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死神の箱庭  作者: 北海犬斗
王ノ産声
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契約は果たされる

 その日の私は、抜け殻だった。


 確かに、私はそこにあるけれど、でもそれだけで。授業の内容なんて、ひとつも覚えていない。椅子に座って、身動きひとつ取ることなく、ただただ呼吸をするだけ。

 そうして、一日の学校生活を終えた。


 これが抜け殻でないとするならば、一体全体私はなんなのだ。


『死神還し』の言葉の数々が、頭の中でぐるぐる回り続けて、ゆっくりと精神を蝕む。考えて、苦悩して、出口の無い迷路を、永遠と彷徨い続ける。

 いくら考えたところで、答えなど出るわけでもない……いや、答えなんてひとつしかない、が正しい。

 私が為すべき天命は、ただのひとつなのだ。それを、実行に移せるか移せないかの、決断を決めあぐねているだけーー。




 放課後。

 おぼつかない足取りで教室を後にすると、親友とばったり顔を合わせた。

 友恵は私の顔を見ると、なにやらバツの悪い表情を浮かべ、背中を見せてそそくさと歩いて行ってしまった。

 ここ最近、ずっとそう。なんというか、距離を開けられているような、避けられているような感じ。

 私が話しかけても、心ここに在らずといった感じで、会話も噛み合わないし、終始居心地の悪いようにしているのだ。


 彼女の気に触るようなことを、知らず知らずの内にしてしまったのだろうか?

 まぁ、今となっては、そんなのどうでもいい話か……。


「茉瑠奈、今から帰りか?」


 背後からの声に、私は肩を震わせる。声の主は、振り向かずとも違えるわけがない。

 私の体がと心が、しん、と凍てついた。


「蒼太くん……うん、そうだよ?今日は美術部の活動もないし、もう帰ろうかなって」


 私は、敢えて振り向かない。


「そっか。じゃあ、一緒に帰ろう?」


「……え」


 心臓が、歪な音を立てて暴れる。肩を並べて、歩けというのか。考えただけで、頭がおかしくなりそうだった。


 だって、だってこの人は……ッ!


