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死神の箱庭  作者: 北海犬斗
翅化計画2
37/74

灼灼と煌めく

 既に黄昏時も終わりを告げ、世界は黒々

 とした闇に包まれた。

 街灯や、建物、周囲の街並みに明かりが灯り始める。

 異形の呻き声が木霊する暗闇に包まれながらも、街は煌びやかで、どこか暖かい情景を醸し出す。アンバランスで、不気味さを孕んだコントラストの海。その中を、まるでトビウオのように、潜っては跳ね、また潜っては跳ねるを繰り返す一体の死神がいた。


 ビルの屋上から、その先のビルへと飛び移る死神は隻腕であり、しかし満足そうな息を漏らしながら、また次のビルへと飛ぶ。

 死神ーーシュラの身に纏うローブは、意気揚々としている主人とは裏腹に、ところどころが千切れ、破けていた。

 まるで、激しい風雨にさらされて、何度も地面に引きずられた、一枚の布のように痛々しい。


『死神殺し』との死闘の末、その後はハイエナ、ワルサーも介入し、戦闘はさらなる激化の一途を辿った。

 三体一の戦況は、さすがのシュラでも部が悪い。一度は、精魂尽きるまで闘い抜き、見事に散るのもまた一興とは思ったものの、こんなに楽しい殺し合いを、たったの一度きりにするのを惜しんだ。

 その果てに、シュラは退却の道を選んだのだ。


 失った右腕は、自然治癒に任せれば丸三日はかかる。が、契約者の魂を三日分一気に喰らえば、即座の再生も可能。

 まずは、一度戦況を整えるのが最善の一手ーー。


「んんッ……実に、心踊る闘いであった。こんなにも心踊ったのは、いつぶりだろうか。

 しかし、噂には聞いていたが、『死神殺し』……あれほどの強者が、この街にいたとはなァ」


 人間風情の大名気取りが統治するこの日本において、それに付き従う"死神の外様(とざま)"と呼ばれる契約者と死神が、数多く存在する。

 外様の主な役目としては、野良の死神の抹消、或いは捕獲。

 その外様の中でも、特に突出した戦闘力を持つ、"御三家"と称される者達がいた。


 ーーそれが、『死神殺し』とリク、


 ハイエナとワルサー、


 マイヒメとフゥ。


 御三家の情報は、数多(あまた)の契約者と死神達の間で、恐怖と好奇心の象徴となり、全国を渡り歩いている。

 死神と契約した者ならば、嫌でも耳に入るであろう情報。正直、半信半疑のシュラであったが、今日という日で確信に変わった。


 御三家は、本当に実在するのだと。それどころか、情報通り……いや、情報以上に高い戦闘力を持っている。


「んハハッ……」


 ビルの建ち並ぶ駅前から、住宅地へと移り、そこから外れた森林地帯へと移動して、シュラは一人(わら)う。


「次こそは必ずや、貴様の首をいただくぞ……『死神殺し』」


 もしくは、こちらの首が取られる可能性もなきにしもあらず。だが、シュラはそれはそれで良いと思っていた。

 全身全霊の限りを尽くし、死闘を繰り広げ、その上で築いた結果であるのならば、異論はない。


 不気味な嗤い声の尾を引きながら到着したのは、街の外れにある小さな廃工場。

 周りの外壁には、無数の(つた)が絡みついている。今より、ずっと前に倒産したのだろう。長い間人の手がついていないため、すっかり活気を失った佇まいであり、錆びれた装置には埃がまみれている。

 ここが、シュラの契約者と、シュラの拠点だ。


 半開きになった門をくぐり、工場内へと入ると、見知らぬ影が二つ。

 歓迎的な雰囲気ではなく、だからと言って明らかな敵対心とも言えぬ、ただならぬ気配を放っていた。


「やぁ、待っていたよ」


 黒いタートルネックに緑色のジャケットを身につけた、長めの髪を揺らす青年は、両手をポケットの中に突っ込み、シュラへと笑いかける。その笑顔は、正に暗黒。上っ面は笑顔に装っているものの、腹の中では何を考えているのか。

