に手出しはしないというようなものもあるのだろうか?


 そういえばゲーム内では悪役? のようではあったけれど、そこまで残虐非道な人物とは描かれていなかったような気がする。

 戦力的な意味でもいい人が仲間になってくれたなと私が思っているとそこで、ヤードの頭の上に白い花冠が現れて、はまる。

 よく似合っているなと思っているとユーグが、


「わー、よく似合っていますね」

「この邪神が……こんな可愛らしいものを本来男である格好いい私にのせて、ただで済むと思うなよ!」


 といったように何故かユーグがヤードに意地悪をして、戦闘が始まる。

 もういいやと私はそれを放置する。

 私は私で内部と自分自身に防御結界を張ってそれを観戦しながら飲み物を頂く。


 やがて馬車が森の中からそこそこ大きな街に入ってくる。

 石畳の道の両方には背の高い建物が広がっている。

 今日はここでいったん宿をとる手はずになっていた。


 馬車を移動させて、護衛の人たちに近くを散策してきますと告げる。

 ヤードがいるので大丈夫です、近くに行くだけなのでと……ヤードが美人なのもあってかどうにかそれを説得できた。

 さて、そんなこんなでやってきた私達ですが、その目的の人物が何処にいるのかと思って、観光と称してその町を歩いていったまでは良かった。


 やがて登場人物カルロ君の家にやってきた……わけではなく。

 私達は町中を歩いていてあるポスターを目にしていたのである。

 そこら中に張られていた、つわもの求むと文字が書かれて筋肉ムキムキの男と弓矢が描かれている、とても印象的なポスターだった。


 だがそれらの前に立ち止まりじっとそれらを見た私は小さく呟く。


「……弓技大会」


 この大会……そういえばカルロ君が仲間になった理由は、自分の弓の実力に自信があったからだと記憶している。

 この大会で優勝して力を積んだ後にユニと会う……といった展開のはずだった。

 確か過去を思い出した時の説明で、この大会で優勝するなどして、自分の実力をさらなる高みへと昇華させていったがために、ユニの力になれたんだというちょっといい雰囲気の時の話であった気がする、と私は思い出した。


 そしてここには第九回と書かれており、この番号も同じである。

 だからこの弓技大会にカルロ君が出ているのは確実だった。

 なので、ではその実力を拝見しましょう、ということで私達は会場に向かうものの、


「もう観客の切符は売り切れだよ。最年少の弓使いが生まれるかもって、大会前から予約が殺到して抽選だったし」


 切符売り場のおじさんがそう告げる。

 どうやら人気がありすぎて切符が売り切れてしまったらしい。

 そんなにカルロ君、この時から将来が有望視されていたのかと私は思って、仲間にするには本当にいい人材よねと私は思う。


 だが中に入れないのではカルロ君の実力も分からない。

 だからそういった物を見るのはあきらめて話ができればといった形で妥協することに。

 つまり大会が終わってここら出てくるのをまとうかという話になる。

 

 そこで私達が待っていると切符売り場のおじさんが、


「ここでずっと待っていてどうしたんだい?」

「いえ、カルロ君と一度でいいのでお話ができないかなと思ってここで待とうかと話していたのです」

「あ~、それはあきらめた方がいい」

「どうしてですか?」

「大会が終わった後、夜通しで観戦者だけの宴会があるからみんな出てこないし、それは観戦者と当事者の特権のようなものだからな……」


 それを聞いて私は絶望した。

 だって私達はここを明日には立たないといけない。

 なぜなら、それが私と両親との約束だからだ。

 

 困った、どうしようと私が悩んでいるとそこで切符売り場のおじさんが、


「もし会いたいなら出場者として出れば話せるかもしれない。気難しい子だが、完全に断るとはしない子だから挑戦してみたらどうだい?」


 そう教えてくれた。

 作ほどから教えてくれた話では、カルロ君に会える残された選択肢はこの大会の出場者として参加するしかない。だから、


「私、挑戦してきます」


 私はそう、魔王ヤード様とユーグに告げる。

 そう、私だって貴族の嗜みで弓ぐらいなら打てるのである。と、


「では私も挑戦しよう。弓などという武器は、面白半分で使ったことがあるからな」


 魔王様も乗り気である。

 よしこのメンバーで大会にと思ってそこで私はユーグを見る。

 ユーグはにこりと私に微笑んで、


「じゃあ僕はこのへんで待っていますので」

「おじさん、三人で大会に出るわ。弓は貸して頂けるんですね?」

「いやぁああああっ」


 逃げようとするユーグの襟首を掴み、私達は颯爽と選手受付会場に向かったのだった。






 挑戦者として中に入った私達。

 控室らしい広場にはすでに沢山の挑戦者が集まっていた。

 年齢は様々で、どうやら大人も子供もすべて一緒に挑戦するらしい。


 そのおかげで私達は、ヤードと一緒にいられたりする。

 そう思いながら周りを見回すと、飲み物や菓子などが置かれて挑戦者が自由に食べられる場所以外にも席はある。

 木で作られた簡素なテーブルとイスだ。


 そのうちの一つに人だかりができている。

 主に女の子たちの黄色い声と集団で山のようになっているその場所。

 カルロ君と声をかけているのを見るとその中心部に目的の人物がいるのだろう。


 だがこの人だかりを見ていると……と思いながら私は、


「あの人の山の中にカルロ君がいるのは確実だと思うのですが、描き分けていける勇気が私に無いわ。ユーグは?」

「……女の子達に闇討ちされそうなのでご遠慮します」

「ヤード様は……」


 そう話しかけようとして私はヤード様の様子がおかしいことに気づいた。

 にらみつけるようにカルロ君たちの人の山を見ている。


「……私だって、私だって、この邪神ユーグに女になどされなければ綺麗な女性たちに囲まれたハーレムの中で、幸せな気持ちになりながらぬくぬくしていられたはずなのに……この邪神のせいで……」


 そうぶつぶつと周りからも分かるような不機嫌な何かを放出しながらつぶやいている。

 これではこのヤードをあの女の子の山に突入させる事は出来なさそうだ。

 というわけで目的のカルロ君は、他の候補者に囲まれて近づけないのは仕方がないので、私達は予選を突破することにする。


 そうすれば周りの近づける人間も減るだろうという計算からだ。

 人が減れば彼の周りに集まる女の子達も減るだろうから。

 予選通過組の控室は別の部屋だと書かれた紙が、今のこの部屋に張られていたのを丁度見つけたのもよかったのかもしれない。


 そして予選に通過できる自信もなくて、ただカルロ君に会いたくて挑戦する子達ももしかしたらあの人だかりにいるのかもしれない。

 それを考えると、邪魔をするのも気の毒なような気がしなくもなく……予選の接触を私達は待つことにした。

 やがて予選が始まり、今回の大会の準備会? の人が一人ひとり名前を呼んでいく。


 呼ばれた人から予選を行うそうだ。

 名前を書いた純に予選であるらしく、まずは私の番から。

 予選も本選も同じ弓と矢で競い合うことになるらしい。


 公正を規すためとのことだった。

 わざわざ自分の弓を準備しなくて良かったと私は思う。

 手渡された赤い弓。

 

 子供用などの区別はなく、それほど大きくない、といっても私の身長ほどの弓を今回の競技では使うようだ。

 それを手に、六歳児の身長的な意味で木で作られた台に乗りながら、弓を構える。

 同時に私は自陣の力と周りの状況を確認するために小さく呟く。


「風速、的との距離の概算、位置、重力、矢に与える力……“時間停止”」


 定める中心。

 狙いを定めたその矢が小さく揺れるのを、矢の幾つかのポイントを停止させることで安定させ……目的物をまっすぐに示す。

 そして、放つ。


 特殊能力故に、こんな小さな会場では見つかることのない魔法だ。

 これも私の力なので問題はない。

 普通に打ち込んでも中心を狙える自信はあるが、今は万全を期すべき。


 予選を突破してカルロ君に接触をしないといけない。

 その目的を果たすならばありとあらゆる手を打つべき。

 そう思いながら私が放った矢はまっすぐに飛び中心を射抜く。


 子供から大人までまとめて行われる大会だが、まずは予備審査として矢を一本放つという試験が課せられていた。

 的は五つに分かれていて、中心から円を描くように色分けされている。

 この的に一本でも当たれば予選通過なのだ。


 だが意外にも距離があるこの的は当てること自体が難しい。

 だから的自体に当たればこの予備選はクリアなのだ。 


 そして中心を射止めた私は、もちろんクリア。

 次に矢を構えるのはヤード。

 女性になってもその凛とした美貌は損なわれておらず、黒い弓を構えて、真っ直ぐに的を見据えて放つ。


 弓雄はなった反動で黒い長い髪が後ろになびいて、歓声が上がる。

 美人は何をやっても絵になるなと私は見ていた。

 もちろん打ち込んだ矢は中心を射抜いている。


 それを満足そうに見ながらヤードが自慢げに、


「ふむ、この程度私には容易だな」

「凄いですね、ヤードさん」


 実際に特に魔法も使わずにそれをやり遂げた実力に私が素直に褒めると、ヤードは得意げに、


「そうだろう! 武器はあらかた使えるが、美しさの観点から私は魔法しか使わないがな」


 ヤード魔王様は、御機嫌なのを見て、こうやっておだててというか、良い所は褒めて使ってしまおうと私は考える。

 人が良くて力も強くて美人な女性なら、仲間にしても危険があまりない。

 それに人がよさそうな所も私は気に入ってしまった。


 仲のいいお友達になれればなとも思う。

 そういった事を考えながら、うむ、いい仲間を手に入れたわと私が思っていると、そこで私が先ほど乗っていた台の上に乗り、ユーグが弓を構えて矢を放つ。

 その矢はぴったり的の中心を貫く。


 特に魔法を使った様子もないから彼の実力だろう。

 だから私は素直にほめることにした。


「わーユーグ、すごーい」

「……こう見えても神様ですから」


 はにかむユーグ。

 やけに嬉しそうだが、こうやって見ると綺麗な顔をしているなと私が思っているとそこでヤードが不機嫌そうに、


「ほら、次行くぞ、次。次はくじ引きだ。私達が一番最後の挑戦者であったようだからな」


 そして私達はくじを引いて、予選通過後の対戦の順番を決めたのだった。








 予備を抜けると予想通り人が少なくなっていた。

 彼の周りに集まっていた女の子たちは全員消えていた。

 ここに集まっているのはいわば“ライバル”のようなものだ。


 そのせいか顔見知りらしき人達が少し話をしている物の、仲良く談笑というわけではないらしい。

 そのおかげもあってか一人になったカルロ君に会えたのですが、私達の事情を説明すると小ばかにするような目で私達を見てから、


「僕は信じられません、そのうち世界を救う度に出るなんて」

「本当は段階を踏むのだけれど、事情があって、ね」

「……分かりました。ではこの弓の勝負に貴方方が勝てたなら、僕は信じましょう」


 それはカルロくんにとって信じるわけ無いだろう胡散臭い、と言っているのと同意語だと私には分かる。

 カルロ君は弓に絶対の自信があるのだから。

 とはいえこれで、その弓で勝てたなら話を聞いてやる、といった約束は取り付けた。


 彼がその約束を守るかどうかは彼自身によるけれど……約束は約束だ。

 自分に自信があるからのカルロ君の約束。

 だから私は悪役令嬢らしくその油断をつかせてもらう事にする。


 というわけでその勝負を受け、私はくじ引きをする。


「あら、運がいいわ、一回戦でカルロ君と当たったみたい」


 そう言って十本勝負の戦いに私は向かう。

 そしてすべてを的の中心に当てた私は、対戦相手であるカルロ君を負かせました。

 本日の一番の期待の星だったカルロ君が第一回戦で敗退し、会場の雰囲気が悪くなってしまいましたがこちらは切羽詰まった事情があるので譲れませんでした。


 途中私とユーグが当たりましたが、さり気なくユーグが魔法を解除しやがって、しかも突如どこからともなく強い突風が吹き、私は慌てて修正したのですが……私の矢はやや中心からそれて失敗しました。

