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死神の箱庭  作者: 北海犬斗
エピローグ
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エピローグ1

 独特な鉄の臭いと死臭。鬱屈と悲壮感が漂う真っ暗闇の中で。

 もうどれくらい、叫び、嘆き、泣いていたのだろう。

 流れていた涙は既に枯れ果て、酷使し過ぎた声帯が焼き切れてしまったらしく、どこか掠った声しか出てこなかった。


 多くの死神と契約者を殺し、果てには大切な人の兄を殺してしまった大罪人の俺が生き残り、本来生きるべきだった茉瑠奈が死んでいる。

 この世界はなんて理不尽で、あべこべと出鱈目に満ちているのだろうか。世界を統べる神の物差しは、どこか狂っていて常識の範疇を超えた尺度なのかもしれない。


 残された魂を全て費やし、死を選んで俺を生き返らせてくれた茉瑠奈。その施しと無償の愛の言葉を受け取った俺は、これから何をすべきで、何をしなくてはいけないのか。

 暗闇の中、のぼせ上がった頭で永遠と考えるものの、結論など到底出てくるわけがなかった。


 ただひとつだけわかるのは、貰い受けたこの命を粗末に扱う事は決して許されないという事だけだ。

 茉瑠奈が繋ぎ止めてくれた命は、最早俺だけのものではない。彼女は、胸の中でずっと一緒に生き続ける。

 二人分の命と課せられた使命の重みを感じながら、何かしらで有効に活用し恩を返さなければいけないのだ。

 そうでなければ茉瑠奈に申し訳が立たないし、二度と顔を合わせられないだろう。


「……行こうか、茉瑠奈」


 俺はそう言って、両腕の中で眠る茉瑠奈を見る。当然、返事など返ってこない。

 穏やかな顔で永遠に眠り続け姿に、胸が締めつけられて目頭が熱くなるものの、枯れてしまったために涙は流れなかった。


 抱え上げた茉瑠奈の亡骸は、やはり羽のように軽い。魂と血を失い、重みがなくなったその体は小柄だった。

 男の中では小さい部類に入る俺の腕と胸の中で、すっぽりと収まり眠る少女。

 俺はそんな彼女を幸せにしてやれず、守ってやれず、挙句不幸のどん底に落として殺してしまったのだ。


 記憶を頼りにして、暗闇の洞窟をゆっくりと進む。時折、岩肌に肩をぶつけたりもしたけれど、右脚も正常に動き滞りなく歩行できて、体の感覚が全盛期のそれに戻っていたのが幸いした。

