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死神の箱庭  作者: 北海犬斗
王ノ産声
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向原甚八

 アパートの向かいに位置する小さな公園で、年季の入ったベンチに腰をかける私は、冷たくも心地良い夜風を浴びていた。

 すっかり錆びれてしまったブランコで、楽しげに一人遊びをしているイズモの黄色い声だけが、静かな公園に響く。この無邪気な姿だけを切り取れば、誰も彼女が死神だとは思うまい。


 時刻はまだ二十時前だというのに、辺りには人影がなく、どこか寂しくて不気味。つい数日前に真庭市で起きた事件の影響もあるだろうけど、今はなにかと物騒だ。市の自治体が、夜間での無用な外出は控えるように、としつこく呼びかけているのも大きいだろう。

 しかし、誰の目も気にする必要なく、落ち着いて話せる場として例えたならば、これほど格好な場所はない。


「はい、どうぞ。よかったら飲んでね」


『死神還し』は柔らかな笑顔を浮かべて、公園の入り口付近に設置されている自販機で購入した、温かいココアを手渡してくれた。


「え……こ、これは?」


「この時期の夜は、まだまだ寒い。なのにそんな薄着じゃ、風邪をひいてしまうと思ってね。それを飲めば、きっと温まるよ」


 街を歩けば人目を引くような、純白のロングコートを着こなしている彼は、それでも小さく身を震わせる。

 初めて会ったばかりの私に、どうしてこんなにも親切にしてくれるのか。なにか裏があるのでは、と下手な邪推を巡らせてみたけれど、笑顔の奥に下心があるわけでもなさそうだ。

 それに、彼の善意は非常にスマートで嫌味を感じさせない。不意に胸をときめかせてしまいそうになるものの、優しさなら蒼太くんだって負けてない、と何故か私が対抗心を燃やした。


 ……けれども、言われてみれば制服のブレザーとスカートのみという、今の時期なら薄着と言う他ない格好で、家を飛び出していたことに今さら気がつく。

 それを認知した瞬間、途端に寒気が全身を走り、仕方なくココアを受け取ってしまった。


「……あ、ありがとうございます」


 缶を包む両手に、ほのかな温もりを感じる。


「うん。やっぱり、素直なのがいちばんだよね。さてと……それじゃあ、まずは事実を簡潔に伝えるね?心して聞いてほしい……キミには、少々刺激が強いだろうから」


『死神還し』は一度間を置くと、笑みを消してそう言った。

 私は、意を決して頷く。


「よろしい。まずは、キミのお兄さんである、雨宮雄二さんは行方不明と言ったけれど、あれは誤った例えだ」


「誤った、例え?」


「彼はね、もう死んでいるんだよ」


「う……そ……ッ!」


 悪い予感が、的中してしまった。


 両手から缶がすり抜けて、地面に落下する。同時に、指を口もとに這わせた。

 そうでもしないと、胃液が口から吹き出してしまいそうで。深い悲しみと行き場のない怒りが混ざり合った、醜い叫び声を上げてしまいそうだったから。


「のぅのぅ。どうしたのだ、茉瑠奈ぁー?みるみる内に顔色が悪くなっていくぞ?」


「こら、イズモ。よさないか」


 一人遊びにも飽きたのか、イズモは私の腕に手を回すと、甘えるような瞳で顔を覗き込んでくる。

 頬に嫌な油汗の筋を描く今の私には、構ってやる余裕など到底なくて、ただただ全身を震わせていた。


「もっ……もしかしてっ、誰かに殺されちゃったとか……!?」


 気持ちの悪い息苦しさの中で、なんとか声を絞り出して聞く。


「そうだよ」


「そ、そ、そんなっ……い、一体、誰にッ……!?」


「キミは、『死神殺し』を知っているかい?」


 緩やかだった風が次第に強まる。

 私と『死神還し』、両者の髪の毛を激しく乱す。


「数年前、この日本に死神という謎の存在が突如現れた……彼らは人間と契約を結び、魂を食べる事で自身の命を繋ぐ儚い存在。

 契約をした人間は、魂を食べさせてあげる対価として、死神から願いを叶える助力をしてもらえるんだ」


『死神還し』は澄んだ夜空を見上げて、誰かの記憶を辿っていくように、且つ歌うように。淀みなく言葉を紡ぐ。


 死神と契約を結ぶ人間の大半は、人生の窮地に立たされた人達だという。それは、人生の窮地に立たされた人間の魂を、死神が好むからだ。

 例えば、膨大な借金を抱えてしまって、お金の工面に困り果てた人……何よりも切望していた夢に破れた人……人生という長い旅路の途中で、疲れ果ててしまった人。


 だけど、素敵な魔法を使って叶えてくれるわけじゃなくて、非常に現実的。

 契約者がお金を欲しいと願えば、銀行やコンビニなどを襲撃して、金品を強奪する。どうしても夢を叶えたいと願えば、邪魔になる人間を躊躇いなく殺す。

 人生に疲れたから、とくかく楽しみたいという願いが一番恐ろしい。

 多くの死神が、人を殺すという快楽を提供するから。手頃に得られる非日常の快感に魅せられると、大抵の契約者は快楽殺人者の道を歩むのだそうだ。


 これが、この国の裏側。人々を震撼させる数多くの事件の正体。日本という名の、地獄だ。


「近頃は、契約者が爆発的に増えていてね。契約を結んだ死神は、実態を得て人間の目で捉えられるのが、これまた厄介なのさ。

 噂や都市伝説の存在に留まっていた死神が、多くの人目に触れて、死神が実在するのだという事実を、日本中の人達が知ってしまえば、この国はたちまちパニックになってしまうだろうね。

 死神という異形の化け物に、国は武力行使で死神を排除するだろう。隣人や友人が契約者なのでは、という猜疑心に満ち溢れてしまえば、各地で暴動も起こるだろう。そうなってしまえば、日本は破滅する」


 阿鼻叫喚。血に塗れた日本の未来像を思い浮かべただけでも、背中が凍りついた。


「それを未然に防ぐために、政府は向原甚八(むかいばらじんぱち)率いる、”死神対策本部”を立ち上げたんだ。

 毒を以って毒を制す……向原甚八は持ち前のカリスマ性や、莫大な大金を惜しみなく使って、数多くの契約者と死神を配下に置いた。

 そして、彼らを動かして、危険度の高い契約者と死神の排除、強力な戦力になり得る死神の捕獲を、秘密裏に行っている……『死神殺し』も、”死神対策本部”に所属する契約者の一人さ」


「『死神殺し』……」


「彼は、契約者と死神に家族を皆殺しにされて以来、死神という存在を深く憎んだ……自らの行いを矜恃(きょうじ)せず、淡々と、黙々と、ひたすらに死神を殺し続ける、哀れで空っぽの契約者」


『死神還し』は、噛みしめるようにそう言うと、微かに笑んだ。


「雨宮雄二さんを殺したのは、『死神殺し』だ」

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