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死神の箱庭  作者: 北海犬斗
王ノ産声
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終焉の賛美歌3

「はい。これでよし」


 一通りの処置を終えて、自らの仕事を完遂した芽依は腰に手を添えて一息ついた。


「……すまない。助かった」


 体に空いていた無数の大穴がまるで嘘だったかのように塞がっている。相変わらず芽依の力には驚かされるばかりだ。


「私はいいから、お礼はリリィに言ってあげて。この力はリリィがいてくれなきゃなし得ないものなんだから」


 そう言う芽依の隣に佇むリリィは、なにやら自慢げにふんぞり返っていた。


「……礼を言う。リリィ」


「いいよぉ」


 とだけ言うと、にへらと笑うリリィ。立場的にこう言うのもあれなんだが、なんかイラッとする。


「しっかし、随分と派手にやられたもんだねぇ……。今までに何度もアンタを治してきたけれど、今回のは冗談抜きに危ない状態だったよ?アンタにここまで重傷を負わせるなんて、相手は神かなにかかい?」


「神、か。まぁそんなところかもな……」


 いとも軽々と強大な力を振るう茉瑠奈にとって、絶対的な力を行使する神という形容は皮肉にもお似合いだった。


「まさかとは思うけど、また戦おうなんて思ってるんじゃないだろうね?そんなボロボロの状態で、満足に体もうごかせないのに。アンタ、次は死ぬかもしれないよ」


「それでも、俺がやらなきゃならない……。俺にしかできないんだよ」


 そうだ。これを成し遂げられるのは俺ただ一人。

 次の戦いで、全てを終わらせる。


「ま、アンタは頑固だから止めても無駄だろうけど……。けどね、蒼太を心配するリクの気持ちもわかってあげなよ?」


 呆れたようにため息を吐く芽依。


「言われなくても、わかっている」


 俺は横たわっていた地面から身を離して立ち上がると、月を見つめつつ改めて決意を固める。そのまま芽依に背を向け、動かない右足を引きずってゆっくり歩を進めた。


「……ありがとう芽依、それとリリィ。今まで本当に世話になった」


「なにさ、縁起の悪い。アンタ、本当に死ぬつもりじゃないだろうね……?」


「さあな」


 古い戦友との別れの挨拶を済ませて、目指すは茉瑠奈の待つ決戦の場へ。

 広場を抜けて広い通りに出ると、そこにはリクが長い髪の毛を揺らして佇んでいた。深呼吸をひとつすると、俺を鋭く睨んで凄む。

 だが俺はそれに怯むことなく、動かす足を止めない。リクの姿が次第に近くなり、最終的に視界はリクだけで埋め尽くされた。


「……行くのですか?」


「ああ」


 死にに行くのか、という問いに俺は間髪入れず頷く。

 するとリクはふるふると首を横に振って、瞳には涙を浮かべさせていた。


「ダメですっ……行かせませんっ!絶対に!!」


 ぼろぼろ涙を流しながら、リクは両手を大きく広げて進むべき道を塞ぐ。人形を思わせるような恐ろしく整った顔をくしゃりと歪めて、激しく息を乱している。見ているこちらが、息苦しさを覚えてしまうくらいに。


「リク……俺を困らせないでくれないか」


「次に茉瑠奈と戦えば、蒼太さんはわざとでも死ぬつもりなのでしょう!?そんなの嫌!……蒼太さんがいない世界なんて、絶対に嫌!!だって……だって、私は貴方のことが——」