 ちなみに後で聞いた話では、この勝負で私に負けるのはユーグには何となく気に入らなかったから、だそうです。

 だが私は負けず嫌いなので、そのうち何らかの報復をしてやろうと決めていたりする。


 そして決勝戦は、ユーグと魔王ヤードの一騎打ちになり、連続して的の中心を当てていき、最終的に引き分けとなってしまいました。

 全部で百本近くお互いの意地をかけた戦いであったので、仕方がないのかもしれません。


 そして賞金がユーグとヤードに渡されて、賞状授与がされる。

 結局は美少年と美少女の二人が優勝者という事でそこそこの盛り上がりを見せてこの大会は終了しました。

 特にヤードの美貌が今回の別な意味での目玉になっていたようでした。


 それらが終わり、内部での宴が開かれたのだけれど、そこで私達はカルロ君の元に向かい、私は先ほどの話について告げて、


「それで信じてくれるかしら」

「……約束ですから」


 うつむくカルロ君だが、やはり衝撃的であったらしく俯いている。

 そしてこう見えて約束は守る性質であるらしい。

 真面目で誠実な所もあるようだった。


 それに私が好感を持っているとそこでヤードが、


「別にこれから頑張ればまた次の機会がある。お前はまだ子供なんだし」

「……はい」


 魔王ヤードがカルロ君の頭を撫でている。

 このヤード……実は子供には優しいタイプなのだろうか、と気づいてしまった私。

 残虐非道の魔王からは程遠い感じだなと私は思う。


 実際にゲーム内の説明も行動もそうだった気がするが。

 だが頭をなでられて、そこはかとなくカルロくんが嬉しそうなのは何故だろう。

 そう思っているとそこでカルロ君が魔王ヤードを見上げて、


「僕、将来もっと強くなります。その時、お嫁さんになってくれませんか?」

「ええ! え、えっと私は……」

「駄目なのですか?」


 カルロ君が泣きそうだ。

 それに魔王ヤードはそれ以上何も言えなくなって、頷く。

 まあ子供の約束だから大人になる頃には忘れているだろうと思えるのだが、走って行き約束だよと言って去っていくカルロ君。


 彼を見送った魔王ヤードだがそこで私に、


「一つ聞いていいか」

「何でしょう」

「どうして私が男に惚れられているんだ?」

「絶世の美女だからでしょう」


 その答えに絶望したかのように青い顔になったヤード。

 そして何かに勘づいて逃げだしたユーグ。

 そこで魔王ヤードは、ユーグを追いかけまわし、早く私を元に戻せと叫んだのだった。




 男に告白された。

 子供といえど、同性……今は異性だが、に、告白されてしまったことがヤードの琴線に触れてしまったらしい。

 自分は今は女だが、本当は男なのだという意識が未だ彼の中にあるのだろう。


 だから少年に告白されたという事実が色々とヤードは許せないらしい。


「私は格好のいい男なのに」


 と、幾度となくその言葉を呟いて、悔しそうに呻いている。

 それにゲーム内のキャラクターを見た時は格好良くて……で戻といらかというと美しい男性キャラだった気がする。

 その美貌は女性になっても健在で、あのカルロ君が靡いてしまうのも当然かもしれない。 


 というわけでそれから宿に戻った後……宴は明日にこの街を立つ関係で早めに退場させてもらった。

 そして宿にやってきて部屋ではヤードとユーグの軽い運動……が行われ、私はそれをしり目にすぐに寝ることにした。

 ヤードは明日になったら機嫌が直っていればいいなと思って。


 そして次の日、ターゲット目標に向かう最中、やはり昨日の事が答えているのか女魔王ヤード様は終始不機嫌になっています。

 そのためかこの馬車内でもユーグの隙を見て、ヤードが攻撃をしようとしており、馬車の中は傷だらけになっていたりします。

 初めのうちは私も“時間操作”を操り元に戻していたのだが、絶えず行うのも疲れたので今は放置中だったり。


 後で全部綺麗に元通りにしておこうと思うと思って私はぼんやりと外を見ていた。

 この馬車の中、本を読むにも車酔いが嫌なので読無事すらできない。

 なので私は暇だった。


 すごく暇だった。

 そしてすぐ傍には、恐ろしく整った黒髪が美しい女魔王様であるヤードがいる。

 更に付け加えるなら、私も女の子のはしくれなので、お人形遊びが好きである。

 後は分かるな?