 さほど苦労なくたどり着いた洞窟の出口に立ち、静寂に包まれた森林を見渡す。

 深海の夜空に薄っすらと明かりが灯り始めていて、朝日の胎動が刻まれている。小鳥の楽しげなさえずりが、どこからともなく聞こえた。

 静かな森に化け物の巨体はなくて、鼓膜を潰すような咆哮も、暴れ狂っている振動もない。


 確信し、胸を撫で下ろす。

 どのような経緯があってその結果になったのかは知る由もなく、負傷者死傷者の有無もわからないけれど、どうやら御三家は無事に化け物を倒せたらしい。

 推測にはなるが、契約者である茉瑠奈が死んでしまい魂の供給を絶たれたという一点が、勝利を呼び寄せる要因となったはずだ。


 兎にも角にも、御三家の面々と合流しようと一歩踏み出した矢先、


「……春野?」


 ある人物の一声が俺の歩みを止めた。

 本当にこの世界は理不尽だな、とつくづく痛感して残酷な運命を呪う。声の先を視線で辿ると、案の定そこには友恵が立っていた。

 何故、友恵がここにいるのか。そう心の中で嘆きながら、俺はこの状況をどう説明すれば良いのか必死に考える。


「友恵……。これは……!」


 見るからに疲弊しきっている友恵は、重心を失った体を不安定に揺らし、程なくして腕の中で眠る血まみれの茉瑠奈を視界で捉えた。

 瞬間、彼女の顔がまるで鬼のように鋭く歪み、俺を睨んで犬歯を剥き出しにする。


「……これは、どういうこと。あの大きな化け物はなんなの? いや、それよりもどうしてアンタがここにいて茉瑠奈がそうなっているのか、納得いくように説明してッ……!」


 友恵の口ぶりからするに、どうやらあの化け物を見てしまったようだ。

 それに加えて、この茉瑠奈の姿を目撃されてしまったからには、もう下手な誤魔化しも通用しない。

 逃げ出せない壁際に追い込まれて、正直に一から十まで話そうかと諦めかけるが、ひとつの懸念が俺の言葉を詰まらせた。


 真実を知ってしまえば、きっと友恵は心に深い傷を負ってしまうだろう。親友であり、まるで姉妹のように仲の良かった二人。

 その妹分である茉瑠奈が身も心も闇に落として死神と契約し、非道ではあるものの昔からの幼なじみを三人も殺害した。


 それを俺の口から告げれば、友恵は気づけずに止めてあげられなかったと傷つき悲しみ、自分を責めるに違いない。最悪、あとを追うように自ら命を絶ってしまう可能性だってあるだろう。

