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死神の箱庭  作者: 北海犬斗
王ノ産声
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動き出す物語

 ーー回る。くるくるくるくる。回る。

 まるで、永遠に続く螺旋の檻に入れられた囚われ人。静寂の月夜を背景に、死神の王である私は狂ったようにくるくる回って、文字通りに舞い踊った。


 ダンスなんて生まれてこのかたやったことはないけれど、難しく考える必要はない。

 音楽が無くとも、街の喧騒や車のエンジン音、この世界の雑音さえあれば充分。それらに今のスッキリとした爽快な気分を乗せて、心の赴くままに体を動かせば、拙くとも必然的に自己表現を伴う。であれば、結果として舞踏として成立し、ひとつの作品として世界に一本の根を下ろすのだ。


 髪を振り乱して激しく、緩急を入れて時に艶めかしく。七色の煌めきを周囲に振りまきながら、自分の気持ちが満足いくまで私はひとしきり踊る。

 高層ビルの屋上という舞台に、出演者は私一人。独り舞台の独壇場。

 観客は、孤独に舞う私を楽しげに眺めているルシファーだけ。屋上の周囲に設置されている柵に寄りかかり、フードを脱いだ彼は黄金に輝く髪の毛を惜しげもなく夜風で揺らす。


「ふっ。一度視界で捉えてしまえば、二度と離すまいと囚えてしまう可憐さ。四方八方を蕩かしてしまうかのような優雅さ。その絶対的な存在感を放つ貴方は、やはり死神の王に相応しいお方だ」


 満足そうに笑んでいるルシファーが、なにやらぶつぶつと呟いている。言い終えると、声を漏らしてまた笑った。


「ねぇっ、難しいこと言ってないでルシファーも一緒に踊ろうよぉ。すごく楽しいよっ!」


「いえ。私は楽しげに舞い踊る王の姿を眺めているだけで満足ですので……」


「一人で踊るの飽きちゃったの。だから一緒に踊って?これは王の命令だよっ!」


 首を横に振るルシファーの手を掴むと、私は彼を舞台上まで強引に引っ張り上げる。


「な、なるほど……命令とあらば致し方ありませんね」


 命令という二文字で観念したのか、ルシファーは小さな息を漏らすと、私の手を取って腰に腕を回した。おおっ。なんか様になっているんじゃなかろうか。

 こうして改めて並んで立ってみると、小さな私で彼のすらっとした長身がさらに際立つ。頭二個分以上の差があるし、百八十は余裕で越えているだろう。


 ルシファーのリードは緩やかに、一度息を合わせてくるりと回ると、私の腰を反らせる。こちらを配慮した無理のない優しいリードは、非常に紳士的で素敵だ。

 彼が人間だったのなら、それこそ世の女性が黙ってなかっただろうな。

 最初はチグハグであったものの、だんだんと息が合い、互いの笑顔が交差する。そんな最中、私は頭に引っかかっていた疑問を口にしてみた。


「ねぇルシファー。本当に、きぃちゃん達の死体を放置したままで良かったのかな。それに、腕と脚をズタズタに斬り裂いた意味はあったの?」


「ご安心を。あの行為には当然意味があります。あれはいわば撒き餌のようなもの……『死神殺し』をおびき寄せるための、ね」


「おびき寄せるための、撒き餌?」


「ええ、外様用の撒き餌です。

 相手が幼い少女とはいえ三人を短時間で殺害し、その上四肢を切断するなど最早人間技ではない。故に外様どもは死神の仕業だと感づき、私達を抹殺せんとこの街を血眼で駆け回るでしょう……。

 ならば、王はゆったりと王座でくつろぎ、待てばいいのですよ。外様がこちらを見つけるのを」


「なるほど、ねぇ……」


 ここでルシファーの意図に気づき、ニンマリと口角を引き上げた。

 さすがは王の従属。早速良い働きをしてくれるではないか、と満足気に吐息を吐く。

 彼の燃え上がるような真紅の瞳は、どこか荒々しい覇気を纏いながらも、聡明さまで兼ね備えているらしい。


「貴方は春野蒼太の首ではなく、『死神殺し』である彼の首が欲しいと言っていましたねーー?」


 ーーそうだ。私が欲しいのは蒼太くんの首ではなくて、あくまでも『死神殺し』の首。死神を狩り続け、ユウジお兄ちゃんを殺した、非情な『死神殺し』のそれ。

 でも、面と向かって私が彼に懇願したところで、優しい蒼太くんはきっと『死神殺し』にはならず、黙って首を差し出すに違いない。長い間死神と戦い続けた蒼太くんは、間違いなく歴戦の勇士。ならば彼は狼狽えることなく、静かに最期を迎えるのだろう。それでは、意味がない。

『死神殺し』と刃を交え、蹂躙し尽くし、完膚なきまでに叩きのめして首を取らなければ、お兄ちゃんの仇討ちにはならないのだ。


「でもご心配無く。この街に潜む外様どもを殺して回れば、『死神殺し』は必然的に我々の前に姿を現さなくてはならないのですから」


 蒼太くんの成分は一切無く、純度百パーセントの『死神殺し』を釣り上げるルシファーの策に、私は大きく頷いた。


「その作戦、気に入ったよルシファー。さすがは私の従属だね」


「勿体無きお言葉」


 私の言葉に、ルシファーは静かに笑んでこうべを垂らした。


「だけど、いつまでも待ちぼうけっていうのも暇を持て余しちゃうよねぇ。ルシファーは周りの死神の気配を探知できたりとか、便利な能力はないの?」


「残念ながら、私にそのような能力は備わっていないようです。けれど、王の悩みは徒労のようですよ」


 ルシファーはそう言うと、周囲を見通すように真紅の瞳を見開いた。私には見えない、感じられない何かを察知しているのか、その表情は険しくも楽し気。


「七色に輝く貴方の波動は、今やこの街全体を照らしている……他の契約者や死神に、私達の居場所を明かしているようなもの。そして、身の程知らずの外様が早速釣れたようですね」