 ちょうど休憩して次はどうユーグを倒そうか画策しているヤードの様子を見ながら私は、


「ヤード様、お願いがあるのですがよろしいでしょうか?」

「ん? なんだ? ルナ」


 にこっと微笑む魔王様。

 絶世の美少女である私とは違った、大人の色香が見え隠れする――つまりエロい女の人だ。

 この美貌でありながらどこか無防備さもかいまみえる美女。


 これは何処からどう見ても男に襲われるわ、と私は納得しながら、


「髪をいじらせて下さい」


 私はそうお願いしてみることにした。

 そう私が聞くと、魔王様が変な顔をした。

 元が男性なので、髪を結んだりして遊ぶという女の子らしい遊びにあまり魅力を感じないのだろう。


 けれどヤードはすぐに自分の髪を見て、次にユーグを見て、


「まあ、ユーグを攻撃して抹殺するのも飽きたし、いいだろう」

「僕はまだ抹殺されてませんよ!」

「もう一度戦闘再開と行くか?」


 それに女魔王様ヤードに睨まれてユーグは黙る。

 結構余裕で避けているように見えたが、ユーグも面倒だったのかもしれない。

 そして、私は魔王様の黒髪をとかして三つ編みにして、髪飾りで留めたりと様々な髪型を試した。


 馬車での移動時間は意外に長く、これはなかなかの暇つぶしになる。

 それにどの髪型も様になる。

 上方の参考にもなるし、写真をとれば芸術品のようなものが出来上がる。


 おかげで私は夢中になってヤードの髪をいじってしまう。

 なので髪をゆったり飾ったりしているとすごく楽しいと思いながら私は、


「やっぱりこの髪型も素敵ですね。うん、どの髪型もヤードには似合いますね」

「そうか? 私は男の時でも顔はいいと評判だったからな、女になっても美しかろう」

「本当ですね、じゃあこれを付けてみても構わないですか?」

「いいだろう、好きにするがいい」


 褒めると機嫌が良さそうな魔王様。

 やばい、この魔王様チョロすぎ、萌える……と心の中で私は思う。

 でもそういった所も好かれる要因なのかなと私は思いながら、髪をいじり始める。


 そんな私達をユーグが羨ましそうに見ている気がするが、それならば後でユーグも私の玩具にしてしまおうと考える。

 ユーグも素材がいいので楽しそうだし、こうやって髪をいじっていると馬車内が荒らされないのも素敵だ。

 とてもいい方法に気付いたと私は機嫌よく今度は魔王様の髪を編み込みにしていく。


 そうやって魔王様達を飾り立てようと私が楽しんでいると、そこで馬車が止まる。

 殺気は感じない。

 魔物や山賊といった類ではなさそうだ。


 そして周囲にも、人のような気配は2つあるが、特にこちらを害する意思はなさそうだ。

 だから私に放たれた暗殺者ではない。

 この奇妙さに私は首をかしげる。


 かといって途中で馬車が壊れてしまい一緒にのせてほしいといった訳ありの様子はなさそうだ。

 声をかけてくる様子がないから、そうだと私は判断した。

 となると誰だろうと私は思うのだが……ここには超便利な新米神様ユーグ君がいる。


 なので、困った時の神頼みということで、


「ユーグ、この馬車の周りにいるあの二人は誰? この窓からは顔も見えないのだけれど」

「ああ、あれはそこの魔王ヤード様の体を狙っている、軍師のソルトと宰相のメルトです」


 神様パワーで周りの様子を見てもらうことに成功した。

 だがそれを聞いた瞬間、ヤードが絶望するような表情になった。

 というか今、ユーグが体を狙っていると言っていたが、そこでヤードが私に、


「轢き殺してもいいから突破してくれ! 彼奴等には二度と会いたくない!」

「どうしたんですか、こんなにがたがた怯えて」


 この余裕めいた表情や怒った表情、時折絶望したような表情をよくしている魔王様にしては珍しく、絶望を通り越しているような青い顔で震えている。

 ヤードの力はよく知っているが、ここまで恐れるほどのものなのかと思う。

 少なくとも感じ取れる魔力はヤードには及ばず、それどころか私ですらも二人相手にして勝てるくらいだ。


 私が実は強すぎるというのは置いておくとして、そこでヤードが、


「あ、あいつ等は、私の体を狙っているんだ!」


 それは自分で倒せる相手だから大丈夫なのではという突っ込みをできるような状態ではなくヤードが怯えている。

 私は困りながらとりあえず、


「え、えっと、男の方ですか? 女の方ですか?」

「女の方だ! 男の時は、信頼はできるが油断ならない部下としてあしらいつつも、水面下でやりあっていたが……女になった瞬間、どうなったと思う!」


 叫ぶように私に告げる魔王ヤード様。

 どことなく涙目な辺りも可愛いのだが、何があったんだろうと思っていると、


「そろそろ出てきて頂けませんか? 我々も馬車ごと吹き飛ばしたくありませんので」


 そんな男性の声が聞こえたのだった。








 馬車の外にでると、案の定、二人の男性がいた。

 一人は赤い髪の派手な男でもう一人は金髪の長い髪の優しそうな雰囲気の青年だった。

 金髪の方が宰相のメルトで赤髪の方が軍師のソルト、どちらも美形だが彼らはゲームでも私は見たことがある。


 攻略できるのは魔王様のヤード(男バージョン)だけだったのだが、背後にいる男性キャラというか側近キャラもかっこいいなと思っていたのだ。

 なので、実際に動いているのが見えて私は楽しい。

 声もなかなかいいし……と思ってしまう。


 けれどそんな私とは対照的に、女魔王ヤード様は真っ青だ。

 ヤードがそこで震える唇で、


「な、何でお前達はここにいる、宰相のメルト、軍師のソルト」


 その問いかけにメルトと呼ばれた金髪の美形が優しげな口調で、


「貴方様が、私が呼んだ時にすぐ来い、とおっしゃった事を覚えていますか?」

「そういえばそんな事もあったような」


 そこでヤードは昔を思い出すように呻きながらそう答える。

 もちろんその優しげなメルトという金髪美形を警戒したままだ。

 とりあえずは状況のよく分からない私は様子見する。


 そこでメルトが優しげな口調と表情のまま、


「ええ。それで貴方様のつけている腕輪に、発信機のようなものをつける羽目になったでしょう? あの時はこんな面倒なものを付けさせやがってと思ったのですが……今にして思えば。貴方様を見つけるのにはちょうどよかったですね」


 メルトが楽しそうに話しかけてくる。

 昔の出来事に対する愚痴が混ざっていたが、それも彼にとって都合のいいものだったのでゆったりとした口調になっている。

 だがそれを聞いて焦ったように腕輪を外そうとするヤードだが、その様子を見てメルトが初めて薄く笑う。


「ああ、無駄ですよ。簡単には外せないように、以前、さり気なくそういった暗号の鍵の魔法を付けさせていただきましたから」

「な、何だと?」

「そういった所も抜けていて可愛らしいですよ。もとはいつか下克上をといった微かな野望も抱きつつ、一応は魔王なので御身を守らなければいけないななどと思いつつ付けた機能でしたが……まさかこのようなことになるとは思いませんでしたね。そしてそういった事情から、貴女様は我々から逃げられるはずもありません。ですから大人しく城にお戻りください」


 ほほえみながら告げるメルト。

 一応は魔王としてその地位は狙いつつも、部下として魔王の保護も考えてはいたらしい。

 だが、この含み笑いといい何かがおかしい。


 魔王の保護として城に連れ戻しに来たにしては、何かが引っかかる。

 と、そこでヤードが青い顔をしながら、


「も、戻ったらお前達、私に何をする気だ!」

「もちろん孕ませますが、なにか?」


 魔王ヤード様が凍りつきました。

 当然といえば当然ですが、この宰相のメルトさんも相変わらずの優しげな表情でさらっと鬼畜なことを言っています。

 確かに体を狙っているといえるなと私は思いました。


 というか、私からしてみると、


「それなんてエロゲ」

「? エロゲとは?」

「エッチなゲームの略です。女になったと思うと襲い掛かっられると、うーむ」

「な、なんだかよく分からないが多分今は関係ない。く、そ、そもそも何で女になったからってお前達はいきなり私を襲おうという発想になる!」


 ヤードはそれはおかしいというかのようにそうメルトに問い詰める。

 それに宰相のメルトは困ったように溜息を付いて首を振り、


「まず考えてみてください。私達よりも上の地位にいる我侭で傲慢だけれど力も強くカリスマ性のある男がいたとしましょう」

「それは私ではないか」


 自分でそう言い切ったヤード。

 それにメルトは再びため息をついて、


「想像していてください。続けます。そんな男がある日絶世の美女になり、涙目で困っていたとしたらどう思いますか? しかも性格もこんな状況ゆえなのか可愛らしくなっていますしね」

「……今までの苛立ちも含めて美女だし、逆玉の輿だし、襲う……は!」

「我々魔族は実力主義でもありますからね。そして優れた子供がほしいという欲求もあるのですから……どうなると思いますか?」


 カタカタと女魔王様ヤードが震える。

 どうやらその理屈を理解してしまったらしい。

 すごい発言がされているような気もする私は黙って話を聞くことに。


 けれどそこでヤードが、


「だ、だが元男だという私をそうしたいというのは、つまりお前達は、男が好き……」


 ヤードはそこでいいことを思いついたというかのようにそう告げる。

 それに眉をひそめる宰相のメルト。


「男なんてゴメンです」

「そ、そうだろう。だから、お前達も女にもてるのだから私の事はあきらめて……」

「ですが、男の方が男心が分かって良いという話はありますね。もっとも貴方は今は女ですが」


 そこで別の方向に話を持っていこうとしたヤードにメルトがそんなことを言い出した。

 だがそれにヤードは怒ったように、


「ふ、ふざけるな、私は男だ!」

「貴方は女です。本当にもう、二人がかりで陵辱し尽くしてしまおうと狙っていたのに、信頼させるように装って協力していたというのに、腐っても魔王様なので逃げられてしまった」

「……もう嫌だこいつら」


 絶望的な呟きをこぼす女魔王様ヤード。

 そこで、それまで黙って静かにしていた軍師のソルトが嗤いながらメルトに、


「な、俺の言ったとおりだろう? あの魔王様が素直に言うことを聞くはずないって」

「そうですね、仕方がありません。力づくで従っていただきましょう」


 二人揃ってそう告げて嗤う。

 ふわりと浮かぶ魔力と殺気に私は、ここで戦闘をするのは危険と判断する。

 確かにこの二人くらいはのせるが、現在魔族を主にまとめているのはこの二人で、できれば協力関係においておきたい。


 ならば、と思って私は飛び跳ねながら手を挙げて、


「すみません、お二人と交渉がしたいのでよろしいですか?」


 そう私は告げたのだった。





 さて、交渉をお願いしつつ私は、いっそのこと逆ハーレム作るか、と考えていました。

 このモテモテ魔王様を使ってそれを楽しみつつ世界を救うのもまた良しである。

 周りで見ているのもそれはそれで楽しい……ではなく、そういった逆ハーレムという形で優秀な人物を集めればそれはそれで……と、私は心の中で思いながらもすぐに感情を切り替える。


 まず一番必要な目的達成、世界の危機の排除……。

 むしろ彼らの力は非常に強力なのだから、敵に回したりその力を寝かしておくよりは……味方に引き込んだ方がいい。

 そう考えた私は、


「お二方、まず一つ目です。私達の手伝いをして頂けませんか?」

「ちょ、ルナ、お前は何を言っているんだ!」


 女魔王ヤード様が焦っているましたが、そのあたりの事はどうでもいい。

 私はゲームの内容をよく知っている。

 それによるといずれ魔族側の領地に行くことになるし、このまとめ役二人を倒して魔族側の行政機能を停止させて混乱に陥れるのもめんどうである。


 また、人間側に喧嘩を売ったりといったことになっても困るのだ。

 現在はその世界の破滅を防ぐのが先なのだ。

 なので彼らにそう私は言った。


 そこで、軍師のソルトが私を見下ろしながら赤い髪をかき上げつつ嗤う。


「お手伝いをしてほしい? 協力? この俺達に? 一体何をさせる気だ? お嬢ちゃん」


 お嬢ちゃんといっているあたりで、私を侮っているのが丸わかりではあった。

 実際に六歳児の美少女という子供である。

 そんな子供がお願いしてくるというと、こうなるのも当然かもしれない。


 むしろ魔王の部下という二人がこうやって話を聞いてくれるだけいい方であるのかもしれない。

 だからそれに怒るよりも今は、と私は思い、


「世界が予定よりも早く滅亡しそうなので、来るべき日のために必要な人材を集めているのです」

「……お嬢ちゃん、頭は大丈夫か?」

「私も冗談だと思いたいのですが、事実です」

「ほう、それをどうして断定できる?」


 軍師の魔族のお兄さんは、脳筋ではないようです。

 いえ、確かに物語の脳筋は男性版ムキムキなアホの子に見えますが、この油断のならない感じは危険を感じるけれど……それでもそういった人間とはこれまで渡り合ったり、交渉している場面を私は何度も見ている。

 最終的に力技にもなっていた時もあったがそれはそれ。


 対話をする気があるだけましかもしれない。

 それに私には彼らを捕らえるカードが幾つもある。

 なので私は不敵な笑みを浮かべて、


「あそこにいる、ヤード魔王様を女体化させたこの世界の新米神様のユーグが、そう言っているからです!」


 私はユーグを指さしてそう告げた。

 彼らにとってはヤードはやはり強い主の認識があるらしく、それを女体化させてしまうような存在ともなると警戒するのかもしれない。

 実際にその魔王様を襲いに来た二人は凍りつく。


 だが、すぐに二人共顔を見合わせてから薄く笑い赤い髪のソルトが、


「面白い冗談だ。我らが魔王様がそんな新米神を生かしておくほど大人しい方ではないのでね」

「うん、殺そうと寝こみを襲ったのだけれど未だにこんな感じなの」


 その私の説明に彼らは再び黙ってしまう。

 殺しに来たのは事実だが全て撃退されている……十分につじつまの通る話である。

 さて、これで納得してくれたら話は楽でいいのだがと思いつつ私は様子を見ていると、今度は宰相のメルトが、


「冗談はやめてください。頭の軽い嫌味で傲慢なハーレム男だった我々の魔王様の強さは我々がよく知っています。あの力が、強さがあったからこそ我々は従っていたのですから」

「では、この魔王ヤード様よりもその新米神のユーグの方が強かったのでしょう」


 私が事実を述べると、それを知らない金髪宰相なメルトが嘆息するように、


「ありえません、この魔王様に限って、あの圧倒的な力をもち君臨し、女になったからと言って我々二人がかりで押し倒そうとしたのに逃げられた時に、その力は健在だと我々は確信しました」

