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死神の箱庭  作者: 北海犬斗
番外『死神殺し』
63/74

死神殺戮狭義

——2013年。3月。

 ——その男は淡々と、黙々と粛々と。


 喜びや達成感などはない。

 行く先に、明るい未来が待っている確約もない。


 自らの行いを、誰かに矜恃するわけでもなく。

 誰かの評価を得るわけでもない。

 ましてや誰かの為でもない。

 自らの貫いた信念と執念を原動力として、胸の中で燃え上がる憎悪の赴くままに。


 憎むべき存在である死神を。


 斬って。千切って。裂いて。砕いて。


 そして、屠るのだ——。




 ※




 三月の真夜中。

 びゅんびゅん、という風切り音を引き連れて。突き刺さるような夜風を、その身で斬り裂くかの如く。

『死神殺し』という異名で呼ばれている俺は、死神特有のアクセサリーともいえる漆黒の外套をはためかせて一心不乱に駆けていた。

 顔に嵌めた髑髏の仮面と、厚地の外套がうまい具合に防寒具として良い働きをするものの、僅かな隙間風までは遮ってくれない。

 仮面の左右対称に空けられた覗き穴からも、当然風は侵入してくるわけで。


 道は果てしなく長く、永遠に続く直線——都心から遠く離れた高速道路。備えつけられた街灯の明かりと、傍で輝く街の夜景に彩られた満天のハイウェイ。

 深夜帯且つ都心から離れているが故に交通量は少ないものの、気を抜いて後続車と衝突した暁には、思わぬ痛手を負う羽目になるだろう。


「……いつまで逃げ回れば気が済むのやら」


 眼前で走行している大型貨物トレーラーの荷台に悠々と腰をかけて、にんまりと嗤う黒と白の異形を睨みつけて、俺は忌々しげに呻く。

 ヤツは——死神は、こちらとの直接的な戦闘を上手いこと躱しつつ、嬉々としてこの高速道路に飛び込んだ。

 であれば、ここら一帯はヤツの縄張りである可能性が高い。得意げに手のひらで投擲用の短剣を回して、児戯(あそ)んでいるのも気になる。

 念のため、”罠”の警戒もしておいた方が良さそうだ。


 どれだけ格下であろうとも、敵は人外の存在である死神。

 人外であるからこそ、非情で狡猾な奥の手を隠し持っている場合だってある。


 油断は大敵。


 慢心は己の首を絞める行為に他ならないのだ。

 優位に立ったからと気を緩めて、結果として命を落とした契約者をごまんと見てきた。

 同じ轍は決して踏まない。故に、相手がどれだけ格下であろうとも驕らずに。

 例え手足を斬って首だけになったとしても、最後まで冷静で非情に徹する。


 ——ヒュン。


 空間を裂くような音を開戦の合図として、死神の手から短剣が投擲された。

 恐るべき速度と精度を引き連れて飛来する短剣。それと同時に、こちらの背後に大型のトラックが猛スピードで迫る。


 暗闇に溶け込むような、黒ずくめの身なりが仇となったらしい。

 ドライバーは、この距離まで俺の姿を認識できなかったのだろう。

 今さら急ブレーキを踏んだところで、慣性の力には逆らえない。

 前後を挟まれる形と相成り、危機的状況に置かれながらも俺は少しだけ感心した。


「少しは頭が回るじゃないか」


 瞬きをしたあとには、短剣は仮面ごと俺の額に突き刺さる。

 短剣を避ける動作に手こずれば、背後のトラックに跳ねられるわけだ。


 受ければ即死の軌道を描く短剣を避けられたとしても、後続のトラックであわよくば戦闘不能状態を狙える。高速道路というフィールドを活かした戦術にまんまと嵌った俺を見下ろして、死神は満足げにほくそ笑んだ。