 リクは震えた声を絞り出して、こちらへ手を伸ばす。そのまま数歩歩んで近寄ってくると、そのまま俺を抱きしめて胸に顔を埋めた。

 死神でありながらも、安心感を得られるほのかな体温。纏っている血塗られた外套が、しとしとと涙で濡れる。


「契約者とか死神とか、そんなの関係ない……貴方が好き……大好き。だから、お願いだから死なないで……!」


 嗚咽にまみれた懇願。それに胸を締めつけられながら、リクの背中に腕を回した。


「俺も、リクが大好きだ。こんな俺なんかに今までよく尽くしてくれた……感謝している」


 リクと駆け抜けた四年間。それは長いようで、今思えばあっという間だった。

 最初は、自分の目的を果たすためだけの道具という認識しかなかったものの、今や俺にとって大切な家族だ。


 契約した死神がリクでなければ、俺はここまで来れなかっただろうなとも思う。


「……だけど、俺は行かなくちゃならない。今の茉瑠奈は、憎しみを原動力にしているかつての俺……。だから、彼女を解き放ってあげられるのは俺しかいない。

 不思議なんだけどさ。今の俺に死神を憎む感情とか、殺さなくちゃっていう感情はないんだ。俺は純粋に、茉瑠奈を助けてあげたいんだよ」


 そう。死神に対しての憎しみは今の俺にとって些細な感情でしかなく、茉瑠奈を解放してあげる事こそが何よりも大事なんだ。

 これこそが、今の俺の使命。


「だから、もう一度だけ力を貸してくれないか?……言っとくけど、無駄死にするつもりはないからな。俺だって、もう少しくらいは生きていたいからさ」


「……わかりました。それが蒼太さんの願いであるのなら、私は貴方の願うままに」


 リクは俺の胸から離れると、目元を指で拭う。次の瞬間には、可愛らしくも凛としたいつものリクに戻っていた。

 そして俺を見据えると、ゆっくりと手を差し出した。


「……同調を」


 俺は頷いて、リクの手に自分の手を重ね合わせた。こちらの手よりもひと回りもふた回りも小さく、けれど温かい手に。

 俺は茉瑠奈を救いたいと願い、リクはそんな俺に力を貸したいと願う。二人の願いが交わると、一瞬にしてリクは俺の一部となった。


『蒼太さんに、私の五感を貸し与えました。これで体が自由に動かせるはずです』


 脳内にリクの声が響き渡る。言われて、試しに動かなくなっていた右足をプラつかせてみると、嘘のように自由に動かせるから驚愕した。


「驚いたな。こんな荒技があるなんて」


『残念ながら、同調時限定になってしまいますけどね』


「いや、それだけでも充分だ」


 利き手である右手が動かせるのは大きい。俺は残り僅かな魂から二対の鎌を編み込んで具現させると、右手と左手で柄をがっしり握りしめる。


「行こうか、リク」


『はい』


 向上した脚力で地面を思いきり蹴る。夜空に浮かぶ月に向かって跳躍し、数十メートル先にある家屋の屋根に着地した。そして間髪入れずに、さらにその先へ大きく跳ぶ——。



 ※




 ——ごくり。


 生唾を呑み下す音が、嫌なくらいに鼓膜にこびりつく。


 まさに、化け物という言葉が相応しい生き物がそこに降臨していた。

 微かな七色の輝きを放ち、黒々とした全身には所狭しと目玉がひしめいていて、ぐりんと左右に忙しなく動いている。

 そんな禍々しい体とは裏腹に、背中からは荘厳と言っても過言ではないほどの、純白で神々しい翼が伸縮運動を繰り返す。化け物の頭部と思われる部位にはしっかりと顔があり、天使の像のように瞼を閉ざして静かに微笑んでいた。


「おいおい……。こりゃあ、”死神の楽園”以来の……いや、それ以上にヤバい状況じゃねぇか?」


 邪悪な産声を唸らせる堕天の化け物を目の前に、顔を引きつらせるハイエナは怯えて竦む。それはハイエナの隣で絶句しているワルサーも然りで、傍のマイヒメも同じ。


 戦意など、化け物と対峙した瞬間に喪失している。


 可能であるのなら、戦うなどと命を投げ捨てるも同然の行為を放棄して、今すぐ逃げ出したいと一様に心の中で嘆く。

 標的を前にして、これほどまでの感情を抱くのは初めてだった。


 しかしながら。自分たちがこの場を放棄した暁には、堕天の化け物はたちまち山を下り、さながら魂の吸引器となりて、この街に住まう人間達を一夜にして殺戮するだろう——という懸念が、彼らをここに引きとどめる唯一の要因となっていた。