「困ったわね……魔王様があの新米神を殺せたり魔法が解けたりしていない時点で察せると思うのだけれど」

「……なるほど、確かに奇妙ですね。ですが疑問点があるものの、それだけでは私達は信じられません」


 そんな宰相のメルトに、言葉で言っても無駄かと私は思って、ユーグを呼ぶ。

 そして耳元であることを聞いてみる。

 ユーグがチラリと魔王ヤードを見る。


 ユーグがどことなくにやぁというような悪辣な笑みを浮かべた気がする。

 確かにこれは追う何だろうと私も思うが、これならばヤードのある種の望みもかなって、しかもかっらに襲われにくくなるのである。

 しかし本当にユーグが悪い顔になっているけれどどうなんだろうと私は思う。

 それに魔王ヤードはものすご~く嫌そうな顔をするが……目的達成のためなのだから仕方がない。


 現状での交渉の関係もあって私は考えたのだ、このメルトとソルトという彼らが最も嫌がる選択を。

 つまり、彼らの目的が達成できなければいいのだ。

 そして達成できるかどうかのチケットが私の手の上に落ちてくる方法を思いついたのである。なので、


「では、貴方方があの魔王様に触れた瞬間、魔王様が“男性”に一時的に戻るように設定してみせましょう!」


 そう告げると宰相のメルトが、


「面白い冗談ですね。ですがいいでしょう、もしそれが出来るのなら、その世界が破滅するかどう話を信じましょう」

「よし、言ったわね。さあユーグ、やっておしまいなさい!」


 それに、はーいとユーグが答えて、


「あの二人が触ると一時的に男に戻るように設定しました」

「お前達! 早く私に触れろ!」


 ユーグの言葉に女魔王ヤード様が目を輝かせながら言うと、宰相のメルトと軍師のソルトが顔を見合わせてから、軍師のソルトが親指でヤード魔王様を指さし、それに宰相のメルトが嘆息して近づいてくる。

 そして魔王ヤード様に触れると、ぽんといった音がして白い煙がヤードを覆ったかと思うと、


「ふ、ふはははは、ようやくだ、ようやく男に戻ったぞ! って!」


 そこで宰相のメルトが手を放すと同時に魔王ヤード様は女に戻る。

 外から見ると服の上からでもわかるくらいに胸が膨れているのだから間違いない。

 触れた瞬間だけは男になるよう上手く設定できたらしい。


 そこでヤード魔王様が、ユーグに詰め寄り、


「矢っ張り女のままではないか! いいから一時的でも、いな、一時期といっても持った長い時間私を男に戻せ! 触れているときだけでなく! というか私をいい加減男に戻せ!」

「……ハーレム作っている男なんかきらいだ」


 相変わらずユーグは魔王様にそう返している。

 そんなにハーレムが欲しいのかな? 男ってよく分からないわ~と思って私が見ているとそこで魔王様は、


「分かった、お前にも何人かの美女を侍らさせてやる! それでどうだ!」

「え? いりませんけれど」


 当然のようにそう答えるユーグ。

 ユーグはハーレムはいらないらしい。

 それに私はどこか安堵してしまうのはなぜだろうか?


 う~ん、とひとり呻きながら私は考えているとそこでその言葉を聞いたヤードが、一瞬呆然としつつもすぐにはっとしたような顔になって、


「だったらなぜ私を女にした。ハーレムが羨ましいんだろう?」

「いらっときたので」

「……やはりお前とは一度決着を付けなければならないようだ。……死ね」


 そう告げて魔王ヤード様はユーグを追いかけまわし始める。

 どうせユーグが負けるはずがないと私は分かっているので、代わりに宰相のメルトに、


「それでいかがいたしますか? 魔王様は貴方方が触れた瞬間男になりますが」

「……どうにかして常時女体化する魔法薬を投薬しましょうか」

「……もしやあの女体化魔王様、ものすごく好みだったりしますか?」


 宰相のメルトが黙った。

 こうまであのヤードに固執するのは何となくこう、そういったものを感じるのだ。

 だがメルトは答えないので次に私は軍師のソルトを見ると、彼は肩をすくめて、


「当たり前だろう? あんな極上の女、そうはいない」

「見かけですか? 中身ですか?」

「両方だよ、ったく、なんてことしやがるんだと思った。で、惚れた」

「惚れたのならもっと優しくしないといけないのでは?」

「……惚れたのは初めてだからな。それで、エロめの官能小説を読んだ結果、襲うのが正しいんじゃないかという話になってな」


 少し離れた場所で、ヤードが放ったらしい魔法の爆音が聞こえる。

 どうやらああいった感じのヤードがこの二人ではこのみならしく、思い余って襲い掛かったようだ。

 どう考えても悪手である。


 だから私自身今の話を聞いていて、


「創作と現実を混同しないでください。惚れたならそれなりの手順というものがあるのです! ……分かりました、そちらのサポートもさせて頂きます。それでその世界の破滅と、我々に協力して頂けませんか?」


 今はそちらの色恋よりも最優先でなさないといけないことがある。

 だから私はそう告げるとそれを聞いた宰相のメルトが、深々と嘆息する。


「世界の破滅は信じられません。そもそも子供の戯言に聞こえます」

「では、どうしたなら分かって頂けますか?」

「そうですね……たまたまあの魔王ヤード様が新米神ユーグ? を殺せない理由があり手加減しているのかもしれません」

「なるほど、それで私達を信じる条件は?」

「そうですね、私達二人を力でねじ伏せたなら考えて差し上げましょう」


 嗤う宰相のメルトに軍師のソルト。

 信じて欲しいなら我々を倒してみろと二人は言っている。

 その発言からも私が舐められているのはわかるが、いかんせん今の私は六歳児の美少女なので当然の反応に思える。


 だがこう知った形で約束を持ち出したのは彼らだ。

 この男たちはヤードの様にまだ異変のようなものを感じ取ってはいないらしい。

 それを考えるとヤードは魔王としての能力が彼らよりも高いこともうかがえる。

 とはいえ、この二人にはこちら側に来てもらわないと今後の活動に支障をきたしかねないので私は、


「交渉の背景が武力というのは良くある事ですわ。いいでしょう、私達の力を見せて差し上げますわ。ユーグ、力を貸して!」

「いまは無理です、うわぁあああ」


 そこでユーグが魔王ヤード様の攻撃を受けて悲鳴を上げた。

 今まで余裕たっぷりにヤードの攻撃を避けていたのに今はこういうという事は……面倒くさくなったなと私は察した。

 私はこの役立たずがと怒りたくなったが、そこで、


「それでどうするのですか? お嬢ちゃん」


 軍師のソルトが笑って言うので私は嘆息し、


「いいでしょう、私がお二方のお相手をさせていただきますわ」


 悪役令嬢らしく傲慢に私は、微笑んだのだった。











 もちろん私の大勝利なのですけれどね?

 そう私は心の中で呟きながら不敵に嗤う。

 それに目の前のお二方、軍師のソルトと宰相のメルトが警戒するように私を見る。


 意外にも彼らは勘が鋭い様だ。

 私はこう見えてとても危険な六歳児。

 警戒して当然。

 けれど、それは無意味なのだ。


「私の周囲、30メートル以内を限定、効果範囲を半球状に設定、“時間停止”」


 イメージを小さい声で言葉にして私は魔法を使う。

 宰相のメルトはそんな私に気づいたようだ。

 時間を操る魔法はとても珍しく、相手にとってはとても危険な魔法。


 けれどこの魔法を破る術はある。

 操るこの世界、時空すらも揺るがす巨大な力を持ってねじ伏せるか。

 はたまた同じ時間を操る力を持って抵抗するか。


 時空系の魔法も含めて、それを無効化する魔法が私の時間操作系の魔法に対抗するものとしては一般的である。

 ただ時間操作に関する魔法は難しく巨大であり、私自身が特殊能力として持っているから気楽に使えるだけで、“概念”に近いこの魔法は本来とても難しくそう簡単に使えない類のものだ。

 だからこれに対抗することになるのは、人の人生で一度あればいい方なのだが、それをどうやらこの宰相メルトは知っていたらしい。


 この宰相の場合は先ほどの二通りの対抗手段のうち、後者をえらんだようだ。

 微かに時間を止めた空間で動こうとしている。

 感じる魔力の相殺のための力。


 とっさにはなったものとしてはなかなか強力である。

 けれどそんなもの通用しないのだ、私には。

 私の特殊能力の効果の方がよほど高い。


 そんな風に抵抗しようとしても無意味。

 更に強くこの空間の支配を強めれば……ほら、もう抵抗は出来ない。

 動くこともできず生きた彫像のようになった彼らが私の目の前にいる。


 私は更に笑みを深くして、彼らに向かって近づいていく。

 彼らは私を認識した時には、すでに負けている。


「この二人はイケメンだし、肌に傷は付けたくないわね。それに、まだまだ魔王様との絡みも見たいという個人的な感情はおいておいて、この二人がいないと魔族側が混乱してしまうしね」


 少なくともまだ混乱してしまっては困るのだ。

 このヤードの女体化やゲームヒロインの能力に目覚めている状況などなど……些細なものでも私達に都合がいいように湯堂はしているけれど、私の知っているゲームとはすでにいろいろ変わっている。

 そもそも勇者としての私がいないのだ。


 それが一番の問題だけれど、そういったような、ただでさえ予定外の事態ばかりが降り積もっている際中……それに余計な一手間がかかるのは誰だって嫌だろう。

 だから、私はこの二人に確実に勝利しないといけない。


「ちょっとだけ、動けなくなってもらいますか。確かこの辺りをこれくらいで、ていっ!」


 私は雷の魔法を幾つか使い、少し離れた場所で時間停止を解除する。

 宙に浮かんだ状態で金色の稲妻が浮かんでいる。

 止まった時間の中というすべてが微動だにしない静寂の空間。


 但し私が設定した外側では普通に時間が流れており、魔王ヤードとユーグが戦っている。

 それを見つつ、さて私は離れましょうかと二人から歩いて離れる。

 それから彼らがすぐに攻撃できない場所にまでやってきてから、


「“時間停止”解除!」


 私が呟くとともに、空間の時間停止が解除され、彼らの側にはなった私の魔法が大きな音を立てて発動したのだった。





 予想以上に抵抗力がこの二人にはあったらしい。

 なかなかやるわねと私は思いつつも……それでもこの程度では私の足下に及ばない。

 まだ余裕のある私は、その余裕さをアピールしつつ様子を見る。


 呻いているその姿を見ると、意識をどうにか保っている程度のようだった。

 一回気絶させてからお話し合いに持っていこうと思ったが、相手の能力をどうやら私としたことが見誤ったらしい。

 けれど、地面に這いつくばって動けなくなっているのは確かのようだ。


 これだけの攻撃を受ければ約束を守る気になるだろうか?

