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死神の箱庭  作者: 北海犬斗
王ノ産声
44/74

孤独じゃなくて、孤高

 古びたアパート。

 八畳という間取りの、極めて狭い一室……俺の自宅には、俺と茉瑠奈しかいない。誰からの干渉も受けない密室で、女の子と二人きりという予期せぬ状況に、思わず生唾を吞み下した。


 これまで、幾多もの死地を越えてきたと言っても、今回のような戦場は初めてで。心臓が、鬱陶しいほどに暴れている。


「あ、あの……こんなものしかないけど、よかったらどうぞ?」


 極力、茉瑠奈の顔を視界に入れないように。コップに注いだお茶と、リクが自分用に購入していたクッキーを勝手に器に移して、小さな丸テーブルの上に置く。


「ありがとう……急にお邪魔しちゃってごめんね。なんだか今日は、一人になりたくなくて……迷惑、だったよね?」


 潤んだ瞳で俺を視界に入れながら、たどたどしい口調でそう言う茉瑠奈は、今にも泣きそうな表情を浮かべる。

 そんな彼女に、迷惑だなんて言えるわけがないし、腰を据えて話したかったので、こちらとしても好都合だった。


「そんなわけないだろ?俺もさ、今日は話し相手がほしかったんだ」


 言って、お茶を一口飲む。


「そう……なら、よかった」


 茉瑠奈も、ゆっくりとした動作でお茶を口に含むと、力なく笑った。


「……にしても、見たところ、昨日や今日ってわけじゃないんだろ?あいつらに、ああやって酷い事をされるのは」


「うん……かれこれ、三年前くらいからかな……小学生の頃は、私や友恵、きぃちゃんや、みっちゃんもさっちゃんも、みんな仲良しだったの」


 でも、と茉瑠奈は続ける。


 ーー彼女達が、中学生になった頃。

 互いに剣道部であり、競い合っていた友恵ときぃ。だが、本格的に才覚を発揮し始めた友恵に勝てなくなったきぃは、剣道部を去った。

 その際に、二人の間にわだかまりが生まれたらしく、今でもいがみ合っているのだとか。

 そして、当時きぃが想いを寄せていた男子生徒は、茉瑠奈が好きだったらしく、彼女は告白したものの、断られたという。それ以降、茉瑠奈に対するあたりが強くなっていき、次第にエスカレートしていく……。


 何もかもが彼女からすり抜けて、劣情や嫉妬が、きぃを歪めてしまったのだろうか。だからと言って、あんな行為が許されるわけもない。

 あれは、嫌がらせなんて生ぬるいものではなく、最早いじめだ。


「友恵に相談してみようか?」


 友恵に協力を要請するのが、現状の最善手なのでは。と思いあたった俺は、茉瑠奈に提案したものの、彼女はふるふるとかぶりを振って拒否した。


「それは、だめ。今まで、友恵には助けられてばっかりだったけど……この問題は、どうしても自分の力で解決したいの。いつまでも、助けられる自分じゃ、嫌だもん……!」


 とは言っても、相手は話し合いなんかですんなり引き下がるような連中ではないだろう。しかし、断固としてそう言い張る茉瑠奈に、俺は反論の言葉を失ってしまった。

 彼女は、良くも悪くも頑固。一度そうと決心したら、きっと曲げない。今は、傍で見守る他ないのか……。


「もし、あいつらがまたちょっかいかけてきて、本当に辛かったら遠慮なく言ってよ?」


「うん。本当に、ありがとう」


 ようやく、本来の笑顔を見せてくれる茉瑠奈。すっかり晴れた空から降り注ぐ、日差しを浴びた彼女の笑顔は、何よりも眩しい。


「それにしても、蒼太くんに助けられるのは、これで二度目だね」


「……二度目?」


 復唱して、俺は首を傾げた。何の事やらさっぱりだが、二度目という言葉が少しだけ引っかかる。


「ちょうど一年前の、今くらいだったかな?今日みたいに、きぃちゃん達から酷い事されてた私をね、蒼太くんが助けてくれたんだよ。覚えてない、よね?」


「一年前に、俺が茉瑠奈を?」


 一年前といえば。

 真庭市に潜伏する、『死神ギルド』のメンバーを捕獲し、『死神喰らい』の情報を収集せよ。と、本部からの命令が下され、半ば強制的に真庭高校へ編入されられた時期だ。


 薄っすらとした記憶しか出てこないものの、確かに助けたのかもしれない。

 茉瑠奈と友恵と俺で、初めて弁当を食べた時、茉瑠奈に微かな見覚えがあったのは、思えばそのせいだったのか。


「私ね、その時からずっと蒼太くんを見てたの。この人は私と違って、強い人なんだって、勝手に憧れてた」


 茉瑠奈は真っ直ぐな瞳で、俺を見据える。既に落ち着いていた心臓が、再び跳ねた。


「強い……俺が?はは、そんなバカな」


 実に乾ききった、作り笑い。


 ……怨念に取り憑かれ、死神との戦いに明け暮れて、人を理解する事をやめて。

 結果、魂を燃やし尽くした代償で戦えない体になって、孤独に死にゆく道しか残されていない俺が、強いなんてあるわけがない。


「ううん、あなたは強い人。

 いつも一人ぼっちかもしれないけど、それは孤独じゃなくて、孤高。気高い百獣の王のような、友恵と似た雰囲気を持ってる不思議な人。

 一年前に助けてもらって……水族館の時だって、それに今日だって、私を助けてくれた。蒼太くんも、私のヒーローだよ」


 まるで、心の小さな隙間に打ち込むかのような。そんな、威力絶大な言葉に、息が詰まる。まさか、自分をそのように見ていてくれた人がいたなんて、思いもしなかった。

 カーテンの隙間から漏れる陽の光に包まれている彼女の顔は、冗談を言っているようには思えないのだから、余計にタチが悪い。なんというか、すごく調子が狂う。

 顔が燃えるように熱いのは何故だ?


