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死神の箱庭  作者: 北海犬斗
王ノ産声
56/74

終焉の賛美歌1

「……あなたが、『死神殺し』?」


 返答はない。眩しい夕日を反射している髑髏を模した純白の仮面に、漆黒のローブを身に纏う小柄な男の子は、じっと私を見つめている。

 もうじき黄昏時も終わりを告げる頃——人気のない広場で相対する私と『死神殺し』。


「……あなたがユウジお兄ちゃんを殺したの?」


「……」


 やはり返答はないものの、『死神殺し』はなにかを言いたげにたじろいでいる。

 どうにも煮え切らない反応に苛立ち、私は地面を思い切り踏みしめて叫んだ。


「黙ってちゃなにもわからないよ!答えて——ッ!!」


 筆で押し描くのは赤黒い凶弾。具現させるや否や、間髪入れずにそれを『死神殺し』の顔面に目がけて跳ばした。

 凶弾は恐ろしい速度で空中を駆けるものの、威力は最大限に抑えてある。これは『死神殺し』の首を取るための一撃ではなく、いわば彼の本気を引き出すための威嚇だ。

 歴戦の猛者である『死神殺し』が、この程度の小手調べ同然の攻撃など軽く避けて——。


「……ぐぁッ!」


 が、『死神殺し』はそれを避ける素振りもせずに、顔面で弾丸を受け止める。ぐわん、と強風に吹かれた苗木のように首が揺れ動いた。


「……ぐっ」


 ビシッ!


 髑髏の仮面は主人の顔面を守り、自身の体に亀裂を走らせる。蜘蛛の巣を思わせる細やかなひびと、ぽろりこぼれ落ちる破片。

『死神殺し』は咄嗟に仮面へ手を伸ばすものの、崩壊を止めにるは既に遅すぎる。仮面の半分が顔からずり落ちて、地面に落ちた。


「やっぱり……あなただったのね……」


 あらかじめわかっていた『死神殺し』の正体に、答え合わせをしたところで特に驚きの感情はない。だけど、少しだけ心が痛んだ。

 ずきん、と。人間らしい感情は一切合切捨て去ったつもりだけど、どうやら少しだけ残っていたらしい。愚かな自分に腹が立つ。

 この期に及んで、『死神殺し』の正体が蒼太くんではないことを期待していたなどと……!


「茉瑠奈……なんで、なんで死神と契約なんかッ!?」


 たらり、と額から悲痛に歪む顔に血が伝って顎から滴り落ちる。


「なんでって、今さら……私がこうなったのは、あなたも原因のひとつなんだから」


「お、俺が?そんな、俺がキミに何をしたっていうんだ……?俺はただ、キミを大事にしようとしていただけだッ……」


 状況を呑み込めないと言わんばかりに、首を弱々しく左右に振る蒼太くん。目を大きくひん剥き、残酷な運命を呪うかのように唇を噛む。


「何をしたって?まるで、自分の行いが全て正しいみたいな言い方だね?

 自分の憎しみのままに数多くの死神を殺して、一緒に契約者も殺して……その果てにある結果を、あなたは一度でも考えたことがある?」


「その果てにある結果……?ど、どういう意味だ?」


「視界がただ一点にしか向いていないようだけど、左右に向けてみればわかるよ……あなたの自分勝手に殺された契約者の家族や友達が悲しむとか、あなたは一度でも考えたことあるのかな?」


「——ッ!」


 私の言葉に、蒼太くんは息を飲み込む。完全に返す言葉を失ってしまった様子だ。


「自分だって、大切な家族を死神に殺されたはずなのにね。それなのに、相手の気持ちを顧みずに憎しみだけで死神を殺して、ユウジお兄ちゃんも殺したッ!」


「ユ……ユウジお兄ちゃん……?」


「そう、私のお兄ちゃんをあなたが殺したんだよ?……お兄ちゃんの仇であるあなたの血塗られた手で抱かれてだなんて、考えただけで吐き気がする!!」


「そん、な……」


 そこで、蒼太くんは力なく両膝を地面に落として崩れた。

 まるで糸を切られた糸操り人形のように、身動きをせずに肩を落としている。


「だから、私がこうなってしまった原因のひとつにあなたがいるんだよ?

 さ……じゃあ殺し合おうか。今ここでお兄ちゃんの仇討ちをするの」


 蒼太くんからの返事はなくて、力の抜け切った表情で脱力していた。


「最初に言っておくけど、変な遠慮とかはやめてよね。それじゃあ意味がないから」


「……て……くれ……」


 乾ききった唇を微かに動かして、小さな息を漏らしている蒼太くん。その吐息には言葉が乗っているのだけど、断片的にしか聞こえなかった。

 私は水彩筆を具現し、筆先で彼の顎を持ち上げる。


「なに?はっきり言ってくれないとわからないよ」


「殺して……くれ……それが茉瑠奈の仇討ちになるのなら、キミの気が晴れるのなら喜んで首を差し出す……」


 蒼太くんの返答に私は歯が砕けんばかりに噛みしめて、眉間に深い皺を寄せる。それに呼応するように、筆が七色の強い輝きを放つ。


「怨念に取り憑かれて、こんな単純な結果に気がつかないなんてな……。これじゃあまるで、俺もあの男と同じじゃないかッ……!