 それとも子供だからとさらに侮り別の要求を突き付けてくるかそれとも……などと私は考えているとそこで宰相のメルトが、


「くっ、子供だからと油断してしまった我々が愚かだったようです」


 目に見えて悔しそうにそう呻いている。

 先ほどのような余裕さというか穏やかさはどこにもない。

 ほんのりと額に冷や汗がある当りが、彼の口にした言葉の通り私の力に気づいて凍り付いているようだ。


 やはり子供だからと侮られていますね、そこを私は利用させていただきますが、と私は思う。

 そしてメルトの言葉にすぐそばで倒れていた軍師のソルトが、


「まさかこんな子供が、これほどまでに力を操るとは思わなかった」


 戦闘に従事している彼に先手を私は打てた。

 今までの努力のたまものとはいえ、侮っている二人を見返せたように感じながら私は、呻く二人に私は得意げになりながら、


「ふふふん、油断は禁物。それで、六歳児の女の子に負けて、今、どんな気持ち?」


 なめてかかって来たのを少しだけ恨んでいた私は、そう煽ってみることに。

 子供だと思って適当に相手をしようとしていた人間が倒される。

 二人の実力があるという自信があるからこそ、この結果は予想できなかったのだろう。


 そう思いつつも買ったのもうれしかったので挑発してみた私。

 すると二人は機嫌の悪そうな表情で、


「非常に不愉快です」

「同じく」


 二人して不機嫌そうに答えるのを聞きながら、私はですよね~と思った。

 負けて嬉しいのは、この世のどこかに存在がいるかもしれないドM属性の人物くらいだろう。

 と、そこで宰相のメルトが、


「そういえばお嬢さんのお名前を聞いていませんでしたね。名はなんというのですか?」

「ルナよ、ルナ・クレール」


 ここでようやく私は名前を問われた。

 これまでその他の子供、しかも戯言を言っている程度の認識しかなかったのがまるわかりである。

 とはいえ心の広い私は即座に名前をこたえた。


 だがこうして私は名乗ったのだけれど、それに宰相の方のメルトが、


「! まさかあのクレール家の美貌の悪女、六歳にして多くの男をロリコンにしたという伝説の子供!」

「待って、何よそのロリコンにしたって」

「……知らないほうが気持ちが良く人生をおくれることでしょう」


 そう答えた宰相のメルト。

 悪役令嬢は知っているし悪役っぽいことを言うから、というのも知っている。

 でも悪女ってどういう話なのだろうか?


 悪女ってれですよね?

 男を弄んで気に入らなかったら捨てたり寝取ったり金品巻き上げて、男を捨てるような感じ……ですよね?

 私、そんなことをした覚えがほとんどない。


 というか、そう悪役令嬢と言われるとはいえ、私だって言いたいことだってある。

 そもそも、その悪女以外にもメルトのその発言には私は思う所がある。つまり、


「殆どが私の天才的な頭脳を求めての誘拐や、力を恐れての暗殺だったはずよ! なによその、ロリコンって」


 知らない話に私がそう言い返す。

 新たな性癖に男を目覚めさせたとか、私としては覚えがない。

 年上の優しいお兄さん等も好きな私にとって、そのロリコンにしたという話は私にとって聞き捨てならない発言だ。

 と、目の前のメルトは、


「……殆どはロリコンではなく、その能力目当てだとは聞いたことがあります。ですが育てば美姫になるのが確実な貴方を皆放っては置かないでしょう? 同い年の少年少女がどんな目で見ていたのか、聡い貴方がわからないはずないでしょうに」

「確かに舞踏会などで誘われたりはしたかも。美人て言われたこともあるし……ごくごく一部にそういうのが居るからって、そこを誇張しないでよ」

「その方が話が面白いことになりますからね。噂話としては、そちらの方が面白いので誇張されやすいのでしょう。まあ、どんなに美少女といっても我々の魔王様には劣る美しさですから、問題はそこまで深刻ではないでしょう」

「なんだろう……ロリコンじゃなかったと安心するべきなのだろうけれど、追加の色々な話を聞いていくと何だかいらっときたわ」

「それほどまでに女性になったあの我々の魔王様が美しいということです」


 真面目な顔でそう告げる宰相のメルトに、頷く軍師のソルト。

 倒された状態で様になっていないが、この二人は自分の気持ちには正直なようだ。

 ある意味で意志が固いともいえるが……。


 どうやら二人の頭の中はあの魔王様のことでいっぱいのようで、それ以外の美人はどうでもいいらしい。

 もっとも私は子供なので美人でも許容範囲の範疇には入らないのかもしれないが。

 そう考えつつ私はちらりと、未だゆーぐと戦い続けているヤード魔王様の方を見る。


 確かにあの魔王ヤードの美しさは目を見張るものがある。

 私だって見ている分には目の保養だし、一緒にいると楽しい。

 しかもそのおかげで私の方に目がいかないし、そういった意味での誘拐も無さそう……もちろん簡単に私は倒せるのだが、相手をするのも面倒くさい……なのは利点だ。


 さらに私のお人形遊びの代わりになるしと、関係のない話が頭に浮かんで……すぐにそれどころではなかったな、約束は約束よねと私は目の前の倒れた二人のイケメンについて考える。

 彼らは魔王ヤードが本当に好きなようだ。

 ならばそこに漬け込もうと悪役令嬢らしく私は考えて、


「それで私の交渉に応じて欲しいの」

「面白いお話ですね。それで我々にどんなメリットがあると? 今の攻撃で生かしておくということはその時点で、我々に何の要求を飲んで欲しいという事ですよね。我々は頼まれる立場です」


 自分たちの方が有利な立場にあると宰相のメルとは私に言ってくる。

 やはりそう簡単に約束を守ってはくれないようだ。

 しかもこの状況から、この二人に採って自分たちの方が交渉の権利を握っていると悟られてしまった。


 さて、ど~うしよ~かな~、と棒読みのように心の中で私は呟きながら、幾つかの交渉カードを瞬時に出してその中で穏便なものを選び出し、まずは会話から始めることにする。つまり、


「私の目的はただひとつ、世界の破滅に関することだけ。それまでに、貴方達は今までどおり、魔族を支配して欲しい。そして私とイザという時は連携して欲しいの」

「ですが、こんな風に倒されて、我々が大人しく言うことを聞くと思っているのですか?」


 笑う宰相のメルトに、私も微笑む。

 ここでカードを使うのはいいけれど、その使い方は……少し意地悪かもしれない。

 だが目的のためには手段を選んでいられる余裕が今のところ全くない。

 

 すでに勇者はおらず、この世界に起こっている異変は少しずつだが姿を現し始めているのである。

 それに対抗する準備は整っえられるだけ整えておいた方がいい。

 思いつく範囲、出来る範囲のすべて手をかけるべきことなのだから。


 そして私は新たな交渉カードを切るべく、軍師のソルトにしか見えないような場所に、私はそっと一枚の写真を差し出す。

 それを見てソルトははっとしたような顔でその写真を凝視して、


「! こ、これは」

「魔王様、とっても素敵なのだけれど色々と抜けているんですよ? 例えばこの時は、触手系の魔物に捕まってほんの少し魔力を吸い取られてしまって……でも、この食い込み方、どう思います?」


 子供心にエロいな~、と思ったこれに一発でヤード魔王様が大好きな彼は引っかかりました。

 目を離せないかというかのようにじっとそれを見つめてから私に、


「……幾らだ、幾ら払えばいい」

「これはお金では提供できませんね、ふふ、宰相のメルトも見たくてたまらないようです」


 ちらりとそちらの方を見るとメルトが今までで一番悔しそうにこちらを見ている。

 どうやら今までで一番効果の高いk上昇材料になりそうだなと私は思った。

 ちなみにそれに気づいた魔王ヤード様が、慌てて涙目で私から写真を取り上げようとしていましたが、時間停止の壁を作りこちらに来れないようにしました。


 必死な魔王様をおいておいて、私は更に二人に囁きます。


「それで他にも実はですね、様々な髪形をした魔王様の写真が沢山私の手にはあるのです。それに……」

「そ、それに?」


 もったいぶるようにそう言いながら私は微笑み、


「ヤード魔王様の笑顔の写真はどう思いますか? それはそれは輝くばかりの美しさがありましたが……」

「……笑顔の」

「……写真」


 二人はそう呟いて黙ってしまった。

 それからしばらくうつむいて小さく震えてから、軍師のソルトが、


「な、なんだ、何が望みだ。答えろ!」

「望みは先ほど伝えたでしょう? それに私と手を組めばこれからもあの魔王様の写真がいっぱい手に入るかも……それどころか私が手を貸して、心を落とすお手伝いをして差し上げてもよろしいですわ」


 すぐ側で魔王ヤード様が、止めて、嫌だと叫んでいるが、この世界のために犠牲になってもらうことにした。

 ごめんなさい魔王様、と、言葉でだけ心の中で思ってから私は、


「それでどうしますか? 私と協力しますか?」


 悪役令嬢らしい悪魔のささやきだなと自分で思いつつ私は問いかける。

 この方法ならば比較的穏便な方法で、彼らを味方につけられる。

 いざとなればユーグの洗脳……ではなく、いう事を聞いてもらう魔法はーとに頼らなければならなくなるが、できればその方法は使いたくはない。


 そう私が思っているとそこでしばらく黙ってから、まず宰相のメルトが、


「……いいでしょう、私はかまいません」

「俺も構わない」


 二人が観念したようにそう呟いて、それに私は、


「交渉成立ですね」


 上手くいったと微笑んだのだった。









 そんなわけで私と彼らの連絡手段を手に入れつつも、一時的にこの二人は帰ることになった。

 もちろんお土産に写真を渡してである。

 それで今回は手打ちというか退散してもらった。


 本当は彼らは魔王ヤード様を連れて帰り、思うがままにR18展開にしたかったらしいのだが、今回はひいてくれたらしい。

 やはりお近づきの印に触手と笑顔写真を渡したのが良かったようだ。

 交渉カードは幾つも持つべき。


 そして賄賂と根回しは大切ねと私が思っていると、こちらに来れないような壁を消した後、ヤードが私に詰め寄り、


「ルナ、酷い! なんてことをするんだ!」

「……あのまま追い掛け回されたいのならば別ですが。現状ではここから退いたことになりますよ?」


 それに魔王ヤード様は気づいたらしい。

 一時的とはいえ彼らを穏便に退けられたという事実を。

 このまま一緒に来るというのもヤード魔王様が大変なことになりそうなのも気の毒であったので、いざとなればこの写真の条件にいったん手を引くを組み込もうとも考えていたけれど、それは杞憂に終わったらしい。


 あの二人もああ見えてヤードがいない間、魔族をまとめ上げる事に熱心ではあるらしい。

 いずれヤードが魔王として戻ってきた後のことも彼らなりに考えているのかもしれない。

 ともあれ、どうにか彼らを退けたという事実に気づいたらしいヤードが、


「そうか、すまない。助かった」

「いえいえ」

「そして先ほど君の力を見ていて君がどれだけ強いか理解した。一緒に力を合わせてあのユーグを、神に対する反逆をしないか!」

「いえ、まだまだ利用価値があるのでそれは無理かと」

「残念だ」


 そんな私にユーグが、ルナ、薄情ですよと叫んでいたけれど私は聞かなかったふりをして。

 とりあえずは新たな協力者を手に入れて機嫌が良くなった私。

 そして私達は次の目的地に向かったのだった。





 そんなこんなで私達は次の目的地に向かいます。

 着々と仲間の能力を個人個人で鍛えておいてもらって、しかも魔王の部下二人をこちら側に引き込めるという収穫……この調子でやっていければいいなとは思った私。

 そうすれば世界の崩壊など余裕でどうにかなるのだろうから。

 

 それがすべて終わったら悪役令嬢……として若く死ぬこともなく普通の人生が送れるだろう。

 全てが終わった後というスタッフロール後のゲームの世界のようなその人生はどのようなものになるだろうか?