 だが、ご満悦なところ期待を裏切って悪いなと。対する俺は、ほんの一瞬だけ死神に不敵な笑みを返してやる。

 死神は不満そうに喉を鳴らせるが意に介さず、次には迫る短剣に集中した。


 そもそも、短剣を避けなければいい。

 避けずに走り続ければ、トラックに跳ねられる事もない。

 薄暗闇の中を走る短剣の目視は厳しいものの、狙いの正確さが逆に幸いした。

 軌道が容易に読み取れるのであれば、あとは感覚を研ぎ澄ませて短剣の接近を肌で感じ取ればいい。


 街灯の薄明かりに照らされて、不気味な輝きを放つ剣尖。

 俺は走る速度を落とさずに、そいつへ手を伸ばす。

 まさに、針に糸を通すかの如く。

 繊細且つ正確に親指と人差し指を動かして、短剣を摘んで動きを止めてやる。


 当然トラックとは接触しないままで、だ。


「……ムォッ!?」


 思いもよらない手段で短剣を封殺され、死神は驚きを孕ませた息を吐き出した。


「そうら。返してやるから、ちゃんと受け取れよ……!」


 間髪入れずに、俺は摘み上げた短剣を投げ返してやる。

 我が主人の元へいざ帰らんと。

 牙を剥き出しにして走る短剣の反逆に動揺し、反応が遅れた死神の右肩口に深く突き刺さった。


「ギィアッ……!!」


 飛び散る鮮血の中で、苦悶の声を漏らす死神。

 俺はそのまま一気にカタをつけるべく、トレーラーへと急接近する。

 それとほぼ同時、死神は残りの左腕で短剣を三連投した。


 狙いは街灯の根元。

 人外の力で投じられた得物は根元を抉り、計三基の街灯が道路に向かって鈍い音を轟かせながら倒れた。

 障害物の出現に後続の自動車に乗る運転手はこぞって急ブレーキをかけ、阿鼻叫喚の玉突き事故を繰り広げている。


「ちッ……!」


 やはり、腐っても死神だ。

 うんざりするほどの生命力の強さ。加えて、そこに居るだけで不快感を感じるあたり、ヤツらにはゴキブリという形容がお似合いか。


 走り去るトレーラーの荷台に死神の姿が無い事に気がついて、すぐさま周囲を見回す。

 間もなく、遮音壁に足をかけて飛び降りる死神を捉えた。


「——逃すか!」


 僅かな助走で跳躍し、遮音壁を飛び越える。果てしない高さから飛び降りて、体にかかる負荷を噛み締めながら、死神の後を追って深い深淵の底へ身を投じた。


 時折、短剣が飛んでくる緊迫感に満ちた追走劇。

 しかし、付かず離れずの距離を保ちながら逃走する死神。

 俺はそれに、僅かな違和感を覚えた。


『こちらを誘導しているかのようですね……。まるで、こっちに来いと言わんばかりに』


 脳内に少女の声が反響した。


「やはり、お前もそう思うか?」


『はい。断続的な短剣の投擲も、自らの位置をこちらに知らせているように感じられます』


「ふむ」


 確かにその通りだ。

 どう考えても劣勢な死神側からすれば、親切に居場所を教えるような投擲はまるで意味がない。

 ならば黙って尻尾を巻き、全力で逃げた方が有益なわけだが。


「だとするなら、ヤツの行く先に何かがあるというわけだ。面白い……敢えて誘いに乗ってやろうじゃないか」


『正気ですか、我が主。

 十中八九、この先に罠が待ち受けているはず。それでも、準備も無しにわざわざこちらから嵌りに行くと?』


 静かな怒りを孕んだ抗議の声が、俺の脳内を凍りつかせる。


「例え格下だろうが、罠が待ち受けていようがヤツは死神だ。だったら、俺はヤツを何がなんでも殺さないといけない……お前なら、それを理解してくれているものだと思っていたんだがな」


