闇夜の再会
五月二十四日
“深い、果てしなく深い闇は私の心。”
わずかな月明かりさえも遮った檻の中で。なにをするわけでもなく、ただひたすらにうずくまっていた。
部屋に閉じこもってから、何日経っただろう? 体感的には、ざっと三週間くらいか。
ひどいもんだ。
散乱した衣服や本、ごみくずが床を隠していて、もう女の子の部屋とは呼べない腐海の森。
今は亡き茉瑠奈がこの惨状を目のあたりにしたら、いったいなんて言っただろう。想像してみて、久しぶりに少しだけ笑えた。
私が部屋から出る瞬間といえば。
せいぜいトイレに行く時くらいで、一日に指で数えられる程度。
ご飯はお母さんが部屋の前に置いてくれるし、お風呂にはもうずっと入ってない。
最初こそ、気持ちの整理がつくまでと思っていたのだけど、今では引きこもりの生活がすっかり板についてしまったな。
私はもう、一生この部屋から出ることはないのかもしれない。
長い年月の中で朽ち果てて、死ぬ。
うん、それも悪くない。
お母さんから聞いた話だと。
きい、みちよ、さゆりの三人が、ばらばらにされて殺されたらしい。
茉瑠奈は、流行りの神隠し事件に遭って行方不明。
たった数日で。
真庭高校二年Dクラスの女子四人が、不可解な事件に巻きこまれたのだと。
この世界はなんて理不尽で、狂っているのだろうか。
だけど私は知っている。
ばらばらにされた三人は知るよしもないけれど、茉瑠奈は神隠し事件に遭ったのではない。
私の親友は、春野蒼太に殺された。
確かにこの目で、茉瑠奈の死体を抱えるアイツを見たのだから、揺るがない事実だ。
「春野、蒼太……!」
私から茉瑠奈を奪ったアイツを、絶対に許さない。できることなら、同じ目にあわせてやりたいくらいだ。
ふつふつと。
復讐の焔を燃やしていると、途端に茉瑠奈の声が、鼓膜にこだまする。
“心配? ……笑わせないで。私が蒼太くんと付き合い始めてから、急に素っ気なくなって目も合わせてくれなかったくせに!”
ああ、まただ。
あの日以来、こびりついた彼女の声が永遠と反響して、私を苛めるのだ。
それは枷となり、私の業となる。
この部屋から出られなくなった最大の要因と言ってもいいほどに、私の心を蝕んでいた。
“それで友達? 親友? ……そんなの、形式ばかりの嘘っぱち。自分の都合に合わせて、すぐ手のひらを返すくせに! 本当に助けて欲しい時に、手を差し伸べてくれないくせにッ!”
「う、うぅ……あぁ。ま、茉瑠奈」
そう。
茉瑠奈の言うとおり、アイツをとられた私は嫉妬をして、素っ気ない態度をとった。
結果として、それが茉瑠奈を苦しめていたのだとしたら、私もアイツと同罪なのだろうか。
わだかまりを解消することも、謝ることもできない。罪を背負った私は、あの日に取り残されたままだ。
「茉瑠奈ぁっ……! どうしてあげれば、あなたは私を許してくれる……!?」
そんな私にできる、せめてもの償い。
けじめをつけて、私自身が前に進むためにも。茉瑠奈の仇を討ってあげる他にないはずだ。
「……だけど。敵討ちったって、いったいどうすれば」
生身のアイツ一人なら、剣道で鍛えた剣さばきでどうとでもなる。
ネックなのは、死神という存在だな。
水族館で遭遇した死神や、森の中で目撃したアイツの死神は、いずれも超常的な力を振るっていた。
私なんかじゃ、到底太刀打ちできない。
いきなり行き詰まってしまった復讐の計画。
思わず頭を抱えたものの、同時に至極単純なことに気がついた。
毒には毒を以って制す。ということわざがあるように、死神には死神をけしかけてやればいいのだ。
「待てよ。死神って、どうすれば出会えるわけ?」
思い立った矢先、またもや出鼻をくじかれる。
私は藁にもすがる思いで、傍に転がっていた携帯を手に取った。
“死神”。 “出会い方”。
検索するのは、ふたつのワード。
けれど、でてくるのはおかしな出合い系サイトや怪しげなサイトばかり。
望みの情報は得られなかった。
ネットを練り歩いてみてわかったことといえば。
死神という異形が、意外にも世間に認知されていて、目撃情報を集めたサイトが数件。
そして、『死神ギルド』という集団が、情報の売買を宣伝するサイトが一件。
「……手がかりなし、か」
ため息と一緒に、携帯をベッドに放る。
さて、これからどうしたものか。なんて、途方にくれていた私の正面。
「おかしなやつだな。お前はとっくの昔に、俺という死神と契約しているだろうに」
「——いっ……!?」
鬼のような顔が、携帯の薄明かりに照らされていたもんだから、私は一気に壁際まで飛び退いた。
「なっ、なに! っていうか、誰!? ど、泥棒!? 化け物!?」
「失礼な。泥棒でも化け物でもない……。 俺にはムサシという名前があるし、名づけたのは紛れもないお前だろうが」
心臓が口から飛び出そうな、嫌な感覚を味わっている私をよそに。
長身痩躯の男は、呆れたような声を漏らして首を振っていた。
落ち着き払った態度と気がかりな言動からして、どうやら泥棒の類ではないらしい。
「ムサシ? ……私が、名づけた?」
薄暗闇に同化していて気がつかなかったが、正体不明の侵入者が纏っているのは漆黒のローブだ。
「久しぶりだな、友恵。いや、今のお前には初めましてと言ったほうが適切か?」
髑髏の仮面こそ嵌めていないけれど。
ムサシと名乗る男は、先ほど覗いたサイトに書かれていた死神の特徴と酷似している。
要するに、コイツは本物の死神なんだ。
「しかしまあ、あれだな。好いていた男には見放されて、忘れたがっていた俺の存在を思い出してしまうとは。
なんとも、呆れてしまうほどに哀れな女よな。お前は……」
なにはともあれ。
こうして私とムサシは出会った……というか、再会した、って言うのが正しいのかな?
この瞬間。
復讐劇の幕が、ゆっくりと上がっていったのだ。