邪魔者
本日も快晴なり。
青空の下、私達は声を揃えていただきます、と食材となった命への感謝の言葉を述べる。
春野を交えてのお昼ご飯は、これで二度目。今回は、茉瑠奈の提案によって催された。
茉瑠奈は昔から引っ込み思案で、ちょっと気の弱い子なのだと思っていたのだけど、春野の件になるとやけにグイグイしている。ダイエットの件でもそうだが、実のところ強い芯を持っているのだろうな、この子は。
「……春野くん、またパンとお茶だけ?」
茉瑠奈は、少し驚いたような表情で、質素な昼食に視線を落とす。
「あはは……今日は弁当を作ってこようと思ったんだけど、つい寝坊しちゃってさ」
春野はそう言うと、情けなさそうに頭を掻く。
……この前の体育の授業以来、自分だけ変な気まずさを感じていた私は、春野とまともに会話をしていない。
今は顔を合わせる事自体、なんだかイヤな気分。
本音を言うと、今回のお昼ご飯も断ろうと思っていたのだ。
ただ、そうすると茉瑠奈と春野に不信感を抱かれてしまうだろうし、何より春野を避けているようで申し訳ない気持ちになる。
なので渋々来てみたものの。
うーむ、どうやって会話に入ろうか?
今まで当たり前のようにできていたことが、不思議とできないもどかしさ。
ああっ、一体全体どうしてしまったのだ?私はっ!
情けないけど、自分の感情が自分で理解できない。
とにかく、平常心。平常心で、落ち着いて会話にとけ込めばいいのだ。
簡単簡単。
「あっ、あんたー、えっと、男なんだから……もっと、食べなさいよ」
噛み噛みな上に、違和感丸出しな言葉。
これじゃ、大根役者よりも大根だ。
必然的に、二人の視線がこちらに集中する。
「……と、友恵?」
「狭山さん、どうかしたの?」
キョトンとした顔でこちらを見る春野に、私は無性に腹が立った。
どうして私はムズムズした気持ちになっているのに、あんたは平然としているんだっ。
「い、いやー、なんでもない!それより、早く食べようよ!」
この気まずい空気から抜け出そうと、私はお弁当箱の蓋を開ける。
いの一番に大好きな唐揚げを口に放り込むものの、最早唐揚げの味すら感じられない。
「ふふ、今日の友恵なんかへん」
それに続くように、茉瑠奈も蓋を開け、春野はパンを一口かじった。
「こんな狭山さん、初めて見たよ。明日は雨でも降りそうだね」
二人は顔を見合わせて、笑いあう。
お前のせいだ、お前の!
白米を口にかき込み、心の中で叫ぶ。
「春野くん、今日もお弁当作り過ぎてきちゃったから、遠慮しないで食べていいよ?」
「えっ?いや、この前はお言葉に甘えさせてもらったけど、何度もっていうのはさすがに悪いよ……」
「ううん、そんなことない。食べて?」
こいつ、一度ならず二度までも。
校内の茉瑠奈ファンがこの光景を見たら、血涙を流して羨むのだろうな。そのまま、呪い殺されてしまえばいいのに。
それにしても、最初は緊張気味だった茉瑠奈も、だいぶ自然体で春野と話せているようだ。
「春野くんは、お休みの日とかはいつも何してるの?」
茉瑠奈は春野用の箸を渡して聞く。
「休みの日かぁ。散歩をしたり、絵を描いたりするくらいかな」
なるほど、絵を描くのが好きだったのか。それなら、この前の美術での実力も納得。
「あ、春野くんは絵を描くのが好きなの?私もなんだぁ。
こう見えて、美術部なんですっ」
何故か、えへんと茉瑠奈は胸を張る。
「そうなのか。でも、俺は気分転換がてらに描くような趣味程度。美術部に入ってまで絵を描こうとは思わないから、すごいと思うよ」
お互いの共通点を見つけて、会話が弾んでいるようだ。
二人とも楽しそうで、入って行く隙間がない私は黙々とお弁当を食べる。
そして、ふと思った。このまま二人が順調に進展したとして、茉瑠奈と春野が付き合ったとしたら……橋渡しとして存在していた私は、いずれ必要のない邪魔者でしかないんだ。
それはなんだか、寂しくて、胸が苦しくて。
でも、それでも、いずれその日は近い内にやって来るのだろう。
そうしたら、私は文字通りの一人ぼっちなわけか。はは、笑える。
「それでね、今度の日曜に、駅前まで画材を買いに行こうと思うんだけど……春野くん、日曜は予定ある?」
「いや、ないけど?」
「あのっ……」
茉瑠奈は一度言いかけて止め、しばらくして決心を固めたのか、春野をまっすぐに見据えて言う。
「よかったら、春野くんも一緒に来て欲しいな。お買い物が終わったら、駅前でぶらぶらして……どうかな?」
「……せっかくのお誘いだし、断るのもあれだよね。いいよ、行こう。
お弁当のお礼も、したかったところだし」
頬を掻き、しばし無言だった春野は承諾の意を茉瑠奈に伝える。
「本当!?よかったぁ!ねぇ、友恵も一緒に行くよね?」
茉瑠奈は、屈託の無い笑顔を私に向ける。
私は、顔を俯かせた。
「いや、私はいいや。二人で行ってきなよ」
私がそう言うと、茉瑠奈は残念そうな顔をした。
茉瑠奈の笑顔を見るに、最初から私も頭数に入っていたのだろうけど、それこそ邪魔者じゃないか。邪魔者は、黙って去るべし。
「狭山さん、日曜は予定入ってるの?」
なのに。
「は……別に、予定があるわけじゃないけど、だから何?」
「じゃあ、狭山さんも一緒に行こうよ。二人よりも、三人の方が楽しいよ」
なのに、こいつはまた余計なことを言う。本当に、なんなんだ。
なんだか、こいつといると調子が狂う。
私が、私じゃないみたい。
本当にどうしちゃったんだろう、私は……。
「……それなら、私も行こうかな」