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死神の箱庭  作者: 北海犬斗
復仇刃
72/74

身のほどを知れ

 屋根から屋根を。

 ビルからビルに飛び移り。

 たどり着いたのは、真庭駅に併設されたショッピングモールの入り口だった。


 時刻は、既に深夜の二時を回っている。

 当然ながら、駅は機能を停止しており、所狭しと並んだ店舗も営業を終えていた。


 しん、と静まり返った空間に一人。

 友恵は、羽織ったジャケットの端を握りしめて、呆然と立ち尽くしていた。


「あいつめ……。 パジャマ姿の女を、こんな時間にこんな場所で放置する普通!? これじゃあ私が変質者みたいじゃない!」


 際限なくこみ上げる不満を垂れ流す友恵であったが、その不安は杞憂に終わる。


 異形が跋扈(ばっこ)する深夜の異世界を、好きこのんで出歩く手合いなど他にいるはずもなく。

 故に、彼女の姿を目にとどめる人間は一人としていない。


 ショッピングモールまで運んだとうの本人は、「ここに立っていろ」とだけ言って姿をくらませた。


 指示の真意を聞くことはおろか。

 ムサシがいないのでは、文句すらぶつけられない。


 仕方なく、言われるがままに立ち尽くしてから十数分。特段、なにかが起こるわけでもなく、時間だけが無為に過ぎていく。


「もう最悪……帰りたい」


 どこか息苦しい。

 重圧感に満たされたショッピングモールの入り口に、友恵のため息が反響する。


 大げさ過ぎる息づかい。

 しかし、そこに彼女一人しか存在しないのだから、気にする必要はない——、


「こんな時間に一人でどうしたんだい、お嬢ちゃん?」


「ひっ……!?」


 ——はずだったのだが。

 漆黒のローブを纏った髑髏の異形が、腰をかがめて友恵の顔を覗きこんでいた。


 単眼の仮面が、月明かりで不気味に輝く。

 湿った舌を露出させて。

 まるで品定めをするかのように、華奢ながらも筋肉質な全身を、視線で舐めまわす。


「ほう! 格好は妙だが、なかなかに上物だなァ」


「な、なに。ぶつぶつうるさい……! ていうか、格好のことはほっといてよっ」


 懸命に悪態をついて、睨みをきかせながら。数歩後ずさる友恵は確信していた。


 先ほどのぞいたサイトで書かれていた、いくつかの特徴。それらを忠実に再現している目の前の異形は、間違いなく死神なのだと。

 そして、この死神は自分にとって害を成す存在なのだと。


『なんだ。良い獲物でも見つけられたか?』


 突如、どこからともなく声が飛ぶ。


「ああ、主人。こいつァ、久しぶりのべっぴんだ。これだから、深夜の散歩はやめられねェな」


『好きだね、お前も。付き合わされるこっちの身にもなってくれよ』


 実に興味のなさそうな嘆息。

 どこで傍観でもしているのか、声の主人は依然として姿を見せない。


「まァ、そう言うなよ我が主人。雌型の死神とヤルのと、人間の女とヤルのじゃわけが違うんだぜ?」


『知らん』


 友恵にとっては、心底どうでもいいやり取りが終わり、死神の目線は再び彼女を捉える。


「さァて。待たせたねェ、お嬢ちゃん」


 荒い息に肩を震わせて。

 後ろへ退こうとするものの、ガラス窓の壁に退路を阻まれた。


 せめて長物さえあれば、持ち前の剣さばきで切り抜けられたかもしれない。

 だが、今の友恵は丸腰も同然。

 よって、死神の蠢く五指を受け入れる他なかった。


 丸太のように太い人さし指が、彼女のシャープな顎を撫でる。

 同時に、おぞましい感覚を背中いっぱいに味わいながら。

 せめてもの抵抗として、友恵は犬歯をむき出しにした。


「触るなッ! 気持ち悪いっての!!」


「ひひ、威勢のいい女は嫌いじゃないぜェ? 屈服のさせ甲斐があるってもんだ」


「は、はあ!?」


「文字通り、夢見心地の快感を味あわせてやる。 ……そうすりャあ、すぐにお前は俺の虜になる」


 顎に這っていた指は、細い首筋へ。

 首筋を味わい尽くすと、指はゆっくりと下降していった。


「い、いやっ……!」


 未知なる恐怖心に、激しい吐き気を催す。

 ぐわんと揺れる視界の中で、友恵は必死に助けを求めた。


 浮かぶのは、腹立たしくも憎っくき仇の顔。

 愚かしい自分に嫌悪を抱きながらも、求める他ない。


 ——助けてっ……。 助けてよ、蒼——!!


 心の中で言い終える直前。

 死神の右腕と、鮮血が宙を舞った。


「ぐおおおォォォォッ!?」


 目にもとまらぬ斬撃。


「か、刀……?」


 凄まじい剣圧に、友恵はたまらず身をかがめさせる。

 目の前に現れたのは、


「すまない。待たせたな、友恵」


 日本刀を握りしめるムサシだった。


 力強い圧を持ちながら。

 優しさも同居させた声が、友恵を抱きしめる。

 彼の声を聞いた途端に、不思議と恐怖心や気持ち悪さが吹き飛んでしまった。


「……遅いっ!」


「だから謝っているだろうに。そう怒るな」


 言いながら、ムサシは友恵の頭に手を乗せる。

 対する彼女は微かに頬を染めながら、すかさず手を払いのけた。


「死神だとォッ!? どうなってやがるゥ!!」


 切断口から血をまき散らしながら、単眼の死神は怒号を轟かせる。


「色欲にまみれて(まなこ)を曇らせたか、愚かな死神めが……。 契約の証しである鎖さえも見えぬのならば、呆れてかける言葉もないわ」


 緩めていた顔を再度引きしめて、ムサシは不敵に言い放つ。

 その言葉を聞くと、死神は舌を打った。


「なるほどなァ。この女は契約者だったのか……だが、そんなのはどォでもいい。今はただ、腕の借りを返さねェと気がおさまらねェのよッ!!」


 舌打ちを開戦の合図として。

 単眼の死神は、とめどない闘志をたぎらせると、肉体を膨脹させた。

 そのまま、上半身をねじりながら左腕を引きしぼる。


 相対するムサシは刀を構えもせずに、ゆっくりと口を開いた。


「分を違えたな色欲の死神。 ……貴様程度が触れていい女ではないんだよ、友恵は」


 平坦でありながら。

 静かな怒りを孕んだ言葉と、死神の拳。

 それらが放たれたのは、ほぼ同時であった。


「あァ!? なにをぶつくさ言ってやが——」


「——身のほどを知れィッ!!」


 断末魔さえ残さぬ、神速の縦一閃。

 後手に回ったムサシの刀は、先に拳を放っていたはずの単眼の死神を、脳天から股下まで両断していた。


 刀を振るうムサシの姿は。

 友恵の網膜にくっきりと焼きついて、視線を放さない。


 そして、以前にも同様の光景を見たことがあるような。

 奇妙な既視感を感じていた。


 とにもかくにも。

 剛剣でありながら、美しさも兼ね備えた剣さばきに、友恵は心を奪われたのだった。

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