集結する御三家
俺は愕然とする。
決して見間違いなどではない。俺の傍に転がっているこの頭部は、つい先日茉瑠奈に対して暴虐行為を働いていたきぃのものに他ならない。そして、もうふたつの頭部もそう。
この死体は、あの三人組のものだ。
「……まさか」
三人の死体の発見と同時に七色の輝き——王の資質を持つ者の覚醒。まるで神の悪戯のような、絶妙なさじ加減のタイミングに悪寒が走る。
瞬間、とてつもなく嫌な予感が頭の中をよぎったものの、俺はそこで考えるのをやめた。
——これ以上はよそう。確証がない事象を悪い方向へこねくり回しても詮無い事。そんな暇があるのなら、七色の輝きを放つ者の捜索に専念するべきだ。
「なんだよ。この死体の女の子、もしかしてお前の知り合いなのか?」
平然を装っていたつもりだったのだが、俺の些細な機微を目ざとく見抜いたハイエナが余計な横槍を入れてくる。いらないところに干渉をするのは相変わらずだな、と互いの相性の悪さを痛感しつつ背を向けた。
「かと思ったんだが、どうやら人違いだったらしい。お前が気にする必要はない」
「あー、そうかよ。なんでそんなつっけんどんな態度をとるのかねぇ。水族館で助けてやった恩をもう忘れたのか、お前は?」
他者を寄せつけない無愛想な口調に呆れたのか、こちらへの配慮など御構い無しにでかいため息を吐き捨てるハイエナ。
……ちょっと待て。俺はお前に助けてくれなどと頼んではいないぞ!
いらぬ恩を売りつけるハイエナを尻目で睨む。その流れで視線を横へ流すと、両拳を腰にあてて頬を膨らませたワルサーが、俺とハイエナを交互に睨んでいた。
「……まったく。どーしてあなた達はこうも反りが合わないのですかねぇ……。ここまでくるといっそ清々しいというか、本当は仲が良いんじゃないかと思えてしまいますですよ」
「おい、言葉には気をつけろよ小娘。誰と誰の仲が良いって?」
今は仲間割れなどをしている場合ではないと思いつつも、仲が良いなどと聞き捨てならない言葉を吐いたワルサーへ、食らいつくような視線を向けて舌を打つ。
対するワルサーは眉間に深い皺を寄せると、あどけない表情を歪めて大きく口を開いた。
「ああ?今小娘って言いましたかぁ、小僧!!」
小娘という禁句の二文字に、やたらとドスの効かせた声で反発してくるワルサーだが、幼い身振り手振りが邪魔をしていて迫力が半減している。というか、どれだけ眼を薄めたところで大人の女性には見えるわけがない。だったら小娘だろうというのが俺の意見だ。
「——うふふ。相変わらずやんちゃな子どものお守りは大変そうね、ワルサー?」
俺とワルサーが互いの視線に火花を散らしいがみ合う中、それを仲裁するような声が暗闇から飛んでくる。
声を鼓膜で捉えた瞬間、俺は反射的に姿勢を低くすると、どこからでも攻撃が放たれてもいいように周囲へ意識を張り巡らせる。最もこの声の主は、俺と同じ御三家の契約者のものなのだが……。
「あらあら?そんなに殺気立った構えなんかしちゃって。一体どうしたのかしら、『死神殺し』ちゃん?」
御三家契約者の一人であるマイヒメは、俺にとってセイジロウに次ぐ天敵と言っても過言ではない。というか、純粋に苦手な人間だ。
「——ッ!?……このッ、暴力女!」
気がついた時にはマイヒメが背後に立っていて、しなやかな指は俺の首筋に絡みついている。耳元で囁くように言葉を流し込まれて、背筋にぞくぞくと寒気が駆け抜けた。
気味の悪い感覚に苛まれながら、勢い良く体をマイヒメから引き剥がす。そこに立っているのは、レディースコートに身を包み、さらさらの髪の毛を流麗に揺らす美人。とろん、と垂れ気味の瞳がおっとりとした雰囲気を醸し出しているが、それに騙されて侮れば痛い目を見る羽目になるのだ。
なんたってこいつは、美人の皮を被った鬼神なのだから……。
「マイヒメぇ!お久しぶりですねぇっ、いつの間に北海道遠征から帰って来てたんですかっ?それならそうと連絡をくれれば良かったのに」
「おお、珍しく御三家が揃い踏みだな。ま、仕方ねぇから北海道土産をたんまり貰ってやるよ。さぁ、くれ!」
一人狼狽している俺を他所に、ワルサーはマイヒメに抱きついて飛び跳ね、ハイエナは意地汚く土産をねだっている。
久しい戦友との再会劇が繰り広げられている中、俺の存在は完全に蚊帳の外。
まぁいいんだけどな。別に混ざりたいとも思わないし。
