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死神の箱庭  作者: 北海犬斗
堕胎ノ警鐘2
20/74

布石

 風が鳴く。

 突風が、鎧の死神の肉体に打ちつけられる。

それはまるで、目の前に佇む『死神殺し』の闘志、明確な殺意が具現化したかのような突風であった。

 底抜けの絶望感を背筋に感じながら、それでも視線は眼前の化け物から外さない。


 リクが、己の肉体の制限を解いた瞬間に感じた圧倒的な力から、さらに跳ね上がったこの格の違い。

 最早、どう足掻いても決して埋める事は不可能なのだと悟る。

そのくらい、両者には決定的な違いがあった。

 言うなれば、住む世界が違う、というもの。


「逃げれば追われて殺され、挑んでも当然殺される、か……ならば」


 ふっ、と鎧の死神は笑む。

 ならば、挑んだ上でせめて一太刀。

そう思い至り、深く、深く前傾姿勢になる。

はち切れんばかりの力を両脚に伝達させ、契約者の魂を噛み砕いて最大の力で地面を蹴る。

 暴風、というよりは嵐に近い風を引き連れて、『死神殺し』の地点に瞬間移動とも言える速さで到達する。

 人間の『死神殺し』だが、リクと同化した彼には、今の動きはしっかりとその両眼で視認できていた。

それでも尚、不動の姿勢を崩さない。


 余裕の様が癪に障ったが、この際今はどうでもいいのだ。

 狙うは、『死神殺し』の首ひとつ。

余計なモノは何も無く、その目的を一点に絞り、最大限の力を込めた両手を互いにしっかりと握り締めさせる。


「うおおぉあぁぁぁぁぁぁぁぁッ!!」


 そして、雄叫びと共に鉄槌じみた一撃を振り下ろした。

 直後の結果に、驚くことも、嘆くこともない。

当然のように、手応えは皆無。


「……こんなモノか」


 まるで、今の一撃が何事も無かったかのように。

心底つまらなそうに言う『死神殺し』の

前方に、まるで意思を持ったかのようなローブがひとりでに動き、彼を包むようにして護る。

そしてローブは握り拳の如く自身を絡ませると、今度は拳の連打を死神に浴びせる。


「ーーぐおぉぉぉぉぉぉぉッ!?

何なのだ、その奇怪な生き物はぁッ!?」


 その唐突な暴風雨に、防ぐことさえも忘れてしまう。

 その間に、『死神殺し』は自らの手に握り締められた鎌を、悠々と二倍近くの大きさに変える。

ただでさえ巨大な鎌がさらに大きくなり、風情や美しさなどはなく、無骨なそれはただただ相手を斬り伏せるだけのもの。

 柄をしっかりと両手で握り締め、大きく横に引きつけると、放り投げるように鎧の死神目掛けて振る。

 不意打ちをくらい、既に避ける気力さえ残っていない死神であったが、それでも鎧があるのだ。

 しかし、『死神殺し』は見逃してはいなかった。

 鎧の右脇腹の箇所に、小さな亀裂が入っているのを。

戦闘開始時から、攻撃をバラつかせながらもリクはそこを執拗に狙っていたのだ。

それが例え小さな布石だったとしても、充分に勝利を引き寄せる要因になり得る。


「馬鹿のひとつ覚えのように、それで鎧が突破できるとでもーー」


 言葉を言い切るまでもなく、鎧の死神は綺麗な輪切りになっていた。

 下半身を失った上半身が、楽しげに宙を舞う。

 呆れるほどの物量を渾身の力で振るい、洗練させた刃を小さな亀裂に叩き込む。

常軌を逸した衝撃に、鎧は悲鳴を上げて自らの役目を放棄した。

あとはただ、鎌を切り進めていくのみ。

 そしてその結果が、これであった。


「鎧が、何だって?」


 『死神殺し』のその問いは、既に死神には届いていなかった。

 上半身が地面に叩きつけられた時にはもう、絶命しその身を消滅させる。

下半身も同様に。

 前方の雑木林の方から、微かに草の擦れる音がする。

死神が死ねば、契約者も死ぬ。

これは、死神に魂を売った者の宿命だ。

契約者が死に、地に伏せたのだろう。


 戦闘が終わり、周囲が静かになると、『死神殺し』は深く息を吐く。

 その目の前に、彼と一体となっていたリクが、自らの身体を取り戻して現れた。


「お疲れ様でした我が主」


 恭しく、頭を下げるリク。


「ああ……格下の相手ではあったものの、結果的にお前の作った布石に助けられたな。礼を言う」


 『死神殺し』はそう言うと、リクの肩に手を置いた。

 対するリクは、髑髏の仮面をつけた顔を伏せさせるともじもじする。


「いっ、いえ……その、主のために当然の事をしたまでです」


「そうか。

さて、事後処理はハイエナに任せるとして、さっさと家に帰るとしよう」


 しかしそんなリクの反応など興味がないかのように、『死神殺し』は歩き出す。

 が、彼は咄嗟に何かの違和感を感じて、歩みを止めた。

 リクは、怪訝な声色で主に問う。


「我が主?」


 返答は遅れて、ただ一言。


「……足の感覚が、薄い」

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