 故に、真実を告げるべきではないという結論に至った。


 こうなってしまう原因の発端を作ったのは、全ての元凶は俺だ。

 ならば、尻拭いは自分でしなければならない。こう言うのもあれだが、誰かに恨まれるのは得意だしな。


 俺は一度深呼吸をして、頭の中で言うべき言葉を整理しながら心を決める。そして、重々しい口を開いた。


「……茉瑠奈は、俺が殺した」


「は……? アンタ、なにバカなこと言って……!」


 当然、予想もしていなかったであろう返答に友恵は目を見開かせて、苦しげに顔を引きつらせる。

 真剣で冷徹な仮面を嵌めた俺と、身動きひとつしない茉瑠奈を交互見て、タチの悪い冗談などではないと悟ってくれたらしい。


「なんで……? 茉瑠奈は、アンタのことが大好きだったのにッ……! なのに、殺したっていうの? よりによって、アンタがッ!?」


 友恵の言葉は、思っていた以上に心を貫く。だが、ここまで来たらもう引き返せない。

 自分の決めた道を、突き進むだけだ。


「……そうだ。俺の計画を完遂するためにな」


「計画?……計画ってなに!?」


「つまらないこの世界を壊す……それが俺の計画。お前の言っていた大きな化け物——死神に魂を売って契約した俺の計画には、茉瑠奈の命が必要不可欠だったんだよ」


 水族館で対峙したシュラを見た事がある友恵ならば、死神がどういう存在か説明しなくてもわかるはずだ。

 が、到底彼女には理解ができないであろう言葉の羅列。それでも、茉瑠奈を殺したという偽りの事実一点だけに集中させて、憎悪の刃を俺の首筋に突き立てて凄む。


「なにそれ……。意味のわからないアンタの身勝手で、茉瑠奈を殺したってわけ……!?」


 歯が砕けんばかりに食いしばり、血が滲むほどに拳を握る友恵は、肩を震わせて顔を俯かせた。


「俺が、憎いか……?」


「……憎いに決まってんでしょ!? 憎くて、憎くて今すぐにでもアンタを殺してやりたいッ!!」


 つり上がった瞳は復讐心への焔で燃え上がり、火焔の穂先は果てなく高く。

 それを一身に受け取って、俺はなるたけ不敵な笑みを浮かべられるように努め、一度嗚咽を漏らしそうになりながらも頷いた。


 それで良い、友恵。もっともっと俺を憎め。

 そして、


「そうか。ならば、俺への憎しみを糧に強く生きろ……。茉瑠奈のあとを追って死のうだなんて、間違っても考えるなよ?」


 俺たちの分まで、生きてくれ。どうか幸せになってくれ。


 ぐっ、と喉を鳴らせて涙を流す友恵は依然炎上している双眸で俺を見ると、ゆっくりと背を向ける。間髪入れずに駆け出すと、その姿を森の中に消した。


「さよなら、友恵。お前と過ごせた日々は、本当に楽しかった……」


 これは、一方的な思い違いなのかもしれない。けれど俺にとって、この真庭市で初めて友達と呼べる存在になってくれた彼女の背中に、感謝の眼差しと今生の別れの言葉を送る。

 もしも茉瑠奈が生きていたならば、この状況を見てなんと言っただろう。

 笑うわけはないだろうけど、怒っただろうか。それとも悲しんだだろうか。そう思って、俺は腕の中の茉瑠奈に目線を落とした。


「これで、良かったよな?……茉瑠奈」


 静かに眠る茉瑠奈からの応答はない。

 だけど、その表情は心なしか憂いに満ちているような気がした。




 ※




 俺を見るや否や、リクを先頭に駆け寄ってくる御三家の面々。

 信じられないといったように、口もとに両手を添えるリクのまなじりには、涙が溢れて今にも流れ落ちてしまいそうだった。

 その背後で意地悪く笑うハイエナ——遼が、からかったように口の端を吊り上げる。


「リクのやつ、さっきまで大変だったんだぜ? 蒼太が死んだ、蒼太が死んだって、ピーピー泣いちゃってさ」


「ぐっ……! 遼、今の貴方の言葉には少々語弊がありますよっ。それに、私はピーピー泣いてなんかいません!」


 顔を真っ赤に上気させて、目にも留まらぬ速さで遼の脇腹に肘を食い込ませるリク。

 痛恨の肘打ちの威力に顔を青ざめさせる遼は、脇腹をおさえつつ、俺を労うように肩を軽く叩いた。


「にしても、無事で良かったな。お前のおかげかはわからないけど、なんとか化け物も倒せたし……ってお前、胸の鎖はどうした? それに、その子は……!」


 遼は俺の胸を見て、次に腕の中で眠る茉瑠奈を見ると、驚愕して言葉を失った。


「まさか、水族館で蒼太と一緒にいた女の子……ですか?」


 失われた言葉の肩代わりをするようにワルサーが代弁し、こちらを案ずるような眼差しを向ける。


「ああ……。この子が、あの化け物の契約者だ。自分の命と引き換えに、一度死んだ俺を生き返らせてくれた」


「なるほど……。小豆娘がお主の知り合いだったとはな」


「……蒼太」


 頷き納得しているフゥの隣で、珍しく親身な声音で俺の名前を呼ぶ遼に、俺は頭を下げて懇願する。


「頼む……。事情ならあとでいくらでも話す。だから、茉瑠奈の亡骸を本部に引き渡す前に、もう少しだけ二人きりにしてほしい……!」


 様々な事情を察して、遼は頭を下げる俺をからかうわけでもなく、真剣な表情で肩に手を置いてくれた。


「わかったから、頭を上げろって。この辺りで待機しててやるから、気が済んだら連絡をくれ……。みんな、行くぞ」


 遼の言葉に反論する者は誰もおらず、重苦しい空気の中をぞろぞろと歩き出す。

 リクは心配そうに一度こちらを見て、数秒して列のあとに続いた。


 御三家の背中を見送り、空間に残されたのは俺と茉瑠奈だけ。

 俺は力尽きたように膝を地面に落として、そのままの流れでへたり込んだ。


「……なあ、教えてくれよ茉瑠奈。俺はこれからどうすればいい? キミに報いるために、何をすれば良いのかな……?」


 朝日が少しだけ顔を覗かせて、微かな日差しに包まれる森の中。

 俺は茉瑠奈の肩を強く抱きしめて、ひんやりとしている頬に、自分の頬をすり寄せた——。




 ※




 憎悪に焚きつけられ、復讐心のままに死神と契約者を殺した者の末路。それは結果的に、たった一人の大切な人を失ってしまうという、まさに因果応報で粗末な幕引きだ。

 だが、復讐のみに特化させた彼の生き方は、なかなかにスパイスが効いていて楽しませてもらったよ。


 そして何より。彼の存在は、王の真なる覚醒への重要な要素(ファクター)のひとつ。

 少々予定が狂ったものの、今回は非常に良い働きをしてくれた。

 さて、新たに得た命を彼がどう活用するのか。どう私を楽しませてくれるのか。


 今後とも期待しているよ。春野蒼太くん——。

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