狂乱の狼煙
「ふぅ……」
真っ暗なリビングは、静寂に包まれている。
壁掛け時計の、機械的に時間を刻む針の音だけが、静かに木霊していた。庭に通じる大窓から差し込む月光が、僅かに室内を照らす。
一仕事終えると、僕はリビングのソファに腰をかけていた。
スプリングの具合が絶妙で、最高に僕好みのソファ。くつろぎながら、口の中のモノをゆっくり、ねっとりと転がす。
鉄臭い独特の風味が、口の中に充満する。
そして僕は、未だ鼓膜にこびりついてい少女の悲鳴を脳内再生して、余韻に浸る。
幼くて瑞々しくて、硝子が割れたような、生々しい最高の悲鳴だった。
そんな少女も、今や目の前で未発達な裸体を露わにし、腸を広げて絶命している。
まるで、少女の腹部から、大輪の花が咲いているかのように壮観な光景。
番いを失っている瞳は、死して尚絶望を孕んでいた。
美しい。
僕は満足して、思わずため息を漏らす。
安っぽい性行為では決して得る事のできない、生きている事への安心感。それが堪らなかった。
「セイジロウ、口から血が溢れているわ」
一緒にソファに座り、隣で僕の肩にもたれかかるように顔を乗せて甘えていたレジーナが、僕の口から漏れた血液を舌で舐め取る。吐息が頬にあたってくすぐったい。
「ああ、すまないね。
なぁレジーナ、キミはどの悲鳴が最高だった?
服を引ん剝いた時、耳を弾いた時、片目を潰した時、指を千切った時、腹を裂いた時……」
僕はそう言って、口の中のモノを摘まみ出す。
出てきたのは、唾液まみれになった少女の右手の人差し指。既に血色が悪くなっており、雪のように白い。
少女があまりにも愛らしかったので、ついつい指を千切って口に放り込んでしまったのだ。
僕はそれを、丁寧にテーブルに置いた。
「そうねぇ、この娘の悲鳴は今までの人間と比べてどれも別格だったけれど……強いて言うなら、やっぱり腹を裂いた時かしら。あの悲鳴だけで絶頂しそうだったもの」
レジーナはそう言うと、僕の胸周りに腕を回して抱きついてきた。
「そう言うセイジロウは、どれがお気に入りなのかしら?」
「そうだな……全て、かな」
顎に指を添えて、僕はそう答える。
嘘ではない。どれも甲乙つけ難くて、全てが本当に素敵だったのだ。
故に、僕は少女の全てを愛す。
「セイジロウらしいわね」
愉しそうに、微笑むレジーナ。
それにつられて、僕も微笑んだ。
そうこうしていると、リビングの向こうの玄関から、誰かが入ってくる音がした。
来訪者は、玄関先で何か声を発している。
「あら、誰かが入ってきたわよ」
レジーナは、玄関の方に首を伸ばす。
「本日の主役のお出ましだな。この家族はね、父親と母親、そしてこの女の子と、一歳違いの兄とおまけに犬が一匹……帰ってきたのは、恐らくこの娘のお兄さんだろうね」
ちなみに、母親と犬はとうの昔にキッチンで息絶えている。
「貴方が、この娘を殺してから随分長いこと余韻に浸っているとは思ったけど……ふふ、なるほど、こういう事だったのね。あぁ、やっぱり貴方は、私にとって最高の男よ!」
ハッと息を飲んで瞳を見開かせるレジーナは、僕の真の目的を理解すると、最高に恍惚な表情を浮かべた。
「だろう?」
少年はキッチンを経由して、絶望の表情を浮かべてリビングに姿を現した。
その足取りは、可哀想なくらいにおぼつかなくて、見ているこちらが切なくなってしまう。
血の海に満たされたリビングを目の当たりにすると、彼は即座に膝を着いて胃液をブチまけた。
そこまでは予想通りだったのだが、彼は全ての胃液を放出した後、僕の予想を越えてくれた。
顔を上げると、僕を睨みつけたのだ。
地獄のように鈍く濁り、既に輝きは無く、それだと言うのに僕を決して許さないと言いたげな瞳。
体の芯に、電流が駆け抜けた。
「あはは、あはははははははははははッ!!……良いね、キミ!!本当に良いよ!最高だ!!」