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死神の箱庭  作者: 北海犬斗
復仇刃
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闇夜を切り裂く刃

五月二十六日

 暗闇を切り裂く一筋の煌めき。

 それは、命を刈りとる鮮やかな剣光。


「ちゃんとついて来てるか小娘。俺の主人(あるじ)だと言うのなら、このくらいで音を上げないでくれよ」


 美しい軌道を描き、見る者の心を奪う斬撃は必殺。わずかな時でも見惚れてしまえば、次には鮮血の雨が降って首が飛んでいた。


「ねえ。死神ってのはさ、どいつもこいつもアンタみたいにやかましいわけ? ……ホント、うんざりするんだけど!」


「くく……。 相変わらず鼻っ柱の強い女だな、お前は」


「なっ、なにが可笑しいってのよ!? 笑うな!」


 陰鬱とした霧雨が舞う深夜の異世界。

 水煙が立ち込める、街外れの廃ビル。

 異形が蠢く迷宮(ダンジョン)を駆ける影は、ふたつ。


 ——片方は、一見幽鬼(ゆうき)にも見まがう長身痩躯。


 烈火の如く逆立った髪の毛。

 刃のように鋭い目元と鼻筋。痩せ細った輪郭。

 気の弱い者が一目見れば、間違いなく悲鳴を上げるであろう相貌であった。


 雨風をしのぐどころか、肌のぬくもりさえ守れないほどに破けた漆黒のローブをだらしなく着崩して。

 異形のシンボルである髑髏の仮面を嵌めもしない男は、幽鬼ではなくて正真正銘の死神。


「ようやく()()調()()が戻ってきたか。そうやって高飛車に振舞っているのが、お前にはよく似合う」


 つっけんどんな態度を一笑にふす死神は、型破りで飄々としている。が、その実わずかな隙さえ見せない。


 主人の魂を拝借し。

 編み込み具現させるのは、どの文献を読み漁っても記載されていない無銘の刀。

 しかし途方もない切れ味を誇るそれは、目の前のあらゆるものを両断した。


「……褒めてんの、それ?」


 ——そして、もう片方は。微かに喉を鳴らせる、髑髏の仮面を嵌めた少女。


 さらりとした直毛の髪の毛が、肩甲骨あたりで艶やかに揺れる。

 華奢ながらも筋肉質な体の曲線は、薄地のジャケットや細身のジーンズ越しでも映えていた。

 仮面で顔こそ見えないものの、凛としていてかつ美麗な気風が全身から漂う。


 真紅の雨が降りしきる、異形の迷宮だからこそ。

 幽鬼さながらの顔面を晒している死神以上に、彼女の存在はある意味で異質だった。


 年端もいかない、触れれば砕けてしまいそうな少女。しかし彼女は、異形たちから垂涎(すいぜん)の視線を浴びせられながらも、気丈に相対して目を逸らさなかった。


「無論だ」


「あっそ。なら良し」


 一体の死神の首を飛ばして。次に現れた死神を即座に斬り伏せる。

 矢継ぎ早に飛び出る死神を斬りに斬って。

 気がつけば、十にものぼる亡骸が血の海に浮かんでおり、やがて跡形もなく消え失せた。


 一部始終は、ものの数分。

 日本刀を振るうたった一体の死神が、『死神ギルド』真庭支部に壊滅的な被害をもたらしたのだ。


「これで粗方片づいたな。どうだ。少しは俺の実力を認める気になったか?」


 得意げに言って死神が目を細めると、対する少女は腕を組んでふん、と鼻を鳴らす。


「死神のこととか、よくわからないけど。ア、アンタは強いと思ったから認めてあげるっ……。 ”ムサシ”は、私の相方に相応しい死神だよ」


 奇襲という形にはなったものの。

 今回の戦闘が、少女とムサシにとって事実上の初陣。


 異形同士の戦いは、彼女にとって一瞬のようで。

 何がなんだか理解できないまま、死神はゲームに登場する弱いモンスターの如く、ムサシに斬り伏せられた。

 故に彼女は、相方の実力を推し量れなかったのである。


 それでも。

 柔の剣と剛の剣を巧みに使いわける彼の剣技に、少女は思わず心を奪われ、美しいと感じた。


「ふっ……。 なんとも、お前らしいと言えばらしいのだが。もっと素直に認められないものかね」


「うっさい、黙れっ。ホントにやかましいヤツ!」


 嬉しそうな反面。呆れるように、大きなため息を吐き捨てるムサシの広い背中を、少女はぽこすかと殴る。

 軽口を叩き合う少女と死神のやり取りは、側から見れば妹と兄のようでもあった。


「さて、最後の締めといこうか。あまり悠長にしていて逃げられては、まさに骨折り損だ」


 背中を殴打する腕を掴むと、ムサシは瞳を吊り上げた。


「そうだね。頼りにしてるよ、ムサシ」


 下手なはぐらかしや、誤魔化しもない。

 普段は天邪鬼な少女が、全幅の信頼を寄せた眼差しをムサシに向ける。

 そんな彼女の信頼に応えるように。

 ムサシは一息置くと、主人をまっすぐに見据えて口を開いた。


「その言葉、しかと胸に刻みこんだ。故に、再度この場で誓うぞ。

 俺は最強の剣となり、お前の行く手を阻む者を迷わず斬り伏せよう……。 すべては我が主人——()()の、悲願成就のために」

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