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死神の箱庭  作者: 北海犬斗
王ノ産声
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終焉の賛美歌2

「——蒼太さんッ!蒼太さん、お願いだから死なないでッ……。今、ハイエナが芽依を連れて来てくれます……だから、だからあぁっ……!」


 リクの慟哭と共に、俺の頬に落ちて伝う涙。やがて俺の胸に顔を埋め、わんわんと泣き始める彼女の温もりを感じて意識が覚醒した。

 真っ先に感じたのは、ドロドロしたものが気道が詰まってしまったかのような息苦しさ。唾液と血液が混じり合った、独特の臭いが鼻腔に充満している故の気持ち悪さ。

 靄のかかった視界で、状況を把握しようと目線だけで周囲を見渡して戦慄する。無数の棘が俺の体に突き刺さっており、この無慈悲な様相はまるで磔刑とでもいうべきか。

 棘は地面にも貫通しているようで、体の自由は一切きかない。当然、おびただしい量の血が水たまりを作っていて、これで生きているのが不思議なくらいだった。


 先ほどの同調によって、体の麻痺が進行したためだろうか。痛みはほとんど感じない。


「リク……重い」


 掠れた声を絞り出す。

 リクは勢い良く顔を上げると、俺の顔を覗き込む。みるみる内に瞳に涙を浮かべ、大粒の涙を零し始めた。


「同調してからの記憶が、全く思い出せないんだ……どうなった?」


 まるで、パズルのピースをひとかけら失ってしまったの如く、記憶がぽっかりと抜け落ちている。最も、この惨状を見ればおおよその想像はつくわけだが……。


「蒼太さんは、結局手も足も出せずに敗北してしまいました……。フゥも敗れてしまった今、あの二人と対等に渡り合える者は外様の中にはいないでしょう」


 そう言うリクは、悔しげに唇を噛みしめる。やがて、じんわりと血が滲み出た。


「それどころか、この国の契約と死神を掻き集めたとしても、茉瑠奈に敵う者はいないだろうな……」


 絶対的で圧倒的であり、絶妙な加減に攻守を両立させた能力は、身震いをしてしまうほどに強大だ。

 全ては彼女の思うまま。筆を走らせて描いたものを、縛りなく自由に具現化させてしまう。もしも、茉瑠奈がこの世界の滅亡を描いたとしたならば、それは本当に具現してしまい滅亡してしまうのだろう。

 であれば、彼女の想い描く世界に作り変えてしまうことも可能なはずだ。


「王の資質……か」


 再び朦朧とする頭で、ぼんやりと呟く。


 ——しかし。何故、茉瑠奈は俺の首を持って行かなかったのだろうか。

 残された力を総動員して、彼女の望むままに戦ったつもりだったのだが……。



 ※



 真庭高校が佇む小高い山の山頂から、無数の木々がひしめく獣道に足を踏み入れる。目指すのは、小高い山の隣にそびえ立つ大きな山の麓。

 そこには、確かアレがあったはずだ——。


「ゔッ?……ゔぇ、えぇぇぇッ……!」


 真っ暗闇の中、記憶だけを頼りに獣道を踏みしめて進んでいると、唐突に吐き気を催し膝を折り曲げて腰を丸める。そして、勢い良く込み上げた胃液を地面にまき散らした。


「が、かはッ……はぁっ、はぁっ……!」


 棘の雨を蒼太くんに振らせてからずっと感じていた胃のムカつき。彼の凄惨な光景に思わず目を逸らしてしまい、首を取ることさえ忘れてあの場を離れてしまったのは、まだ僅かながらにも人間なる部分が残っているからだろうか。