『その言い方は、いささか反則のような気もしますが……。わかりました。

 すべては主の願うままに』


 ふぅ、という諦めたようなため息を追って放たれる、最早聞き飽きてしまった定型文を契機にして、一切の抗議の声が途切れた。




 ※




 死神に誘導されてたどり着いた先。

 身を刺すような海風が吹き荒れる、とある湾岸の倉庫地帯。

 無数のコンテナが積み上げられた城壁の先。要塞の如く佇む倉庫の扉が、「入れ」と言わんばかりに大っぴらと開けられていた。


 誘いに乗ってやった自分が言うのも何だが、まんまと敵陣に誘われたというわけだ。

 倉庫の中には、無数の罠が獲物を待ちわびて舌なめずりしているだろう。


『倉庫内に潜む死神の数——この場で感じられるだけでも三体……!』


 一歩。

 扉へ向けて足を大きく踏み出した俺の脳内に、警告音(アラート)が鳴り響く。


「三体……だと?」


『私にはワルサーほどの索敵能力はありませんが、それでも、現状三体の気配が感じられます。もしかすると、それ以上かもしれません』


 ……要するに、あの死神が蒔いた誘導は挑戦状だったというわけか。

 万全を期して、『死神殺し』である俺を待ち受けていると。


 自身も死神と契約した身でありながら、死神を狩る異端の存在——『死神殺し』という異名は、不本意ながら他の契約者や死神の間で瞬く間に広まった。

 それと同じくして、まるで鬼の首を取るかのように。名声という手柄を上げたがる馬鹿が、俺の首を取ろうと挑んでくるようになったのだ。

 約三体の死神と契約者も、その類の輩に違いない。


 が。だからと言って特に怖じ気づくわけでもなく、特段ワクワクするわけでもない。

 心拍数は至って正常。

 どうであれ、俺は死神を殺すだけであり、それ以上でもそれ以下でもない。何より、死神を殺す使命を背負っている俺にとって、この戦場はおあつらえ向きってもんだ。


 敵の領域に飛び込んで死んだとしても、それはそういう運命だったというわけで。

 そもそも、今までに何体もの死神と一緒に何人もの契約者を葬ってきたのだ。

 地獄に落ちる覚悟など、とっくの昔にできている。




 ※




 息を潜めて警戒を張り巡らせつつ、死神の巣に足を踏み入れる。

 一階のフロアは、思っていた以上に広々としており、当然ながら閑散で薄暗い。


 瞬間、身の毛のよだつような殺気に全身を包まれた。


『——上ですッ!』


 言われて、上を向いた時には既に手遅れ。

 天井から降り注ぐのは巨体の死神。

 地面を揺るがせて着地するや否や、重戦車を思わせる強烈な突進を放ち、俺の体をコンクリートの壁に叩きつける。

 死神と壁で圧迫された体が、このままでは押し潰されてしまうと悲鳴を上げた。


「へえ。脳みそまで筋肉のような死神のくせに、大層な気配遮断能力を持っているじゃないか。寸前まで、まったく気づけなかったよ」


「ヒヒ。お前が『死神殺し』かァ……? どれほどの化け物かと期待してたんだが、まるで女みてェに細くて小せェ。

 それに、この程度の小手調べすらも避けられんとは……あの名高い『死神殺し』サマも、案外大した事ないんだなァ?」


 巨体の死神は丸太のような指で俺の顎を摘まみ上げると、鈍く輝く双眸でまじまじと見つめて、首を傾げさせて落胆する。


「期待に沿えずすまない」


「随分と悠長に構えてらっしゃるけど、良いのかい? このままだと本当に潰れちまうぜェッ!?」


「みたいだな」


 荒い息を吹きかけて、途轍もない圧を俺の全身にかける死神。


 ぐぎぎ、と。

 体の肉と骨、背後のコンクリートまでもが軋む。


 ……まるで、天にも昇るような圧迫感だ。


「まァ、黙って潰れてくれるってんならこちらとしても助かるぜ。なんたって、あの『死神殺し』の首が易々と取れるんだからなァ。ヒヒ、これで俺も死神の頂点に仲間入りだぜェッ!!」


「……歓喜しているところ悪いが、このまま潰れるのはさすがに不味い。少しは期待に応えられるよう、脱出させてもらおうか……ああ、それとな。

 おめおめと自ら姿を現してくれて礼を言う。おかげで、探す手間が省けたぞ」


 投じた言葉の意味。そして、格の差というやつを理解できていないのか、「あァ?」と聞き返してくる死神に構わず無視をする。

 限られた可動範囲を最大限に使って右腕を引き絞ると、渾身の貫手(ぬきて)をみぞおちに目がけて放った。


 ずぷぷ。


 生々しい音を立てて。

 血を撒き散らす。

 貫手は死神のみぞおちから横隔膜を裂いて、骨を砕き体内に侵入した。

 気色の悪い生暖かさが、手のひらいっぱいに広がる。


「ばッ……馬鹿なァッ!? ……お、俺の、肉体に、傷をつけるなどォォ……!」


「並みの死神が相手ならば潰せたのかもしれない、が。相手が格上なら、迂闊に接近するのは悪手も悪手だろう?

