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死神の箱庭  作者: 北海犬斗
王ノ産声
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嗚咽を漏らす

 俺は、一度茉瑠奈を一瞥(いちべつ)して、きぃに視線を移すと距離を詰める。極力、冷静を保てるように努めながら。でないと、今すぐにでも掴みかかって、この女の顔面ど真ん中に、拳を叩き込んでしまいそうだった。

 それくらい、自分の体内で、怒りの感情が爆発していた。


「……お前、そんなに金が欲しけりゃ、そのパパ活ってやつを自分でやればいいだろ?下らない事に茉瑠奈を巻き込むなよ」


 きぃは腕を組んで、俺を見上げると、舌打ちをして気丈に振る舞う。カツカツと踵を踏み鳴らし、随分と不機嫌な様子だ。


「はぁ!?嫌に決まってんでしょっ。どうして私が、おじさんの相手なんかしなくちゃいけないわけぇ?

 それに、先生に見つかりでもすれば、停学か、最悪退学だよ?だから、茉瑠奈にやらせるって話だったの。余計な口、挟まないでくれるかなぁ?」


 思わず、言葉を失って愕然とする。

 今まで、数多くの死神と戦い、数多くの契約者を葬り、数多くの修羅場を越えてきた。が、そんな俺でさえ、この女の意地の汚さ。自覚があるのか、無自覚なのかさえわかりかねる悪意に、寒気と吐き気を覚える。これならば、そこらの死神を相手にしている方がマシなくらいだ。

 人間の悪意は、時に死神さえも凌駕する。再認識……いや、もとより一目見た時点からわかりきっていたのだが、この女の性根は腐りきっているようだ。

 こいつが死神ならば、この場で叩き斬って、すぐに黙らせられたものを……。


「……お前、本心で言ってるのか?自分は安全な場所で、のうのうと涼んでいる間に、茉瑠奈には地雷地帯を歩けってのかよ」


「あぁー、もう、ぶつぶつうるさいなぁ!つーか、アンタ誰よ!?……あっ、もしかしてこいつ、隣のクラスの春野じゃんっ!きゃはは!いっつも一人でぼーっとしてる、根暗な春野だ!

 なに?アンタも茉瑠奈に惚れてる口ィ?イヤになっちゃうわ、マジでッ!」


 きぃは、未だ床の上で身を縮めている茉瑠奈を睨むと、眉間に深い皺を刻んだ。


「どいつもこいつも、男はみぃんな茉瑠奈の肩を持ちやがる……こんな乳だけデカい女の、どぉこがいいってのかねぇ……?」


 まるで、展示されている商品を品定めするかのように、視線で舐め回すきぃ。しばらくして、茉瑠奈は身を起こし、悲痛に唇を噛み締めると、否定の意を含めて、ふるふると首を横に振った。


「それは、きぃちゃんの誤解だよ……私、そんなじゃない」


「うるさい、うるさいッ!!どうせアンタ、その胸で男どもを(たぶら)かしてるんでしょ?この、淫乱女ァッ!!

 ほら、いつまでも床とお友達してないで、さっさと私達と一緒に来いよ!金魚のフンみたいに、友恵なんかの後ろばっかついてないでさぁ……アンタは、私の後ろについて来ればいいのよッ!!」


 瞬間、なにかの堰を切ったかのように。まなじりが裂けそうなほど双眸を見開かせて、体の奥底から、激流のように押し寄せる感情をブチまけるきぃ。

 激しく床を踏み鳴らし、次第に息が荒くなっていく。その見苦しさといったら、思わず目を両手で覆ってしまいそうになる。

 そして、きぃは茉瑠奈の右腕を、握り潰してしまいそうなほどの力で掴むと、強引に立ち上がらせようとした。俺は、咄嗟にきぃの前に立ち塞がり、その強行を強引に遮る。


「なに?……アンタには関係ないでしょ、邪魔しないでくれる?」


 こちらを見ずに、視線は茉瑠奈のまま。最早、こちらに興味はないと言わんばかりに、至極つまらなさそうな音色を奏でるきぃ。対する俺は、自分の携帯電話を見せつけるかのように、女の眼前まで持っていく。