 まだ、足りない。もっと、もっと憎しみを増幅させなくては。お兄ちゃんの仇である『死神殺し』と、理不尽が闊歩する救いのない世界への憎しみを。

 嘆き、怒って憎悪し人間の部分を全て捨て去ってこそ、私の願いはようやく成就されるのだ。


「王よ。先ほどの『死神殺し』へのトドメの一撃……わざと軌道を逸らしたように見えましたが」


 私の背中を摩るルシファーは静かな夜風に乗せて、そんなくだらない言葉を呟いた。


「……は?そんなわけないでしょう……。あれは、単に狙いが甘かっただけ。心配しなくても、次は外さないから」


 滲む涙と汚れた口元を拭い、ルシファーを睨む。

 外様との度重なる戦闘と、屋外での生活も相まって制服は見るからにぼろぼろ。

 大まかな荷物を鞄に詰め込んでから実家には帰っておらず、当然学校にも行っていない。

 それでもお風呂に入ったり、制服を洗濯したりしたいから隣町まで羽で飛んでいき、コインランドリーや銭湯を利用していた。

 就寝時はルシファーに見張りをしてもらっているので、寝首をかかれる心配はないけれど、念のために点々と就寝場所を移している。

 そうして最終的に行き着いたのがここ——人間だった頃の私にとって、非常に思い出深い場所だ。


「……茉瑠奈?」


 吐き気もおさまり、さて先に進もうと立ち上がった瞬間、微かな足音と今までに数えきれないほど聞いてきた声が飛んでくる。

 声の主は、今となってはできれば会いたくなかった人物だ。


「……ひ、久しぶりっ……ってのもおかしいか。茉瑠奈が学校に来なくなってからまだ一週間も経ってないんだもんね、ははは……。あの、元気っ!?」


 誰からも冷たい一匹狼のイメージを抱かれてしまうあの友恵が、しどろもどろになりながらも明るく振舞おうと奮闘している。

 なんというか、見ているこっちがいたたまれない気持ちになってしまった。


「……家にも何日も帰ってないんでしょ?茉瑠奈のお母さんもお父さんも心配してるよ。ウチのお母さんとお父さんだって……もちろん、私も」


 ……私も、か。なにを今さら。


 無理矢理に笑う友恵の頬は心なしか痩せ細っていて、顔からは疲労の色が見て取れる。もしかすると、連日私を探し歩いてくれてたのだろうか。

 だがそう思いあたると感謝の感情など芽生えず、余計に腹が立つだけだった。


「きぃちゃんも、友恵もそう……。どうして、みんなそうやって都合良く生きられるんだろうね?」


「え?きぃ……?」


「心配?……笑わせないで。私が蒼太くんと付き合い始めてから、急に素っ気なくなって目も合わせてくれなかったくせに!」


「そ、それは……!」


「それで友達?親友?……そんなの形式ばかりの嘘っぱち。自分の都合に合わせてすぐ手のひらを返すくせに!本当に助けて欲しい時に、手を差し伸べてくれないくせにッ!……私知ってるんだよ?友恵、蒼太くんが好きだったんでしょ?」


 私は嫌味ったらしく、友恵が懸命に蓋をしていた感情の紐を解いてやる。


「な、何言ってるの……?私は、アイツのことなんか!」


 友恵はこけた顔を険しく歪めると、かぶりを振って否定した。


「口ではそう否定するけれど、友恵を見てればそんなの丸わかりだったよ?……それに、私見ちゃったんだ。友恵が学食スペースで、蒼太くんの名前を呼びながら泣いてたの。それでも否定できる?」


「なっ……え?……」


 私の言葉に友恵は顔面を蒼白にすると、おぼつかない足取りで数歩後ずさる。なにかを言おうと懸命に口を動かしているけれど、激しい動揺で声が追いついていない。

 震える目尻に、涙が滲んでいた。


「私は友恵のことを自慢の親友だと思ってた。カッコよくて綺麗で、友恵の周りには人が集まって、おまけに剣道も強くてさ。そんな友恵がずっと自慢で、羨ましくて……嫉妬してた」


「嫉妬……」


 復唱する友恵にゆらりと近づいて、私を避けようとする視線を離さない。無理矢理彼女の視界に入り込んで、そのまま続ける。


「私は友恵みたいに綺麗じゃないもん。頑張って勉強したって普通、人見知りで友達なんてできないし運動も苦手……。私が友恵に勝てるものなんて、なにもない。

 だからね、私は友恵の蒼太くんに向ける好意を知っていながら彼に告白したんだ。それが、あなたに唯一勝てるものだったから」


「……そ、そんな」


 今にも消え入りそうな掠れた声を漏らし、頬には涙が伝って顎から落ちる。と同時に、友恵は膝を折って地面に崩れ落ちた。


「どう?私って醜いでしょ?幻滅したでしょ?……だから、私に二度と関わらないで。私はもう友恵の知る茉瑠奈という名前の女の子じゃないから……!」


 高ぶる感情に呼応して、魂が七色の輝きを放つ。

 その眩しい光に、友恵は目を細めた。


「じゃあね、友恵。大好き()()()


「まっ、待って!……お願い!私はまだ、茉瑠奈と話したいことがいっぱいある!謝らなくちゃいけないことだって……だから!!」


 友恵の懇願に胸を痛めながらも、私は無言で背を向けて歩き出す。悲痛な叫びが背中を叩くけれど、唇を噛んで懸命に堪えた。


「よかったのですか、王よ。今生の別れであれば、もう少し会話を交わしておいた方が」


「ううん。これでいいんだよ……」




 ※




 獣道を進んで森の奥深く。

 そこには懐かしいものがあった。

 おそらく自然の力によって形成されたであろう、天然の洞窟。幼い頃に、友恵が見つけた絶好の遊び場。

 まるで秘密基地のようなその風貌に、友恵やきぃちゃんや、クラスメイトの男の子を交えてよく遊んでいたものだ。

 ここが今日の寝床である。


「では、私は見張りをしていますので。王はゆっくりとお休みください」


「……うん、ありがとう。おやすみ」


 そうとだけ告げて、私は洞窟の奥へと進む。

 真っ暗な空間の先。天井の裂け目から月明かりが降り注ぐ、ほんのりと明るい場所がある。

 私はそこに腰を下ろし、ゴロンと横になった。


「……もっと、もっと憎しみを……」


 思いがけない友恵との出会いに、私の心は確かに揺れ動いた。今の自分がしている行いは本当に正しいのかと。

 しかしどうであれ、今さら後戻りなどできないのだ。

 であれば、もっと憎しみを増幅させて突き進む他ない……。


 ——悲しみと慟哭。嘆きと怒り。そして、憎悪……。それらを心の中で燃やし、さらに膨らませる……。




 ※




 静寂に包まれた森の中。その中に一人佇むルシファーは、木々の隙間から垣間見える月を眺める。周囲に敵の気配はない。

 この真庭市に潜伏する外様は、茉瑠奈とルシファーで一通り殺し尽くした。二人の存在は外様の中で駆け抜けて、無策では太刀打ちできないと悟ったのか、単身で討伐せんと挑む死神も今やいない。


「……ぐッ!?」


 瞬間、ルシファーの周囲を眩ゆい七色の輝きが包んだ。


「これは?……王よ、なにを……!」


 退避せんとするルシファーを、七色の輝きは有無を言わさずに呑み込んだ。


 果てなきあらゆる感情の入り混じった憎悪の奔流の中、ルシファーの体は歪な異形へと変貌する。


「ガッ——ガァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァッ!?!?」


 産まれ落ちるのは、五メートルほどの堕天の魔像。

 底なき憎悪に包まれたそれは、醜く蠢いて全ての命を貪り喰わんと暴れ出す——。

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