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死神の箱庭  作者: 北海犬斗
王ノ産声
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ずっと一緒に

 リクと契約してからの四年間。

 絶え間なく死神を殺し、魂を燃やし続けた代償に、俺は味覚を失ってしまった。

 失ったと言っても、極端に塩辛かったり、極端に甘ければ、薄っすら感じられる程度には残っているみたいなのだが。

 どんなに美味しそうな料理だろうが、口に入れれば無に等しく、味のわからないモノをただ虚しく咀嚼するだけ。


 初めこそ、食事を楽しむという、人として至極当然の行為ができなくなってしまい戸惑ったものの、今ではそれがあたりまえ。

 やがて、三大欲求のひとつである食欲すらわかなくなり、食事は楽しむものではなく、死神を殺すための原動力を、補給するものとなった。


 ……けれど、茉瑠奈がくれた弁当は、不思議にも美味しいと感じたのだ。

 もちろん、味などしないのだけれど。それでも、ただのエネルギー補給であり、苦痛となっていた食事を、久しぶりに楽しいと感じられて我ながら驚く。

 できるのであれば、また食べたいものだな。


 キッチンに向かい、いそいそと昼食の準備を進めているリクを眺めながら、そうぼんやり考えていると、ふとある事柄が頭の中をよぎる。


 ……茉瑠奈と友恵は、大丈夫だろうか。


 流行りの都市伝説や噂の中に生きる、死神という異形の存在と対面した上に、そいつの引き起こした騒動に巻き込まれたわけで。

 友恵の擦り傷や打撲なども勿論そうだが、二人の精神面が心配だ。


 セイジロウとの邂逅の後に、二人と合流してすぐに帰宅したのだが、当然ながらすっかり意気消沈しており、表情は暗かった。

 特に、茉瑠奈は自分が水族館に誘わなければ、と自責の念に駆られ、ひどく落ち込んでいたのが心残りである。

 結局、それは結果論であり、茉瑠奈の責任ではないと口ではいくらでも言えるものの、あとは本人の気持ち次第なわけで。

 時間が経てば、自然と心の傷も癒るというものだが、やはり心配ではある。

 せめて様子を伺うだけでも、と携帯を手に取り、登録数の少ない連絡先を呼び出したが、


「……」


携帯を閉じて、ベッドの上に置いた。


 俺が、今の二人に通話ないしメールを送ったところで、一体何になるというのか。今はとにかく、そっとしておいた方が良い。


「……どうかしましたか?何やら、難しい顔をしていますが」


 こじんまりとした丸テーブルの上に、器を並べるリクが、こちらの表情を伺いつつそう言った。


「あ……いや、なんでもない」


「そうなのですか?それでしたら、昼食の準備が整いましたので」


 リクの視線の先、丸テーブルの上には、長らく仕舞いっぱなしだった白い茶碗がふたつ。白い湯気を漂わせている。


「リクも、食べるのか?」


「はい。食べますけど、問題でも?」


 死神は、人間の魂を喰らい、自らの命を繋ぐ存在。故に、食事というものをする必要が無い。が、例外として、人間の食べ物を好む死神もいる。すっかり忘れていたが、リクもそんな死神の一人だ。

 女の子のように甘いものが大好きで、料理を作るのも楽しいのだとか。

 俺にまだ味覚があった頃は、毎日リクの手料理を食べていて、弁当も持たせてくれていた。


 最も、味覚を失って固形物を食べるのが苦痛になってからは、それら全てを断ったのだが。


「まぁ、いいや。せっかく作ってくれたんだし、冷めないうちに食べよう」


「そうしましょう。蒼太さんがなるべく食べやすいよう、以前購入していたお米を使って、お粥にしてみました。ゼリーやヨーグルトだけでなく、たまにはこういったものも、食べた方が良いのではと思いまして」


