生まれた意味
ーー体育の授業。
広い体育館を、男と女で半分に割り振り、男はバスケットボール、女はバレーボールに興じている。
そんな中で、私は月に一度の腹痛に苛まれる例のあの日が来てしまったため、朝から体調がすこぶる悪く、ブルーな気分。
今回は特にひどかったので、先生に掛け合った結果、本日は見学となった。
お腹に手をあてて、ふらふらした足取りで体育館の隅に歩を進めると、思わぬ先客がいる。
「あら、あんたも見学?」
「あぁ、狭山さん。それが、登校中に転んだら足を捻ったみたいで。
まぁ、体育の授業はあまり好きじゃないから、別にいいんだけど」
足をさする春野は、情けなく笑った。
「捻ったって、大丈夫なの?」
私は、春野の隣に座る。
「うん。保健室で湿布を貰ったし、しばらく安静にしていれば大丈夫だと思う」
「そっか」
会話が途切れる。私と春野は無言で、バレーボールの試合の行く末を眺めていた。
私と、茉瑠奈と春野でお弁当を食べた日から数日が経つ。
私と春野は、何かしらのきっかけがあれば、多少会話をするような間柄にはなった。
とはいえ、友達になったのか聞かれたら、まだなんとも言えないラインだろうな。ま、友達未満というヤツだ。
「そういえば、狭山さんが見学なんて珍しいね。体育の授業では、いつも活躍してるのにさ。今日はどうかしたの?」
ふと思いたったように、なにも考えてなさそうな顔で、唐突に余計な事を聞いてくる春野。
う、何故そこを掘り下げるんだ。もしかして、わざとなのか?とも思ってしまうが、そういうわけでもなさそうだ。
「……お、お腹が痛いの」
私は、なんとなく体育座りの体制になってしまう。
「えっ、大丈夫?保健室には行った?薬貰ってこようか?
にしても、お腹が痛いか……なんか悪いものでも食べたのかな」
春野なりの気遣いだろうが、正直迷惑。この日が始まってしまえば、せいぜい痛み止めを飲んでお腹を抱えて、あとは耐えるだけ。
というか、悪いものってなんだ。こいつには、私が拾い食いをするような人間に見えているのか?
「あんたね、女の子にそれを聞くの?あれの日だから、お腹が痛いのっ。
つーか、拾い食いってなんだ!」
横目で睨む。不機嫌に頬を膨らませる私を見て、春野はしばらくしてから顔を赤くして慌て出す。
「な、なるほどね!……余計なことを言ってしまい、申し訳ありませんでした」
「はぁ、別にいいけど。
でもさ、なんで女の子は月に一回、こんな痛い思いをしないといけないんだろ」
「なんでって……」
ため息を吐く私は、少しでも痛みを和らげようと、体育座りの膝にぐっと力をこめて、背中をまるめた。
春野は黙り込んで、頬を指で掻いている。
「……別に、女の子に生まれたくて生まれたわけじゃないのにね」
そんな春野を無視して、なんとなく愚痴っぽいような言葉を続ける。
「女の子に生まれたのが、イヤなの?」
「イヤってわけじゃないよ?
でも、もし男に生まれてたなら、男でも良かったのかなって思うんだ。
だって、私は小さい頃から剣道一本でやってきて、お洒落とかしたことないし、あまり興味がない。
体だって筋肉だらけで、茉瑠奈のように女の子らしくないしさ。
もちろん、男を好きになったこともないし、告白なんてされたこともない。
だったら、女の子として生まれてきた意味は、あるのかなって……ーーッ!?」
自分のことながら、珍しく長々と話している内に、ハッとなる。
私は、春野相手に何を言っているんだ!?
なんて言えばいいのか。
春野は、うんうんと静かに話を聞いてくれるから、ついうっかり言わなくてもいいことまで言ってしまった。
「あっ、あの、今のは聞かなかったことに……!」
「でもさ」
私の言葉を遮るように。
春野はボールの軌道を目で追いながら、ゆっくりと口を開く。
「でもさ、この前の美術の授業でキミの顔を描いている時に、思ったんだ。
この人はなんて、綺麗な人なんだろうって。涼やかな目元とか、スッと通った鼻筋とか、サラサラの髪の毛とか、素敵だよ。
それだけでも、女の子に生まれた意味は充分にあると思うんだけど……それじゃダメなのかな?」
たかが春野のつまらない戯言だとわかっているのに、私の顔がみるみるうちに赤くなっていくのがわかる。
それを春野に見られたくなくて、私は顔を膝の中に顔を埋めた。
「あんたっ、なに言ってんの……!?」
「あれ、もしかして、また余計なことを言っちゃったかな?」
普段、男と喋ることもなく、容姿を褒められることもなかった私は、こんな安っぽい褒め言葉でこの有様だ。
なんて、チョロいヤツなんだろう。心なしか、春野の顔を見るのも気恥ずかしい。
そして、胸が苦しい。
「そ、そういう言葉はさ、茉瑠奈に言ってあげなよ」
「雨宮さんに?」
なんで、と首を傾げる春野の頬を、顔を俯かせたまま指でつつく。
「いいから、言う通りにしてよね」
「あ……うん、わかったよ」
釈然としない表情を浮かべて、春野は頷いていた。
そこで、授業終了を告げる鐘が鳴る。
鐘の音を聞きながら、私は春野を無視するように立ち上がり、一人教室へと向かう。
ーーさっきの言葉が、本心なのか嘘なのかはわからないけれど。
もしそんなふうに思いながら、私の顔を描いていたのだとしたら……それはきっと、喜ぶべきことなのだろうな。
「……なんなんだ、あいつは」
胸が、ムズムズする。なんだか、気持ち悪い。
こんな感覚は、生まれて初めてだ。