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死神の箱庭  作者: 北海犬斗
堕胎ノ警鐘2
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遼とルー子

 ーー()()()、だと?やめてくれ、何の悪い冗談だ。


 雨宮の戯言に、思わず頭を抱えたくなる。目眩にも似た感覚を、足下いっぱいに感じた。

 あいつは、そんな可憐で純情な生き物ではない。百歩譲ってやれば、確かにまだあどけない、小学生の女の子に見えなくもないだろう。

 が、ヤツの本性は全くそれとかけ離れている。酒は浴びるように飲み散らかし、煙草をパカパカと吸っては煙を吐き出す、俗欲にまみれた正真正銘の◯◯アマだ。

 まぁ、そんな事はどうでもいい話。

 何故、ヤツらがこんな水族館にいるのかだ。

 まさか、ただ魚を眺めに来たわけではあるまい。何かしらの目的があって、ここに来ているのは間違い無いはず。だとすれば、まさかーー? 



 遼と呼ばれる青年と、ルー子と呼ばれる少女を目撃してからというものの、春野はまるで石像のように、動きを停止させていた。

 そうなってから、既に数分が経過する。

 みるみる内に顔面が蒼白になり、血色を失う春野の尋常ではない様子に、隣に立つ茉瑠奈は激しく狼狽していた。

 そして、それは私も同じ。

 明らかに、様子がおかしい。こうなると、ただ単にあの二人が、春野の知り合いというわけでもなさそうだけど……。


「春野くん……どうしたの、具合でも悪くなった?」


 背中を指でつつき、茉瑠奈は心配そうに春野の顔を覗き込む。

 そこでようやく、春野は息を吹き返した死体のように動き出すと、茉瑠奈に引きつった笑顔を向ける。


「いや、なんでもない。大丈夫だから……」


 口ではそう言って頬を掻いているけど、誰がどう見ても大丈夫そうではない。

 こちらの緊迫した空気とは裏腹に、あちらは随分と盛り上がっているみたいだけど……。


「遼!鮫はもう見飽きたし、馬鹿にし尽くしましたので、今度はこっちの方に行きましょう!クラゲコーナーで、クラゲをコケにしてやりますですよ!」


 ルー子はそう言うと、こちらへ向かって駆けて来た。無邪気に走る主人の動作に合わせて、ポニーテールも上下左右、縦横無尽に揺れている。

 ……やっぱり、この子は鮫に何かしらの恨みでも持っているのだろうか。鮫に対して愛着を持っているわけではないけれど、出来れば鮫をいじめないであげてほしいと願う。そして、次の被害者はクラゲなんだな。


「おいおい、そっちの方はもう見ただろ?クラゲコーナーはこっちだって!ルー子、思いっきり逆走してるぞー!」


 遼の制止など御構いなしに、ルー子はご機嫌な様子で走り続けた。人と人との隙間を、小さな体で器用にすり抜けると、そのまま私を抜かしてさらに加速する。

 その目前には、先ほどから様子のおかしい春野。ルー子の視線は、完全に水槽の方に行っており、春野には気がついていないようだ。


 あ、このまま春野が避けなければ、間違いなくぶつかる。しかし、春野は春野でルー子に意識が行っていないため、避けるには遅い。

 頼みの綱の茉瑠奈は、心配そうに春野の表情を伺っているし……。


ーーなんて考えていたら、案の定ルー子と春野は激突してしまった。


 「痛ッッッッッーー!?!?」


 「ひゃあッ!?」


 鈍い音を立ててぶつかり合うと、二人は仲良く尻餅をついた。


「ゔッ……あぁぁッ……!!」


 悲鳴にならない悲鳴を上げるや否や、春野は勢い良くうずくまり猫背になると、自らの股間部を両手でおさえだした。


「はっ、春野くんッ!?」


 茉瑠奈の角度からでは見えなかっただろうが、私は確かに目撃していた。ルー子の頭部が、春野の股間にクリーンヒットしていたのを。

 女の私にはその痛みなど知る由もないのだけど、春野の反応を見る限りよほど痛いのだろう。ああ、可哀想に。


「うー、なんかフニって、フニってしたものがおでこに当たったような……」


 そう言うと、ルー子は不快そうにおでこをさすった。そんな彼女の頭を、いつの間にかこちらへ駆け寄っていた遼が、ぺしんと音を立ててはたく。


「こらっ、ルー子!歩く時はいつも前を向いて歩け、走れって言ってるだろ、まったく。

ウチのルー子がすみませんでした!ほら、お前も謝れ!

 そうだっ、お怪我は……無いようですね。うん、良かった!」


 春野の安否を確認し、爽やかな笑顔を浮かべる遼だが、当の春野は瀕死の状態ですよ。確かに外傷はないかもしれないけど、彼は内部に物凄いダメージを受けてますからね。


「あ?……あ、ああ、大丈夫だ、じゃない、大丈夫ですから。はは、気にしないでください」


 春野は一連の出来事に辟易しつつ、遼にぎこちない笑みを送る。心なしか、遼を見る春野の目線が鋭いような気がした。


「彼女さんも、せっかくのデートだってのに、お騒がせしてしまってすみません」


 両手でルー子を立たせると、遼はぺこりと茉瑠奈に頭を下げる。

 茉瑠奈は顔を赤くさせると、手をぱたぱたと左右に振った。


「い、いえ〜。彼女とか、そういうのじゃないですから。えへへ……」


「えっ、違うの?まぁ、いいや。

 とりあえず、邪魔してすみませんって事で!ね、お兄さん」


 遼は気さくな雰囲気で、いまだにうずくまっている春野の側で腰を下ろすと、肩に手を置く。

 そして立ち上がろうとした瞬間、


「ーーーー」


彼は、春野に何か耳打ちをしたように見えた。


「それではお二人共、お邪魔してすみませんでした!ルー子はクラゲコーナーに行きますので!!」


 事の成り行きを見守り、ルー子は元気良くそう宣言すると、今度こそクラゲコーナーの方角に走る。

 その姿を見て、遼はため息をひとつ漏らして頭を掻いた。


「おーい!だから、前を向けと言ってるだろーが!!」


 そしてルー子の後に続くように、遼は足早に追いかけた。


「春野くん、大丈夫?本当に怪我してない?なんか、災難だったね」


「う、うん……ありがとう……」


 だいぶ痛みが引いたのか、茉瑠奈の肩を借りてよろよろと立ち上がる春野。その顔は、死人のように真っ白だ。


 遼とルー子……まるで、台風のような二人だったな。

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