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死神の箱庭  作者: 北海犬斗
王ノ産声
42/74

迷子の気持ち

 月曜日が過ぎ去った。

 であれば、迎えるのは火曜日。


 昨日の今日だから、という以前に当然の結果として、事件に進展はない。それもそのはず。今回の首謀者であろう契約者は、既に死亡しているし、亡骸はこちらで回収済みであり、その痕跡すら跡形もなく消している。

 死神のシュラは、セイジロウに敗れて逃走。恐らく、ヤツはもうこの街にはいない。契約者を失って、魂を喰らう事ができなければ、消滅という末路を辿るのが死神の定め。放っておいても、特に問題はないだろう。


 よって、この真庭市には、警察がいくら血眼になって捜査したところで、手がかりなど塵のひとつもないどろこか、犯人すらいないわけだ。これが今現在、日本を騒がせている、犯人なき犯行の所以である。

 しかしながら、再犯の恐れはないとは言えど、真庭市……いや、日本という国に根を下ろす人々は、これからしばらく実態のない恐怖に怯えるしかないわけで。なんとも、いたたまれないとしか言い様がない状況ではある。


 そして、例えこのような状況であったとしても、学校側としては、このままずるずると休校にはしたくないはずだ。が、だからと言って保護者からの反感は買いたくはない。という、複雑な苦悩がまざまざと伝わる苦肉の策として、本日は半日授業という形に相成った。


 どんよりとした曇天の下。

 気だるそうに登校する生徒達が群れなす通学路を、珍しく足の調子が良かった俺は、できる限り足早に登校する。

 二年Cクラスの教室に入室するや否や、窓際の席で頬杖をついて、外の景色を眺めている友恵の傍に歩み寄った。


「おはよう、友恵。怪我の具合はどう?」


 突然声をかけられて驚いたのか、友恵はぴくりと小さく肩を震わせて、こちらへ振り返ると、あくびを嚙みころしながら朝の挨拶をした。


「あぁ、蒼太。おはよう……っていうか、怪我って言うほど大袈裟なもんじゃないっての。擦り傷に打撲だから、ほらこの通り」


 言ってブレザーの袖を捲ると、しなやかでありながらも、しっかりと筋肉質な腕を惜しげもなく露出する。

 まるで、果実が潰れてしまったかのような、赤紫色の痛々しい痣が、点々と浮かび上がっていた。


「ま、しばらくすれば良くなるでしょ。一応、病院で見てもらって、特に異常は無いって言われてるしさ。大丈夫だって!」


 実にあっけらかんとした友恵の振る舞いに、俺は言葉を失ってしまった。

 日曜日の一戦で思い知らされたが、彼女は変に肝が座っているというのだろうか。死神に対する恐怖も無く、現にこうして負傷したというのに、気落ちした素ぶりを見せないのだから、お見事だ。

 いつだったか。茉瑠奈の言っていた、友恵には敵わないという言葉が、今ならわかる気がする。


「って言ってもさ、友恵は女の子なんだから。目に見える痣なんかあったら、やっぱり嫌だろ?」


「え?……へへ……あは、あははっ、はははは!……あんたっ、いきなりどうしたの!」


 別に、友恵を笑わせるつもりはなかったのだけど。何故か、腹を抱えて笑い始める。薄暗い教室に豪快な笑い声が響き渡り、騒然となった。


「俺、おかしな事言ったかな?どうして笑われてるのか、理解できてないんだけども」


「ご、ごめんっ……でもさ、蒼太が珍しく真面目な顔で、似合わない台詞を言ってたからっ……あはは。アンタ、私を朝から笑い殺す気なのっ……?」


 断言する。そんなつもりはさらさらない。

 だけどそれとは裏腹に、笑いの尾が引いて、ひぃひぃと呼吸困難になっている友恵は、涙を浮かべている。


「……し、失礼な。俺は友恵を心配して言ったのに」


「もしかして、昨日の一日中、私の心配をしてくれてたとか?」


「え……?」


「んーん、なんでもないから今のは忘れて。心配してくれてたのなら、お礼は言うけど、その気持ちは茉瑠奈にあげてよ。あの子、やっぱりまだ落ち込んでるみたいだから」


 友恵はそう言いながら、顔を俯かせる。まるで、親友の痛みは、自分の痛みでもあるといった感じで。

 俺の心が、一瞬でざわついた。


「やっぱり、まだ日曜日の一件を気にしてるの?」


「良くも悪くも、いろいろと思い詰めちゃうのが茉瑠奈だからね……あとは本人の気持ち次第で、私がなにを言っても意味はないみたい。

 でも、アンタからの言葉だったら、少しは茉瑠奈も元気になると思うから。この意味は、もう言わなくてもわかるでしょ?」


 俺は、無言で頷く。

 そうと決まれば、居ても立っても居られない。今すぐに、茉瑠奈の教室……Dクラスに赴こうとしたものの、時計の針は、ホームルーム開始の五分前を指している。あまりにものもどかしさに、俺は舌を打った。


「焦らなくても、今日は半日授業だし、どこの部活も休みだから。放課後に、ゆっくり話せばいいでしょ?」


 そんな俺を見かねた友恵は、大きなため息を吐く。


「部活が休みなら、友恵も一緒に……」


「私、今日は用事があるから無理。だから、蒼太と茉瑠奈の二人で、話すの。いい?頼んだからね」


「……任された」


 そうして、友恵は俺にそっぽを向くかのように、再び窓の外の景色を眺める。その横顔に、少し寂しそうな雰囲気を纏っていたのが気になったが、どうしてか言葉をかけるのが憚られたので、無言のまま自分の席に腰を下ろした。


