波乱に満ちた日曜日
ーー快晴。
誰が何と言おうと、本日も圧倒的な快晴である。
さんさんと降り注ぐ日光と、風が穏やかなのも相まって、春という季節でありながら心地良い暖かさだ。
「うわぁ、やっぱりすごい人だねぇ、春野くん!」
茉瑠奈は心底楽しそうに目を輝かせて、春野に向けて言った。憧れの春野と日曜日のお出かけ。
今、茉瑠奈の幸せゲージなるものがあったとしたならば、ゲージを振り切らんばかりに上昇していることだろう。
「こんなにいっぱいだと、人酔いしちゃいそうだね……」
予想を上回る人の多さに、思わず圧倒される春野。
真庭市駅前広場には、日曜日というのもありつつたくさんの人々で賑わっている。
真庭市の広大な土地を利用した緑溢れる広場は、いくら走り回っても怒られないほど広い。
なので子どもの遊び場に最適であり、カップルの待ち合わせ場所としてもど定番のスポット。
そして、周りには飲食店も豊富に揃っているため、学生の憩いの場でもあるのだ。
ぐるりと辺りを見回してみると、やはり老若男女問わず幅広い層の人々が、みな笑顔で歩いていた。
この広場から少し歩けば、駅と直結している大型ショッピングセンターがあり、ここに来れば揃わないモノはないと言えるくらい、あらゆる需要に応える店舗が、所狭しとひしめき合っている。
家族連れをターゲットにしたフードコートや、最上階には映画館もあり至れり尽くせりだ。
ここは、真庭市の生命線と言っても過言ではない。
平日は控えめな人入りであり、営業時間もお昼からなので活気づくのも遅い。しかし、たちまち日曜日になると掻き入れどきだと営業時間は早まり、真庭市外からの来訪客も多いため、決まって賑わうのだ。
これらは、ほんの数年前にできた光景であり、私が幼い頃はこんなんじゃなかったんだけどな、となんだか複雑な気分になる。
「えーと、まずはショッピングセンターの中にある画材屋に行って、画材を買うのが今日の目的だっけ?」
私は、極力二人の邪魔にならないようにさりげなく話を切り出してみる。
「うんっ。まずは画材を買ってから、そのあとは良さそうなお店でご飯を食べて……そう、水族館に行こうよ!前々から行きたいと思ってたんだ」
口に指を添えて、昨夜寝る前に練ったであろう計画表を思い出しつつ、茉瑠奈はそう提案する。
この広場から駅の反対方向に歩くと、ショッピングセンターと並行して作られた水族館があった。
当時はそこそこ話題になっていたものの、いつでも行けるという気持ちも相まって、結局行けずじまいでいたのだ。
「いいね、水族館なんて子どもの頃以来だよ」
その提案に、春野も異論はないようだ。
「いいと思うよ。私も行ってみたかったし」
そんなわけで、私も春野同様に首を縦に振った。
「それじゃあ決まりね。よし、さっそく画材を買いに行くよ〜!」
私と春野の賛同を得た茉瑠奈は、上機嫌な笑顔をこちらに見せると、ショッピングセンターに向けて歩いて足早に歩いて行く。
私達も、その後に続いた。
「……ねぇ。あんたさ、茉瑠奈の服装には気づいてるんだよね?今日は相当、気合が入ってるみたいだけど」
「えっ、服装?」
桜色のパステルカラーを基調としつつ、あまりフリフリし過ぎない控えめなデザインでありながら、実に女の子らしい服。その上に厚地の白いパーカーを羽織っており、色合いも春らしくて、本当にお姫様のようだ。
今日という日のために、頭を悩ませて選んできたのだろうな、と思うとなんだか微笑ましい。
それに比べて私達二人はというと。
ジーンズに黒いパーカー、そして登校時にも着ている緑のジャケットを羽織る私。
そして、黒いスラックスに青いダウンジャケットを着込む春野。
なんだろう。茉瑠奈の気合の入れようと私達二人の落差に、自分のことながらいたたまれない気持ちになる。
「……っていうかあんた、それ学校でも履いてるスラックスだよね」
私がそう言うと、春野はぎくっという擬音が聞こえそうな表情をこちらに向ける。
「ほ、ほら、俺の部屋狭いからさ。あまり、服とかは買わないんだよね……あれ、狭山さんのそのジャケット、登校用に着てるやつかな?ははは」
ーーぎくっ。
仕返しのつもりなのか。的確にイヤなところを突いてくる。
実のところ、あまりお洒落に興味がない私も、服を購入することはあまりないのだ。
「……まぁとにかく。せっかく茉瑠奈が気合入れてきたんだからさ、男ならちゃんと褒めてあげてよね。わかった?」
思わず春野同様の表情をしそうになるものの、ぐっとこらえてそう言い切る私は、早足で春野を置いて行く。
「え?……あぁ、わかったよ」
まったく、今日は波乱に満ちた一日になりそうだなと、しみじみと感じつつため息を吐く。
ちらりと後ろを見てみると、どうしたのか春野はその場で足を止めていた。
「どうかした?」
「……あ、いや、足がちょっとね。はは」
春野はそう言って情けなく笑うと、足をさすっている。
一体どうしたというのか。なにやら普通ではなさそうな雰囲気だ。
そうして、私はつい数日前の記憶を思い出す。
「そういえば、この前足を捻ったって言ってたけど。あれ、まだ良くなってないの?」
「ん……そうなのかな。でも、しばらくすればおさまるみたいだし大丈夫かな。よし、それじゃあ行こうか」
春野はそう言うと、おぼつかない足取りで歩き出した。
その先には、待ちかねた茉瑠奈が私達に向かって手を振っている。
「ちゃんと病院行きなよ」
「うん。そうする」
そんなやり取りをしつつ、私は春野と肩を並べて歩く。
さて。波乱に満ちているであろう日曜日は、まだ始まったばかり。一体、どんな一日になるのやらーー。