有意義なお昼休み
「えー、は、初めまして、春野蒼太です……本日はお招きいただき、き、お招きいただき?えーと、何を言おうとしてたんだっけ?」
「お招きいただきって、硬過ぎない?ってか、どんだけ緊張してんのっ!」
ため息を吐き出し、私は春野の頭をどつく。
頭をおさえた春野が恨めしそうにこちらを見ているけど、私は知らんぷりでそっぽを向いた。
茉瑠奈念願の、春野蒼太とのお昼ご飯。
開幕は、なんとも心配な踏み出しだ。
せめてもの救いと言えば、春野の吃り具合を見て、茉瑠奈が楽しそうに笑っている事か。
「えへへ、雨宮茉瑠奈です……春野くん、今日は来てくれてありがとう」
青空の下。
先に屋上で場所取りをしていた茉瑠奈は、ぺこりと頭を下げる。
「いや、こちらこそーーあれ?きみ、どこかで会ったこと……」
茉瑠奈の顔をまじまじと見つめる春野は、惚けた表情で突っ立っている。
見つめられる茉瑠奈は、顔を赤くすると顔を背けた。
そんなやり取りの中、私は茉瑠奈の隣に腰を下ろした。
「そんなとこに突っ立ってないで、座れば?」
「あぁ、うん」
なにやら釈然としない反応をすると、春野は私達の正面に座る。
一息ついたところで、とりあえずと言ったように私と茉瑠奈はお弁当を取り出し、蓋を開けた。
見たところ、今日の茉瑠奈のお弁当は特別気合が入っているようだ。大きめな弁当箱でありながら、二段重ね。
中身は、ぎっしりとおかずが詰め込まれていた。
「茉瑠奈、今日は一段とすごいね」
春野には聞こえないように、こっそりと耳打ちをする。
「昨日の残り物も入ってるんだけどね。でも、トンカツとかは早起きして作ってきたんだっ」
瞳を輝かせながら、茉瑠奈も耳打ちで返してきた。
昨日の残り物っていうのは、いい具合にだし汁が染み込んでいる切り干し大根の煮物だろう。一緒に入っている人参が、良い色合のアクセントとなっている。
トンカツは満遍なくソースがかけられていて、均等に切り分けられた様が美しい。
付け合わせには、瑞々しいレタスが添えられたパスタサラダ。
その他、綺麗に焼かれたチーズ入りの卵焼きなど、どれも素晴らしかった。
うん。
見栄えもさることながら、食欲もしっかり掻き立てる気合の入りよう。
しかも、あの料理上手な茉瑠奈が作ったお弁当だ。不味いわけがない。
このお弁当を、茉瑠奈は春野のために早起きして作ったのだなと思うと、なんだか春野に嫉妬しちゃいそう。
「あ、二人共お弁当持参なのか。
俺のはこんなだから、なんか気後れしちゃうなぁ」
あはは、と苦笑いを交えつつ、春野は購買の袋からペットボトルの緑茶と惣菜パンを取り出す。
「あんた男でしょ?こんなんで足りるの!?」
いくら春野といえど、彼も食べ盛りの男なはず。なのに出てきたのは、鳩の餌かと思うくらいに質素だったから、私は素直に驚いた。
「いやぁ、さすがに後半の授業中にお腹は空くよね。
でも俺一人暮らしだから、弁当作ってくれる人もいないし。自分で作ればいいんだろうけど、朝に弱いから」
「えっ、一人暮らししてるんだ」
さらに驚く私。
「実家から通うには、この学校はちょっと遠いからさ。親に直談判して、今はこっちで一人暮らししながら通ってるってわけ。
これでも、家賃は自分で稼いでるんだよ」
「わざわざ一人暮らしをしてまで、こんな山の上にある学校に来るなんてねぇ……随分ご苦労な話だよね、ねぇ茉瑠奈?」
お弁当をつまみつつ、茉瑠奈へパス。
茉瑠奈は慌てつつ、口の中のモノを呑み込んだ。
「で、でも偉いよねっ、自分で家賃を稼いでるんだもん!バイトとか、してるんでしょ?」
「もちろん」
春野は首を縦に振る。
あの春野がバイト。そりゃ、家賃を稼いでるんだから当然な話なんだけど。
にしても、意外すぎる。
「……あの、春野くんっ。もし良かったら、一緒にこのお弁当食べる?今日、ちょっと作り過ぎちゃったんだ。
それだけじゃ、足りないでしょ?」
茉瑠奈はそう言うと、頬を紅色に染めて顔を俯かせながら、おずおずとお弁当を春野に差し出す。
最初から、そうするつもりで作り過ぎたんだけどね。
私は、密かに心の中で呟く。
「いや、さすがに悪いよそれは!」
茉瑠奈の気持ちをいざ知らず、春野は申し訳なさそうな表情で断った。
しゅん、と肩を落とす茉瑠奈。
私は見かねて、助け舟を出してやる。
「あんたね。せっかく茉瑠奈が、気を使って一緒に食べようって言ってくれてるんだよ?
なら、食べてあげるのが男ってもんでしょ」
私がそう言うとそれに肯定するように、茉瑠奈はうんうんと激しく頷いていた。
「それじゃあ、お言葉に甘えて……」
ぱぁっ、と表情が明るくなる茉瑠奈は、用意していた春野用の箸を手渡す。
箸を受け取ると、春野はトンカツを一切れ口に運ぶ。トンカツを噛み砕いていくにつれて、その表情は驚きに変わっていった。
「美味しい……!
雨宮さんって、料理上手なんだね!」
「うぅっ、ありがとう……もっと、食べて?」
幸せそうな表情で、茉瑠奈はさらにお弁当を春野に差し出した。
そんな春野に追い打ちをかけるように、私は耳打ちをする。
『茉瑠奈、料理上手なんだよね。しかも、胸もデカイんだよ?着痩せするタイプなんだけどさ……ちなみにカップ数はーーカップ』
「じッーー!?」
驚愕のカップ数に、春野はトンカツを喉に詰まらせた。
慌てて、緑茶を流し込む。
「春野くん!?友恵、今なんて?」
「あはは、内緒」
男は、女の子の胸に弱いと聞く。これなら、さすがの春野でも茉瑠奈にいちころだろう。
そんなこんなで、お弁当を食べ終えて三人揃って一息つく。
「それにしても、こんな絶好のスポットがあるなんて、知らなかったよ」
春野は、柵の向こうの景色を眺めてぽつりと呟いた。
山の上という、ちょっと変わった場所にある学校。
それ故に、屋上からは街の景色が一望できるのだ。
「案外、人気スポットだよ。
早めに場所を取っておかないと、座る場所が無くなる程度にはね。
ピクニック気分でお弁当を食べられるってのが、良いよね」
見回すと、所狭しと上級生も下級生も陣取っていて、談笑しながらお弁当を食べている。
「今日はありがとう。おかげで、楽しい昼休みになった」
そう言うと、春野は頭を下げる。
「もし春野くんが良かったら……また一緒にお弁当、食べよ?」
茉瑠奈は胸元で両手を握りしめながら、懸命に声を出す。
あの大人しくて、引っ込み思案な茉瑠奈が。
本当に、春野蒼太が好きなんだな。
「……あ、あぁ、ありがとう、俺で良かったらまた誘ってよ」
最初はどうなるか不安だったけど、多少は二人の距離も縮んだかな?
ま、それなりに有意義なお昼休みにはなったみたいだーー。