夕日の公園にて
暮れなずむ夕日を眺めて。
俺は、街から離れた広場のベンチに座っていた。
子どもが遊ぶにはじゅうぶんすぎる広さを誇る敷地に、無数の遊具が設置されている。
が、死神が引き起こす物騒な事件の影響故に、子どもの姿は人っ子ひとり見あたらない。
夕日に照らされた遊具だけが、寂しげに佇んでいた。
一ヶ月前。
俺と茉瑠奈は、この広場で刃を交えた。
その果てに、俺は命を落とした。
彼女の兄を殺した俺と、仇をとらんとする茉瑠奈。
であれば、俺が死ぬのは必然だったとも言える。
死を以って罪を償う。
実に安直な考え方だとは思うが、それが俺にできる精一杯の罪滅ぼし。
彼女への後悔の念はあれど、自らの死に対する恐怖はない。そう納得した上で、俺は死を迎え入れた。
しかし結末は、思い描いてものとは大きくかけ離れてしまう。
一本の筆を振るい。
あらゆる物や現象を具現化、行使する茉瑠奈。
彼女は自らの命を引き換えに、俺を蘇生させた。
結果として。
大罪人の俺が生き延び、生きるべきだった茉瑠奈は、腕の中で息を引き取った。
あれから今日まで。
彼女に与えられた命を、どのように使うべきなのかを考え続けて、答えはいまだ見つけられない。
「……蒼太さん。お気持ちはわかりますが、不用意に一人で出歩かれては困ります」
背後からの声に、俺はおもむろに振り返る。
案の定、そこにはリクが立っていた。
見れば、純白のニットセーターを着込んだ彼女は、微かに肩を上下させている。
おそらく、行き先を告げずに外出した俺を、市内中探し回っていたのだろう。
微かに眉を寄せて、こちらを案ずるリクの表情に罪悪感が押しよせた。
「……ごめん」
「いえ、とにかく無事でなによりです。ですが、今後は単身の外出は控えてください。
私との契約が途切れてしまった今、あなたは無防備な人間と変わりないのですから」
俺とリクの胸には、契約の証しである鎖がない。
一度死んだことにより契約が破棄された、とでも言えばいいのか。
とにかく。
俺はリクの主人ではなく、リクは俺に仕える死神ではない。
だというのに、彼女は相変わらず甲斐甲斐しく世話を焼いてくれる。
このまま誰とも契約をせずに、魂の供給を得られなければ、消えてしまうというのに。
「それと、美空市への異動の荷造りは済ませておきました。あとは、本部の迎えを待つのみです」
「ああ、ありがとう」
茉瑠奈が引き起こした、いまだかつてないほどの危機。
真庭市壊滅を未然に防いだ御三家の功績は、死神対策本部を取り仕切る向原甚八から認められ、讃えられた。
その褒賞として、御三家にはしばしの休息が送られる。それと同時に、俺には新たな任務が告げられた。
それが、美空市への異動。
美空市は、かつて”死神の楽園”という事変が起きた市だ。
聞けば。
近頃、楽園の残党が再び集結しつつあり、なにやら不穏な動きをしているらしい。
真庭高校からの転校扱いで、美空高校に編入。学生として楽園の動きを探りつつ、場合によっては事態の鎮圧が主な任務となる。
相変わらず、あちこちへと身勝手に振り回してくれる連中だ。
そもそも今の俺に戦う術はない。本部もそれを認知している。
そんな俺を未知の野望が渦巻く戦場に放りこもうとするならば、やつらに何かしらの思惑があるのか。
ただ単に、任務を全うしようとしない者への厄介払いか。
でも、そんなのはどうだって良かった。
茉瑠奈の幻影がちらつく真庭市から離れるのは、自分にとって良い機会なのかもしれない。
だからこそ、俺は任務を請け負った。
本部の迎えが来るまで、残り四日。
残された時間の中で。
俺は見つけられるのだろうか。
茉瑠奈から与えてもらった命を、どう使うべきなのかを。
「もしかして、あなた蒼太くん?」
俺の名前を呼ぶ聞き覚えのない声。
瞬時に、俺とリクは身構えて臨戦態勢になる。
そのまま勢いよく振り返ると、敵意など皆無な三十代後半くらいの女性が立っていた。
気が抜けてしまうほど無防備な佇まい。
おそらく契約者の類ではなさそうだが、それでも気を張り巡らせる。
死神殺しである俺が戦闘力を失った。
という情報が、どこからか漏れていたとしてもおかしくはない。
「あぁ、やっぱり蒼太くんでしょ? なんて偶然なのかしら! 随分と大きくなって……、いつ頃こっちに越してきたの?」
こちらの気などいざ知らず。
彼女はどこか懐かしむような笑みを浮かべ、こちらへ近寄る。
「お知り合いですか?」
「いや……、どうだろうな」
依然として警戒を怠らないリクの声に、俺は思考をフル回転させるものの、目の前の女性が誰なのか到底思い出せそうにない。
しかしながら。
ほんわかとした空気に、凛とした鋭さ。
それらを同居させた彼女を、どこかで見たような気がした。
「あの、すみません……。 俺たち、どこかでお会いしましたか?」
俺の問いに対して、女性はきょとんとした表情を浮かべる。
少しして、申し訳なさそうに頭を下げた。
「あ、そうよね! ごめんなさい、覚えていないのも無理はないわ。
だって、私たちがお隣同士だったのって……えーと、かれこれ四年前だったかしらね」
かつての記憶を辿り、指を立てながら年数を数える仕草。
すっかり毒気を抜かれた俺は、強張る肩を下ろしてしまった。
「お隣同士っていうのは、家が……?」
「そう! お家がお隣同士だったじゃない? ウチの娘が同い年だったから、よく遊んでもらってたよ?」
四年前といえば、かつて俺に”家族”がいた頃。
父さんと母さん、そして梨紅がいた。
どれだけ手を伸ばしても、もう戻ってくることはない、温もりに包まれた記憶。
それにしても、この女性が隣の家に住んでいた時期などあっただろうか。
娘は俺と同い年らしい。
これだけの手がかりがあるというのに、頭の中の記憶をいくらこねくり回しても思い出せない。
まるで、その部分の記憶だけが欠落しているかのような、奇妙な感覚だった。
このまま話を聞いていてもラチがあかないと踏んだ俺は、意を決して聞いてみることにした。
「すみません、あなたのお名前は……?」
「ああ、そうね。 ……先に名乗った方が、手っ取り早いか」
夕日に照らされる女性は、ひとつ笑みを浮かべると。
ゆっくりと口を開いて答える。
「私の名前は……」
次の瞬間。
俺は、脳天を金槌で強打されたような衝撃を受けることとなるのだった。