 きっと俺は、キミのお兄さんと殺したんだと思う。だから、これは罪滅ぼしだ……さあ、早く殺してくれ」


「そ、それじゃあ意味がないって言ってるでしょ!?私は、お兄ちゃんを殺した『死神殺し』の首を取らなくちゃいけないの!だから早く、あの鎌の死神を出してよ!」


 輝きはさらに強く。陽がすっかり落ちた夜空さえも、七色に染めてしまいそうなくらいに。

 そんな最中、七色の奔流を切り裂くような鋭い殺気を肌で感じ取り、私は視界を上空に向ける。煌めく髪の毛をはためかせて飛来するのは、いつぞやの水族館で見た鎌の死神——リクだ。

 鬼の形相という、戦化粧ならぬ戦装束。彼女は私の首を刈り取らんと、身の丈よりも優に大きい鎌を振り上げて叫ぶ。


「——貴様ぁ、私の主に触れるなァァァァァァァァァァッ!!」


 重みの乗った強力な鎌の振り下ろしに合わせて、緑の盾を描いて具現化させる。

 拮抗する鎌と盾。だが、フゥの拳と比べてしまうと軽過ぎる。


「グゥゥッ……!!」


 鉄壁を誇る盾を前に、ギリギリと攻めあぐねている鎌の切っ先。堪らずリクは下を打った。

 盾の突破を諦めて数メートルの距離を取るリクは、刃物のようにギラついた視線で私を睨みつける。


「……やはり、私の感じた予感の通りだった。その純粋無垢な性格は死神にとってつけ込みやすく、ふとした拍子に容易く心を闇に染める……。案の定お前は身も心も闇に染め上げて、私の主の心に傷をつけたんだっ!」


「……私の主、私の主ねぇ」


 歯茎が露出するぐらいに大口を開け、怒りをあらわにするリクに向けて嘲笑する。


「なに?あなた死神のくせに、蒼太くんが好きなの?」


「なッ!……私は別に、主に恋愛感情など……!」


 目に見えるほど、動揺の感情を露わにするリク。視線は左右に揺れて定まっておらず、声が震えて頬を上気させている。


「あはは。口ではそう言っているけど、体の反応は素直だねぇ。蒼太くんを私に取られて、さぞ悔しかったでしょう?あなたは何年も蒼太くんの隣にいて、密かに想いを寄せていたかもしれないのに、こんなぽっと出の女に取られちゃってさぁ……。ねえ、一度でも蒼太くんに抱きしめてもらったことある?」


 私の言葉に、リクは大きく目を見開かせて呆気に取られたような表情を浮かべた。そして、次第に表情を険しく変化させて綺麗な顔を歪めていくと、今にも跳び出しそうに体を沈めて、鎌の切っ先を私に向ける。


「きッ、貴様ァァッ!!!」


 心地良い殺気が灼熱の突風となり、たちまち周囲の空間を支配した。

 そうだ、これで良い。さらに闘志を燃やして、本気で殺し合ってくれなくては意味がないのだ。あとは、彼がその気になってくれれば完璧なのだが。


「ルシファー、少しだけ時間を稼いでくれる?」


「王の望むままに」


 淡々とした二文字と共に、私の傍に潜んでいたルシファーがリクの前に姿を現わす。自身の周りにずくずくとした黒い影を纏い、ゆっくりと視線をリクに向けた。

 突然の乱入に、リクは邪魔だと言いたげに喉を唸らせる。


「お前がこの女の死神か。ならば今すぐ退け、退かないのなら殺す……!」


「それはできない相談だぞ大鎌の死神。王の言葉は私にとって絶対。故に、ここを通すわけにはいかないのだ——!」


 ルシファーは淡々とそう告げると指を弾く。瞬間、地面から黒い腕のようなものが伸びてリクの体に絡みつき、一切の動きを封じて拘束する。

 鈍い音を軋ませて、華奢な体を乱暴に振り回すものの拘束を振りほどくことは叶わず、忌々しげな顔をルシファーに向けた。


「お前は、特殊能力型か……!」


「拍子抜けだぞ大鎌の死神……。名高い御三家の頂点に立つ『死神殺し』のパートナーがこの程度とはな。とりあえず、今はそこで大人しくしていろ。そうすれば命までは取らん」




 ※




「……ほら、蒼太くん。あなたのパートナーが窮地に陥ってるけれど、そうやって手をこまねいて見ているだけなの?

 たくさんの外様の死神と契約者を殺した死神と私が目の前にいるのに……憎むべき存在がすぐ側にいるのに、あなたは見ているだけでいいの?」


 依然として放心している蒼太くんの背後に回り、私は耳元で囁く。


「さあ、私と本気で殺し合って」


 力なくこちらへ振り向く蒼太くんは、魂の抜けたような瞳に私を映し、そしてゆっくりと口を開いた。


「……それが、キミへの罪滅ぼしになるのなら」


「そうだね……あなたが『死神殺し』として本気で殺し合ってくれるのなら、それは罪滅ぼしになると思うよ」


「……ああ、わかったよ」


 当初の予定とは若干逸れてしまってはいるが、結果としては問題ないだろう。

 彼が『死神殺し』となって殺し合った末に、首が取れればそれでいいのだ。


 私はルシファーへ目配せして、リクの拘束を解くように命令を送る。

 ルシファーが再度指を鳴らすと途端に黒い腕は消えてなくなり、リクは晴れて自由の身となった。私やルシファーを意に介さずに地面を蹴り、蒼太くんの傍に到達すると腰を下ろして、そっと手を添えた。


「主、ここは一度退却をッ!悔しいですが、奴らは私達にどうこうできる相手ではありません。それに、それに主はもう……!」


「リク……最後に一度だけ、お前に頼ってもいいだろうか?」


「え……?」


 リクの心遣いや懇願を全て無視して、それでも彼女を見つめた蒼太くんは言う。

 人生最後の仕事をやり遂げんと表情に力を入れて、リクの手を握りしめた。


「俺と同調してくれ」

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