とりまマッチ売りの少女
昔々あるところに、それはそれはとても奇妙な少女がおりました。
少女は十歳前後で、ふわふわとした栗毛に青色の瞳を持つ、とても可愛らしい女の子でした。少女は、花柄の黒いローブに頭巾という、町では珍しくない格好をしておりましたが、人々はみな彼女を傷んだケーキでも見るような目で眺めていました。
何せ少女は
マッチ売りであるにも関わらず
マッチを一本たりとも売ろうとしなかったからです。
「俺は転生者だから」
それが少女の口ぐせでした。少女はいつも路地裏や空き地にあぐらで座り込んで、たくさんのマッチを脇に置いたまま、学校にも行かず働こうともしませんでした。
「俺は別の世界から来た」
「ここは童話の世界なんだ」
「俺はバッドエンド確定だ」
いつも少女はふてくされてそんなことを言い、家族や道行く大人達を困らせました。自分のことを俺と呼ぶ少女のことを、同い年の子供達もさっぱり理解できず、変な目で見て遠ざけました。
「マッチが売れないことなんて、あっちでもう”読んだ”から知ってる。これが全部無くなったら、俺は死ぬんだ」
少女を見かねて、「マッチを下さい」なんて心やさしいお客がいようものなら、彼女はそんな風に突っぱねてマッチを一本たりとも売ろうともしませんでした。
□□□
さてある雪のふる日のことです。
いつものように寒空の下、誰もいない空き地に座り込む少女の元に、一匹の犬がやって来て言いました。
「お嬢さん。マッチを一本売ってくれませんか」
「断るね」
黒い毛並みの中がた犬に、ふわふわの栗毛の少女がつっけんどんに言い返しました。
「いいか? このマッチは特別なマッチで、火を点ければたちまちお前に良からぬ夢を見せてしまう。普段は手に届かない、お前が心から望むもの……例えばクリスマスツリーだったり、七面鳥だったり、な」
「とてもすばらしいじゃありませんか! それの、何が良からぬ夢なんでしょう?」
首をかしげる犬に、少女は頭巾で目をおおい隠し、くちびるを尖らせました。
「そんなもの、夢からさめた時にむなしくなるだけじゃないか。叶わない夢なら、最初から見ない方がいい。希望を見せるだけ見せといて、火が消えたらたちまち無くなっちまうのさ」
「それでもいいんです。お願いします。今年も最後、良い夢を見て終わりたいんです」
「フン。そういえば今日は、もう大みそかか……」
少女が何かに気がついたように顔をくもらせました。大方、犬には理解できない、別の世界の”ものがたり”のことでも思い出したのでしょう。
「お願いです。マッチがあれば、体も温まります……」
「物好きな犬め。いいだろう。せいぜいつかの間の夢に溺れて、火が消えた後の現実で残りの一生を凍えて暮らせ」
なかなか引き下がらない犬に、少女は呆れたようにマッチを一本渡しました。
「ありがとうございます。あの、お代は……。私、その、お金なくて……」
「いらん。これから死ぬことが分かっているのに、金なんて何の役に立つ」
犬は嬉しそうに尻尾を振って、少女にお礼を言いました。犬がさっそくマッチに火を点ける間に、少女は不機嫌そうに鼻を鳴らし、にくまれ口を叩いてどこかに行ってしまいました。
□□□
それから少女は空き地を離れ、誰もいない路地裏へと腰かけました。
するとそこへ、一匹の真っ赤な猫がやって来て言いました。
「お嬢さん。ちょうどよかった、私にマッチを一本売ってくれませんか?」
「断るね」
足元にすり寄って来て、温度を分け与えようとする野良猫を振り払って、少女はあからさまに嫌な顔をして見せました。
「でも、寒いじゃないですか。せっかくマッチがあるんだから、あったまりましょうよ」
「あったまったから、何? マッチの暖かさなんて、たかが知れてるさ。山火事にコップ一杯の水が何の役に立つ? そういうのを、無駄な努力っていうんだ」
「それでもいいんです。お願いします。私はどっちにしろ死ぬなら、可能性がある方に手を伸ばして死にたいんです」
「結末は分かりきっているというのに、おかしな奴だな。良いだろう。この火が消える頃には、どちらにせよ何にも可能性はなかったんだと、自分の無力さを思い知れ。無意味な頑張り、ご苦労様」
真っ赤な猫はヒゲをピクピクと動かして少女にお礼を言いました。猫がさっそくマッチに火を点ける間に、少女は不機嫌そうに鼻を鳴らし、にくまれ口を叩いてどこかに行ってしまいました。
