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死神の箱庭  作者: 北海犬斗
堕胎ノ警鐘2
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水族館のマジック

「はぁっ……生き返ったぁ……!」


 茉瑠奈は至極満足そうに、お腹を両手でおさえてそう言う。

 さすがはファミレス。味は可もなく不可もなく。だが、それ故に味崩れすることはなく、いつも安定ラインを保っている。

 何より、安値でお腹を満たすには最適だ。


「ここは初めて入ったけど、なかなか美味しかったね」


 私と茉瑠奈の向かいのソファ席に座る春野も、満足そうだった。


 私はタラコの和風パスタ。

 茉瑠奈はハンバーグのダブルに、ライスのラージサイズを付けて……ちなみに、茉瑠奈的に今日は特別、ダイエットを抜きにした注文なのだ、と私に主張した。

 そして、春野は何故かざる蕎麦を注文した。


 確かにここはファミレスだ。メニューも、和食から洋食に中華まで、幅広いラインナップ。

 しかし、だがしかしだ。

 ファミレスに来て、わざわざざる蕎麦を注文する人間がいるか?

 それよりも、食べ盛りの男なのだから、もっとこう……がっつりとしたものを注文するべきなのではないだろうか。

 ま、今日はあっさりしたものが食べたかった、と言われればそれまでなのだが。


 敢えてざる蕎麦を選択するところが、春野を春野たらしめるというか、抜けている感じが本当に春野らしい。


「ーー失礼いたします。食後のホットのコーヒーがおふたつ、それとホットの紅茶でございます」


 あ、そうだ。先ほど料理を注文した時に、食後のドリンクを注文してたんだっけ。ランチタイム中は、セットドリンクも安く注文できるからって。

 空いた食器が下げられ、広々としたテーブルにコーヒーと紅茶を並べていく、ウェイトレスの女性。ごゆっくりどうぞ、と一言言うと、スタスタと歩いて行く。


 料理を平らげ、丁度一息ついて落ち着いた絶好のタイミングで、飲み物が並んだ。各々、自分の注文したモノを側に寄せる。

 私と茉瑠奈がコーヒーで、春野が紅茶。


「……あんた、コーヒー苦手なの?」


 私は、ミルクも砂糖も入れず、ブラックのままのコーヒーを一口含み、聞く。

 隣では、茉瑠奈がミルクと少量の砂糖を入れて、ティースプーンで優しくかき混ぜている。


「うーん、独特の苦味が苦手かな。飲めないことはないけどね。ただ、飲むとなるとミルクと大量の砂糖を入れることになるから……それなら、あまりコーヒーを頼む意味は無いのかなって」


