身を寄せ合う
素直に驚いた。
白シャツのボタンを全て外すと、一糸纏わぬ艶めかしくも白い肌が飛び出てきて、まず一目散で視界に入ってきたのは、下着という拘束具に覆われた白い双丘。たわわに実ったそれは、ボリューム感もさる事ながら、実に美しい形も兼ね備えている。
生まれて初めて生で見るそれは、俺の視線を釘づけにした。
「ーーやっぱりっ!……死ぬほど恥ずかしぃよぉっ!……イヤじゃないんだけど、恥ずかしいぃぃっ」
顔を両手で覆い隠す茉瑠奈は、足をぱたつかせる。
「えっ……それなら、やめようか?無理はいけない」
「だめ……!やめないでッ!頑張るからッ!」
……どっちだよ。俺は、心中でそう呟いて、さらにため息を漏らした。
それにしても、いつぞや友恵が俺に耳打ちした言葉は、事実だったのだな。これが、ーーカップのサイズ感なのか。
と、俺は感動する。ここまでくると、やはり下着を失った無防備なふたつの果実を見たいという欲が出て、ブラジャーなるものを外そうと試みたのだが……。
「……なぁ、これってどうやって外すんだ……?」
「えぇと……これ?」
そこからは、理性というものはなくて、とにかく本能の赴くままに動いた。
茉瑠奈の頬を、耳を、腕を、胸を、太ももを、恥部をーー茉瑠奈も同様に、互いの隅々まで触れ合って。気がついた時には、既に夕日が落ちようしている。狭いベッドに身を寄せ合って、密着していた。
すぐそこで、静かに寝息を立てている茉瑠奈の頬を、俺はそっと撫でた。
……いつだったか。ハイエナ……遼が、本気か冗談だったのかはわからないが、女型の死神とひとつ屋根の下で生活するのであれば、これは必需品だと言って渡してきたゴムというものが、ここで役に立つとは。長い付き合いではあるものの、初めてヤツに感謝という気持ちが込み上げた。
「……んんっ……?」
喉を鳴らして、目をこすりながら茉瑠奈は重い瞼をゆっくりと開く。
「あ、おはよう……蒼太くん」
トロンとした瞳でこちらの顔を捉えると、穏やかに笑って俺の名前を呼ぶ茉瑠奈。
お互い様ではあるが。初めて尽くしの体験の連続で、その顔には疲労の色が見て取れる。汗で濡れた髪の毛はまだ湿っており、なんとも言い難い色気を漂わせていた。
「おはよう、茉瑠奈」
「ごめんね。私、いつの間にか寝ちゃってたんだ……」
「かれこれ、一時間くらい寝てたんじゃないか?」
「え!?……今、何時?」
微睡んでいた顔が一瞬で覚醒して、茉瑠奈は勢い良く起き上がると、一糸纏わぬ胸が揺れた。
「もうすぐ、五時を回るところだな」
壁掛け時計の針を見るに、数分もすれば五時。それを確認する彼女の顔が、一気に青ざめた。
「今は物騒だから、今日は四時までに帰ってくるようにって、お母さんに言われてたんだ……どうしよう」
「……どうしましょう」
余韻とか、そんなものはなく。急いで制服を着込むと、慌てて狭い部屋を後にする。陽が落ちて暗くなった夜道を、彼女一人で歩かせるのが心配だった俺は、家まで送る事にした。
肩を寄せ合って、並べて、二人で歩く。
そして、彼女の小さな手に自分の手を伸ばして、繋ぎ合わせた。
「……今度さ、落ち着いたらどっか遊びに行かないか?行き先は、茉瑠奈に任せる」
茉瑠奈もこちらの手を握り返すと、激しく頷いて、興奮している様子。
「うんっ、行こう行こう!友恵も誘う?」
「えぇと……それも、悪くないと思うんだけどさ。できれば、二人で行きたい」
「……う、うん。そうだねっ」
茉瑠奈は顔を赤く染めて、そうとだけ言うと、顔を俯かせてそれっきり。それから十分ほど歩いたところで、
「あとは、ここの角を曲がればすぐだから。送ってくれてありがとう」
と頭を下げた。
「もしあれだったらさ、俺も一緒に謝ろうか?……お母さんに。こうなったのは、俺にも責任があるわけだし」
「そっ、それは、うちのお母さんにご挨拶という……?」
「え、挨拶?」
「なんでもないよ!なんでもっ……私一人で、大丈夫だよ」
「そっか。じゃあ、また明日」
「ーーあ、あのっ、蒼太くん!」
言って踵を返そうとした俺の背中越しに、茉瑠奈の声が飛んで来た。
「この前の、水族館に遊びに行った時にね……あの、あはは……なんでもない!」
自宅へ戻ると、明かりもつけず、暗がりにはリクが立っていた。俺は、無言で部屋の明かりをつけるや否や、ベッドに腰を下ろす。
「……お言葉ですが、蒼太さん。あの茉瑠奈という娘に、あまり近づかない事をお勧めします」
感情の薄い、実に平坦な言葉だった。
「は?何故そう思う?」
「何故、と聞かれるとなんとも言えませんが、ただそう思いました。何か……嫌な予感がします」
「嫌な予感か」
顎に指を添えて、この先の未来を見通すかのようにモノを言うリクに、俺は困惑したものの、考えるのを放棄した。
「まぁ、もう俺の知った事じゃないよ。この先長くないんだから、好きなように生きさせてくれ」
ゴロンと横になって、目を瞑る。
「で、ですが……!」
「くどいのは好きじゃないんだ。俺はもう、死神とも戦わない。残り少ない人生を、普通の高校生として生きて、死ぬ……それくらい望んだって、いいだろ?」
「そう、ですか……それが、蒼太さんの望みであるのなら、私はもう何も言いません」
リクは顔を俯かせると、それ以降言葉を発する事はない。静寂が漂う部屋の中、唯一壁掛け時計の針を刻む音だけが、永遠と木霊していた。