「ヒーローだなんて、それは大袈裟過ぎじゃーーって、茉瑠奈……さん?」


 狼狽するこちらなど御構いなしに、茉瑠奈は顔を真っ赤にさせ、無言で立ち上がる。どうしたのだ、と凝視していると、おもむろに歩き出して、すぐ隣に腰を下ろす。


「あのね……そのね、蒼太くんっ……!」


 潤む瞳が、俺の心を深く抉る。吐き出す吐息が耳障りなくらいに近い距離で、茉瑠奈は俺の名前を呼んだ。

 でも、不思議と嫌ではなく、むしろ心地が良い。


「は、はいっ、なんでしょう、か……?」


 情けないくらいに、声が裏返った。


「きっとね、一年前に助けてもらったあの日から、あなたに一目惚れしてた。

 蒼太くんが、ずっと好きだったの……大好きです。何もできなくて、弱い私だけど……もし、よかったら、私と付き合ってください……!」


 瞬間、時が止まった。

 頬を桃色に染めて、一大決心の末に何度か言葉を詰まらせながら、そう言った茉瑠奈は、瞳に涙を溜めている。

 彼女の緊張とか、恥ずかしさとか、さまざまな想いが伝わって、何故か俺まで泣いてしまいそうだった。


 自分の限界を迎えて、ずっと走り続けていたのをやめた時に感じたのは、どうしようもない虚無感と孤独感。

 そんな俺に、優しく寄り添ってくれる彼女は、まるで天使のようで。きっと全盛期の頃だったら、相手にもしてなかったんだろうが。


 気がつけば、茉瑠奈の背中に腕を回して、彼女を自分の胸に抱き寄せていた。


「……何もできなくて、弱い?……何言ってるんだか。キミのような素敵な人が、本当に俺でいいのかってくらいなのに」


 思えば、戦い続けて荒んでいた俺にとって、彼女の屈託のない笑顔と、無償の優しさは、どれだけの救いになっていたのやら。それを推し量るなど、到底不可能な話だ。

 でも、きっと俺も、そんな彼女にどこか惹かれていたんだろうな……。


「蒼太くんじゃなきゃ、やだよ……あなたがいてくれたら、私はきっと負けないから」


「……ありがとう、茉瑠奈。こんな俺でよければ、喜んで」


 返答を聞いて、茉瑠奈は泣いた。ぽろぽろと、床に水溜りを作ってしまうのではないか、と思ってしまうほど、大粒の雨を降らせた。

 そうして、ゆっくりと目を瞑ると、こちらへ唇を捧げる。


「……ぅッ!?」


 本能で、なんとなく流れはわかった。

 こうなったら、あれしかないだろう。男として、女に恥はかかせられない。

 俺は、慎重に自分の唇を近づけると……互いの唇が重なった。


 信じられないほど柔らかくて、温かい。


「……んぅっ……」


「……!」


 茉瑠奈の甘い吐息が、鼓膜を刺激した。


 初めてではあるものの。

 口づけという行為は、なんて奥深いのだろうか、としみじみ思う。互いの唇を重ねるまでの緊張感と、重ねた後に得られる幸福感と安堵感に、俺は感心していた。

 まるで、魔法だなこれは。


 名残惜しい余韻を残しながら、互いの顔を離して、互いの顔を見合って、変な可笑しさと気恥ずかしさで、笑い合う。そして、再び唇を重ねた。


 茉瑠奈の背中に右腕を回して、俺は彼女の背後へ重心をかける。バランスを失った茉瑠奈は、腕に体重を預けると、こてん、と無防備に床へ寝転がる態勢になった。


「そ……蒼太、くん……?」


 つぶらで大きい瞳を、さらに大きくする茉瑠奈は、従順で無力な子犬のように、ただただ俺を見つめている。

 死神との戦いに明け暮れていたとはいえ、俺も男。()()()()()()には年相応に興味があるし、何より今はもっと茉瑠奈に触れたい。

 もし嫌ならば、きっと拒絶するだろうしな……。


 茉瑠奈に覆い被さる姿勢になって、上気した頬を撫でて、首筋を撫でる。胸に指を這わせて、ブレザーのボタンを、ひとつひとつ、丁寧に外す。

 中から出てきたのは、薄っすらと透けた薄地の白シャツ。

 ピクリ、ピクリと、俺の一挙一動に体を跳ねさせて反応する茉瑠奈は、それでも拒絶するわけではなく、むしろ受け入れてくれているようで……ここに来て、俺は思わず聞いてしまった。


「……嫌じゃ、ないのか?」


「恥ずかしいけど、嫌じゃないよ。だって、蒼太くんだもん……うん。いいよ?」


 一言一言、喉から通して確認するように、茉瑠奈はゆっくりそう言うと、最後に笑ってくれた。

 そんな彼女に愛らしさを感じて、俺も笑い返す。だが、シャツのボタンに手をかけた時、彼女は驚くべき速さで、俺の手を掴む。

 やはり無理をしていて、ここに来て怖くなったのか?と思って茉瑠奈の顔を見下ろすと、困ったような顔で、慌てていた。


「あ、あ、あのっ……急に思い出したの。今日、下着があまり可愛いのじゃないからっ……その……」


 なんだ、そんな事かと俺は呆れつつも笑う。なんというか、すごく茉瑠奈らしくて、まったく可愛いヤツだ。


「大丈夫。茉瑠奈なら、きっとどんな下着でも可愛いよ」


「……えぇー……?」

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