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死神の箱庭  作者: 北海犬斗
堕胎ノ警鐘2
36/74

扉は閉まる

 それは、瞬きの間にことを終えた、ほんの一瞬の出来事だった。

 その光景に、背の高いローブも、小さなローブも、思わずといったように息を息を呑む。


 誰がどう見ても、戦況は死神の圧倒的有利で進んでいたはず。相対するリクは防戦に回っていて、猛攻を捌くので精一杯の様相だった。

 しかし、結果として右腕を刈り取られ、大量の血を噴き上げているのは、死神の方。

 禍々しくうねる鎌の刀身が、おびただしい鮮血で濡れている。まるで、獲物の生き血を、美味しそうに啜るみたいに。


「ぐォォォッ!?……んんッ、んハハ、ハハハハハハハハァッ!!今の攻撃は、完全に見えなかったぞ?

 さすがは、『死神殺し』といったところ。先ほどまでの戦いぶりは、本域でなかったというわけかッ!」


 切断口から血液を垂れ流しながら、しかし死神は焦るわけでもなく、心底楽しそうに言葉を並べ立てた。

 痛みさえも、彼の悦びだとでも言うかのように。それはもう、嬉々として。


「貴方の御託(ごたく)など、聞きたくありません。それよりも、早く構えなさい。

 次は、左腕を切り落とします。その次は、脚にしましょうか?

 私の主に危害を加えた罪の重さ、その身を以って知らしめてあげましょう……!」


 リクは冷え切った瞳を、仮面の隙間から死神に向けると、鎌を死神へと振りかざす。

 瞬間、室内に風が吹いた。

 当たり前だけど、密閉された屋内に風が吹くわけはない。とするならば、この風はリクの殺気が具現となったものなのだろう。


「んんッ!それは喜んで望むところよ……我が名は、シュラ。貴様のような強者を、ずっと探し求めていたのだ。

 か弱き人間を殺すなど、ただの暇つぶしに過ぎん。戦場で強者と死闘を繰り広げる事こそが、我を何より昂らせるのだッーー!!!」


 シュラの言葉を皮切りに、再び合間見える二体の死神。

 リクの重戦車を彷彿とさせる前進に、シュラは後方へと追いやられる。眼前には、鎌の切っ先。あと一歩で届くそれは、シュラが左手で柄を握っているため、その先への侵攻を阻まれている。

 鎌を強引にリクへと押し返すと、シュラは余裕を孕んだ声音で問う。


「ーー貴様。まさか、あれで本域というわけでもないのであろう?」


「当然です」


「奇遇だなァッ……実は、我も同じだったのだ」


 先ほどまでの戦いが、まるで児戯だったかのように、より一層熾烈(しれつ)を増した攻防が繰り広げられる。

 ぶつかり合い、弾ける両者の闘志は、周りの人間の体さえをも、ずたずたに切り刻んでしまいそうだ。




「友恵、立てる?」


 五階フロア後方で展開される激闘を余所目に、蒼太くんは友恵のもとに駆け寄ると、手を差し出した。


「蒼太……いい、自分で立てるから。それよりも、あんたは茉瑠奈の側にいてあげて」


 友恵は、蒼太くんの手のひらを一瞥すると、首を左右に振って、自ら立ち上がろうとする。でも、体の受けたダメージは本人が思っているよりも大きかったようで、再び床へと倒れこむ。