 逸る気持ちを必死に押さえ込んで、ようやく迎えた放課後。俺は、飛び出すように教室から出ると、急いで隣の教室ーーDクラスの引き戸を開けた。

 名前も知らない生徒達の視線を浴びるものの、そんなものなど意に介さず教室を見渡したが、どこにも茉瑠奈の姿はない。

 茉瑠奈は、美術部だと言っていたな。念のため、一応確認しておくか。そう思いあたった瞬間には、既に足が動いていた。


 美術部室は、三階の実習棟……一年生の教室が並ぶフロアをぐるりと回った、奥側に位置する。俺は、無心で階段を駆け上った。


 ……思えば、俺が他人のために一生懸命頑張るなんて、いつぶりだろうか。何故、こんなにも一心不乱に、息を切らして、走っているんだろう。自分の体は、とうに限界を迎えていて、お節介なんかしている余裕などない。


 これは、迷子の気持ち。心が一人歩きし過ぎて、俺はそれに置いてかれてしまっているーーそう……自分で、自分の気持ちが理解できていない。

 でも、それでも。どうしてか、茉瑠奈の悲しむ姿は見たくないのだ。

 だから、走っている。今はそれだけで良いーー。


 肩で息をして、美術室の前に立つ。

 全ての部活動が禁じられており、早急な下校を命じられているというのもあってか、周囲に人影はない。引き戸を開けようとすると、壁と戸に微かな隙間が空いており、中には人の気配が複数あった。


 俺は、様子見の意も含めて、ガラス窓からこっそりと中の様子を覗き見る。教室の中央に、計四人の人影。茉瑠奈と、茉瑠奈を取り囲む女子生徒が三人。

 あまり、良い雰囲気とは言えない状況だった。


「こぉんなに早く学校が終わったわけだしぃ、今から駅前まで遊びに行こうと思うんだけど、私達お金がないんだよねぇー。悪いんだけどさ茉瑠奈っ、お金貸してくれない?私達、小学校からの仲なんだし、いいでしょ?」


 髪を栗色に染めたショートカットの女が、ねっとりとした口調で催促するかのように、茉瑠奈へ向けて手のひらを差し出した。


「きぃちゃん……ご、ごめんね?貸してあげられるほど、持ち合わせがないんだ……それに、今は物騒だし、あまり出歩かない方がいいと思うよ?」


「アンタに指図される筋合いはないし、第一そんなの聞いてないし!私は、ただお金を貸せって言ってんのぉっ!」


 きぃと呼ばれた女は、鋭い剣幕で茉瑠奈に詰め寄ると、荒い口調でまくし立てる。おおよそ、金を貸してほしいと頼む人間の姿勢ではなく、これではただの恐喝行為。俺は、この女の醜態に、呆れを通り越して憐れみさえ覚える。


「ご、ごめん!……でも、本当に持ち合わせがないから、あの……」


 茉瑠奈は、きぃの勢いにすっかり気圧されてしまって数歩後ずさるものの、それを阻むように、他二名の女子生徒が壁となって立ちはだかる。最早、逃げ場はない。


「……じゃあ、いいよ。アンタも、私達と一緒に駅前まで来なよ。そんでさぁ、今流行りのパパ活っての、してみようか」


「な、なにそれ……パパ、かつ?」


「援交……とはちょっと違うか。とりあえずぅ、寂しいパパとご飯を一緒に食べてぇ、遊びに行ってぇ、お金を貰うの。セックスなしで、それだけ。

 いいでしょ?楽ぅにお金を稼げるし、アンタの容姿ならおじさんにもモテるって。もしセックスを迫られたら、お金を上乗せしてもらって、やっちゃえばいいんだしさ!

 茉瑠奈、いい歳こいてまだ処女なんでしょ?ここらで捨てとけばぁ?」


 きぃは、虫酸の走るような、薄汚い言葉をつらつら並べ終わると、きゃははと耳障りな甲高い声で笑った。

 すると、女二人もそれにつられて笑う。


「あはは、きぃ、どんだけ鬼畜なのっ!」


「でも、それいいんじゃん?やらせてみようよ!」


 彼女にとって、絶対的に未開である、淫猥な大人の遊びのあれやこれやを、想像してしまったのだろう。その表情は、すっかり怯えきっていて、茉瑠奈は力なくかぶりを振った。


「や、やらないよ、そんなの……絶対、やらないッ……!」


「ああ!?じゃあ、お金はどうすんの!?アンタ、持ち合わせはないんでしょ。なら、自分の体で金を稼いで、しっかり私らに貢いでもらわないとねぇ!?」


 容赦というものなど微塵もなく、きぃは茉瑠奈の肩を突き飛ばす。

 衝撃の赴くまま、彼女は受け身さえとらずに、固い床に叩きつけられてしまった。


「あぅッ……!」


 そこに俺が介入するという事は、余計に事態を悪化させかねないし、逆に茉瑠奈の立場を危うくさせる可能性もある。だが、これ以上は我慢の限界だ。

 俺は、力の限りで戸を開ける。きぃや、他二名の女、茉瑠奈の視線が、一同に集まっている。


「……な、なんなのよぉ、アンタ?」


 この女の魔の手に、茉瑠奈を晒しておくなど断じてならない。何より、こんな悪虐行為など、許されていいわけがないだろう。

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