 さらにつけ加えておくと、初撃はわざと受けてやったのさ。お前を誘き寄せるためにな」


「……な……何だとォ……!」


「不本意ではあるけどな。こっちも伊達や酔狂で、『死神殺し』と呼ばれているわけじゃないんだよ」


 急所のひとつであるみぞおちを貫通されても尚、血反吐を吐きながら言葉を発しているあたり、死神ってヤツは本当にしぶとい。

 だが、これで詰みだ。


 ひとかけらの魂で編み込み、具現するのは身の丈を優に越える巨大な鎌。

 そいつを右手に——死神の体内に顕現させる。


「ごァァァァァァァァァァァ——ッ!?」


 肉体を食い破って現れたのは。

 刃や持ち手の柄が歪に畝る巨大な蟒蛇(うわばみ)

 約三メートルほどのそれは、『死神殺し』の象徴ともいえる、武骨で歪んだ大鎌だ。


「……か、鎌、だァ……?」


 体から鎌を生やした死神は、地面に広大な血の水溜りを作る。正気の無い声で呟くと数歩後退りした。


 急所を突かれて、さらにトドメの一撃を浴びた死神。いくらしぶといとはいえ、さすがに弱っていて最早死にかけの状態だ。

 手を下さなくても勝手に絶命するだろうが、鎌の回収がてら首を跳ばすか。

 そう思っておもむろに近づいた瞬間、死神の体が一気に膨れ上がった。


「……()()()()()……いつの間に、仕込んで、やがったァッ!!」


 数えきれないほどの戦場を渡り歩いてきた俺でも、この感覚を味わう機会は滅多にない。

 全身の血の気が引き、細胞が総動員して俺に警告する。


 ここから離れろ。

 でなければ死ぬぞ、と。


『——主ッ!!』


 迫り来る死を察知して、後方へ跳ね退いたのとほぼ同時。膨れた死神を爆心地として、文字通り爆発が起こった。

 爆風を含めて、半径三キロメートルほどの小さなものであったが、それでも周囲の収納スチールラックが一斉に倒れて物を散らす。

 俺は爆風で吹き飛ばされたものの、なんとか五体満足で済んだのは、最早奇跡とも言える惨状だった。


 地面を抉って爆発し、飛散した死神の肉片が音も無く消滅する。


『ご無事ですか、主ッ……!?』


「なんとかな……。誰の仕業かはわからんが、まんまとしてやられた。

 しかし、この手のタイプは初めてだな。対象物を遠隔起爆させる能力……相手は希少特殊能力型か?」


 ローブに付着した塵や埃を払いつつ、おもむろに立ち上がって冷静に分析する。


『……やはり、ここは一度退却しハイエナらと合流した方が——』


 ——ザザッ。


 まるで、少女の声を遮るかのように。

 柱の隅に取りつけてある館内放送用スピーカーから、微かな雑音が放送されると、その後を追うように男の声が被爆地に響き渡った。


『こりゃあ驚いた……まさか、生きているとはね。さすがは『死神殺し』といったところかな?』


 こちらをくすぐるような、やや低みのある声は実に楽しげで、そして若干の感動が含まれている。

 おそらく、起爆能力を得た契約者の声だろう。弄した策が空ぶって嬉しいのか、スピーカーの向こうでクスクスと嗤う。


『良いねぇ、ボスが簡単にやられてしまっては面白くない。そんなの糞ゲー以下だろ?

 おっと、申し遅れました。俺は”ゴールデンボンバー”。キミを爆破して、黄金に輝く者になる』

構想はあったものの、結局書けず終いだったエピソードをひとつ。

作品は完結してますが、どうしても書きたかったので。

どうか生暖かい目で見守っていただけると有り難いです。


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