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死神の箱庭  作者: 北海犬斗
堕胎ノ警鐘2
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胎動

 お土産コーナーにて用事を終え、展望エリアに戻ると、春野くんがぽつんと一人座っていた。

 夕日に照らされた彼の横顔は、とても綺麗で、どこか憂いに満ちている。男臭さが排除された、繊細な横顔。これで髪が長ければ、きっと女の子にも見えてしまうだろうな。


「お待たせ、友恵は?」


 勇気を振り絞って春野くんの隣に座るや否や、気恥ずかしさを紛らわせようと、即座に問いかける。

 春野くんと、隣り合わせで座っている。緊張で、どうにかなってしまいそうだった。


「お手洗いだってさ。今しがた向かったばかりだよ。どう、良いお土産は買えた?」


 そう答える彼は、穏やかに笑った。

 心臓が、飛び跳ねる。

 私はどうしていいかわからず、慌てて袋を漁った。


「うんっ、あのね……春野くんにぴったりなモノがあったから、つい買っちゃったんだよね、これ」


 嘘。

 最初から、春野くんにプレゼントするつもりで購入したモノだ。

 二、三回手のひらからこぼしつつ、ようやく手につかんだプレゼントを、春野くんに差し出す。


「……これは、クラゲかな?」


 そう言うと、彼は首を傾げた。

 可愛らしいデフォルメが施された、クラゲのキーホルダー。

 つぶらな瞳と、小さな口があてがわれていて、とてもキュートだ。


「これ、春野くんにプレゼント」


 何にも縛られず、ゆらゆらと水中を漂うクラゲ。その姿は自由で、でも寂しげだ。

 そんなクラゲが、なんとなく彼に重なって、買わずにはいられなかった。


「クラゲが、俺にぴったりか……まぁ、良い意味で捉えとくよ。ありがとう、大事にする」


 キーホルダーをキュッと握りしめて、春野くんは頭を下げる。

 よかった。一応、気に入ってはくれたのかな?

 私は、ホッと胸をなで下ろす。


「春野くん。今日は本当にありがとう。せっかくの日曜日なのに、私の用事に付き合ってくれて」


「いや、お礼を言うのはこっちの方だよ。今日は楽しかった。誰かとこうやって遊ぶのって、久しぶりだったから。

 それに、水族館も何年ぶりだったろう……また、三人で行きたいな」


 春野くんは夕日に照らされながら、楽しそうに笑っていた。

 その笑顔は、綺麗だった。


「……ねぇ、春野くん。もしよかったらなんだけど……名前で呼んでも、いい?」


 人生最大の勇気を振りかざし、自分的にはかなり踏み込んだ発言をしてみる。

 この前は一緒にお弁当を食べて、今日は一緒遊べて。

 それだけで充分。でも、贅沢な話かもしれないけど、今日はもう少しだけ距離を縮めたかった。

 今更ながら、煙が噴き出しそうなくらい顔が熱い。

 断られたら、どうしよう……。


「いいよ。じゃあ、俺は茉瑠奈って呼ぶね」


 なんて不安に思っていたけれど、春野くんの返答は予想外に早く、何気ない感じで私のわがままを了承してくれた。


 それよりも、私の名前!春野くんが、私の名前を呼んでくれた!

