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死神の箱庭  作者: 北海犬斗
翅化計画
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セイジロウ

 ーー『セイジロウ』と呼ばれる男は、絵に描いたような好青年だった。


 電車やバスでは、年寄りや妊婦に必ず席を譲る。そして、自分の行き先は何処へやら、そのまま一緒に下車して家まで荷物を持ってやる事もあった。


 切り揃えられた黒髪を染める事はしない。

 ピアスや装飾品などは一切身につけておらず、せいぜい腕時計が巻かれているくらい。

 

 友人に誘われれば飲み会などにも参加するようだが、基本夜遊びや女遊びもしない。が、年齢の割には気配りなどしっかりできるようで、百七十後半の身長に物腰柔らかな性格、そして整った綺麗な顔立ちからか、女にはそれなりに人気があるようだった。

 彼に好意を抱いている女に押し切られ、仕方なしに一夜限りで性行為をする事も多々あるらしい。

 

 まぁ、彼もまだ二十歳の大学生なのだ。年相応にそういう事くらいあるだろう。

 ここまでならば、つまらない男だなと興味を失っているところなのだが、彼の本性を垣間見た時、私は彼に夢中になってしまったーー。


 ある日、駅のホームでの出来事だ。

 電車が到着する直前、薄汚い服装の男がふらふらとした足取りで線路に飛び込み、次の瞬間には電車と衝突して肉片と血の雨になった。

 その風貌から見て、膨大な借金を抱えてどうにもならなくなったところで、絶望の果てに身投げをした、といったところだろうか。


 まぁ、そんな事はどうでもいい。


 当然のように、電車待ちをしていた大勢の人間達は騒然となる。


 その中には、セイジロウもいた。

 

 ある者は携帯を片手に、興奮した様子で忙しなく現場の写真を撮る。

 ある者は駅のホームの隅で、胃液をブチまけている。

 ある者は、凄惨な様子をただただ眺めて、呆然と立ち尽くす。


 混沌とした駅のホームの中で、セイジロウはただ一人だけ瞳を煌めかせて、地面にこびりついた肉片を見つめていた。

 その様はまるで、欲しくて欲しくてたまらなかった玩具を買い与えてもらった子どものようである。

 そんな彼の姿が視界に入った瞬間、確かに私の胸は高鳴り、セイジロウに釘づけとなった。

 混沌とした現場の中で、一人だけ至福の表情を浮かべて光り輝くセイジロウ。

 彼は、異常者なのだ。

 大多数の反応が当たり前で、彼は異常。

 もっと彼を見たい。もっと彼を知りたい。

 彼の辿る道、その結末さえも見てみたい。


 ーーああっ。セイジロウ、セイジロウセイジロウセイジロウ……。

 なんて、素敵な男なのかしら。

 名前を喉から通す度に身体を駆け巡る、ぞくぞくとした、快感にも似た甘美なる感情。


 セイジロウ。

 その名を喉から通すと、どうにも体が疼く。

 私は必ずや、その窮屈そうな繭からセイジロウを羽化させてあげようと決意した。

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