 宿命のようなものから解き放たれた私は自由に生きることができるだろう。


 その時はどうしているだろう?

 今いる三人で遊んだりしているのだろうか?

 他にも仲間たち全員で、冒険をしたりといったこともしているのだろうか?


 まだ見ぬ世界と未来に期待が高まる。そこでユーグが、


「……ルナ、やけに楽しそうで怖いのですが」

「怖いって何よ。普通に世界が崩壊するのを何とかしたらみんなでどこかに遊びに行ったりできたらなと思っただけよ。そういえば終わった後もユーグは私と一緒にいるの?」


 一応は神様でもあるので、やることが終わったら帰ってしまうのかと私が不安のようなもやもやするような変な気持ちを覚えているとユーグが私の手を握って、


「ルナはどちらですか?」

「何が?」

「僕に一緒にいてほしいかどうか」


 最後の方は少し声が小さくなっていたような気がする。

 私に拒まれる不安がユーグにはあるのだろうか?

 確かに勇者ではなく悪役令嬢に彼は私を転生させたが、こうやって手助けもしてくれるしそれに……上手く言えないけれど憎み切れない何かが彼にはある。


 私自身理由はよく分からないけれど。

 そこでヤードが、


「これらがすべて終わって、この邪心ユーグを倒したら私もルナとどこかに遊びに行きたいな」

「そうなのですか? ヤード魔王様は好き放題どこにでも行ける、というわけにはいかないのですか?」

「まかせられる部分と任せられない部分があるからな。全部丸投げでもいいが、残念ながらあの二人……いや、待てよ? あの二人で今国が回っているのなら、全部丸投げして私は好き勝手していいのか?」


 そこで何かに気づいてしまったらしいヤード魔王様が真剣に何かを考え始めました。

 とりあえずは考えているのは邪魔してはあまりよろしくないので、次の目的地に向かい目的を達成するため……私は御者のおじさんにお願いをする。

 そして新しい目的の場所へやってきた私達。


 ちなみにここに来る途中で、護衛の馬車をまきました。

 今頃私達を必死になって探していることでしょう。

 ですがこれには理由があるのです。


 だってこれからとある場所に潜入する事になったのですから。


「“テオル魔法学園”、貴族庶民の両方が通う学園。今回はその学園にいる、ローゼル君にあいに行く事になります」


 そう告げると魔王ヤード様は鼻で笑い、


「ふん、ガキ共の巣窟か」

「魔王様……、そういえば魔王ヤード様はお幾つなのですか?」

「18歳だが? それがどうかしたか? ああ、魔族は長寿だが、初めのうちは人間と成長が同じなのだ。だから、魔族によっては人間の美しい少女を自分好みに育て、同じくらいの見た目年齢になった時に結婚する者もいるな。それがどうかしたか?」

「いえ、その魔族事情は知らなかったもので。えっと、18歳だですか。学園の最高学年にぎりぎり引っ掛かりますね」


 私がそう言って機嫌よく笑うと魔王様がびくっと震えた。

 また何かに巻き込まれたり酷い目に遭うと思っているのだろうか。

 勘が鋭いなと私は思う。


 もっとも、感づいたとしても逃がすことなく巻き込むんですけれどね?

 というわけで私はさっそく説明を始めます。


「実はこの学園、その学園にいる生徒の年齢層の人間でないと入れないのです。後は教師といった学校関係者だけ」

「私は魔族の王、魔王だ。潜入すれば違和感があるかもしれない」

「見た目が人間なので大丈夫です。そして私達も年齢詐称の魔法を使って、そこに潜入します。そして彼に会いに行くのです」

「ふん、面倒な……」


 面倒と言い切った魔王様にそうですねと答えつつ、事前に用意しておいた書類を私は取り出す。


「まあまあ、一番面倒臭い、紹介書類の偽造……ではなくて知人を脅し……ではなくて弱みを握り……穏便に文書を手に入れたので大丈夫ですわ」

「……何だか悪役令嬢らしい言葉が聞こえたような」

「私は悪役令嬢になるつもりはありませんのであしからず。そして魔王様、その学園に入るにはある条件があるのです」


 そこでまた私が笑うと、魔王ヤード様は嫌そうな顔をするが次に私はユーグに、


「貴方ももちろん来るのよ。年齢くらい幾らでも如何こう出来るでしょう?」

「僕も行かないといけないんですか? この馬車でお留守番は駄目ですか?」

「いざという時には貴方にも頑張ってもらわないとね?」

「うう、神使いの荒い悪役令嬢だな」


 そう嘆くユーグを捕まえて、私達はその学園に向かったのだった。






 用意させておいた服にたまたま予備があったのは幸運だった。

 本当であれば私とユーグの二人だけになる予定だったが、ここでこの女体化したヤード様が増えたため予備が使う事が出来た。

 ちなみにあともう一着予備があったりする。


 やはりもしもの事を考えて二人分予備を用意しておいたのだ。

 失敗できないこの戦いのために備えておいたこの装備。

 いま、使う時が来たのである!


