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死神の箱庭  作者: 北海犬斗
王ノ産声
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御三家最後の一人

 ーー殺戮の赤。希望の橙。喜びの黄。生命の緑。悲しみの青。絶望の藍。混沌の紫。


 そして、創世の虹色ーー。


 それら各々意味を持つ魂の色を、まるで練り飴のように絡めて複雑に混ぜ合わせる。そして、死神の王である私の威厳を世界に顕現させるかのように、七色のーー虹色の輝きを放って全てを呑み込む。

 その絶対的な覇気を前に、正体不明で理解不能の恐怖に取り憑かれる死神。どうしようもないと言わんばかりに全身を激しく震え上がらせると、反射的に右手人差し指を弾いた。


 飛来するのは、主に投擲を目的とした暗器。約十五センチメートルくらいの長い針で、数は三つ。

 針は獲物を前に舌舐めずりをするかのように、自身の体をギラギラと鈍く光らせると、私の額目がけて空中を滑って迫る。


 人間だった頃の私であれば、身動きも取れず、そも針の襲来にすら気づかずに頭蓋を貫かれ、脳を犯されて即死していただろう。だが、今の私はルシファーと魂を繋ぎ合わせ、契約者となり王と成った。その恩恵を受けていくらか動体視力が向上したことにより、辛うじてながらも針の軌道を追い続けられた。


「ふぅっーー!」


 小さな呼吸に合わせて筆を走らせる。生命の緑で四角い枠をやや乱雑に描くと、枠内を思いっきり塗り潰す。

 具現させるのは、私自身を守るための盾だ。投擲された貧相な針などでは傷ひとつつかないどころか、例え死神が三体揃って攻撃を放ったとしても、ビクともしないであろう頑丈な盾。絶対防御の防壁。


 キン、キン、キンッーー!


 甲高い音を鳴らして、盾は問答無用で貧弱な針を叩き落す。かちゃり、と針は無残にも地面に散らばった。

 不意打ちの針を、私に至極当然といった振る舞いで塞がれた死神はたじろぐ。が、混乱した頭を落ち着かせる意味合いで深く息を吐き出すと、次善の策を張り巡らせて体を沈めた。


「まさか、これで終わりってわけじゃないでしょう?その命を以って、王様(わたし)を楽しませてよーーッ!!」


 間髪入れずに、私は目の前に展開されている盾を水彩筆で軽く突っついて命ずるーー突撃せよ、と。

 次の瞬間、従順な盾は空間を押し潰すかの如き速さで駆け出す。目前の死神を挽肉にせんと、荒い息を振りまきながら迫る姿はまさに猛犬。


「グッーー!?」


 身を守るために具現した盾が、まさか自分を轢き殺すべく攻撃に転じると思いもしなかった死神は、予想外の展開に苦悶の孕んだ喉の音を鳴らせる。

 加速度などお構いなしに、初速からスポーツカーの最高速度並みに走る盾を、右に跳んで間一髪で避ける死神。一度忌々しそうな眼光をこちらへ向けると、地面を蹴った。


 人間の脚力では到底叶いもしないであろう高さまで跳び上がる死神は、月夜を背にくるりと体を回転させる。そして、目標地点を私に定めて自由落下した。

 その右手には、先ほど投擲したものと同一の暗器。右腕を引き、私の顔面に向けて放たれるのは刺突。

 例え貧弱な針であろうと、死神の腕力から放たれるそれは、即死級の一撃に昇華されているに違いない。


「おいで!」


 刺突が放たれるまでの一瞬。私は筆を跳ねさせると、死神よりも後ろの地点で停滞していた盾に命令を送る。

 従順な盾は先ほどよりも更に速い速度で、さながら瞬間移動の如く私と死神の間に割って入ると、死神の刺突を易々と防いだ。


「……ッ!?」


 髑髏の仮面に備えつけられた覗き穴の向こう側。死神の双眸が、絶望と絶念の色に染まる。それも仕方のないこと。

 これが王様である私と平民である死神の、決して埋められない威権の差なのだもの。


 次の瞬間には、再び盾を攻撃に転じることも可能。例え死神が辛くもそれを避けて反撃したとしても、従順な盾は私を易々と守ってくれるのだ。

 守って攻撃して、また守って攻撃して。さて、永遠のように続くループの果てに、勝利の女神はどちらに微笑んでくれるのかな?

