死神殺し2
轟ッーー!!
突風が巻き起こった。
耳をつんざくような音を立てて、地面を割りながら駆ける死神。
さながら、空に走る雷のようだった。
その動きを、最早目で捉える事ができない。が、ヤツとは契約を結んでいる関係上、気配はしっかりと認識できる。
外灯から外灯へ、外灯から木の影へ。
目にも止まらぬ速さで、『死神殺し』へと着実に距離を詰めて行く。
そうしてヤツの周囲に張り付き、隙を待つ。或いは、ヤツの出方を伺い、反撃に出るというわけだ。
良いぞ、行ける。あの速さ、化け物だろうがついて来られないだろう。
「って、おいおい」
驚いた。
対する『死神殺し』は、実に落ち着いた所作で鎌の柄から地面に降りた。まるで、敵対する死神を意に介していないかのようである。
小虫が、自分の周りを飛んでいるくらいの認識だとでも言うのか。
そして華奢な指で柄を握り締めると、その小さな身体で地面から一気に、二メートルを越える鎌を引っこ抜いた。
なんて、出鱈目。
現実の世界で、漫画のワンシーンを見せられているかのようだった。頭が、くらりと揺れる。
「はっ、舐められたものだな……随分余裕があるようじゃないか!!」
苦虫を噛み潰したかのような、苦々しい声を漏らす死神は、余裕たっぷりな動作を取る『死神殺し』の背後に姿を現す。
右拳は既に握り締められており、矢を放つ寸前の弓の弦のように、ぎりぎりと引かれていた。
その豪腕を解放すれば、幾ら化け物と言えど骨は砕け、肉が裂けて吹っ飛ぶに違いない。
そして、『死神殺し』は未だ死神に背を向けている。これは、貰った。
思わず、歓喜のあまり拳を握ってしまう。
空気を裂くように、拳という名の矢が『死神殺し』へと放たれた。
凄まじい余波によって、地面の砂が吹き上がる。
「ーーガッ……!?」
しかし、それよりもさらに速く繰り出されたのは左の裏拳。
死神の顔面に、『死神殺し』の拳がめり込む。
期待とは裏腹に、吹っ飛んだのはこちらの死神の方だった。
「え?」
開いた口が、閉まらない。
物凄い速さで宙を舞う死神が、地面に落ちる。
しかしそれでも衝撃は収まらず、数十メートルの距離を数えられない程のたうち回った後に、ようやく止まった。その頃には、当然の如く死神は瀕死の状態で、ほぼ肉塊に近い無惨な姿。
たった一撃。ただの一撃で、勝敗は決してしまった。
なんて、呆気ない幕切れなのだろうか。
呆然と立ち尽くした俺の心臓に、刺さるような痛みが走る。
「ーーぐぁッ!?」
気を失いかねない痛みの中で、俺は『死神ギルド』から教えられたいろいろな事柄の中に、こんなモノがあったなと思い出す。
ーー死神と契約したモノは、代償として日々命を死神に喰われる。
契約者の命を喰うことによって、死神は超常的な力を発揮する。
死神に全ての命を喰われると、契約者は死ぬ。
死神が何らかの理由で死んだ場合、契約者も同時に死ぬ……。
「ば……化け物、が……ッ!!」
浅い呼吸の中で、死神が怨嗟の声をひねり出した。顔面が歪み、四肢があらゆる方向に捻れている。
髑髏の仮面は酷くひび割れていて、崩壊寸前だった。
「何故、だ……何故貴様は、同じ死神を……殺すッ」
目の前の『死神殺し』に、純粋な疑問を投げかける死神。
「死神を殺し尽くす事こそが、我が主の願いだから」
『死神殺し』は、髑髏の仮面の向こうでぽつり、と呟くように言う。
死神は、思わず自らの耳を疑った。が、しかし聞き間違いではないらしい。
なるほど、随分と酔狂な人間もいるものだな。
この日本という国に、どれだけの死神と契約者がいるか。考えるだけで、気が遠くなってしまう。
なんて、途方もない願いだろうか、と死神は力なく笑う。
「そういう事なので、貴方には消えてもらいます」