誠次郎
ーー『誠次郎』。
その名前には一応意味があり、誠実な人であれという願いと、単純に二番目の子どもであったから、それらを組み合わせて誠次郎。
どこか在り来たりな、僕の名前だ。
父は会社を経営しており、家庭は比較的裕福な方であった。
この世に生を受けてから今まで、思えば金銭面で困った事はなかったな。
会社の経営が右肩上がりになるまで、散々苦労してきた父は、幼少期の頃から兄と僕に礼儀作法や学業の面で、非常に厳しく教育した。
父の意向に沿えば褒められ、外れれば叱られる。
時には、暴行を振るわれる事すらあった。
故に、兄と僕は必死に父の教えを守り、所謂優等生を目指して頑張った。
成績優等で、スポーツが出来て、友達から信頼される、絵に描いたような優等生。
必死の思いで優等生になれたものの、僕達は自分の感情を失っていた。
ただただ父のプログラムした事だけを忠実に実行する、ロボットになってしまったのだ。
最早、生きているのか死んでいるのかさえもわからない。教えだけを守ってぼんやりと生きる。
そんな、あやふやな存在になってしまったーー。
「ーーどうか……どうかお願いします!娘だけは、娘だけは殺さないであげてください!
まだ、まだ中学生になったばかりなんだ。この娘には未来があるッ……だからッ、どうか……」
「……」
一緒に優等生にはなれたものの、兄と僕の頭脳には決定的な差があったらしい。
兄は一流の大学に受かり、僕は一流の大学には受からなかった。
父に勘当された僕は、金を渡されて家を追い出された。と同時に、父の呪縛から解放された事にホッとした。
……が、僕はずっと優等生を目指して生きてきたのに、遂には優等生にもなれない、半端物のロボットになってしまった。
平凡で、なにも取り柄の無いロボット。
一人暮らしを始めてからしばらく経った頃、駅のホームで電車を待っていると、人が突然目の前で肉片になった。
僕は、心の底から感動したッ……!
今まで、生きているのか死んでいるのかさえわからなかったロボット。だけどロボットは、人の美しい死を間近で目撃した事により、ようやく自分が生きている実感を得る事ができたのだ!
もっと見たい!もっと感じたい!!
人が死ぬ事によって感じる、自分が生きているという安堵感。
だが、やがてそれは人間として最悪な行いなのだと考え直し、僕はその感情に蓋を閉じた。
また、ロボットに戻るーー。
「ごめんなさい。そのお願いを聞いてあげる事は、できないんですよ。本当にすみません」
きっぱりそう言って頭を下げると、男は言葉を失ってしまい、目を見開いて硬直していた。
せめて、安らかに。首を、手刀でポキリと折ってやる。
程なくして、男は口から血を吐いてパタリと倒れて絶命した。
その様は、糸を切られた糸釣り人形が地面に落ちたような、なんとも言えない呆気なさ。
「あんっ!随分あっさりと殺しちゃうのね、セイジロウ」
「ああ、レジーナ。
時間をかけて殺したところで、この人はきっと美しくない」
黒絹のような長い黒髪に切れ長の瞳、全ての男を魅了するようなボディライン。
動きの一つ一つに色気を纏っており、おそらく百人中百人が美人だと頷くであろう、黒いローブを着こなすレジーナは、くすりと微笑んだ。
「ふふっ、単に貴方の好みじゃなかったわけね」
「ご名答。今後キミに嘘をついても、全てが徒労に終わりそうだな……さて、お待たせ」
先ほどまで、父親であろう男の背後に隠れていた少女は酷く顔面蒼白で、感電したかのようにガタガタと震えていた。
恐らくは、幼いながらに自分の未来のビジョンが容易に想像できているのだろう。
歪んだ可愛らしい瞳から、大粒の涙が洪水のように流れて顎から落ちる。
「僕の本命はね、キミなんだよ」
きっと僕は今、満面の笑顔を浮かべているのだろう。
嗚呼ーー
生きているのだな、僕は。