エピローグ2
——マギアの予言。
雨宮茉瑠奈は、最愛なる春野蒼太を鍵に王へと覚醒し一度深い眠りにつき、物語は序章への幕を開ける。
王の誕生と眠りに歓喜し嘆くかの如く、各地で数多の契約者が生まれて、さらなる混沌と動乱の時を迎える日本。おびただしい血と魂を散らし、各勢力が争い殺戮し合う地獄と成る。
そして、雨宮茉瑠奈が長い眠りから目覚め、真なる覚醒——救世主に昇華する時こそが物語の最終章。
救世主はすべての争いを収めて束ね、”死神の楽園”や”死神ギルド”をはじめとした各勢力、すべての死神と契約者を自らの軍勢として率いる。やがて、世界の真実へと革命をもたらす——。
※
新たなる物語への祝福とも、はたまたさらなる混沌への警鐘を鳴らしているとも解釈できる朝日を浴びながら。
深い森にそびえる小高い丘の上に、『死神還し』と諸星誠次郎が肩を並べて立つ。至極満足そうな様子で浮き足立つ『死神還し』に対して、誠次郎は眉をひそめてどこか不満げであった。
対極の様相を成している二人は、茉瑠奈の亡骸を名残惜しそうに抱き寄せる蒼太を高みから見下ろす。
二人の傍ではレジーナがイズモをあやしており、高々と抱き上げられたイズモの黄色い声が、爽やかに広がるライトブルーの空へと吸い込まれていった。
「……それで、すべてはキミの予言のとおりってわけか?」
聞くまでもなく予言どおりで、なんとも拍子抜けな幕引き。蒼太への期待が空振りした不満を苛立ちに変換させて、誠次郎は冷ややかな目線だけで『死神還し』を睨む。
「正確には、私ではなくてマギアの予言だけどね。少々のイレギュラーはあったものの、ほとんどがその筋書きどおりさ」
高らかにそう歌い上げる『死神還し』が紡ぐ言葉は、実に楽しげで今にも踊りだしそうに跳ねる。
朝日に向かって両手を広げる上機嫌な『死神還し』に対して、誠次郎はつまらなさそうに腕を組んで、ふうんと鼻を鳴らした。
「ひとつ、聞いもいいかな。鍵としての役割を果たした蒼太くんは、この先どうなる?」
誠次郎の問いに、『死神還し』は緩やかな風に流麗な髪の毛を揺らし、穏やかな笑みと共に答える。
「間もなく死神と再契約し、四人目の同調型として名を連ねる契約者——雨宮茉瑠奈にとっての最良の騎士となり、最強の剣となる狭山友恵の覚醒への鍵となり、彼女に討たれて死ぬ」
「……そうか」
「まぁ、彼に肩入れしている誠次郎には残念な結末かもしれないね……。けれど、落胆するにはまだ早いよ。
蒼太くんはこれまで、幾度もマギアの予言に抗って生き残った異分子な存在。今回の予言さえも、覆してしまう可能性はある」
またもや、マギアの予言とやらを歌う『死神還し』。
誠次郎は心底つまらなさそうにため息を漏らした。
何度も誠次郎の予想を上回り、心から楽しませてくれた春野蒼太に対して、だからといって特別な肩入れをしているつもりはない。だが、予言などという予め決められた道のりに甘んじるほど、春野蒼太はつまらない存在ではないよ、と心の中で根拠のない反論をする誠次郎。
やがて彼は『死神還し』に背を向けると、レジーナの名前を呼んで山を下る。
去り際に、
「……また、何かあれば呼んでくれ」
という一言を残して。
『死神還し』はそれに対して「ああ」と応えると、世の女を蕩かせるような微笑みを浮かべて背中を見送った。
レジーナという遊び相手を失ってしまったイズモは、着物の裾をはためかせて小走りで彼の足下に駆け寄る。
ててて、と雑草の上を走る無邪気な死神の少女は、程なくして『死神還し』の足にしがみつくと、ひとつ問うた。
「のぅのぅ。茉瑠奈は死んでしまったのか?もう、会えないのかえ……?」
きょとんと首を傾げさせて、ビー玉のような瞳で邪気なくまっすぐと見据えるイズモ。その表情は、深い悲しみに満ちていた。
『死神還し』はイズモの頭を優しく撫でてやり、そして笑いかける。
「大丈夫、きっとまた会えるとも。すべては、マギアの予言のとおりなんだから」
——この国は、この日本は。
原初の死神、マギアの創りし箱庭ゲームの広大なフィールド。
ある日、マギアは契約という概念を持たせた死神の殻を日本に放ち、自律行動型AIなる人間には、契約の可否を選べる選択肢を与えた。
その条件下で、自由に行動できる人間の行く末を傍観し楽しむ目的で創り上げたのが、この”死神の箱庭”。
すべては、ゲームマスターであるマギアの予言のとおりに。
すべては、マギアの思うがままに。
この国は、
この日本は、
死神の箱庭——。