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死神の箱庭  作者: 北海犬斗
王ノ産声
46/74

全部遅過ぎた

 今朝の通学路で、茉瑠奈に蒼太と付き合ったのだという旨の話を告白された。

 その顔はなんとも幸せそうで、こちらにも幸せオーラが伝染してしまいそうなくらいで。もう、死んでもいいってくらいに、茉瑠奈は幸せそうだった。


 本来なら、親友の吉報に純粋な気持ちで祝福をしてあげるべきなのだけど、今の私には、そんな余裕はない。

 まるで、心にぽっかりと穴が空いてしまったような、なんとも言えない虚しさと、寂しさ。体の脱力感と喉の渇き。

 未知の感覚に戸惑う私は、茉瑠奈の話を半分も聞けずに、気がつけば学校に着いてしまっていた。


 蒼太と顔を合わせると、心がちくちく痛んで、何故か無性にイライラして。無意識のうちに、彼に対してつっけんどんな態度で接してしまい、自分で自分が嫌になって。とにかく、自己嫌悪に苛まれた午前中。


 そして、昼休みを迎えて。

 茉瑠奈と蒼太の距離感が妙に近く、楽しげに会話をしている二人を見て、本当に付き合ったんだと実感する。と、同時に心が軋み、醜い悲鳴を上げていた。


 そこで私は、ああ、と理解して後悔した。今までに感じたことのない、謎の感覚の正体。だが、気づいたからどうという話でもなく、それはもう手遅れな感情だ。

 これならいっそ、知らないままで良かったのに……。




 放課後。

 私は、蒼太を屋上に呼び出した。

 本当なら、顔も合わせたくはなかったのだけど、これはけじめ。しっかり、決着をつけてやらないとダメだ。


 眩しい夕日の欠片が目に刺さったからなのか、どうなのか。よくわからないけど、泣きそうになってしまう。

 一度息を整えて、気持ちを落ち着かせる。精一杯に明るい表情を作って、強張る口を開く。


「……昨日からさ、茉瑠奈と付き合ってるんでしょ?おめでとう」


「あ、あぁ、茉瑠奈から聞いた?……ごめん、本当なら朝一で伝えないといけなかったのに。なかなか、切り出すタイミングが掴めなくて」


「いいっていいって。それより、ちゃんと茉瑠奈を幸せにしてあげてよね!ま、アンタなら大丈夫だと思うけど。

 それと、あの子は校内の男から人気もあって、ファンも多いからさ、夜道には気をつけなさいよ。闇討ちにあったら、洒落になんないでしょ?」


 少し意地の悪いコトを言ってやると、蒼太は顔を青ざめさせて、困ったように頬を指で掻く。


「はは……随分と物騒な話だけど、冗談だろ?」


「半分は冗談で、半分は本当かな。

 言っとくけど、茉瑠奈に告白して玉砕したヤツは、この学校にごまんといるわけだしさ。

 それで、茉瑠奈とあれだけ近い距離感で親しく話してりゃ、当然周りの嫉妬を買い占めるわけでしょ?……なんてね」


「……一応、帰り道には気をつけるよ」


 とんでもない事態になってしまった、と肩を落とす蒼太。そんな彼の反応が可笑しくて、にししと笑ってやった。

 そんな蒼太に、私は無言で距離を詰めると、頬に手を添える。視界は、しっかりと彼の唇を捉えていた。


 きょとんとしている蒼太を無視して。

 意を決した私は、自分の唇を蒼太の唇と重ね合わせるーー。


「ーーッ!?……友恵!」


 余韻なんかない。たいしてロマンチックでもない。

 一瞬だけ重ねて、それは一瞬で離れた。


「……これさ、私のファーストキスってやつ。光栄に思いなさいよね?」


 男のくせに、やたらと柔らかい感触に驚く。蒼太は顔を赤くさせて、まなじりが裂けそうなほどに、目を見開かせていた。


「アンタは初めて?……って、そんなわけないか。当然、もう茉瑠奈としてるでしょ?」


「友恵……これは、なんの冗談だ?」


 予想外で突然の事態に、困ったように眉をしかめる蒼太。

 まぁ、無理もないよね。私だって、予想外なわけだしさ。


「冗談って、ひどいね。冗談でするわけないでしょ……これが、私の気持ち」


「友恵。俺は……」


「わかってる。蒼太は茉瑠奈が好きで、私は蒼太が好き。そんなの、わかってるよ……!きっと、全部遅かったんだよね……全部、遅過ぎたんだ」


 言って、私は蒼太に背中を向けた。

 信じられないくらいに、涙がボロボロ溢れて落ちる。嗚咽で、声が途切れた。


「……もう、これで戻れないね。三人でお弁当を食べたり、三人で遊びに行ったり……ごめん」


「友恵っ……!」


「じゃあね、()()()()。茉瑠奈は、任せたから……」


 その言葉を皮切りに、私は走り出す。

 春野の声が飛んで来たけど、全て無視をして、屋上から一気に階段を駆け下りて。気がつけば、誰もいない学食スペースの隅でへたり込んで、子どものように泣いていた。


「ーーぅああああぁぁぁぁぁぁぁ……あぁぁぁッ!!……ひぐッ……蒼太ぁ……ッ!!」


 吐き出してしまった感情は、とめどなく込み上げて、歯止めが利かない。

 後から、もっと後からさらに膨れ上がって、爆発する。


 たぶん、私は土俵にすら上がれていなかったんだと思う。そりゃそうだ。茉瑠奈はずっと前から、春野の存在を認識していて、春野の良いところをいっぱい知っていた。

 そりゃ、勝てるわけないって……。


「ーーーー友恵……」




 ーーその日は珍しく、友恵が待ち合わせの時間から、大幅な遅刻をした。


「……ごめん。寝坊、した」


 目を腫らしていて、生気がない。

 友恵が寝坊なんて、明日は矢でも降りそうだねと冗談を言ったけど、いくら待てども返答はなかった。


 気まずいまま二人で登校していると、朧げな表情で私を見ると、突然友恵が口を開く。


「……茉瑠奈さ。せっかく付き合ってるんだし、明日から春野と学校行きなよ」


「……え、友恵は?」


 突然の宣告に、頭の中が真っ白になった。


「気にしなくていいよ。明日から、一人で学校に行くから……」


 そうして友恵は、一人ですたすたと歩いて行ってしまった。

 その背中は、ついてくるなと言わんばかりの威圧感に満ちている。

 彼女に、なにもかけてやれる言葉が見つからなくて。困惑する私は、ただただその背中を見送ることしかできなかったーー。

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