 ちなみに。俺が『死神殺し』として活動し、名前が各地に広まったため、名声欲しさにこの首を狙う契約者も多い。

 なので、身元が漏れぬように髑髏の仮面を嵌め、リクには主と呼ばせているわけだが。自宅など、プライベートの場では、特にそう命じたわけではないのだが、俺を蒼太と呼ぶ。


「お前の心づかいには、いつも頭が上がらないよ」


 ベッドから腰を上げて、丸テーブルの前に座り、スプーンを手に取る。対面で腰を下ろしたリクも、同様に。

 そして、スプーンで粥を掬い、口へと運ぶ。


「うん。美味い……と思う」


 体が温まり、微かな塩味。俺がそう感じられるというのなら、常人が口にすれば悶えるほどの塩分が、この粥の中に入っているのだろう。


「なぁ、リク。お前の分は、塩っぱくないのか?」


 自分の粥を、黙々と食べるリクを見て、俺は思わず聞いてしまった。


「蒼太さんの分は、別で作ってますから。私のは、むしろ塩分控えめの粥になってます」


 なるほど。ちゃっかりしてるところは相変わらずだな、と呆れつつも笑う。

 そして、二口目を掬って口に運ぼうとした瞬間、右手の感覚が途切れた。


 かちゃん。


 音を立てて、スプーンが床に転がる。つい手元が狂ってしまったか、と思いつつ手を伸ばしてスプーンを拾おうとするも、主人の命令を拒絶する右手が、それを許さない。

 もどかしくも、二、三回ほど空を切ったところで、俺は諦めた。


「蒼太さん……まさか」


 一連の光景を見ていたリクは、いよいよ

 ただ事ではないと察して、震えた声を上げた。


 味覚に始まり、脚の感覚が薄れ、ついには、右手が言うことを聞かなくなってしまったらしい。

 情けなく、小刻みに震える手は、落としたスプーンを拾う事さえままならないのだ。


 戦闘において、これは致命的。大事な局面で、これらの症状が一度に出てしまえば、最悪命に関わる事態にもなりかねない。

 何より、こんな状態であのセイジロウの首を取るなど、到底不可能。

 それどころか、そこらの死神にさえ敗北してしまうだろう。

 今まで、騙し騙しでなんとかやってきたものの、本当に限界が近いのかもしれないな、と自分の体を客観的に見て、俺はため息を吐いた。


「なぁ、リク……お前と契約してからの四年間は、本当にいろいろな事があったよな」


「……蒼太さん?」


「遼とワルサー、マイヒメやフゥと出会って、『死神ギルド』殲滅作戦や『死神の楽園』での決戦。本当に、本当にいろいろあった……だけど」


「え?」


「お前と一緒に、多くの死神と、多くの契約者を殺して、何か変わったんだろうか?

 リクは、この国の死神を殺し尽くすなんて、大それた願いに少しでも近づいていると思うか?

 ははっ……この真庭市に巣食う死神すら、根絶やしにできていないってのになぁ。ああ、なんて途方もなくて、馬鹿げた願いだろうか……!」


 自嘲を混じえつつ、自らの掲げた願いを思い返して、途端に虚しくなる。この国には、今や数え切れないほどの契約者と、死神がいる。

 それでも、当時の俺は全ての死神を殺すのだという、馬鹿げた理想を抱いて、ただ真っ直ぐに走っていた。

 そんなものは無理だと疑わず、ただひたすら、真っ直ぐに。


 だが、結果はこんな有様だ。


 一人の契約者が、躍起になって死神を殺し回ったところで、底が見えるどころか、むしろ遠ざかってすらいる。今この時にも、新たな契約者は、どこかで生まれているのだろうから。


「馬鹿げてるだなんて、言わないでくださいッ!」


 顔を悲しげに歪めるリクは、思わずといったように声を荒げる。


「いいや、馬鹿げてるだろ。なら、体も満足に動かせなくなった俺が、この国の死神を殺し尽くせるだなんて、お前は本気で思えるのか?この先、もう長くないであろうこの俺が?」


「……私は、蒼太さんを信じています」


 真っ直ぐと、信頼の眼差しを向けてくるリクの言葉には、きっと嘘も偽りもないのだろう。

 だが、今の俺には、彼女の信頼に応えられない。


「……今まで、この手にかけてきた契約者のためにも歩みを止めてはいけないと、勝手に抱いた責任感とか。家族の仇のために、セイジロウを討つとか。

 そんなの一切合切捨てて、死神を殺す使命とかも捨てて、どこか遠い地でひっそりと二人で暮らそう?どうだ、リク。名案じゃないか?」


 俺は、言葉の通り全てを投げ出すように、大の字になって寝そべると、鬱屈とした天井を見上げて渇いた笑みをこぼす。


「蒼太さんが、本当にそれでいいのなら……私は、蒼太さんの願うままに、従うまでですから」


 しばらくしてから、遅れて返ってきた返答は、深い悲しみと戸惑いに満ちている。そしてリクは、それでも、と続けた。


「それでも。私は、ずっとお側にいますから。蒼太さんがどんな道を選んだとしても、ずっと一緒です……」

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