 少しでも疲弊の色を見せれば、こちらはいつでも足元をすくえる。なんたって、私にはまだいくつもの手が残っているのだから。


 死神も少なからず、それを察しているのだろう。避ける、というよりは逃げの英断を自らに下したように、視線を上空に移した。

 本来であればもう少し遊ぶ予定だったのだが、そうなればやむを得ない。

 即座に筆を死神に向ける。水彩筆が放つ輝きの色は、絶望を司る藍色。


 藍色の輝きに包まれた死神の視線は、再度私に移される。そうして死を悟った異形の存在は、自分を棚上げして「化け物がッ……!!」という断末魔を残すと筆先から放たれた藍色の激流に呑まれた。


 激流の行く先は静寂の月夜。その中を漂う死神は体を砕かれ、程なくして霧散して消えるーー。


 およそ二分ほどの初陣。結果は完勝と言っても過言じゃないくらいの、圧倒的勝利に終わった。

 達成感と満足感に満たされて、ふぅーと長い息を吐く。そうして私は背後で観戦していたルシファーの方に振り向くと、満面の笑顔を見せた。

 どうだっ、と言わんばかりに右腕の力こぶしを見せつけて、


「どうっ?初陣にしては上出来だったでしょう?」


と上擦った声をルシファーに飛ばす。

 それを聞いたルシファーは静かに笑むと、祝福の拍手を送ってくれた。


「さすがは我が王。完璧な勝利に拍手を禁じ得ませんな……。ですが、今の死神は外様の中でも下の下。貴方の仇敵である『死神殺し』は、こんなものではありませんよ」


「むぅー。それはそうかもしれないけど、せっかく初陣を完勝したんだから、手放しで褒めてくれたっていいでしょう?」


 言って頬を膨らませる私を見たルシファーは、一度不意を取られた顔をすると、次に口元へ手を添えてふっと吹き出す。


 ……む。従属のくせに生意気だなぁ。と眉間に眉間に皺を寄せていると、吹き出していたルシファーの和やかな雰囲気が一変。大きく目を見開かせると、私に目がけて声を張り上げる。


「王よッ、お気をつけください!この迫り来る気配は、先ほどの死神の比じゃない……まさか、”御三家”かーー!」


 ルシファーの言葉が先か、音もなく気配もなく放たれた攻撃が先か、それとも同時だったかーー兎にも角にも、私が気がついた時には自動制御(オート)で守りに入った盾に強烈な蹴りが炸裂していた。

 先ほどの貧弱な針ではビクともしなかった盾が、ぎりぎりと悲痛な叫びを上げる。悲鳴の方へ振り向くと、そこに姿はない。

 瞬間、ぐりんと盾は振り向いた逆方向へ移動すると、またもや悲鳴を上げた。そこで、ようやく私は新たなる刺客の姿を目視することができた。


 龍の咆哮を思わせる拳を叩き込むのは女の死神。頭部の両端に、厳かな装飾品が備えつけられたシニョンキャップ。顔に髑髏の仮面は嵌めておらず、麗しい顔を険しく歪めている。

 細くも筋肉質な体に纏うのは、漆黒のローブではなく華人服。死神という存在の枠を大きく外れた、なんとも異質な死神であった。


 だが、異質ではあるけれど計り知れない戦闘力を持った死神だということは、本能的に理解できた。

 心臓を突くような鋭い眼光。肌を焦がすような凄まじい闘志が、全身から滲み出ている。今この場合に対峙しているだけで、焼き殺されてしまいそうだった。


 先ほどの死神とは比べものにならないーーいや、水族館で見たシュラよりも、下手をすればリクと呼ばれていた鎌の死神よりも上かもしれない。

 私は緊迫感に燻されて、すっかり乾いてしまった唇をぺろりと舐める。


 死神は盾を突破できないと判断し、舌打ちをすると後方へ跳んで距離を取る。再度態勢を低くして構え直すと、綺麗な顔からは想像もつかないくらいの、闘志に溢れた声を私の心臓に突き刺したーー。


「儂は”死神の外様”及び”御三家”の一角、神拳のフゥである!その面妖な能力と七色に輝く魂を持つ者よーー貴様は、何者なるや?」

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