 たったそれだけのことなのに、飛び跳ねたくなるくらい嬉しい。

 そうなると、こちらもお返しをしなくては。


「そ……蒼太、くん」


 改めて口に出してみて、しみじみと思う。なんて、素敵な響き。

 ただ、目の前の男の子の名前を呼んだだけなのに、私の胸は幸福感に満たされる。


「はい、なんでしょう?」


「あのっ、蒼太くん。また三人で、水族館に来ようね。絶対、絶対だからっ」


「ああ、もちろん」


「蒼太くん……」


 名前を呼びつつ、自分の唇を蒼太くんの頬に近づける。視界は彼の綺麗な肌だけを写し、ほどなくして唇と頬を密着させた。

 どうして、こんな行動を取ってしまったのかは、自分でもわからない。でも、とにかく、今はこうしたかったから。


「……えっ……こ、これは?」


 ぱっと顔を引くと、蒼太くんは顔を赤くさせ、目を大きく見開かせつつ左の頬に手を添えていた。

 そんな蒼太くんを見て、自分の行為に対する後悔と、今すぐ死んでしまいたいくらいの羞恥心を味わう。


「あっ、あのっ、これはっ……今日、付き合ってくれたお礼っていうか……その、こんなこと、他の人にはしないから。蒼太くんだけだから。

 嫌だったのなら、ごめんね……?」


 言葉を並べていく度に、どんどん顔が俯いていく。最終的には、上目がちに謝罪をしてしまった。

 蒼太くんはきょとんとした顔をしていたけど、しばらくして口の端を上げたかと思ったら、お腹を抱えて笑いだす。


 ……あれ、笑われちゃった。


「あはは、ははははっ!

 いや、クラゲのキーホルダーも貰ったのに、さらに素敵なプレゼントを貰えるなんて、思ってなかったから。

 光栄だよ、ありがとう。

 いやぁ、こんなに笑ったのも本当に久しぶりだ。これは、俺も何かお返しをしないとね」


 よ、良かった。少なくとも、春野くんは気を悪くはしてないみたい……って、お返し!?お返しって、お返し?


「いいよ。俺にできる事なら、なんでも言って。茉瑠奈に、お返しがしたいから」


 思いもよらない展開に、思わず息を呑んだ。

 蒼太くんが、自分にできる範囲であればなんでも言ってと。

 自分の想像を越えて踏み込んでしまった地点から、もっと踏み込んでもいいのだろうか?

 でも、勢いに任せ過ぎて火傷をしてしまうのでは、という思いもある。


 本音は私の頬にお返しだけど、欲を言ってしまえば、唇にお返し。


 さらに欲を言えば。


 なんて、途方も無いような思考を張り巡らせてた私の肩を、不意に蒼太くんは抱き寄せるーー。


 息、というよりは心臓が止まるかと思った。

 線の細い見た目とは裏腹に、意外にも胸板が厚い事実にときめいた。蒼太くんの体温を、直に感じる。


「そ……蒼太……くん?」


 しかし、心臓の鼓動は彼の行動に伴っておらず、静かに降り積もる雪景色のように、しんとしていた。

 違和感を感じて、胸に寄せられて動かせない顔の代わりに、瞳だけで蒼太くんの顔を見る。


 私は、言葉を失った。


 蒼太くんは、虚空を一点に見つめたまま、息を潜めている。

 瞳孔は開ききっていて、瞳は闇の底のさらに底。恐ろしいまでに、どす黒く濁る。

 神経を張り巡らせて微動だにしない彼は、全身の毛という毛が逆立たんばかりの、ありとあらゆる感情を、全身から漂わせていた。


 異形へと変貌していく彼を前に、私は恐怖を覚える。


 目の前の男の子は蒼太くんなのか、いや、最早人間かさえもわからない。

 例えるならば、獲物を前にした肉食獣。この世に生まれ落ちた瞬間からそう定められて、本能のままに獲物を狩る肉食獣……いや、違う。もっと、別の何かーー。


「そ、蒼太くん……?」


 私は、震えた声で彼の名前を口にする。

 目の前の彼が、()()()()であるのかを確認するために。


「静かに」


 彼は一言そう言うと、私の肩を抱く腕の力を少しだけ強めた。たぶん、喋るなという意味合いなのだろう。

 私は、言われるがままに口を閉じた。


 こうして、一分は経っただろうか。

 周りの人達からは、人目をはばからずにイチャつくカップルを見るような眼差しで、呆れつつも微笑ましげな視線を送られていた。

 だけど、どうしようもないこの状況。一体どうすれば、と考えていた矢先。


 レストランの方角から、女性の切り裂くような悲鳴が飛んできたーー。

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