 ビュンビュン、と。風を切る音が、遠くから響く。それはこちらへ迫り来ているのだろう。ビルの外壁を蹴る足音が次第に強まり、乱暴に鼓膜を刺激する。

 ただならぬ現象の数々に、息は徐々に乱れ、全身の肌に刺さるような痛みが走った。


 死神ではない私でも、ここまでくればさすがにわかる。これは、シュラと対峙した時に味わった感覚と同じ。死神という人外の存在が、こちらの命を刈り取らんとしている殺気の波紋ーー!


 咄嗟に、視線を周囲へ忙しなく泳がせる。ようやっと音が近づいている方角を見つけた瞬間、それは遂に姿を現した。

 鉄柵を蹴るとぐるんと体を捻って月夜に弧を描き、まるで体操選手のように空中で体を回転させると、やがて地面に着地する。

 漆黒のローブに、髑髏を模した純白に輝く仮面ーー死神だ。


 死神は着地するや否や、細身の体を低くして臨戦態勢をとる。会話を交える気など微塵もないようで、欲するのは七色に輝く正体不明の命ただひとつ。


「見たところ格下も格下、ただの雑魚ですね。これならば、王の手を煩わせる必要もありません。ここは私がーー」


「ーー私にやらせてよ」


 足を前へ踏み出そうとするルシファーを遮るように、私は先行して死神の前へ歩み出た。自らの魂で編み込んだ水彩筆を具現化させて、右手できゅっと握りしめる。


「お兄ちゃんの仇討ちをするのなら、『死神殺し』とは私自身が戦わなくてはならない……。その時のために、この力を使いこなせるくらいになっておかなくちゃ。相手が雑魚なら、いい練習台になるでしょう?」


「ふっ。それが王の望みであるならば、私は何も言いますまい……ですが、万が一があれば加勢させていただきますので、その時はお許しを」


 ルシファーの言葉に、私は許可の意味を込めて頷く。そして、ゆっくりと死神を見据えた。

 対する死神は、ルシファーではなく小さい女である私が前に出たことで、若干の動揺を見せる。ジリジリと地面を擦る音が、私の心臓に鈍く響いた。


 これは、きぃちゃんのような人間相手の虐めではなく、死神との純粋な命の奪い合い。遊びではなく、ましてやボタンひとつでリセット(やりなおし)ができるゲームでもない。

 殺し合いなのだ。


「さぁーー」


 死神に突き出す水彩筆は、眩しいくらいに七色の輝きを放つ。一瞬で圧倒的な力量の差を把握した死神が鳴らす喉の音は、まるで声にならない悲鳴だ。


「ーー 一緒に踊りましょう?」





 ーーキープアウトと書かれた黄色いテープが張り巡らされた路地の先。


 鼻にこびりつく独特の鉄臭さ。血液の臭いが充満する路地の先に、最早見なれてしまった惨状が広がっているのだろうと悟る。薄暗い一本道を数メートルほど歩くと、案の定ハイエナとワルサーがバラバラに切断された死体を見下ろしていた。

 特筆するところもない、頭部が無くて四肢を切断された女の死体。被害者は複数人で、数はおよそ三。


「あっ、『死神殺し』!お久しぶりですねー!水族館以来ですか?」


「おう、『死神殺し』。悪いな、突然連絡しちまって」


 無邪気に大手を振るワルサーと、フードを深く被り左手で軽く挨拶をするハイエナ。


「まったくだ。見たところ何の変哲もない、死神が暴れた殺人現場のようだが?」


「やれやれ、いきなり喧嘩腰かよ……。まぁ、一目見りゃわかる死神の殺人現場だよなぁ。それだけなら、お前を呼ばなかっただろうがよ」


 両手を上げてぷらぷらと振り、でかいため息を吐き捨てるハイエナ。


「……それだけならって、他に何かあるっていうのか?」


「お前も知っての通り、ワルサーの能力のひとつにズバ抜けた探知能力があるよな?

 今から約二時間前に、ワルサーが七色に輝く魂の波動と、強い死神の存在を感知したんだよ。それを辿って来てみれば、この殺人現場だ。七色の残光は今もここに漂っていて、今もどこかで本体が輝きを放っているらしい。こんなの初めてだぜ?……要するに、この真庭市でとんでもない化け物が生まれてしまった可能性があるってこった」


 フードの隙間から覗く瞳は、緊迫感に満ちた鈍い眼光を放つ。


「七色に輝く魂の波動ーー王の、資質……?」


 何故か、嫌な胸騒ぎがした。心臓がどうしようもなく暴れて、数歩後ずさる。

 ふと視界を下げると、本体から切り離された頭部と目が合い、俺は思わず息を呑む。


 その頭部には、見覚えがあった。


 名前は確かーー


「ーー……きぃ?」

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