狂乱の狼煙2
リビングに響き渡る僕の笑い声。
次第に、つられたレジーナの笑い声も重なって、重奏を奏でる。
少年は壁を支えにふらふら立ち上がると、玄関の方に体を向けた。
ふむ。この絶望的な状況の中で、諦めず抗おうとするその姿勢、やはりこの子は面白い。
「ーー捕、か、ま、え、た。悪いけど、貴方には素晴らしい絶望を築き上げるため、私達に協力してもらうわよ」
そんな少年の背後から、レジーナは少年を優しく包み込むように腕を絡みつける。
女性の姿とはいえど、彼女は人外の存在。当然、身動きは取れない。
顔を引きつらせる彼は、それでもバタバタと暴れ始めた。
僕はその様子を、微笑ましく見守る。
「こらっ……気持ちはわかるけど、大人しくしなさいな。暴れたって、無駄なのよ?」
その言葉に耳を貸さず、というよりは耳に入ってすらいないであろう少年は、必死にもがく。
偶然にも、少年の手がレジーナの顔にクリーンヒットする。
その見事な暴れっぷりに、レジーナは堪らず少年から手を離してしまう。
「あんっ、なんて乱暴な子なのかしら!男はレディに優しくしないとダメなのよ!足の一本でも千切って、黙らせてやろうかしら」
物騒な言葉を聞いて、少年の顔が一気に青ざめた。
「彼を解放してあげてよ、レジーナ」
「セイジロウ!本当にいいの?」
レジーナは驚いたように目を見開かせ、ほどなくして至極残念そうな表情を浮かべる。
「ああ、今日一番に僕を愉しませてくれたお礼だ。彼は生かしてあげようじゃないか」
そんなやり取りをしていると、その隙を見て少年が玄関を目指して一気に駆ける。
レジーナは少年を追跡せんとするが、僕はそれを手で制止した。
ドアの開く音がした後、家内はまた静寂に包まれる。
当然の事ながら、今からでもレジーナが追いかければ余裕で少年を捕まえる事ができるが、僕はそれをしなかった。
レジーナは落胆のため息を吐く。
「せっかく、史上最高の絶望を味わう事ができたかもしれないのに……ねぇセイジロウ、あの子を逃したのも何か目的があっての事?」
レジーナの問いに、僕は首を横に振った。
「いいや、なんと無くさ」
僕がそう言うと、レジーナは呆れたように笑う。
なんと無く……そう言うと、嘘になるかもしれないな。
絶望の淵に落ちても尚、残酷な運命に抗おうとする、狂気を宿した彼の瞳に惹かれたのだ。彼の行く末が、無性に気になった。
絶望の赴くまま、彼は自らの命を絶ってしまうのかーー或いは。
何はともあれ。
僕とレジーナは、リビングを後にする。
さらに、最高で美しい死を再現するため、新たなターゲットを発見するべくまた歩き出す。
「さぁ、狂乱の始まりだ」