 そう思って私はそれを見せつけると魔王ヤード様が何故かカタカタと震えながら、


「いやだいやだいやだいやだ」


 などとわがままを言う。

 確かに今の魔王様の姿は男性のような格好でズボンをはいていたりするが、十分女性らしさがあふれている。

 だから……別にどんなものを着ようと女性である事実は変わりなく、どちらの服を着ても似合うだろう。


 とはいえ、こんな所で時間を食っていると護衛の人たちに見つかってしまうかもしれない。

 だから私はヤードに、


「魔王様、早く着替えて下さい。せっかくこんな素敵な女性の制服が……」

「だから、私は男だ。それが何だ! その短いスカートは!」


 そう言って、格子柄の赤い色のスカートを指さす。

 一見短そうに見えるが、


「いまはこれが標準です。きっと似合います」

「似会ってたまるか! やめろ!」


 そう叫ぶ魔王ヤード様ですが、私は魔王様おし倒して嫌がる魔王様の服を無理やり剥ぎ取り着替えさせました。

 やはり話が通じない相手には力技でいう事を聞かせるしかないようです。

 もちろんユーグは馬車の外です。


「や、やだっ、やめろっ、脱がすな!」

「わー、魔王様胸が大きくてくびれが……」

「や、やめろ、触るな、あんんっ」

「さてまずは上から。そしてスカートをこうしてと」

「は、早。なんという早業! というかなんだこれは!」


 魔王様は恥ずかしそうに、スカートのすそを抑えている。

 しかも顔が真っ赤になっているが、そこで魔王様が羞恥心に苛まれながら怒ったように、


「こ、こんな風が吹けば中が見えてしまいそうな短さって、おかしいだろう!」

「あ……私が13歳くらいの物を目安にしていましたので、スカートが短くて胸のあたりが……」

「く、こ、こんな格好で私が歩けるわけ無いだろう!」


 といって顔を赤らめている魔王様はそれはそれで可愛いように見えたので、私は写真に収めておきました。

 また一枚カードを手に入れた私だけれど、そのヤードの様子を見ていてあることに気づく。


「……よし、こんな美女な魔王様に頼めば、きっということを聞いてくれそうですね」

「く、こ、この……だが仕方がない。世界の破滅を救わなければ、私はあのユーグにとどめを刺して元に戻れない。……協力する」


 嘆くように呟いた魔王ヤード様はいいとして。

 さてこちらは準備はどうかしらと私はユーグを見るとそこには、


「……もう、本当にルナは僕の扱いが酷い」


 そこにいた成長したユーグは、前から美少年だと思っていたけれど、輝くばかりの美形に成長していた。

 それに面食いな私は一瞬見惚れてしまう。

 何だこの凄い美形はと思ってみていると、そこでユーグが微笑んで、


「どうしたの、ルナ」

「べ、別になんでもないし。何だか格好良いなと思っただけで」

「……ルナは、大人になった僕が好みなのかな」

「ま、まあ格好いいし」

「……相変わらず面食いだね。でも、ふーん」


 何だか嬉しそうにユーグが笑って、それに更に私達は顔を赤くする。

 そしてそんな私達のやりとりを見ていた魔王ヤード様が半眼で、


「そこ、仲良くしていないで……行くのだろう?」

「はーい。あれ、魔王様は諦めたのですか?」


 そこでスカートの裾を抑えずに堂々とした様子で魔王ヤードが馬車から降りてくる。

 なので先ほどの様子を知っている私は不思議に思って聞くと、魔王ヤード様は、


「……もうこの美しさで男共を悩殺してやることにした。私は女になっても美しい」

「……開き直りましたね」

「本当だよ! そう思わないとやっていられない! 後は酒を飲むかしかないが、ここには酒がないからな!」


 そんなやけになった魔王ヤード様。

 こうして私達は、ようやく学園へと向かったのだった。





 偽造した書類があったためか、すんなり学園内に入り込めました。

 まずは学校を見て回ることに。

 ユーグの力をもって周りには私達がいるのが自然なように見えるよう偽装をしてもらう。


 これでそれほど周りを気にせず目的の人物が探せることだろう。

 ゲーム内の情報から今回のローデル君の個人情報は割れている。

 だからどの教室で授業を受けているのかも事前に私達は分かっていた。


 とはいえこの学園内の様子もまずは簡単に確認しておかないといけない。

 ローデル君が普通に私達の話を聞いてくれたのならば何の問題もないのだが、何らかの条件を付けられてしまう可能性もあるのである。

 その条件が彼の持っている得意分野での戦いになるかもしれない。


 そしてここは学園である。

 となると学園内での私達の戦いがあるのかもしれない。

 そうなる可能性があるならば事前の下見も必要だ。


 というわけで校舎の周りを歩いていくことに。

 校舎は幾つかあったが、どの周辺にも白い花を咲かせる木やオレンジ色や赤の果実を実らせた木が時々見受けられる。

 他にも低木や花壇には今の季節の花が鮮やかに咲き乱れている。


 そういった緑に囲まれた中に校舎はある。

 慎ましやかだが、それでいて凝った彫刻やステンドグラスのはめられた部分が一部みられる白い校舎。

 この学園の設定は、一般人が入学するといっても、貴族の子弟がやってくる学園といったことになっている。


 それ故にその学園といっても、造りが凝っているようなのだ。

 外壁もそうだが、周りを見終えて校舎内に入ると中も綺麗で古いがいい素材が使われている。

 例えば、深い茶色に艶めく手すりの端には、鳥の彫像が掘られていたりといった風である。


 貴族でもある私は、いずれこの学園に私は来ることになるのだろうかと思いながらその廊下を歩いて行く。

 もちろん私達の姿に誰も違和感を持たない。

 ただ周りを見ていて私はある点に気づく。


 廊下を人が歩いている。

 授業中であればこのようにこんなに沢山の生徒pが歩いているとは思えない。

 となると、昼休みなのかもしれない。


 茶色い板が敷き詰められた上に赤い絨毯の引かれた廊下には、生徒がそこそこいて、でも昼休みにしては少なく見えるが……歩いている。

 そしてその出会った生徒が、私達がすぐそばを歩くごとにざわめく。

 それはそうだろう、これだけ美男美女が揃っているのだから。


 特に魔王ヤード様への男性の視線のみならず女性の憧れめいた視線がそれはそれで……私が目立たないので、暗躍できそうだなと思いました。

 それだけでもこのヤード様を連れてきたかいがあると私は思う。

 目立たないというのも気楽でいいし。


 さてさてそんなこんなで目的の人物であるローゼル君は何処かなと私は記憶にあるゲームデータから、校舎の階段を上っていく。

 そして確かこの階の教室だったかなと思って、途中にいる男子生徒に問いかけると、彼は私を見て、次にヤード様を見てさらに顔を真赤にして、


「ロ、ローゼル君はいまここにはいません」


 それを聞いて私は、もしかして食事に行ってしまったのかなと思ったのだ。

 となるとこの教室の前で待っていてもいいのだろうか?

 だが食事をとった後に教室移動となるかもしれない。


 となるとその食事にいっている場所を訪ねた方がいいかもしれない。

 なので目の前で顔を赤くしている彼に問いかけると、彼は少し迷ったように黙ってから、


「ローゼル君は、男女混同、美女コンテストに行っています」


 それを聞いて、魔王ヤード様が変な顔をした。

 変な子になった理由が私は大体見当はついたけれど、そこでヤードが私に聞いてくる。


「一つ聞いていいか? そのローゼル君は女なのか?」

「男ですよ、女装が趣味で自分の美貌に過度な自信があるナルシストですが」


 そもそもこのコンテスト、男女混同なのだからローゼル君がそれに参加していても不思議ではない。

 しかもどれだけ美人化を競うコンテストだ。

 ナルシストである彼がそれに出て自分をさらに見つめなおしたいと思っていても不思議ではない。

 

 そこで魔王ヤード様が変な顔になり、


「……そんな変なやつ、必要なのか?」

「将来重要な治癒能力者として活躍するんです。それに美貌を磨くことで様々な新しい薬をも作りだしたとも言われているんですよ? 女性の味方です!」

「……やはり女はよく分からない」

「やだー、魔王様もいまは女の子じゃないですか」


 私がそう返すとヤード様は一度石造のように凍り付きました。

 そしてすぐさまヤード魔王様が、再びユーグを追いかけまわし始めたので、私は先程の男子にそのコンテストが何処で行われているのかを聞く。

 そしてここで追いかけっこの遊びを始めた男二人の襟首を掴み、私はそのコンテスト会場へと向かったのだった。








「いいだろう、受けて立ってやる!」


 そう魔王ヤード様は自信満々に墓穴を掘りました。

 でも自信満々な所からまだ自分の置かれている状況が、分かっていないようです。

 ただそちらの方が都合が良いので私は黙っていましたが。


 ちなみにユーグは私の目的の一つに確定です。

 何だか先ほどから、ヤード魔王が出るから良いんじゃないかとユーグが言っていますが、愚かなこと。だって、


「私が見たいから、駄目はーと

「ル、ルナの趣味じゃないですか!」

「間違えたわ、三人で出た方があのローゼル君を倒せる可能性が上がるからじゃない(棒)」

「今すっごく建前のような発言をした!」

「私のお願い、聞いてくれないの?」


 私は上目ずかいでユーグにお願いしてみた。

 男の人にお願いをするときはこうするといいわよと以前、聞いたことがあったのだ。

 その技をここで使う機会がようやく訪れたのである!


 そしてそれにユーグはたじたじして顔を真っ赤にしている。

 見よ、これぞ女の武器!

 やはりヤード様の美しさの前にかすんでいるけれど私だって美少女だという自信を取り戻しました。


 そしてユーグは私のそのお願いにより、渋々頷いてくれました。

 これで後はかの戦場に繰り出すのみ!


「よし、これで“男女混合女装コンテスト”に出るわよ!」


 簡易ステージに向かって指をさし、宣言したのだった。










 まずどうしてこうなったかについて話そうと思う。

 私達はまず、そのローゼル君に会いに、途中色々な人に道を聞きながらこのコンテスト会場にやってきた。

 歩くたびに生徒達がざわめくが、こんな美男美女が三人いれば当然だろう。


 それは良いのだが、会場にやってきた私達はローゼル君を探す。が、


「我々のローゼル様に、何の用だ!」


 いかつい男達に取り囲まれる私達。

 全員制服を着ているからこの学園の生徒だろう。

 だが服の上から見てわかるくらい、筋肉が発達しているのが分かる。


 そもそもこの人たちは学園内の生徒……という年齢なのだろうか?

 そう私が思ってしまうくらい身長も体も、見上げるほどとても大きい。

 とりあえず私は、お話がしたい旨と、今日は見学に来ていると言った話を伝える。


 けれどそのいかつい男は、


「今日はローゼル様の晴れ舞台である。それを邪魔しようとする者は何人たりとも許さない」

「そう? じゃあ、コンテストの後には暇が出来るからお話しできるかしら」


 だったらコンテストが終わるまで待っていて、お話をしてみようと私達は思ったのだ。

 だが私の言葉にその男は鼻息荒く、


「否! コンテスト後はローゼル様の勝利を祝うために一昼夜、祝う事になっている!」

「え? で、でも少しだけ話すわけには……」

「くどい! 邪魔だ! どうせそう言って、このコンテストに出る競争相手を叩き潰そうとしているのだろう!」


 などといった因縁をつけられてしまう。

 別に私達はそういった事をするつもりはないのだが……これまでにそういった事があったのかもしれない。

 だから私は、


「あのー、私達はコンテストには全く関係ないのですが」

「ふん、嘘付きが。そうやって今まで何人もの美男美女がローゼル様に牙を向けようとした事か」


 そう言って指差し、その男たちは大きく頷く。

 まったく会話が成り立たないというか、こちらの話を聞く意思がないのが気に入らない。

 彼らの思い込みだけで話が全て進んで行くのは、私にとって非常に不愉快だった。だから、


「……何だかうざいから、全員叩きのめして会いに行こうかしら。まあ、殺さない程度に手加減してあげるから、安心なさい?」


 一歩も引かない彼らに私は小さく笑ってそう告げると、何かを感じたのかその男達は一歩後ずさりする。

 意外に勘が鋭いのだろうか?

 とはいえここは学園内、それも普通の生徒だ。


 だから気絶させる程度の攻撃しないのだから、そんなに怖がらなくてもいいのにと思いながら、私が魔法を使おうとした。

 そこで声がした。


「そこで何をしているの?」

「ロ、ローゼル様!」


 焦ったような男たちの声とともに、現れる一人の人物。

 サラリとした銀色の髪に、色硝子のように澄んだ青い瞳。

 色づいた唇はなまめかしく、肌は抜けるように白い。


 危うい美貌の美少年がここにいた。

 彼はけだるそうな顔で、


「一体何をやって……!」


 そこでローゼル君ははっとしたように目を見ひらいた。

 その視線の先には、魔王ヤード様がいる。

 そのヤード様といえば何で自分が見られているのかわからないようで、


「え、え?」

「お前、名前はなんて言うんだ」

「……人に名を尋ねる時は、まず自分からだろう?」


 ヤード魔王様が、ローゼルを見てふんと笑う。

 さすがは魔王様たる傲慢で堂々とした立ち振る舞いである。

 女性になっても、そうやっていても様になる雰囲気がある。


 それに先ほどのいかつい連中が、ローゼル様になんてことをと憤っているが、


「……そうだね、もっともな答えだね。でも君達は僕を訪ねてきたのだから僕の名前はもう知っているでしょう?」

「たしかにそうだな。私の名前はヤード。そして彼女がルナで、彼がユーグだ」

「他の二人はどうでもいいよ。僕は、お前が気に入らない」


 初対面で言い切ったローゼル。

 それを聞きながら私は首をかしげる。

 何がそんなに気に入らないのだろう? 初対面のはずなのに。


 もしかして自分より美しい女性は気に入らないとか?

 一応はナルシストではあったけれど美しいものには魅力を感じる正確ではあったはずだけれど……。

 そこで女魔王ヤード様が不敵な笑みを浮かべて、


「ふん、何が気に入らない。私に喧嘩を売るとはいい度胸だな」

「何が気に入らないかって、そんなもの決まっている」

「ほう、言ってみろ」

「……お前からは、“男”を感じる!」


 ローゼル君の宣言に私は目が点になりました。

 はっきり言ってこの女魔王様は、何処からどう見ても絶世の美女です。

 美しすぎて本当に存在しているのかと思うくらいに綺麗な女性です。


 それを男って……と私は思いつつローゼル君が何か血迷ったのではないかとを観察する。

 確かにローゼル君は可愛い美少女のようですが中性的な美しさです。

 魔王ヤード様の女性的な美貌とは少し異なります。


 そこが“男”に見えるのでしょうか?