 なるほど。要するに、コーヒーの原型が留めなくなるから、コーヒーを飲む意味がないというわけか。

 その意図には納得。


「ふぅん、そうなの……」


 春野からの返答を聞き、私はティースプーンを指で弄りつつ、素っ気なく返す。

 今日の私は黒子だ。話題を提供しつつ、あとは主役の二人に任せる。

 なんたって、私は黒子ですからね。

 しかし、私の素っ気ない反応が気に食わなかったのか、春野は眉をひそめた。


「……なにさ、それ。狭山さんが聞いてきたんだろ?」


「べっつにぃ?」


「別にって、なに?俺、何かした?」


「いいえ、そんなことはなにも。私にはお気になさらず」


 いつの間にか繰り広げられている言葉の応酬に、茉瑠奈はわたわたしている。


「ね、ねぇ……これ飲んだら、水族館に行こうか?」


 さすがは日曜日だ。

 入場券を購入する窓口には、長蛇の列ができていた。子ども連れの家族もそうなのだが、そのほとんどがカップルばかり。

 なんというか、目の前でこれだけいちゃつかれると、自然と世の中の全てを呪ってやりたい気持ちになるものなのだな。

 幸い、日曜日の来場客数にはなれたものなのか、長蛇の列が数分で捌かれ、あっという間に私達の番。


「はい、三名様ですね。通常の入場券もございますが、カップルの方がいれば、カップルチケットはいかがでしょう?四百円お得になりますが……」


 と、窓口のお姉さん。こっちは三人だというのに、なかなか(むご)いことを言うではないか。

 でも、四百円は確かにお得だな。私はそう思い、二人に耳打ちする。


「あんた達が、カップルってことにしておけば?バレやしないって。それで四百円安くなるなら、悪くないんじゃない?」


 言葉を詰まらせる茉瑠奈、春野は吹き出していた。


「と、友恵!なに言ってるの、カップルだなんて……」


「この二人、カップルなんで。私は通常のチケットでお願いします」


 茉瑠奈の言葉を無視して、私は窓口のお姉さんにそう告げる。

 これで、無事に水族館へ入場できるわけだ。しかも、四百円も得をして。


 水族館なんて、何年ぶりだろう。

 思い返せば、小学生の頃に両親に連れて行ってもらった以来かもしれない。

 広大な水槽の中で、あらゆる種類の魚達が生き生きと泳いでいる光景は、やはり圧巻だ。

 茉瑠奈や春野も、思わずため息を漏らしている。


「この歳になって来てみても、やっぱり水族館ってわくわくするなぁ」


 薄暗い空間の中で、水槽に張り付く巨大なタコを眺めながら、茉瑠奈に向かって春野が言う。

 その隣で、茉瑠奈は同意するように頷いた。


「本当だね!小さい頃は薄暗くて広い通路を、どんどん進んで行く方に気を取られていたけど。

 今になってみると、いろいろなお魚の生態の書いてあるパネルを見ながら、泳いでいる姿をじっくり見れるし、また違った楽しみ方ができるんだね」


 自然と、二人の距離が近くなっていく。

 水族館のマジックか。二人は楽しそうで、本当のカップルのように会話を交わしている。

 私はその光景を見て、どこか寂しい気持ちを噛み締めながら頷く。


「ーーあっ、見てくださいです(りょう)!あれが(さめ)ってヤツですよね!?ぶっさいくな顔して泳いでますねぇ!」


 ん?なにやら、隣の水槽が騒がしい。

 薄暗くて、穏やかなBGMが流れる空間に、幼い声が響き渡る。


 見れば、長いポニーテールを猫の尻尾のようにひゅんひゅん揺らし、水槽のガラスに両手を張り付かせ、お尻を突き出した体勢になっている小さな女の子がはしゃいでいた。

 人目を引く赤色のパーカーを着込み、ショートパンツからは惜しげも無く、細いけど筋肉質な白い生足を披露している。

 こちらの角度からだと、瞳を輝かせている横顔と、柔らかそうな頬しか見えない。が、その横顔は恐ろしいほど整っていて、一見ジュニアモデルの子かな、とも思えてしまう。

 遼と呼ばれた優男風な、長身で茶髪の青年は、少女の隣で腰を下ろすと一緒になってはしゃぎ始めた。


「おおっ!確かにルー子の言う通りだ。こいつ、本当にぶっさいくだなぁ!ひひひ!」


 この人達、鮫に親でも殺されたのだろうか。さっきから、情け容赦ない言葉を鮫に飛ばしているのだけど。

 当然、鮫は返す言葉など持ち合わせてはおらず、無言で泳いでいる。

 

 鮫もこんなところに連れてこられて、海よりも狭い水槽で泳がされた挙句、まさか罵声を浴びせられるなんて思いもしなかっただろう。彼が人語を理解できる生物であれば、今頃さめざめと涙を流しているに違いない……鮫だけに。


「わぁ、あの小さい女の子、モデルかな?隣の男の人とは、兄妹?……ねぇ、春野くん?」


 茉瑠奈と春野も、水族館にとって異色な両名の存在に気がついたのか、そちらに視線を向けていた。


「……あれ、春野くん?」


 興味津々な茉瑠奈の反応とは裏腹に、春野は無言でその場に立ち尽くしていた。

 そしてその表情は、苦虫を噛み潰したような、本当に苦々しいものであったーー。

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