 なるほど。この男が契約者で、その隣の不快な色気を振り撒き、長い黒髪を蓄えた女が死神か、とシュラは推測する。


「何用だ、貴様ら。ここが我が契約者と、我の縄張りと知っての無礼か?」


「ああ、ごめんごめんっ。一応、契約者に挨拶は済ませてあるから、そう怒らないでよ?用が終わったら、すぐ帰るしさ」


 青年は片目を瞑って嘘臭く慌てると、ちろりと舌を出して謝罪した。


「だから、その用はなんだと聞いているのだ。それに、契約者は今どこにいる?」


「安心してよ。契約者は、上の階にちゃあんといるからさ。ちょっと、身動きが取れないように、キツーく縛らせてもらってるけどね?」


 そう(うそぶ)く声は、始めは平坦であった。だが、言葉が並んでいく度にそれは狂気と楽しさを孕み、増していく。


「……何ィ?」


 その言葉を聞いたシュラは、瞬く間に周囲へおびただしい殺気を漂わせる。

 常人であれば、身動きひとつ取れないであろう重圧。しかし、死神の女はそれに気圧される事はなく、心底呆れた表情を浮かべるとかぶりを振った。


「貴方ね、ちょっとは落ち着きなさいな。まだ、セイジロウの話が終わっていないでしょうに。

 これだから、脳まで筋肉になっている死神は嫌いよ!血の気ばかりが先行して、自分本位だし自尊心が強いし……まったく、色気の欠片もありゃしない」


「女ァッ!今は貴様の言葉など、聞いておらんわッ!!」


 怒りの沸点が急上昇しているシュラは、土煙が吹き上げるほどに、地面を踏み鳴らした。

 老朽化した廃工場が、堪らず軋みを上げる。


「レジーナ、キミは余計な口を挟まないでくれないか。これは、僕と彼の話なんだから」


「そ、そんなっ……ああ、なんて意地悪なソウジロウなのかしら」


 レジーナは息を呑むと、よよよ、と肩を下げて落胆した。


「何故だ!何故、貴様は我と契約者に仇をなす!?見たところ、貴様と我は初見同士。個人的な怨みを晴らさんとする、復讐者というわけでもなさそうだがッ!?」


「そうだね……まぁ、片恨みってやつかな?僕はね、単純にキミの契約者が気にくわないのさ。

 同族嫌悪って言うんだろうね、こういうの。キミの契約者は、無差別に人を殺して喜ぶ、猟奇的快楽殺人者だ。ターゲットは誰でも良くて、怪奇や異常を追い求める。そして、快楽を得るんだ。

 その在り方にね、僕は無性に腹が立つッ!」


 最初こそ、笑顔を浮かべて話していたものの、次第にセイジロウから笑みが消え、最後には禍々しい感情を爆発させる。彼の背後からは、到底人間のものとは思えない、ドス黒いオーラが震えていた。


「僕は、無差別なんかに人は殺さないよ?……この人だ!っていう感覚を与えてくれる人しか、殺さない。

 そして、芸術的に殺した果てに、自分が生きているという実感を得るんだ……僕はただ、キミの契約者に人間という大事な素材を横取りされるのが、我慢ならないのさ。だから、契約者を殺す。

 キミには、できれば邪魔をしないでほしいっていうお願いをするために、ここで待っていたんだ。邪魔をしないのなら、見逃してあげるよ?」


 ここまでで、シュラはなるほどな、と思う。セイジロウという男は、天災だ。

 地震、洪水、台風のそれに近い。

 こちらが害を与えなくとも、彼は勝手に恨みを孕ませて、牙を剥くのだ。

 これを、天災と言わずしてなんと表すのか。


 とにかく。

 セイジロウは、契約者を殺すと言う。正直、ならば勝手にしろというのがシュラの意見。しかしながら、セイジロウとレジーナは自分の領域(テリトリー)に、土足で踏み込んだ。

 領域に入り込んだ上、つまらない口上を垂れ流す不届き者は、誰であろうと排除する。


 ならば、これは殺し合いではなく、断罪であるーー。


「……セイジロウと言ったか?すまないなァ、貴様に手加減はしない。初手から、本気でいかせてもらうぞォッ!!!」


「そうかい。残念だ」


 シュラは膝を大きく沈めると同時に、契約者から三日分の魂を喰らう。失った右腕は一瞬で再生し、さらにもう一日分喰らう事で、自らの肉体の機能全てを底上げした。

 そうして膝を大きく沈めると、次の瞬間には弾かれた弾丸のように、セイジロウ目がけて一気に跳ぶ。


「レジーナ」


「わかってるわ、セイジロウーー愛してる」


「ああ、僕もさ」


 レジーナはセイジロウの背後から両手を回すと、彼の右頬に口づけをしたーー。


「ぐゥッ!?」


 瞬間。

 まるで、目の前に見えない壁でもあるかのように、正体不明の衝撃がシュラを襲った。

 しかし、肉体を強化したシュラは強引に前へ進み、僅か一秒という速さで、セイジロウの眼前に到達する。

 拳を大きく振り上げたところで、ある違和感に気がついた。


 ーー死神が、いないだとッ!?


 先ほどまで、セイジロウの隣にいた死神の姿はなく、それどころか気配すら感じられないーー何より、セイジロウの出で立ちが全く変わっている事に、シュラは二度目の驚愕を味合わされる。


 緑色だったジャケットは、真紅のコートに。髪の毛は腰の位置まで伸びており、月明かりに照らされた部分が、灼灼(しゃくしゃく)と紅く燃え上がる。

 端正な顔の半分が髑髏を模した仮面に覆われており、隙間から覗くドス黒い瞳が、シュラを見据えて嗤っていた。


 契約者と死神が心を同調させ、身体も、心をも重ね合わせる事で、一心同体となる。


 ーーまさか、これが噂の同調型だとでもいうのかッ!?


 戸惑い。

 たった一瞬の戸惑いが、シュラの攻撃を遅らせる。セイジロウは、それを見逃さない。

 一歩だけ、左脚を踏み込ませた。


「ぬォォォォォッ!!!」


 振り下ろされるシュラの右腕。神の鉄槌を連想させる重たい一撃は、くらえば重症、最悪で即死。

 しかし、先ほど踏み込んだ左脚が、正に生死の明暗を大きくわけた。


 拳はセイジロウのこめかみを僅かに掠めると、虚しく空を切る。全力の拳を空振ったシュラは、体勢を崩してよろめいた。


「ーー何ィッ!?」


 そんなシュラの顔面に、セイジロウの放った右の拳が待ち構えていた。

 万全の体勢から放たれ、恐ろしいほどに重みが乗ってあり、さらにはシュラの勢いさえも利用しようとする拳に、思わず戦慄を覚える。

 最早、避ける事は叶わないーー拳は、シュラの顔面に鋭く突き刺さったーー。

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