 それを見かねた蒼太くんは、強引に肩を貸すと、友恵を引っ張り上げた。


「こ、こらっ……あんた」


 驚いた表情を浮かべる友恵は、すかさず握りこぶしを作る。けど、もうそれを振るう元気は残ってないみたいだった。

 少しの間だったとはいえ、人外の存在と対峙して、その上地面に叩きつけられたのだ。

 その体力の消耗たるや、私になんて想像もつかない。


 蒼太くんにされるがまま、友恵は肩を借りてようやく立ち上がる。


「いいから。あんま頼りないかもだけど、こういう時くらいは頼ってくれ」


「ん……ありがと」


 そうして、二人はゆっくりとした足取りで私の方へと向かって来る。

 私は、その二人を見て、ホッと胸を撫で下ろした。

 一難去ってまた一難。それらを乗り越えて、怪我は負ったけど大切な二人は無事。今は、それだけで充分。


「おねぃちゃん。悪者は、いなくなった?」


 抱きかかえていた女の子は、私の顔を覗き込んむと、くりくりとした瞳を私に向けた。


「うんっ。大丈夫、悪者は遠くへ行っちゃったよ。さぁ、早くここから出て、お父さんとお母さんに、会いに行こう?」


 私は安心させようと、女の子の頭を撫でる。すると、女の子がきゅっと抱きついてきた。


「……茉瑠奈、怪我はない?」


 蒼太くんに身を預けつつ、腕と脚に痛々しい痣をいくつも浮かべる友恵が、元気のない声を絞り出す。

 もう、声を出すのも精一杯という感じだった。


「友恵のおかげで、私は大丈夫。それよりも、友恵の方こそ」


「こんなの平気平気っ、いつつ……」


 残された体力を振り絞って、強がる友恵だったけど、すぐに痛みで顔を歪める。


「友恵、カッコ良かった。やっぱり、友恵は私のヒーローだよ」


 私と死神の間に、果敢にも飛び込んで来た友恵は、紛れもなく私の憧れるヒーロー、友恵だった。

 幼少期の記憶の中で駆け回る、私の憧れそのもの……。


「ヒーロー?……へへ、そんなんじゃないってば。それよりも、その子は?」


「そうだ。この子、両親とはぐれちゃったみたいなの。早く、ここから出してあげないと……!」


 気持ちがはやる。

 今は膠着状態に入っている戦闘も、またいつ激化かするかわからない。また、巻き込まれる可能性だってある。

 自分はいいから、せめてこの子だけでも、という想いはあるけれど。結局、自分なんかに守りきれる力なんてない。


「茉瑠奈の言う通り、早くここから出るべきだ。けど、友恵がこの状態となると、非常階段やエスカレーターよりも、エレベーターの方が良さそうだね」


 蒼太くんは、既に目前となっている三つの脱出経路をぐるりと見渡して、エレベーターに視線を置いた。

 確かに、この状態の友恵を非常階段やエスカレーターで降ろすのは、怪我人に鞭を打つ行為に等しい。その意見には賛成だった。

 けれど、非常階段やエスカレーター、エレベーターもまだ人で溢れている。


 戦闘が再び激しくなり、嫌な緊張感の中を、重い足取りでエレベーターの乗り場へと向かう。

 乗り場へと着くと同時に、ちょうどエレベーターが五階に止まった。

 定員は三十名。扉が開くと、待っていた人達が、足早に乗り込む。

 私達が乗る頃には、残り僅かな隙間しか残っていなかった。

 この中の誰か一人が、あぶれてしまう……。


「私はいいから、茉瑠奈と蒼太が先に行って。私は、あとから合流する」


 ふらふらとした足取りの友恵が、そう口火を切る。

 しかし、それを蒼太くんが制止すると、私と友恵の背中を押した。


「そんなわけにはいかないよ。茉瑠奈は、女の子を連れてかないといけないし、友恵は怪我をしているだろ?だから、ここは俺が残る。あとから、必ず合流するから」


「バカっ!あんた、なにカッコつけてんの……!?」


 弱々しく掴みかかる友恵をエレベーターへと強引に押し込むと、蒼太くんは微かに笑んだ。


「蒼太くんっ……!」


 私は、蒼太くんへ必死に手を伸ばす。届きそうで、届かない。


「大丈夫。また、あとでね」


 無情にも、エレベーターの扉は閉まり、静かな音を立てて降りて行くーー。

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