死神殺し
冗談じゃない……死ねない。俺は、こんな所で死ぬわけにはいかないッ……。
「ーーぐッ!」
死神は不意をつかれたように息を漏らし、脚を止めた。その巨体が、地面を滑る。
俺の体が、前後に激しく揺れた。死神が支えてくれていなければ、楽々に十数メートル程吹っ飛んでいるであろう衝撃だ。
辺りを見渡してみると、どうやらここは見晴らしのいい広場らしい。今の時間だと当然人の気配は無いが、昼間の時間帯ならば、老若男女問わず人で溢れているのだろう。
「おいッ、どうした!?」
「……」
なんだよ、なんか言えよ。
心の中で悪態をつきつつ死神を見ると、ヤツは空を凝視していた。表情こそ髑髏の仮面で隠れているものの、おそらく真剣な表情を浮かべているのだろうなと思った。
そうこうしていると……ざん、ざん、というなんとも形容し難い不気味な音が、遠くから微かに聞こえる。
耳を澄ますと、その音はこちらに近づいているのがわかった。近づくにつれて、全身の毛という毛が逆立っていく。
「なんだってんだ……?」
「リョウジ!飛ぶぞ、しっかりつかまっていろ!!」
「は?ーーおわッ!?」
ぐわん、と視界が揺れた。死神はその巨体を真後ろに翻させて、大きく跳ぶ。
すると、広場の奥に位置する森林地帯から、音の正体が外灯に照らされて現れた。
俺は、思わず息を呑む。
暴風を纏って、綺麗な円の軌道を描いて回転するそれはーー鎌だ。
おそらく、二メートル以上はあるであろう、圧倒的に巨大な鎌。刃の部分は歪にうねっており、持ち手となる柄も同様。
あまりにも歪過ぎて扱いにくそうなそれは、ぐねぐねとうねる大蛇の怪物のようだ。
そいつが、こちらへ向かって猛スピードで迫ってくる。
「おいおいおいっ、あんなのに当たったら痛いじゃ済まねぇよな!?死んじまうよ!?」
あまりにも恐ろしい光景に、心臓が縮こまっている。
「だろうな」
当たり前だろう、と言いたげに死神は言葉を吐き捨てる。
「絶対避けろよ!いいか、絶対だぞ!!」
「わかっている!」
なんてやり取りをしていると、鎌は既に目前まで迫っていた。
まるで竜巻のように暴れる鎌を、小汚いローブをばさりと持って行かれつつも、寸前で避ける。
標的を失った鎌はそれでも尚暴れ狂い、地面を抉ってようやく動きを止めた。
が、安堵のため息などをつく暇もなく、何処からともなく現れた小柄なローブが、柄の上に足を下ろした。
ふわりと、フードからはみ出した長い髪の毛が宙に舞い、月光を浴びて煌めく。思わず見惚れてしまいそうだ。
しかし、髑髏の仮面。ヤツも死神。
その小柄な身体に不釣り合いなほど、巨大な鎌の主ーー『死神殺し』。
「あれが……」
馬鹿な俺でも、一目でわかった。
圧倒的、格の違いを。
その小柄な身体から放出される、何とも言えない重圧に押し潰されそうになりつつ、吐き気に耐える。
違う。ヤツは、ウチの死神とは違う。
何と言っていいのかわからないが、とにかく違うのだ。全てが。
「……本当に、逃げても逃げ切れないのだな」
死神は、舌打ちを交えてそう言うと、姿勢を低くする。
そして、掌が軋むくらいに拳を握り締める。肉体が、闘志で膨張する。
「お、おい……まさか」
「ユウジ、ヤツはやはり『死神殺し』だ。逃げたところで、逃げ切れんよ。
先ほどまで全力で走っていたが、ヤツの気配を振り切る事は一度もできていないのだからな。
加えて、この場所では『死神ギルド』のメンバーとも合流はできない。故に、殺られる前にヤツを殺る」
視線は鎌の主を見据え、こちらを向くことなく死神が言う。
まるで、獲物を狩ろうとせん肉食獣のようだ。
「それしか、手は無いのか?」
「無いな。覚悟を決めろ、ユウジ」
「……やれるのか?」
「やるさ。
俺も、こんな所でくたばるつもりはないッーー!!」