 どこからどう見てもヤード魔王様は女性以外の何物にも私は見えません。

 男、男……。


 駄目です、段々混乱してきた、ローゼル君もヤード様の美貌に頭がおかしくなっているのではないかと私が思っていると、そこで更に魔王ヤード様にローゼルは、


「それに僕より美しい男は許せない」

「……私は今は女だ」

「いや、男だと僕の勘が告げている!」


 魔王様が、それはもう、とても嬉しそうな笑顔を浮かべました。

 自分が男だと認められて嬉しいのかもしれません。

 そういえば男なのに女体化させられて、ハーレムの女性に逃げられるわ男に迫られるわで逃げてきた部分もあるので、こういわれて喜ぶのは当然なのかもしれません。


 未だに自分が男だとこの制服を着る時も騒いでいましたし。

 でもこういった会話を聞いていて思うに私としては、


「私だって美少女なのに、疎外感を感じる」


 ポツリと呟いた私をローゼル君が見て、鼻で笑いました。

 ゆ、許せない。

 女としてのプライドが私の中でふつふつと浮かび上がります。


 その僕のほうが可愛いしといった態度が気に入らない。

 私だって美少女なのに、負けてたまるかと、気の強い私は思って、


「悪役令嬢の本気を見せてやる……」

「いえいえ、それは悪役令嬢と何の関係がありませんから」


 ユーグのもっともな突っ込みは無視して私は決める。

 このコンテストに私も出て、この生意気なローゼルを叩き潰してやると。

 若干目的から外れてしまいますが、その時の感情で時に動いてもいいと私は自分を正当化した。


 そこで今度はローゼルが魔王ヤード様に、


「コンテストで勝負だ! 僕に勝利したなら貴方方の話を聞いてあげてもいいよ」

「ほう、それは負けを認めるということか?」

「ふん、お前程度叩き伏せられなくて、女装の天才は名乗れない! それで受けて立つの? たたないの?」

「いいだろう、受けて立ってやる!」


 そう告げた魔王ヤード様。

 男だというなら女装となるコンテストだと分かっているのかなといった野暮なツッコミはしない。

 その場の勢いに流されている内に女の装いをさせてをさせて、女魔王様の女装? 写真ゲット……では無く、コンテストに放り込む弾は多い方がいいというだけ。


 決して私のプライドを傷つけた仕返しというわけではない。

 どんな形でも我々の勝利になればいいだけである。

 そこでユーグが私に手を振って、


「では僕は客席で応援をしているので」

「ユーグも行くのよ! さあ、全員登録してくるわよ!」


 逃げようとしたユーグの手を掴んで、こうして私達は、このコンテストに出場することになったのでした。





 こうしてコンテストに出場した私達。

 学園内のコンテストであるので、学園内の広場の一角に簡素な気で作られた劇場のような者がありそこで審査をしてもらうことになっているらしい。

 観客は、この学園の生徒と先生方だ。


 私達に違和感を感じないようにユーグには引き続き認識操作を行い、このコンテストを行っていくことに。

 このコンテストはそれぞれ二人ずつ対戦していく方式であるらしい。

 そして記念すべき第一回戦といえば、


「何で一回目にユーグと私が競い合うのよ」

「いやー、偶然て恐ろしいですね」


 そう笑うユーグに私の勘が囁く。

 そう、これは全て仕組まれた出来事だったのだ!

 これだけユーグが機嫌がよさそうなのは全部、彼が何かを仕込んだからだ。


 かねてよりユーグはここに出るのを嫌がっていた。

 無理やり連れてきたとはいえ大人しくなったから諦めたかと思ったが……どうやらそうではなかったようだ。

 だから私はユーグに囁くように、


「ユーグ、何かやった?」

「何をですか?」

「例えばあのくじの運命を操作したとか」


 実は一番初めにこのコンテスト大会を行う前準備があったのである。

 初めの予備審査が十分ほどで終了し、16人が選ばれた。

 その内の三人が私とユーグとヤード女魔王様だ。


 そしてそこで四角い手を入れる丸い穴の開いた箱があり、そこから一枚を引き、そこに書かれた番号通り私達は対戦する運びになったのだ。

 そこで一回戦に私はユーグと当たることになってしまったのである。

 まさかその時に仕組まれていたとは思わなかったのだ。


 何せその後が色々と大変だったのである。

 特に、本当にヤード様のスタイルは抜群だったので、借りる服をどれにしようかと選んでいると、ヤード魔王様が自信満々に、


「どうだ! この黒い服は!」

「……何で黒のタキシード何ですか」

「私が男だからだ!」


 先ほどローゼル君に言われて妙にはしゃいでいる女魔王様ヤード。

 自分が男だという自信があるのか、男性向けの服ばかりを持ってくる。

 それもどちらかというと落ち着いた色調の上品な服ばかりである。


 こういったコンテストは目立つのも大切だろうと私は思うのだけれど、ヤード魔王様はそのあたりには考えが行かないらしい。

 男だった時に着ていたような服装を選んでいるらしい。

 けれどこれでは勝負に勝てない……わけでもないが、やはり完全なる勝利を勝負するならばしなければならない。


 だからまずはヤード様のその自信を奈落の底に落とすべく私は行動を開始した。

 すぐさま、傍にあったフリルの付いた白いミニスカートを手に取り、


「まずはこれを履きましょうか」

「! な、なんて破廉恥な!」


 ほほを染めてそう叫ぶヤード魔王様を見ながら私は、ある疑問がわく。

 確かに短めのスカートではあるが……私の制服よりも短めスカートではあるが、それを見てそう反応するというのは……。

 自分の理解に何か齟齬がある気がして私はヤード魔王様に、


「……魔王様、一つ聞いてもよろしいですか?」

「な、何をだ?」

「魔王様、ハーレムを作っていたんですよね?」

「もちろんだ、私を褒め称える美しい女性を回りに侍らして……」

「その人達、そういったミニスカートを履いていなかったのですか?」


 その問いかけにヤード魔王様はびくっと一回震えてから、どこか遠い目をしながら、


「……彼女達は私によくドレスをねだるので、それをプレゼントして着せていた。確かに短いスカートを望んだこともあったが、『魔王様は、私とスカート、どちらが魅力を感じるのですの?』と抱きしめられるようにして耳元で囁かれて……それ以上は言えなかった。でもあげたドレスもそろそろ新しいものがほしいと何度もねだられて、すぐに新しいものを作ったのだよな。……しかも街に出たら高く売られているのを見たこともあったよな」


 それってまさか……と思ったけれど、とりあえずは話を聞くのを優先したので私は何も言わずにいた。

 それは多分ハーレムというか、もっと現実的な“何か”だ。

 そしてそれ故にそのハーレムはと私は今までのヤード魔王様の言動を思い出しながら試しに、


「ちなみにその方も女体化したら逃げられたと」

「そうだ! はあ、まだ童貞なのに処女になるなんて。せめて一度くらいキスはしたかった」


 悲しげに嘆く魔王ヤード様。

 ただ今の話を聞いて確信したのはひとつ。

 それってハーレムではなく、たか……。


 触れてはならない暗黒の部分に私は気づいてしまった。

 だが、うん、本人がハーレムって思っているんだからそれでいいだろう。

 色々と聞いてはいけないようなことが待っている気がする。


 これ以上聞いては駄目だ私。

 そう、今すべきなのはこの女魔王様を何処に出しても、男共を飛ぶ鳥を落とすがごとく魅了してやまないエロ女にするのだ!

 そう、そちらで行こうと思考を切り替える。


だからさっと私はそのミニスカートを手に持ち、


「やはり私は魔王様のコーディネートをしなければならないようです。あまり洋服の事が分かっていないようですから、私が手とり足取り教えて差し上げましょう」

「! や、やめ……わ、私が着たいのはこの服……」

「いいからこの服を着て、その魅力的な体で男も女も虜にしてきましょう! これだけの素材がもったいない……ではなく勝利するためには勝てる可能性を少しでも高くしないといけないのです! さあ、行きます!」

「いやぁあああああ」


 素敵な悲鳴を聞きながら作り上げた魔王様は涙目でした。

 やはり私の制服よりも短いスカートがいけなかったかなとは思ったのはいい思い出です。

 さて、それはおいておくとして、目の前のユーグが笑う。


 銀髪の長い巻き毛のかつらと白いドレスがとても良く似合っているが、彼はそんな私に、


「それでルナは僕に負けるつもりはあるの?」


 ここで女のプライドとして負けてはいけないと、私が頑張っても良かった。 けれどここで気づいてしまったのだ、もっと効率のいい方法に!


「……ここで負けておいたほうがあのヤード魔王様と当たった時に、魔王様が本気をだすんじゃないかしら」

「! ま、待ってください! 僕はここで……」

「よし、私、頑張って変顔するわ。あれだっけ、アヘ顔ダブルピース?」

「いやぁあああ、止めてやめて、ルナの顔であれはやらないで! こんな美少女なのにぃいいいい」

「ユーグ、マジカワイソス(笑) さーてそれで行きましょうか」

「止めて、ルナ、冗談だよね!」


 そして私はありとあらゆる技を持って、第一回戦を敗退したのだった。









 第二回戦は、ヤード魔王様とローゼルとの戦いだった。

 ローゼルが舞台に上がると同時に湧き上がる歓声、そして、


「僕のこと応援してね!」

「「「「はい!」」」」


 男共が叫んでいた。

 そして次に敵とも言えるヤード魔王様がやってくるが、その格好は、白く長い足を惜しげもなく出し、ヒールの高い靴で歩き、前かがみになってミニスカートを抑える魔王様だ。

 顔を真赤にしていてそれはそれは恥ずかしそうだが、その羞恥心に染まっている所もまた別な意味で可愛い。


 そこで何か一言と言われて、ヤード女魔王様は、


「み、見るな……」


 恥ずかしそうに一言告げる。

 その様子ににごくりとつばを飲み込む男性たち。

 女性も惜しげなく出された足や腰、胸といったそのスタイルの美しさに一瞬見惚れて見つめる。


 それに気づいたヤード女魔王様が更に顔を赤くしてプルプル震えながら、自分の男としてのプライドもあってか、


「見るなって言っているだろう!」


 そう大きな声で叫んで……そこで投票が開始される。

 やはり恥じらいがあった方がエロ……ではなく可愛いのかもしれない。

 そして、肉体美的な意味で女性の心すらも上手く捕らえた魔王様が、女装少年ローゼル君に勝利したのだった。




















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