「あらあら、ごめんなさいねワルサー。今日のお昼に急遽帰ることが決まったから、バタついてて連絡できなかったの。次回からは気をつけるね?」
マイヒメは柔らかな口調で謝罪しながら、優しくワルサーの頭を撫でた。
それが心地良いのか、撫でられるワルサーは子犬のように目を細めている。
「なぁなぁ、お土産は?」
ハイエナ、お前はどんだけ土産が欲しいんだよ。
「もちろん買ってあるわよ。ワルサーはお酒が好きだから塩辛で、ハイエナには熊の木彫り。今は手元にないから後で渡すわね」
「きっ、木彫りっ!?……さすがはマイヒメだな、はは……」
ワルサーは自身に到底似つかわしくない塩辛に目を輝かせるが、ある意味悪意が含まれているとしか思えない熊の木彫りに、ハイエナは小さく肩を落とした。
「もちろん、『死神殺し』ちゃんとリクの分も用意しているけど?」
「結構だ。が、リクには渡してやってくれ」
「そうなの……あら?」
目を合わさず突き放すようにそう言ってやると、 マイヒメは周囲に視線を泳がせて再び俺に戻す。
「リクはどこかしら?久しぶりだから会いたかったのだけど」
「今は自宅で待機させている。そう言うお前こそ」
「お前?一応、私はあなたの年上なのだけれど?」
凄まじい怒気が放たれると同時に、垂れ目がつり上がる。
「……あ、いや、マイヒメこそフゥを連れていないようだが?」
やはり、つくづくこいつは苦手だ。というか、たかだか一年先に生を受けた些細な差に、そこまでこだわらなくてもいいだろうに。
「そうそう、フゥで思い出したのだけれど……。真庭市に到着した途端、高いビルの上で七色の光を見たからって言って勝手に飛び出して行ってしまったの。ひどいでしょう?」
マイヒメの言葉に、一瞬にして場の空気が凍りついた。
俺も含め、同様にハイエナもワルサーも言葉を失い、無言でマイヒメを見つめる。突然自分に視線が集中して驚いたのか、マイヒメはこちらの顔を交互に見ながら戸惑っていた。
「あらあら?私、なにか変なことでも言ったのかしら?」
「お……おいっ、それで、フゥは今どうなっている!?」
しどろもどろになりながら、先導を切って思い沈黙を破ったのはハイエナ。普段はのほほんとしているハイエナだが、今ばかりは噛みつくようにしてマイヒメに詰め寄り、そして問い詰める。
「た、たぶん交戦中だと思うけれど。さっきから、私の魂をガリガリ食べているみたいだし……」
「フゥが交戦している場所まで案内できるか?」
七色の輝きに、王の資質を持つ者——それらを持つ人間が誰で、どういった人物なのか。今は僅かだろうが、とにかく情報が欲しい。
依然戸惑っているマイヒメに、俺は案内をするよう催促した。
——ギリギリと、壊滅寸前の苦しみを孕んだ叫びが、私の頭から冷静さを失わせる。が、今この場で冷静さを取っ払ってしまえば、その先に待ち受けるのは敗北という二文字の怪物。さながら死を司る怪物は、この腕を掴んで闇の底へ引きずり込むだろう。
故に、私は必死に離すまいと冷静さにしがみついて逃がさない。
「ぜぇぇぇぇぇ——いぃぃッ!!!」
美しい顔で繊細な唇を大きく開き、フゥは咆哮する。またもや、視覚では捉えることのできない高速——否、神速の拳が放たれた。
従順な盾はすかさず私の身を守ってくれるものの、最早何度聞いたかわからない悲鳴を再び上げた。
フゥと名乗る死神との僅か数分足らずの交戦。その中で、これだけは確信を持って言える。
彼女は純粋な戦闘力において、やはりシュラやリクよりも格上であるということ。この盾がなければ、私は既に十数もの死体を築き上げているだろうということ。
そして何より、彼女を越えられなければ『死神殺し』の首を取る——ユウジお兄ちゃんの仇討ちは果たせないということ……!
「あの『死神殺し』でさえ恐れるという圧倒的な戦闘力……さすがというべきか!
王よ、悔しいでしょうがここは退却の英断をッ!貴方は能力に覚醒してまだ間もない上に、連戦という不利な状況です!今死んでしまっては、望みを果たすことができなくなってしまう!」
「嫌だっ!」
ルシファーの懇願を遮るように、私は激しくかぶりを振って拒絶する。そして、至極冷静沈着に構え直しているフゥを見据えて声を荒げた。
「今ここでこの死神を越えられなければ、お兄ちゃんの仇を討つことはできないよ!だから私は絶対に逃げない……そして絶対に勝つのッ!!」