「ふっ……儂がここまで心踊らせるのは久方ぶりだの。かれこれ『死神殺し』との一戦以来か?」


 言って楽しげに笑むフゥの右目を眼帯が覆う。その表情は余裕に満ちており、蠢く巨体を前に腕を組んで仁王立ちしている。

 圧倒的な闘気を全身から滾らせて、闘争の狼煙が上がる瞬間を心待ちにしているかのように、忙しなく踵を踏み鳴らしていた。


「こんな状況で心踊らせてる場合かよ!この病み上がりの戦闘狂っ!」


 全身を支配する恐怖を紛らわせるかのように、ハイエナはフゥを指差して突っ込む。

 それに対して、心地良い緊迫感に浸っていたフゥは目線だけでハイエナを睨むと、不機嫌そうに舌を打った。


「黙れ駄犬!お前の遠吠えで儂の鼓膜を犯すな。戦闘狂という形容は否定せんが、少なくとも病み上がりなどではないわ。七色の小豆娘に飛ばされた両腕もこの通りだ」


 フゥは、「ほれ」と包帯を巻いた両腕をハイエナにかざして、手を握っては開いてを繰り返して見せつける。


「……なんで腕は再生させたのに、潰された右目はそのまんまなんだよ?」


「敢えて片目にする事で、感覚を研ぎ澄ませているからに決まっておるだろうが……つまらん質問は控えろ、駄犬」


 至極当然のようにそう言いきるフゥは、呆れたように小さな吐息を漏らす。その様はまるで、そんな事もわからないのかと言いたげだった。


「なぁ。おたくんとこの死神やっぱ苦手だわ、俺」


「あらあら……。ごめんなさいねハイエナ。フゥはいつもあんな調子だから、あまり気にしないでちょうだいね?」


 肩を落とすハイエナに、おろおろと困り果てるマイヒメ。

 そんな二人に、ワルサーが警鐘を鳴らすように叫びを上げた。


「のほほんと会話を交わしている場合じゃないですよ二人ともっ!攻撃が来るですッ!!」


 堕天の化け物——ルシファーはギギギ、と鈍重な動きで二人の契約者並びに二体の死神を一瞥する。

 瞬間、背中から伸びた翼を縮めると、そのまま伸縮運動を巧みに使い地面を抉った。

 単純な翼の打撃であるものの。そも眼前の化け物は、人智を超えた死神すらも超越した存在。それから放たれた超巨大質量攻撃の威力など、推測するだけ無駄な行為だ。

 ただひとつわかる事といえば、アレに直撃しようものなら命など簡単に吹き飛ぶという結末のみ。


 放たれた直後、フゥはマイヒメを抱きかかえて跳躍し、ハイエナとワルサーも同様に距離を取る。

 大粒の石つぶてを撒き散らし、地面を深く抉って地形さえも変えてしまったルシファーは、再度翼を折りたたんで停滞した。


「どうすんだよこれ。こんな化け物相手にどうやって戦えってんだ……!?」


 想像を絶する一撃に、ハイエナは額から一筋の汗を垂らす。


「愚問だな。相手が息を止めるまで、死力を尽くした攻撃をぶつける他あるまいよ。尻尾を巻いて逃げるわけにもいかんだろう?」


「……確かに、フゥの言う通りよね」


「はい。ここらで腹をくくっておきましょう……!」


 顔面を蒼白にさせながらも、マイヒメとワルサーはフゥの真っ直ぐ過ぎる言葉に同意して頷いた。そして二人に続くように、ハイエナも頷いた。


「……覚悟できたぜ。こうなったらとことんまでやってやるよ!」


 決意を新たに、団結を固める御三家の二角。

 それを砕くかのように、ルシファーは翼をぴくりと動かした。


 飛来するのは無情で絶対的な一撃。


 その場の誰もが、次の回避行動に備えて姿勢を沈ませた刹那、ルシファーの顔面に漆黒の弾丸が走る。


「——うおおぉぉぉぉぉぉぉッ!!」


 一撃目。

 右手に握った鎌を振りかぶって、思いきり振り下ろす。


 二撃目。

 その一撃が敵の顔面を抉った事を確認すると、すかさず左手に握った鎌での一閃。


 そのまま三撃目、四撃目と。

 闘志が刻むリズムの赴くままに、『死神殺し』は——蒼太は二対の鎌による斬撃を繰り広げて吠えた。


「このまま俺に続けぇッ——!!」

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