「もしかして、用事があるとか?それなら今日は……」


「ううん。一緒に帰ろう?……あの、また蒼太くんのお家にお邪魔していい?」


 自分でも吐き気がするくらいの作り笑顔に、嘘にまみれた声のトーン。

 それらと共に振り返ると、彼はきょとんとした表情を浮かべていて、少し照れたように指で頬を掻いた。


「……も、もちろんいいよ。いいに決まってる!あ、でも茉瑠奈には門限があるんだろ?大丈夫なのか」


「門限とか、そんなのもうどうでもいいよ。蒼太くんと一緒にいたいの……だめ?」


 そこからは、生き地獄のようだった。

 なにが嬉しくて、この人と肩を並べて歩かなくてはならない。不意に手を握られたけど、互いに肌が密着した箇所から、ズズズ、と黒いものが私を蝕んでいく。

 他愛のない会話も、ほとんどが上の空で。内容なんて、頭に入ってくるわけもない。


 ああ……こんなことなら、いっそ辱めを、陵辱をされるほうがまだマシかもしれないなぁ。

 知らない男の人にレイプされるほうが、いろいろと余計な物事を考えなくて済むでしょ?ありのままを、無心で受け入れればいいんだもんね。


 でも、この人は違うんだ。悩めば悩むだけ、ドロドロとしたものが、頭の中を駆け巡って犯す。

 それでも。こんな状況になっても、私はまだこの人のことが……なんて愚かで、馬鹿な女なのだろう。


 家に着くや否や、私は彼に抱きついて胸に飛び込んだ。


「ま、茉瑠奈……?」


 やっぱり、温かい。


「あのね。今日は、この前よりも……もっと激しくして?」


「ど、どうしたんだ……今日の茉瑠奈、なんかへんだぞ?なにかあったのか?」


 彼は困惑したように慌てながら、私を引き剥がす。


「なにも、ないよ……ただ、あなたが好きだから。それだけだよ……これって、へんなのかな?」


 言って、強引に唇を重ねる。

 私は、壊れてしまったのだろうか。頭でもおかしくなってしまったのだろうか。


 ーー『死神殺し』と、お兄ちゃんの仇である蒼太くんと体を重ね合って、温もりを得ようとしている。苦痛と快楽を得て、なにもかもを投げ捨てようとしているのだ。


 憎い。憎くてたまらないはずなのに、結局この人が好き。

 もし、この密着した状態で刃を突き立てたとする。そうすれば、いとも簡単に仇を取れるだろう。

 でも、そんなのできるわけないじゃない。


 快楽で薄れる視界の中、私は感じて顔を歪める蒼太くんを、ぼんやりと眺める。

 蒼太くんの家族は、契約者と死神にみんな殺されてしまったと、『死神還し』はそう言っていた。


 私が心に深い傷を負ったように、蒼太くんの心にも、深い傷が刻まれているのだろうか。そう思って、彼の心臓のあたりを、ぺとりと手で触れたーー。




「私やイズモがキミの前に現れた事で、キミも薄々は感づいていると思うけどね。

 雨宮雄二さんは、死神と契約を結んだ契約者だったんだよ……そして、『死神ギルド』という犯罪集団に加わり、大金を得ようとした」


「お兄ちゃんが、死神と……!?」


 金槌で、脳天を強打されたような衝撃だった。

 驚きで、ベンチから滑り落ちてしまいそうになる。


「そうだよ。なんでも彼は、幼少期から打ち込んでいた陸上競技で良い成績を出せなくなり、全ての情熱を失ってしまったそうだね。やがて成績不振に素行不良……果てには大学を中退して、親とも縁を切って、その後はうだつの上がらない毎日を送っていたと……死神と契約し、『死神ギルド』に加入して大金を得ようとしたのは、彼なりの罪滅ぼしのつもりだったのかな?

 無駄にしてしまった高い授業料を返還して、両親の老後も安定して迎えられるようなお金を渡し、両親と復縁しようとしたわけだろうか」


 涙がこぼれ落ちた。

 とめどなく、洪水のように溢れ出る涙が、地面を湿らせる。

『死神還し』の語るお兄ちゃんは、きっと本当だ。陸上競技が大好きで、責任感が強くて、優しいユウジお兄ちゃん。


 いつだったか、お兄ちゃんは言っていた。

 縁を切られても、今まで面倒を見てくれた恩はなくならないから、いつか恩返しがしたいと。

 だから、お兄ちゃんが死神と契約してまでもお金を欲した理由なんて、それくらいしかないだろう……。


「でも、現実は厳しいものだね。物事はそう上手くもいかず、雨宮雄二さんは『死神殺し』に死神を殺されて、同時に彼も死んでしまった。

 遺体は、”死神対策本部”に回収されて、既に処分されているだろう……彼らは警察さえも自由に動かせる。やんわりとした理由で捜査を打ち切り、亡骸は遺族に返ってくる事もなく。これが、神隠し事件の全貌さ」


 深い悲しみの後に、ふつふつと沸き上がる激しい怒り。


「『死神殺し』って、なんなんですか……誰なんですか……ッ!?」


 怒りの感情を孕んだ声は、醜く歪む。


「彼については、さっき言った通り。そして、誰か……『死神殺し』は、真庭市にいる。それも、キミに最も近い距離にいる人だ」


 息が詰まった。心臓が止まるかと思った。

『死神殺し』が、真庭市に……そして何より、私に近い距離にいる?


 水族館に、三人で遊びに行ったあの日ーーシュラに襲われた時の言葉を思い出す。


 蒼太くんが契約者で、心臓に鎖。

 彼の危機に現れた、巨大な鎌を持った死神……そして片腕を斬られたシュラは、鎌の死神と蒼太くんになんと言った?


 ーーさすがは、『死神殺し』といったところか。


「ーーゔッ……!?おえぇッ!……ゔぇぇぇぇッ!!」


 限界だった。

 私は地面に四つん這いになり、込み上げる胃液をブチまける。噴水のように吹き荒れる胃液が、喉を焼いた。

 そんな私の背中を、イズモが優しく摩ってくれていた。


「はぁっ……はぁっ、はぁっ……!……そ、そんなぁ!?……ま、まさかッ、『死神殺し』ってッ……!?」


 目からは涙。鼻から鼻水を垂らし、口周りは胃液でまみれた惨状の中、私は掠れた声を絞り出す。


「……御察しの通りさ。『死神殺し』はーー春野蒼太だよ」


 気を失いかける。

 私は、お兄ちゃんの仇をずっと片思いしていて、一緒にお弁当を食べたり一緒に遊んで。告白して、彼とひとつになって、彼が大好きで……。


「……あ、あはは……ぁハハハハハッ!?ああぁぁぁぁッ!?」


 髪の毛を掻きむしって、顔を地面に擦りつけて、厳しい現実とやらを怨む。同時に、春野蒼太に対しても憎悪の炎を燃やした。


「さて、仇を取るか取らないかはキミの自由だ。辛い現実に目を瞑り、彼と添い遂げるのも悪くはないだろう……しかし、仇を取りたいのなら、ね?

 毒を以て毒を制す、だよ。キミは七色に輝く魂と王の資質を持つ者だ。キミが死神と契約すれば、『死神殺し』など足元にも及ばない……それどころか、この国全ての死神を掻き集めても、キミには敵わない」


『死神還し』は不敵に笑うと、さらに続けた。


「死神と契約したいのなら、強く求めるのさ……そして、キミの叶えたい願いを告げてごらん?さすれば、契約は果たされるーー!」

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