□□□
それから少女は路地裏を離れ、雪のふる町をでたらめに歩き続けました。
町に飾られた雪だるまの家族も、窓の向こうから聞こえる子供達の笑い声も、少女は目をふさぎ耳をふさぎ、決して見ないように見ないように歩き続けました。
「俺は転生者だから」
誰にいうわけでもなくそう呟き、やがて少女はふらふらと町の外れにまでたどり着きました。
そこには、柵の下に座り込む、一人の少女がおりました。ブロンズの髪をこしらえた青い目のその少女は、マッチ売りの少女と同じように花柄のついた黒いローブに頭巾を被り、たくさんのマッチを脇に抱えておりました。全身ガタガタと震え、青ざめた顔で今にも死にそうなその少女は、マッチ売りの少女を見かけると弱々しくほほえんで言いました。
「お嬢さん、ちょうど良かった……」
「断るね」
少女が何かいう前に、マッチ売りは首をブンブンと振りました。
「どうせお前も、俺にマッチを売れというのだろう。冗談じゃない。誰が売るものか。いいか? このマッチはそんないいものなんかじゃない。届かぬ願いを火の中にチラつかせて、人々を惑わす毒薬みたいなものなんだ」
「でも……」
「ダメだ、ダメだ。お前も死ぬ前に、最後夢を見たいとか言い出すんだろう。俺は医者じゃないが、お前はどう見ても助からない。だったらせめて最後くらい、幻じゃなくてちゃんと自分の姿を見て、それに胸を張って死んでいけ」
「でも……でも私、買いたいんじゃないんです。あなたにもらって欲しいんです」
「何?」
突然の申し出に、マッチ売りの少女は驚きました。
「お嬢さん。実は私は不思議なマッチを持っているんです。そのマッチに火を灯せば……」
「知ってる。自分の見たい景色や、夢を見せてくれるんだろう。この童話世界には、そういった類のものがあるんだよな。フン。残念ながら、俺も持ってるよ」
「私はそのマッチに火を点けて、中をのぞいて見ました。そしたら……あなたの姿が見えたのです」
「俺が?」
マッチ売りの少女は目を丸くしました。マッチ売りと同い年くらいの少女は咳をしながら、苦しそうにほほえみました。
「ええ。とてもすばらしかったです」
「何がだ? 俺は何にもしてない……」
「あなたは今晩みなさんに、不思議なマッチで夢を見せて歩いた。温もりを分け与えてあげた。誰がなんと言おうと、とてもすばらしいことだと私は思います。私はあなたの姿を見て思ったのです。ああ、これが、私の本当にやりたかったことなんだな、って」
「ンな……」
マッチ売りの少女は、いたいけな瞳をうるませる少女から思わず目をそらしました。全然そんなつもりはなかったのです。
「聞いてください。私はもうこの通り、助かりそうもありません。もうすぐおばあさんの元に運ばれることでしょう。ですから、どうか私のマッチをゆずり受けてくれませんか?」
「…………」
「あなたならできる。あなたなら、私の代わりに、不思議なマッチを使って……」
「!」
少女は、言い終わる前にそのつぶらな瞳を閉じました。マッチ売りが慌てて少女の手を取りました。その手はまだ暖かく、ですがどんどんと温もりが失われていくのが分かりました。
「俺……。俺は……」
後に残されたマッチ売りは、しばらくぼうぜんとその場に立ち尽くしました。
□□□
昔々あるところに、それはそれはとても奇妙な少女がおりました。
少女は十歳前後で、ふわふわとした栗毛に青色の瞳を持つ、とても可愛らしい女の子でした。少女は、花柄の黒いローブに頭巾という、町では珍しくない格好をしておりましたが、人々はみな彼女を傷んだケーキでも見るような目で眺めていました。
何せ少女は
やっぱり
やっぱり、
マッチ売りであるにも関わらず
マッチを一本たりとも売ろうとしなかったからです。
「俺は転生者だから」
それが少女の口ぐせでした。
「マッチが売れないことなんて、あっちでもう”読んだ”から知ってる」
少女を見かねて、「マッチを下さい」なんて心やさしいお客がいようものなら、彼女はそんな風に突っぱねてマッチを一本たりとも売ろうともしませんでした。
ですが、少女はいつも空き地や路地裏で、こっそりお金のない犬や家のない猫に不思議なマッチを渡して歩きました。犬や猫たちもまた、少女に食べ物を分け与え、みんなで最後まで暖かく幸せに暮らしましたとさ。
おしまい。