「パパ活ってのは、見つかれば停学か、最悪退学だったか」


「はぁ?……な、なによ、いきなり。それがどうかしたぁ?」


 そこで、クソ女の双眸がようやく俺を捉えた。


「恐喝行為に、暴力行為……さらに、未遂とはいえ、援交紛いのパパ活を生徒に強要。これ、教師に知れたら停学か退学か、どっちだと思う?」


「はっ、好きにすればいいでしょ。でも、証拠はあるのぉ?例えアンタが先生にチクったところで、私達は首を横に振って否定するけどねぇっ!」


「そうか……なら、今までのやり取りの一部始終を、携帯のボイスレコーダーで録音してたとしたら?」


 断固として強気な姿勢を崩さずに、余裕の笑みを浮かべていたきぃだったが、決定打の一言を放ったと同時に、一瞬で表情が凍りつく。それは、他二名の取り巻きも同様だった。


「はァッ!?……う、嘘でしょ、アンタ……一体いつから、そんな……ッ」


「茉瑠奈に金をせびるところから、パパ活のくだりがあって、ついさっきまで。

 言っとくけど、お前のきぃってあだ名、しっかり入っているからな。この学校に生徒はたくさんいるけれど、きぃってあだ名の生徒はなかなかいないだろ?」


 みるみる内に顔を青くさせるきぃは、携帯を握りしめる俺の手を掴み、力任せに揺らす。


「アンタァッ……!そんな事したら、どうなるかわかってるんですでしょうねぇ!?消せッ……今すぐ消せェ!!」


 恐ろしいほどの往生際の悪さに、感心さえしてしまいそうになった。が、あまりにも醜すぎるその姿に、さすがの俺も我慢の限界。体の芯まで、さらには心までもが、冷えきっていくのを感じた。


「消してやってもいいが、ただし条件がある」


「条件……?」


 復唱するきぃをよそ目に、俺は携帯電話を持つ方とは逆の手で、このクソ女の襟を掴み、自分へと引き寄せる。そして、死神を殺す場面での眼光を持ってして、目と鼻の先の距離まで近づいたきぃを睨んだ。


「今後一切、茉瑠奈には関わるな……!それ以上でも、それ以下でもない。これが約束できるのなら、さっさと俺の目の前から失せろ」


「ひ、ひいィッ!?」


 どす黒く濁った双眸に、射殺されるかの勢いで睨まれると、きぃは全身を震え上がらせた。そうして、俺が襟から手を放して解放してやると、足をもたつかせながら、数歩後ずさる。

 すっかり血相を変えた三人は、慌てて美術室から出て行った。


 しばらくしてこの美術室は、おそらく本来あるべき静寂を、取り戻せたのだろう。しん、と静まり返った空間に、俺と茉瑠奈だけが取り残されてしまった。

 床に脚をつける茉瑠奈は、身動きひとつ取らずに、顔を俯かせている。この場合、どのように声をかければ良いのか、いくら考えてもわかるはずもない。


「……なんて言うか、災難だったね。ははは……あぁ、とりあえず、立てる?」


 だが、いつまでも、このままというわけにはいかないだろう。俺はなるべく平常を装いながら、茉瑠奈に手を差し伸べる。


「あ、ありがとう……でも、どうして蒼太くんがここに?」


 弱りきった表情で礼を言いながら、茉瑠奈は俺の手を取った。ぐいっと引き上げてやり、彼女を地に立たせてやる。


「ちょうど、キミを探していたところだったんだ……っと、大丈夫?」


 おぼつかない足取りでバランスを崩し、転倒しそうになった茉瑠奈を、慌てて支える。そのままの流れで、彼女は俺の胸に身を預けるかのような体勢で、瞳から涙を溢れさせた。一筋の涙がこぼれ落ちると、その後に続くように、涙がとめどなく頬を伝う。


「怖かったの……本当に、怖かった……!」


 俺は、胸の中で嗚咽を漏らしてすすり泣く茉瑠奈の背中に、そっと腕を回した。せめて彼女が、少しでも安心できるように、とーー。

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