一方その頃
黄昏時の商店街。
昔ながらの八百屋に肉屋。小さなスーパーや喫茶店が立ち並ぶ一本道は、主に夕飯の食材を買い求める主婦や、お年寄りで賑わっている。
その一歩道の端に。
老朽化が著しくも、賑やかな音を立てるパチンコ屋があった。
古めかしい自動ドアが開き、軽やかな足取りで出てきたのは、ほっこりとした表情を浮かべるワルサー。
身長、約百三十後半。
人目を引く真っ赤なパーカーに、寒空の下ではミスマッチなショートパンツ。
猫のワッペンをあてがわれた黒いキャップを被っており、隙間から結ったポニーテールをはみ出させている。
あどけない顔立ちに、どんぐり型の目元は万人に幼い印象を与え、小学生にも見えてしまう容姿。
端的に言ってしまえば。
パチンコ屋など、到底似つかわしくない少女。
事実。退店する彼女を目撃した人間は、一様に目を見開かせて驚愕していた。
「にひひー。やった、やったのですよぉ。一時は、ユキチサンを四人も呑まれてヒヤヒヤしましたが、からの二万発を吐き出させて大逆転」
春が訪れたと言えども、まだまだ夜になれば冷え込む。しかし、反面ワルサーの懐は暖かかった。
「……うむむ。遼に自慢したいのは山々なのですが、ここは黙っておきましょう! 言えばたかられるのが関の山ですし……。 このプラス収支は、次回の軍資金ということで!」
ポニーテールを尻尾のように揺らし、うきうきとひとりごちて。遼との共同生活の場である、自宅に向けて歩き出す。
帰りがけに立ち寄るのは、穏やかな老夫婦が営むタバコ屋。
ここはワルサーの行きつけなので、年齢確認などの煩わしさがないのだ。
赤と白のデザインが美しいタバコを購入し、ワルサーは意気揚々と。
商店街から十分にも満たない距離に佇む、汚くはないが綺麗でもない借家マンションの扉を開く。
「ただいまーっ! なのですよ。いやあ、負けた負けた。かーっ。それはもう、どうしようもないくらいに完敗して——遼……?」
夕日に照らされながらも、仄暗く陰るワンディーケー。漂うのは、不穏で不気味な空気。
入る部屋を間違えたか。と、ワルサーは慌てて部屋番号を確認するものの、そこはまごうことなき我が家だった。
生唾を呑み下し、おそるおそる居間へと足を運ぶ。
そして、
「ひぃぃっ!」
彼女は戦慄した。
純白のニットセーターが、心なしか鉛色にくすんでいる。
腰まで伸びた髪の毛を、だらりと床に垂らして。背中を丸めて体育座りをしている女の周囲には、どす黒いオーラが揺らめいていた。
テーブルを挟んで向かいに座る遼も、倣って何故か体育座り。
いたたまれない表情で茶髪をかきむしりながら、手にしている缶ビールを一気に呷っていた。
「あ……お帰りなさい。遅かったですね、ワルサー」
体育座りの女の正体。それは、リクだった。
頬はこけており、表情はどんよりとした曇り空。黄金比率に愛された美しい顔も、今や見る影もない。
みすぼらしく成り下がったリクを見て、ワルサーはあらゆる事情を察した。
パチンコに熱狂していてすっかり忘れていたが、そういえば今日はあの日だったな、と。それならば、彼女の尋常ではない様相も納得できた。
「どこへ行っていたんですか?」
「え? あはは、ちょっと近所のパチンコ屋に……。 たまには人間の遊びに興じるのも、悪くないものなのです」
実際は、たまにではない。
ワルサーは重度のパチンカーだ。
「パ……◯ンコ? 何ですか、それは?」
よりにもよって。
パとチの間に謎の空白をねじ込み、首を傾げさせるリク。もちろん、彼女に他意はない。
が、向かいで座していた遼は、激しくむせこんだ。
「いやいやっ、パチンコですから。断じて、チ◯コじゃないのです」
「や、やめてくれェ! これは、一体なんの拷問だ!? 女の子が揃いも揃って、卑猥な言葉を連呼するんじゃありません!」
うおおおお、と。
ムンクの叫びさながらに、頬に手を押しあてて悲痛な声を上げる遼。
対するリクとワルサーは、瞬時に身を引いた。
「……あ? いつ、私たちが卑猥な言葉を連呼したのですかね? あなたの粗末な脳内で、勝手に変換するのはやめていただけますか。私たちは、パチンコと言っていたのですよ」
「おいおい。今、お前たちは確かに言ってたはずだぜ? チン◯って!」
「……遼。世話になっている身でこう言うのは気が引けますが、さすがに気持ち悪いです」
呆れを通り越して、可愛そうな生き物を見るようなリクの眼差しが、遼の心臓を貫いた。
「……気持ち悪いです」
「わざわざ二回も言う必要はないだろ!?」
がっくり肩を落とす遼は、心の中で呻く。
せっかくのオフ日だってのに。
お前ばっかり美味しい思いをしやがって。恨むぜ、蒼太。
「「「……はぁ」」」
なんて無駄な奇跡か。
ため息がぴったり重なった。
「き、気晴らしに、何か美味しいものでも食べに行きますか? 実は、パチンコで勝ったのですよ……」
次回の軍資金。
それは、たった一夜で儚く散る運命。